レギオン
「大統領閣下」
広い部屋の中に、重苦しい声が響く。声の主は前方に立つ男を注視し、その主に見つめられた男は彼に背を向け、無言で窓の外を見つめていた。彼の周りには声を発した者以外に複数人の人間がおり、その全員が小綺麗なスーツを身に着け、神妙な面持ちを浮かべていた。
「ついに来ました。ご覚悟は、よろしいですね?」
男が直立したまま、眼前の男に声をかける。大統領と呼ばれたその男はゆっくりと身を翻し、自分に声をかけた男と向き合った。
「そうだな。腹を括らなければならんな」
「大統領。心苦しいのは我々も重々承知しています。ですが、やらねばならないのです。我々の世界を守るための、必要な戦いなのです」
勲章をつけた軍服を身に着けた、別の男が口を開く。大統領は彼の方を向き、無言で頷いた。そして大統領はそのまま、その男を見ながら言った。
「では将軍。よろしく頼む」
「わかりました」
将軍が姿勢を正し、引き締まった動きで敬礼をする。それから彼はきびきびと回れ右をし、堂々とした足取りでドアを開け部屋から去っていった。大統領と彼の取り巻きは、その後ろ姿を黙って見つめていた。
「本当に、これ以外に方法は無いのでしょうか?」
将軍の姿が見えなくなってから、そこにいた初老の女がぽつりと言った。するとそれに反応するように、彼女の向かい側にいた若い男が口を開いた。
「各国の交渉団がどうなったのか、あなたもご存じのはずです。欧州各国やロシア、中国、日本、それに我々の国も。それぞれが誠意を見せて、結果どうなりましたか? 彼らは話し合いの余地を見せなかった。彼らは最初から、侵略のためにやって来たのです」
「戦わなければ、私達は根絶やしにされると?」
その女が問いかける。若い男は真剣な表情で頷いた。彼の周りにいた他の面々も同様に、険しい顔で首を縦に振った。それらを見たその女は、諦めたようにがっくりと肩を落とした。
「我々は好んで侵略行為を行うほど野蛮ではない。しかし、敵から攻撃を受けて、なあなあで済ませる程愚かでもない」
大統領がそんな彼らを見渡しながら言った。彼の顔にはこれ以上ない程の覚悟が滲み出ていた。それを見た彼の部下もまた、自然と表情を引き締め、腹を括る。
「やらねばならない。戦うか、死ぬかだ」
その彼らを見ながら、大統領が静かに、しかし力強く告げる。
その二時間後、国連主導の多国籍軍が進撃を開始。異世界へ続くゲートを潜り、前人未到の領域へと進軍した。
それを最初に見つけたその世界の者達は、それがどのような連中なのかわからなかった。空間の裂け目から出てきたそれは一個の軍団であり、轟音をたてて走る巨大な鉄の塊を先頭に、多くの人間がその後からついて来ていた。鉄塊に付き従う者達はその全員が見たことも無い服と道具を身に着け、一糸乱れぬ動きで荒野を進んでいた。さらに人間の周りには先を進むものとはまた別の形をした鉄塊が追随しており、非常に大規模な集団であった。
そしてその全てが、周りの者すべてに対して強烈な敵意を抱いていた。
「おい、あれはなんだ?」
軍団の出現した場所の近くには、一つの集落があった。そこはいわゆる「ゴロツキの溜まり場」であり、世間から弾かれたはみ出した者が身を寄せ合って暮らしている場所であった。排他的な彼らは外部からの攻撃に対抗するために集落の周りを柵で囲み、櫓を立てて見張りを置いた。
その櫓の一つにいた見張りが、その軍団を見つけたのであった。
「こっちに来るのか? 変な格好してんな」
「どうする? 下の奴らに教えておくか?」
「そうしてくれ。俺はここであいつらを見張ってる」
櫓の見張りは二人一組で仕事をしていた。その内の一人が提案をし、もう一人がそれを首肯した。提案した男はすぐに行動を起こし、慣れた動きで梯子を滑り降りていった。
相棒が地面に降りきったのを見た後、残った方は監視を続けた。やがて見張りの男は、こちらへ向かってきていたその軍団が不意に歩みを止めた事に気が付いた。不審に思った男はさらに目を凝らし、そしてその男の目の前で、先頭にいた鉄塊の一つがまた別の動きを見せた。
その鉄塊は、上の部分が左右に回転する作りとなっていた。そしてその回転する部位の一方向から、細長い筒状の物体が伸びていた。鉄塊は今、その上半分を回転させ、筒の先端をこちらに向けてきた。
見張りは寒気を覚えた。虫の知らせとも言う感じで、直感で危険を察知したのだ。しかし見張りは何が危険なのかを見極めるためにそこに残った。鉄塊は鉄の筒をこちらに向けたまま微動だにしなかった。
「何する気だよ……?」
不安を誤魔化すように見張りが呟く。
次の瞬間、筒の中から何かが飛び出した。
見張りも、その集落の人間も、それが巨大な弾頭であることを理解することは無かった。筒から煙と共に飛び出したその大きな弾丸は櫓を吹き飛ばし、集落のど真ん中に着弾し、弾着の衝撃で周りの物を根こそぎ吹き飛ばした。
「なんだ! 敵襲か!」
「戦闘準備! 急げ!」
生き残りが叫ぶ。舞い上がった土埃をかき分けて武器庫に駆け込み、手に手に武器を取る。
しかし彼らが手にした剣も槍も、そしてもう一つの世界から奪ってきた魔法の武器も、戦車の砲弾を食い止めることは出来なかった。
その集落が地図から消えるのに十分とかからなかった。
これと同じ事は、世界各地で同時並行的に発生していた。
ゲートを潜って出現した謎の軍団は、抵抗する者を容赦なく薙ぎ払い、我が物顔で大地を進軍していった。戦う意志を見せる者もいるにはいたが、それらは皆等しく灰燼と化した。彼らはその軍団に恐怖し、見過ごしてくれるよう神に祈ったが、軍団は彼らの祈りを真顔で踏みにじった。
向こう側の世界への門を開き、飽きもせずに略奪行為を続けて二か月、カインズロアの人間は自分達がいったいどのような連中の逆鱗に触れてしまったのかを、身をもって知ることとなった。




