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ウォーゾーン

 最悪だったのは、その世界の住人が自分達の流儀をもう一つの世界にも通用すると考えたことであった。秩序が乱れ、何をするにも力がものをいう世界で生きてきた彼らは、その世界でも当然「強ければ何をしてもいい。欲しければ力ずくで奪ってもいい」というルールが適用されると考えた。そして彼らはその流儀に則り、公然と略奪行為を始めたのである。

 その世界の住人は規律に従って生きていた。秩序を良しとし、暴力沙汰で事態を解決することに嫌悪を抱いていた。だから彼らはいきなり空から降って来た謎の軍団を前にしても、ただ驚くばかりであった。そして空からやって来たその軍団に襲われても、ただ怯え逃げ惑うだけだった。武器を持っていた者もいたが、それにしても良心が邪魔をし、反撃できずに蹂躙されることが大半であった。

 それが異邦人を増長させた。彼らにとって無抵抗の人間はただの弱者であり、搾取されて当然の存在であったからだ。反撃してこないのをいいことに、彼らの破壊行為はさらにエスカレートした。彼らは銃を得る以外に、単に楽しむために殺人や破壊を行い始めた。彼らの破壊が略奪から愉悦を得るための行為に変わる頃には、こちら側の世界の人間も反撃を試み始めた。しかし彼らは止まらなかった。

 二つの世界の人間の争いは、やがて大規模なものへと変わっていった。その結果が、これであった。

 

 

 

 

「それでこんなことになったのか」


 依頼人の男は、この世界で何が起きたのかを本格的に理解した。ついでにワイズマンの連中も、この世界での出来事を初めて知った。彼らに事実を話して聞かせたのはロンソであった。

 

「お前、なんでそんなことまで知ってるんだよ」

「情報は何よりの宝ですからね。どこで何が起こっているのか、常にアンテナを張っているんですよ」

「じゃあどうしてその情報を俺達に知らせなかった?」

「聞かれませんでしたから」


 ロンソはあっさりと答えた。彼女に尋ねたジョージはがっくりと肩を落とした。

 

「よくもまあ堂々と」

「そんなことより、本題を進めた方がいいと思いますが? 依頼人も待ちくたびれているようですし」


 ロンソはどこまでも悪びれなかった。対するジョージ達も、もはや彼女に苦言を呈することはしなかった。

 

「わかったよ。じゃああんた、銃が欲しいんだろ? お目当ての物がある場所に連れてってやる」

「本当にあるのか?」

「ああ。まだ残ってるかはわからないがな」


 ジョージは自信なさげに言った。それでも彼らに銃の確保を依頼したその男は、期待に目を輝かせながら首を縦に振った。

 

 

 

 

 もしここが日本であったなら、依頼人の願いは叶えられなかったろう。しかしここはアメリカ。世界でも有数の銃保有国だ。大きめのホームセンターや専門店に行けば、ショーケースに並んでいる銃を簡単に見つけることが出来た。問題はそのガラスケースを誰かに破られ、今ではもうもぬけの殻と化しているかもしれないということだった。

 結論から言うと、それは杞憂に終わった。そもそも店を探す必要すらなかった。銃を持ってる人間はそこら中にいたからだ。

 

「そこのお前! よこせ!」


 獲物を見つけると同時に発砲。声をかけられた方は、気づいたころには心臓を撃ち抜かれていた。その男は銃器を手に持っていた。

 最初に殺された奴の取り巻きが何事かと驚愕する。彼らも死んだ男と同じ形の銃を持っていた。そこに同じ方向から弾丸の雨が降り注ぐ。

 銃声が悲鳴をかき消した。一方的な蹂躙は一秒で終わり、後にはただ静寂だけが残った。

 

「やったか?」

「大丈夫。他にいなさそうだ」


 目の前にいた五人組を蜂の巣にした後、ジョージがイヴァンに問いかける。イヴァンは辺りを警戒しながらそう答え、それと同時に残りの面々が死体に駆け寄る。その五人が手にしていた銃はどれも新品のライフル銃で、まだ値札がついていた。

 

「へえ、こんな銃もあるのか」

「なんだか貧相ですね。これ強いんですか?」

「人が食らったら死ぬくらいには強いわよ。これでも銃なんだからね」


 外面を木材で拵えられたそのライフル銃を見て、フリードとエリーが素直な感想を述べる。すると工業都市で製造された金属製の銃器しか見たことのない彼らに対し、ヨシムネがざっくばらんに説明する。

 

「五丁か。足りないな」

「もっと集める必要があるな。探さないと」


 そんな光景を遠目で見ながら、イヴァンが顔を渋らせる。ジョージもまた新しい弾倉に交換しつつ、彼の言葉に同意した。依頼人の男はその光景を見てただ唖然とするだけだった。

 

「ここまでする必要あるのか?」

「これが一番手っ取り早いんだ。金もかからない。受け入れろ」


 怯える男にイヴァンが答える。男は言い返す代わりに生唾を飲み込み、そのまま無言で頷いた。

 そこに五丁の拳銃を持って、ヨシムネ達が戻ってきた。銃には血がついていたが、動作には問題なかった。

 

「これじゃ足りないよね」


 そのうちの一丁を持ち上げながら、ヨシムネがジョージに問いかける。ジョージは頷き、そしてそれに答えようと口を開いた。

 しかしその瞬間、彼の足元に銃弾が放たれた。

 

「隠れろ!」


 ジョージが咄嗟に叫ぶ。全員が散らばり、近くの遮蔽物に身を隠す。廃車、落ちた看板、瓦礫の山、隠れ場所には事欠かなかった。

 

「おい見たか? あいつら銃持ってるぞ!」

「全部奪っちまえ! 魔法の武器は俺達のもんだ!」


 遠くから声が聞こえてくる。知性のない、欲望に塗れた汚い声だった。

 それを聞いたジョージは事態を飲み込んでため息をついた。彼の横にいた依頼人は何が何だかわからず気が動転していた。

 

「なんなんだよ。いきなりどうしたんだよ?」

「武器狩りだ。俺達と同じことをしてる」

「えっ?」


 意味が分からない、と言わんばかりに男がジョージを見返す。しかし彼の質問を邪魔するように、遠くから銃弾が飛んできた。弾丸の雨は無秩序で纏まりが無く、獲物めがけて遮蔽物にぶつかるものもあれば、まるで明後日の方向にすっ飛んでいくものもあった。それはまさに「狙って撃っている」のではなく、「ただばら撒いている」だけのように見えた。


「あいつら、楽しんでやがる」

「どういう意味だよ?」

「銃を撃って満足してるってことだよ。殺す前にハイになってる。目的を忘れてやがるのさ」

「はあ?」


 理解できない。依頼人の顔はまさしくそう言いたげだった。ジョージも心の中で彼に同意した。そしてその間にも、弾丸の嵐は容赦なく彼らを襲っていった。もっとも明確な敵意をもって飛んできたのはごく一部であり、ほぼ全てが全く違う方向にかっ飛んで行った。その中でジョージは自分の銃を構えながら機を伺い、男は目と耳を塞いで時が過ぎるのを待った。

 その時は思ったより早く訪れた。前触れも無く、唐突に銃声が聞こえなくなった。いきなり静かになったので、男は虚を突かれたように動揺した。

 

「え、なんで?」

「弾切れだな」


 男の言葉に答えるようにジョージが言った。同時に彼は方々に散らばっていた他のメンバーに、手振りで指示を飛ばした。他の面々も今の状況を理解しており、既に攻撃の準備を終わらせていた。

 

「ここで待ってろ」


 それだけ言ってジョージが飛び出す。他の連中も一斉に遮蔽物から身をさらす。それまで好き勝手銃を撃っていた連中は、銃を構えてきた彼らを見てあからさまに動揺した。

 ワイズマンは容赦しなかった。そして反撃は一秒で終了した。

 

 

 

 

 武器の奪い合いは至る所で行われていた。後から遅れてやって来た面々は、こちらの世界で既に調達を終えていた物から強奪することで目的を果たそうと考えたのである。そちらの方がずっと簡単だからだ。別にワイズマンが特別賢かったわけでは無かったのである。

 しかしその流れは、この町でまた別の混乱を生み出していた。元からこの世界にいた生き残りは、いきなりやってきて襲ってきた異邦人達に途方もない敵意を抱いていた。彼らの世界から武器を搾取した者達はそんな彼らに対してなおも攻撃を続け、出足の遅れた面々はいち早く武器を手に入れた者達から横取りしようと考えていた。その三つの精力は互いに馴れ合うことなく、血で血を洗う三つ巴の戦いを繰り広げることとなった。

 

「どうするんだよ? 首突っ込むか?」

「そんなことするわけねえだろ。仕事終わりだ。買えるぞ」


 ワイズマンはそのどれにも与しなかった。仕事を終わらせてさっさと帰る。それだけだった。

 

「ロンソ、頼む」

「わかりました」


 他の面々もそれに従った。彼らは血の気の多い連中であったが、理性を失うほど血に飢えているわけではなかったのだ。

 

「でもこれ、この後どうなるんです? こっちの人達もやられっぱなしで済むわけないですよね?」


 ロンソがゲートを作っている間、エリーが唐突に尋ねる。ジョージは彼女の方を向いてそれに答えた。

 

「まあ、反撃はするだろうな。何をするかはわからんが」

「何してくると思いますか?」

「軍隊でも連れてくるんじゃないか?」


 ジョージは適当に返した。エリーも彼がそれを本気で言っていないことを知り、それ以上追求しなかった。それに正直、慣れない世界で慣れないことをしたので疲れ切っていた。もう帰って寝たかった。

 

「準備できましたよ」


 その時、ロンソの声が聞こえてきた。そちらに目を向けると、確かに彼女の横にゲートが出現していた。それを見たジョージが手を叩いて言った。

 

「よし、帰るぞ。もうここには用は無い」

「おう」


 満場一致でそれに従った。余計な戦いに首を突っ込むつもりはこれっぽっちも無かったからだ。

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