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アナザーワールド

「なあ、あんた達、ワイズマンだろ? あっちの世界の人間なんだろ?」


 それはまったく突然のことだった。一仕事終え、人間界の酒場で飲んだくれていたワイズマンの一行は、そこでいきなり真後ろから声をかけられた。全員で声のする方に目をやると、そこには一人の青年が立っていた。覇気も無ければ、これといって特徴も無い、平凡な男だった。

 

「ちょっと仕事引き受けてもらいたいんだけど、どうかな? 受けてくれるかな?」


 男はやや控え目な態度でワイズマンに問いかけた。請われた方は互いに顔を見合わせ、次に全員でジョージの方を見た。全員の視線を集めたジョージは少しバツの悪い表情を浮かべ、それから一つ咳ばらいをして男に顔を向けた。

 

「内容によるな。俺達を選んだってことは、まともな仕事じゃないってことなんだろ?」

「ああ、まあ。うん。よそには頼めない仕事ってやつだよ。汚れ仕事っていうのかな」

「まずは話を聞かせてもらおうか。決めるのはその後だ」


 ジョージの言葉に、男は一つ頷いた。それからジョージは近くにあった椅子を自分達のいるテーブルにまで持っていき、そこに座るよう男に促した。男はおっかなびっくりそこに腰を下ろし、自分と共にテーブルを囲んでいた面々を興味深げに見回した。

 

「で? どんな仕事なんだ?」


 そんな男にジョージが尋ねる。男は我に返り、咄嗟にジョージを見ながら口を開く。

 

「あ、ああ。実はちょっと、案内してほしい所があるんだ」

「案内?」

「ツアー行きたいならそれ専用の会社に頼めよ」

「さっきも言っただろ。他の奴には頼めないんだよ。あんた達が一番適任なんだ」


 周りから飛んでくる疑問の声に男が答える。黙ってそれを聞いていたジョージは、再度男に問いかけた。

 

「それで? お前はどこに行きたいんだ?」

「あんた達の世界に行きたいんだ」


 男の返答を聞いて、ジョージはこの男が何を目的にしているのかを理解した。

 

「なるほど、お前もそのクチか」

「頼むよ。俺もあっちの世界に連れてってくれよ。お願いだから」

「向こうに行ったからと言って、簡単に手に入るものじゃないぞ」

「それでもここで探すよりはずっとマシだ。そうだろ? それに買うにしたって、こっちより向こうの方が安いんだろ?」


 男は食い下がってきた。ジョージはため息を吐いた。こいつといい、これまでの奴らといい、そんなに銃が欲しいのか。

 ワイズマンのもとに「道案内」の仕事が来るようになったのは、つい最近のことだった。銃器や車両が広まって以降、この世界の住人はより強力な武器を欲するようになった。そして彼らはそれを、「魔法の武器」の生まれた世界に求めたのであった。

 彼らは目的のためなら手段は択ばなかった。力を求める者達は魔術師に頼み込み、こちらの世界と向こうの世界を繋ぐ時空ゲートを発現させ、それを使って元々ワイズマンのいた世界に直接乗り込むまでになった。魔術師も魔術師でこの行為をさして危険とは認識せず、それに依頼主が高い金を払ってくれるので、それを断ることもしなかった。

 そんな時、ある噂が出てきた。ワイズマンと名乗る悪党連中は、実は向こうの世界からやって来た面々であり、彼らは向こうの世界の事情に明るい。だから彼らに頼めば、自力で探すよりずっと楽に銃を入手できる。といったものである。その噂はあっという間に広まったが、実際に彼らとコンタクトが取れたのは行動に移った者の中のごく一部であった。

 なお、この噂を流したのも、そしてその中の一部にワイズマンとの連絡手段を教えたのも、全てロンソの仕業であった。様々な理由から強力な銃を欲する者達は、自分達がロンソの掌の上で踊らされていることも知らず、こうしてワイズマンに仕事を持ち込んできているのである。ロンソが一部の人間にしかコンタクト手段を教えていないのも、一度に大勢の人間がワイズマンに押し掛け、業務に悪影響が出ることを懸念してのことである。

 

「俺の町も、つい前に強盗に入られたんだ。抵抗したんだけど、向こうの方がずっと強くて。それで、銀行を襲われて、金を丸ごと奪われたんだ」

「それでこのままじゃまずいから、もっと強い武器が欲しいってわけか」

「そうだ」

「傭兵とかは雇わないのか?」

「そんな高い買い物、出来るわけないだろ。剣も魔法も、今から習おうとしたらどれだけ時間がかかるかわからない。だから安くて早くて強い、銃が一番いいんだ」


 依頼人の男は、ロンソの掌の上で踊り続けていた。仕掛け人であるロンソ本人は、依頼話そっちのけで二本目のワインボトルを空にしていた。その彼女の前で、男が熱心に交渉を続けた。

 

「もちろん金は出す。銃だって自分で買う。だから頼む、俺を向こうの世界に案内してくれ。ついでにどこで買えるかも教えてくれ。頼む!」


 男が手を合わせる。ワイズマンの面々は再度ジョージを見た。判断を彼に丸投げするつもりでいた。

 ジョージは一つため息をついた。こういう時だけリーダーを頼りにする。

 

「……いくら出す?」


 しかしいつまでも黙っているわけにもいかない。ジョージは観念して、男にいくら出せるのか聞いてみた。男は怯えた様子で周りを見た後、懐から紙とペンを取り出し、そこに数字を書き込んでジョージに見せた。

 それを見たジョージは目を見開いた。

 

「本気で言ってるのか?」


 ジョージが男と数字を交互に見る。男は真面目くさった顔で頷いた。

 

「お前の町、小さいって言ってたな」

「はい」

「傭兵を雇う金も無いって言ってたよな」

「はい」

「どうやって工面するつもりなんだ?」

「未亡人を人買いに買わせました」

「わかった」


 ジョージは頷いた。それ以上尋ねることもしなかった。そして彼はワイズマンの面々を見据え、口を開いた。

 

「お前ら、仕事だ」





 ゲートはロンソが開いた。他人に頼むと金がかかるからである。酒場を出て町を離れ、人目のつかない荒野まで来てから、ロンソは仕事を開始した。ゲートが出てくるのは一瞬で、彼女が両手を前に伸ばした次の瞬間には、目の前の空間の一部が縦に裂けた。裂け目の中は真っ黒で、闇が生き物のように蠢いていた。

 

「なんか味気ないな」

「魔法なんてこんなものですよ」


 それを見たフリードが毒気を抜かれたように呟き、ゲートを安定化させたロンソがそれに答える。その後ロンソはゲートを指さし、後ろのジョージ達を肩越しに見つめて言った。

 

「さ、どうぞ」

「入っていいのか?」

「ええ。足を踏み入れた次の瞬間には、もう向こう側の世界に着きますよ」

「そう簡単にいくのか?」

「物は試しです」


 ロンソがさらりと返す。これ以上説明する気は無く、実際に体験するしかないようだ。

 

「仕方ないな」


 肩を落としながらジョージが歩き出し、ロンソを追い越す。残りの面々も彼の後に続き、依頼人とロンソが最後尾につく。そして彼女達が動き出した時には、最前列のジョージは既に裂け目の中に入り込んでいた。


「おお」


 闇をかいくぐった先に広がる光景を見て、ジョージは思わず声を漏らした。彼の後に続いて闇を越えてきた者達も、そこに広がる世界を見て嘆息した。

 

「すげえ。本当に戻ってこれた」

「ここが、もう一つの世界……?」

「なんつうか、ひどいな」


 イヴァンが感心する横で、向こう側出身のエリーとフリードが眉を顰める。最後にやって来たロンソと依頼人の男も、目の前の光景を前にして苦い顔をした。

 

「相変わらず荒れてますね」

「なんだこれ。どうなってるんだ?」


 彼らの眼前には、破壊され尽くされた摩天楼の姿があった。通りのアスファルトは粉々に砕かれ、かつて天を衝くほどにそびえ立っていた高層ビル群は、ひとつ残らず打ち崩されていた。荒れ果てた道には破壊された車の残骸と人の死体が至る所に転がり、あちらこちらで火の手が上がっていた。さらに遠くでは絶えず銃声と爆発音が響き、人の悲鳴がそれに混じって聞こえてきた。

 世紀末と呼ぶにふさわしい、凄惨な光景がそこにあった。

 

「ワシントンD.C。酷い有様ですね」


 ロンソが今自分達のいる場所の名前を呟く。その彼女の横で、依頼人の男が顔面蒼白になりながら誰にでもなく問いかける。

 

「どうなってるんだ? なんでこんなひどいことになってるんだ?」

「ここだけじゃありませんよ。こちらの世界の全ての町が、ここと同じ目に遭っています。大抵の人口密集地は特に破壊され尽くされていますね」

「どうして?」

「お前らが武器を探したからだよ」


 男の問いにロンソが答え、さらに疑問をぶつける男にユリウスが告げる。自分が責められたような気がして男は息をのみ、その男にユリウスが続けて言った。

 

「向こうの世界の連中は、こっちの世界のどこに武器があるかわからないからな。こうしてしらみつぶしに探してるんだよ」

「こちらの世界にも人間がいるのでしょう? 彼らを気にしたりはしないのですか?」

「してなかったらこんな事にはなってないでしょうよ」


 狼狽する男にヨシムネが言い返す。その彼らの頭上を、一匹のドラゴンが翼を広げて飛び越していく。ドラゴンの背には一人の人間が乗り込み、彼の真後ろには奪った武器を詰め込んだ袋がいくつも縛り付けられていた。

 

「みんな自分のことしか考えてないのさ」

「侵略者に対して何の対策もしていない、こちらの世界が悪いのですよ」


 ジョージとロンソが互いに意見を述べ合う。直後、前方のビルの一つが唐突に爆発し、雪崩のように通りに向かって崩れ落ちていく。

 依頼人の男は、乾いた笑みを浮かべるしかなかった。

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