フィード
武器という分類において、このカインズロアという世界は非常に歪な進化を遂げた。外部からもたらされた異形の技術が、彼らを本来進むべき道から大きく外れた、全く異なる進化の方向へ導いたのである。
「やれやれー! ぶっ潰せー!」
「行け! 容赦するな!」
銀行強盗を目論むその犯罪者集団は、その全員が不可思議な物体に乗り込んでいた。全身を魔界産の金属で覆われ、四つの車輪で移動する鉄製の箱。四方にガラスの窓がはめ込まれ、操縦者はその窓から外の光景を見ていた。さらに両側面の窓は自在に開閉が行え、運転手以外のメンバーはその開けた窓から、これまた奇妙な物を外に向かって突き出していた。
銃器。これもこの世界には本来存在しえない武器である。彼らはそれを当たり前のように装備し、使い方もしっかり習熟していた。車に銃。この世界に生まれることの無かったもの、生まれてはいけなかったものを振りかざし、彼らはその小さな町を襲おうとしていた。
「向こうから変なクルマが来てるぞ」
「キャラバンか?」
「待て、今見る……くそ、あいつら銃で武装してやがる!」
「じゃあ敵だ! 鐘を鳴らせ!」
見張り用の塔にいた男二人は、そう言ってそれぞれ即座に行動を起こした。双眼鏡で来訪者の正体を掴んだ方は相方の指示通りに鐘を鳴らし、そして彼にその指示を出した方は、その鐘の音を聞きながら流れるような動作で梯子を降りていった。
降りた先は倉庫だった。周りには木箱が大量に積まれ、部屋の中央にはまた別の男たちがいた。倉庫の見張り番であるその二人の男はテーブルを挟んで座り、そこでカード遊びに興じていた。
二人の男もまた、頭上から鳴り響く鐘の音を耳にしていた。
「敵か?」
「ああ。こっちに向かってきてる」
「なら準備しないとな」
塔から降りてきた男の言葉に対し、倉庫の見張り番は二人して席を立った。そして互いに違う方向にある木箱の山へ向かい、それらの蓋を思い思いに開け始めた。
中には大量の銃器が詰め込まれていた。別の箱には手榴弾や弾薬も入っていた。見張り番の二人が蓋を開けるたびに、箱の中からそれぞれ違う形をした銃がその姿を露わにしていった。塔から降りてきた男も、その開閉作業に加わった。
そうして三人がかりで箱の八割ほどを開け終えたとき、倉庫の鉄扉が音を立ててスライドしていった。開け放たれた扉の向こうには町の住人が大勢立っており、それまで箱を開けていた男たちはその住人に向かって手招きした。
「一列に並んで! 銃と弾を配るぞ!」
「女子供は小さい奴。男共はでかい奴だ!」
「急げ急げ! 向こうは待っちゃくれねえぞ!」
倉庫側の三人が催促する。外にいた住人達はその言葉を引き金にして、整然と、しかし迅速に配給を受けていった。突撃銃や散弾銃は男が、片手で扱える拳銃は女性や子供の手に渡った。老人に渡す分は無かったので、そこら辺に転がっていたハンマーや木の棒を適当に渡した。
「女子供は家に隠れてろ! 爺さん婆さんもだ! 戦える男連中はバリケードを作れ! 急げ!」
この町は小さく、警備組織を雇う余裕は無かった。大国からの庇護を受けているわけでも無かった。だから町民自身が武装し、自分達で敵対者と戦っていくしかなかった。
「ま、待ってくれ。それはウチの商売道具なんだ。屋台は使わないでくれ」
「露店でも商売は出来るだろ。観念しろ」
「動かすぞ!」
弾除けの障害物には、そこらにあった瓦礫や運悪くこの町に逗留していた商人の屋台、いつもは交易の際に使っている共用の馬車を利用した。土嚢などという便利な代物を買えるだけの金銭的余裕は、この町には無かった。彼らの持っている銃にしたところで、その殆どが整備不良だの故障だので定価割れした安物を纏めて買い占めたものであった。照準が狂っているくらいならまだ可愛いものである。
「よし、そろそろ着くぞ!」
一方で、その犯罪者連中も着々と町に近づいていた。彼らは先方が大急ぎで武装化していることを察知し、その上で攻撃を続行するつもりでいた。
「連中、やる気みたいだぜ」
「へっ、だったらいいもの見せてやろうぜ!」
一人が不思議そうにこぼし、もう一人が意気揚々と答える。続けてまた別の一人が車の上部を開け、上体を外に晒す。四人目が奥から筒状の物体を引っ張り出し、その男に渡す。男もそれを受け取り、慣れた手つきで発射の準備を整えていく。
距離百メートル。目と鼻の先だ。
「一発かますぞ!」
男が叫ぶ。車内にいた面々も口々に囃し立てる。
狙いをつけ、引き金を引く。筒の中から弾頭が飛び出し、尻から煙を吐き出しながらまっすぐ目標へ向かって飛翔する。
町の人間がそれに気づいた次の瞬間、構築されたバリケードのど真ん中で花火があがった。
後は一方的だった。
金のない町人達の装備に比べ、その強盗連中のそれは金にものを言わせた豪華極まりないものだった。彼らはロケット砲でバリケードに風穴を開け、そこを車で易々突破した後、一直線に銀行へ突っ込んだ。バリケードの周辺に固まっていた町人達はすぐに踵を返して銀行に向かおうとしたが、強盗の一人はその町人達に向かってもう一個のロケット砲を持ち出して構えた。
引き金を引く。弾頭がまっすぐ町人に向かう。気の抜けた発射音が聞こえた次の瞬間には、町人達はバリケードごと爆風と煙に包まれた。残りの強盗はそそくさと銀行内に侵入し、二発目のロケット砲を撃ち終えた方はその場で見張りを始めた。
彼らを邪魔する輩は一人もいなかった。強盗達はまんまと金をせしめることに成功し、意気揚々と車に乗り込んだ。そして彼らと大量の金を載せた車は、そのまま何の妨害も受けることなく逃げおおせることに成功した。
煙が完全に晴れたのは、ちょうどその時だった。無傷でいられた人間は一人もいなかったが、それでも息のある人間は何人かいた。彼らの目には蹂躙された町と、自分達のすぐ横で倒れた人間だけが映っていた。自分達をこのような目に遭わせた連中の姿は、どこにも見えなかった。
「……くそっ」
そうしてなんとか生き延びた者の一人が、悔しげに声を漏らす。息と血を同時に吐きながら、その男は怒りと屈辱に顔を歪めた。
「どうして……俺達がこんな目に……」
これはここだけの話ではない。今のこの世界ではよくある光景だった。外の世界からもたらされた異形の力は、この世界のパワーバランスを簡単に崩壊させた。剣と魔法は完全に過去の遺物と化し、金で買える銃器が力のヒエラルキーの上位に君臨することとなった。
その流れに適応できないものは、大抵の場合このような目に遭う。装備を整える金が無い、というのは言い訳にはならなかった。出来なければ死ぬだけだ。新時代の到来に伴う淘汰は、既に始まっていたのだ。
「もっと……もっと力が……!」
その淘汰の中で、人々はより強い力を求めていた。弱者の領域から脱却するために。強者を打ち倒すために。力で成り上がるために。彼らはより強大な銃、それも簡単に手に入る強力な兵器を渇望していった。そしてその渇望は、奪ってでも手に入れると言わんばかりに、より強大に、容赦ない方向へ肥大化していった。
彼らが「もう一つの世界」、銃器の発生源に目を向けるのは、それからしばらく経った後のことだった。




