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ビークル

 ワイズマンによるファルファの屋敷襲撃は、彼らの持つ「魔法の武器」の優位性を示すのに十分な効果をもたらした。その真実は瞬く間に広がり、数日待たずして魔法の武器、もとい銃器の需要は大きく伸びた。

 当然ベトルードにも、その情報は耳に入った。自分と顔見知りの連中が妹の組織に殴り込みをかけたことも知っていた。しかし彼はそれを知りながら、ワイズマンに個人的制裁を加えようとはしなかった。ファルファはそれを受けて当然のように激昂したが、ベトルードはそんな妹の言葉を一蹴した。

 

「お兄様! あなたの妹が虚仮にされたのに、何の仕返しもしないって言うの!?」

「たわけ。してやられるお前が悪いのだ。敵の武装を知らなかったとか、魔法の武器の威力を知らなかったとか、そういう文句は受け付けんぞ。情報収集を怠ったお前の責任なのだからな」

「それは……!」

「お前もプロならば、プロとして責任を持て。自分の失敗をフォローできるのは自分だけなのだからな。肉親に甘えるのも程々にしろ」


 ベトルードは容赦なかった。彼は机に載せた肉を揺らしながら、厳しい目つきで妹を睨んだ。一方でそう言われたファルファも唇を噛み、何も言わずにそれを甘んじて受け入れた。全て反論の余地のない正論だったからだ。

 

「そういうわけだから、どうだ? お前のところでも魔法の武器を導入するか? 説明書込みで安くしておくぞ?」


 そしてそんな妹に対し、ベトルードはさも当然のように売買の話を持ち掛けた。商魂逞しい兄の提案に対し、ファルファはしばし仏頂面を見せていた。正直言って、彼女は実の妹に金のやり取りを持ち掛けてくる兄に呆れていた。

 しかし結局、妹はその提案に折れた。

 

「扱いやすいものを人数分。それと特別威力のあるやつもお願い」

「カタログもあるぞ。せっかくだから、それを見て決めてみたらどうだ?」

「試しに使ってみるっていうのは出来るの?」

「試射か。出来るぞ。弾代はそっち持ちだがな」

「有料体験なの? なら別にいいわ」

「そうか、残念だな。今なら格安にしておくんだが」

「金の亡者め。最低ね」

「なんとでも言え」


 それから数時間、ファルファはじっくりと兄のラインナップを確認した。そして一つ一つを比較し、今の自分達に必要なものを選定した。

 

「決まったか?」

「ええ。これだけ欲しいわ。頼めるかしら?」

「もちろん。分割払いでもいいぞ」

「いいえ。ここで全部払うわ」


 こうしてファルファと彼女の組織は、全員分の銃器を手に入れた。突撃銃。狙撃銃。無反動砲。拳銃、散弾銃、手榴弾。カタログスペックを見る限り、どれも一長一短だった。

 魔法の武器と言うくらいだから、万能兵器の一つもあるだろう。そんなファルファの予想は、見事に裏切られた形となった。彼女は小さく落胆した。そして組織のボスは取捨選択に困った挙句、代表的なカテゴリにある平均的な性能を持ったものを片っ端から買うことにした。

 それが出来る資金はしっかり持っていた。しかし景気よく金を使う妹を見て、ベトルードは驚いた。

 

「随分買い込むんだな」

「どれも長所と短所があるからね。全ての距離に対応できて、全ての敵を倒せる武器は無いの?」

「そんなものあるか。適材適所。いつもと同じだ。どう使いこなすかはお前次第だな」

「教官ぶるのはやめてくれるかしら?」


 妹の質問に答えてから、ベトルードは鼻で笑った。ファルファも軽く舌打ちを返し、そのままベトルードの部屋を後にした。

 

「すぐ届ける。本部で待ってろ」

「そうしておくわ」


 背後から兄の声。ファルファは振り返らず、片手を挙げてそれに言い返す。そしてベトルードの言葉通り、彼女が屋敷に戻った時には既に購入した銃器を詰めたコンテナが到着していた。

 開けると、確かに注文した分だけの銃器が入れられていた。そしてその銃の山に混じって、バッグが一つ置かれていた。中には自分が払った金の半分が納められていた。

 

「あのデブめ」


 そしてそれを見て、ファルファは初めて兄が自分に半額で武器を提供したことを知った。意味が分からず呆然とする部下達の中で、ファルファは表向きには感謝の念を見せず、照れ隠しに悪態をついた。

 

 

 

 

 襲撃を受けたのは、ファルファの組織だけではなかった。魔界人間界問わず、ありとあらゆる場所が攻撃目標となった。ワイズマンの攻撃を皮切りに、それまで力を持たず虐げられる側に回っていた者達が、手っ取り早く拠点と装備を入手するために、そういった小規模な警備ギルドや傭兵派遣会社を襲撃したのである。

 それの成功率は五割だった。魔法の武器を上手く使いこなした者達はすんなりと目標の奪取に成功したが、考えなしに突撃したり、そもそもまともに銃を扱えなかったりした者達は、そのことごとくが返り討ちにあった。彼我の力量差を正確に比較できず、銃さえあれば何でも出来ると思い込んで攻撃を仕掛けた者も一定以上存在していた。銃の威力は広く知れ渡っていたが、銃を利用しての戦術構想についてはまだまだ未熟であった。そして魔法の武器に対して他より多くの知識を持っていたワイズマンやベトルードは、そうした戦術論を明らかにしようとはしなかった。

 

「講習会とか開けば、また一儲け出来るんじゃないですかね?」

「やめとけ。敵に手の内晒してもいいことなんか一つも無いぞ」


 湾岸地域にある港町の銀行を襲った際、猫のマスクを被ったエリーはそう提案した。そしてその問いに対し、彼女と共に縛り上げた人質の見張りをしていたイヴァンはそう返した。彼らの背後では残りのメンバーが、金庫の鍵をこじ開けようと奮戦していた。

 

「でも、ほっといてもその内研究とかされますよ? もったいぶる必要無いんじゃないですかね」

「それでもだよ。いいんだよ今のままで。第一、律儀に金払う連中が来ると思うか?」

「ああ」


 イヴァンの言葉に、エリーは納得せざるを得なかった。まったくその通りだ。知恵の足りてる奴らは、そもそも助けを求めに来るはずもない。

 

「このままでいいってことですね」

「そういうことだ」

「集めるだけ集めた。さっさと逃げるぞ」


 二人がそこまで話した直後、奥からジョージがやってきて二人にいった。彼は満杯になった麻袋を肩に担ぎ、続けてやってきた面々も同様に膨れ上がった麻袋を背負っていた。

 

「今日は大漁ですね」

「大漁になる日を選んできたからな」


 今日の稼ぎを見たエリーは目を丸くした。ジョージもそれに答え、続けて部下全員に撤退指示を出した。

 

「車は? こっちに来てるのか?」

「ああ。今来る」


 そのジョージに見張り役のイヴァンが尋ねる。ジョージはすぐに答え、そしてその直後、外から正面の窓を突き破って一両の装甲車が姿を現した。

 装甲車は後ろ向きのまま、銀行内に突撃してきた。幸い、人質はガラス片を被っただけで、死ぬほどの痛手を負った者はいなかった。その彼らの眼前で、装甲車の後部ハッチがゆっくりと開いていく。

 

「ほら乗れ! はやく!」


 開ききったハッチの奥から、ユリウスの声が聞こえてくる。ワイズマン達は一斉に後ろから乗り込み、全員搭乗を確認したユリウスはまたゆっくりとハッチを閉めた。

 人質達はその光景を呆然と見つめていた。その六個の車輪を動かし、猛然と走り去っていく鋼鉄の塊を、信じられないものを見るかのような目つきで凝視していた。

 その「魔法の鉄箱」は、やってきた警備隊の攻撃に対してびくともしなかった。剣も槍も効かず、弓矢も簡単にはじき返す。高速で動くそれの威力を知らぬまま、それの前に立ちはだかった者は、その全てが悲惨な末路を迎えた。

 警備兵の中には「魔法の武器」を手にする者もいた。しかし彼らの銃撃は、その「魔法の鉄箱」には全く通用しなかった。そうして警備隊を蹴散らし、悠然と逃げていく鉄箱を見送りながら、生き残った警備兵はただ呆然とその場に立ち尽くした。

 

「なんなのだあれは」

「あれも魔法の道具の一つなのだろうか……」


 馬で追える速さでないことは、誰の目にも明らかだった。人質も警備兵も、ただ見ることしか出来なかった。

 ヘイムゼンが「魔法の鉄箱」の生産販売を開始したのは、その翌日の事だった。

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