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ノックノック

 その日、世界は一変した。剣と魔法しか知らない、その世界の純朴な人間達は、こことは違う世界で生み出された「魔法の武器」を見て、大きく価値観を揺るがされた。それは魔法よりも無骨で、剣よりも効率的に人を殺すことの出来る道具であった。その世界の住人はここまで先鋭化された武器があるのかと驚き、そしてそれの破壊力に魅了された。

 銃と呼ばれる代物がその世界で大流行するのは、もはや必然であった。

 

 

 

 

 人々が剣から銃へと持ち替えた結果、犯罪は激増した。銃は剣や魔法と比べて、明らかに「扱いやすい」代物であったからだ。荒行を自身に課す必要も、山にこもって自然の声を聴く必要もない。説明書を読んで練習すれば、誰でも「撃つ」ことは出来る。そのくせ攻撃力はそれらと遜色ないものに仕上がっている。使わない手は無かった。

 狙いをつけて引き金を引くだけで人が死ぬ。死亡者数は世界規模で格段に増え、そしてそれらから身を守るために、銃の需要はより一層増えていった。強盗。殺人。復讐。そしてそれらに対する防御手段。銃器はより多くの人間から求められる存在となった。

 たとえそれが魔界謹製の代物であったとしても、人間達は躊躇なくそれを手に入れた。

 

「まさかここまで売れるとは思わなんだ。がっぽり大儲けじゃないか」


 銃器製造を一手に任されていた工業都市ヘイムゼンの長、ベトルードは、今月の収支報告書を見て喜びに震えていた。脂肪で膨れ上がった彼の体はぶよぶよと蠢き、彼の喜悦の感情に呼応するかのように楽しげに揺らめいていた。

 そこには人間が魔族の作った道具を使って同族殺しをしていることに対する、嘲笑めいた感情も含まれていた。

 

「ワイズマン様様だな。やはり持つべきものは友ということか」

「我々の試算では、今後も銃の需要は伸び続けていくものと思われます。それこそ全ての人間が、今現在これを望んでおりますからね」

「そして人間の次は魔族だ。賭けてもいいぞ。魔族の連中も、きっとこいつを欲しがるようになるだろう」


 ベトルードの発言に、それまで彼の横で近況報告をしていた側近は首をかしげた。社交辞令半分、興味半分で彼は長に尋ねた。

 

「それは何故ですか?」

「今人間共は、気が大きくなっている。銃という未知の強力な武器を手にして、舞い上がっているんだ。そして中にはこう考えている奴もいるはずだ。これなら魔族に喧嘩を売っても勝てる、と」

「愚かとしか言いようがありませんね」

「だが事実だ。銃さえあれば、人間は魔族に勝てる。鱗も鎧も魔法障壁も、九ミリ拳銃弾の前では紙切れ同然だ。それだけの火力を持っているのだ。それに今は、もっと強力な弾薬を扱う銃器も出回ってる。人間達が自力で高火力の武器を製造しているという噂もある。このままでは、魔族は負けるだろうな」


 ベトルードは断言した。迷いのない長の言葉を受けて、側近は思わず息をのんだ。

 ヘイムゼンの長の予言は、これまで一度も外れたことが無い。それだけベトルードの観察眼は鋭く、研ぎ澄まされていたのだ。

 

「下手をすると、もう同胞の中で被害者が出ているかもしれんな。それもかなり深刻な」

「大丈夫でしょうか? もしそうならば、こうなったのはお前達が変な武器を流したからだと、とばっちりで報復を受けそうな気がするのですが」

「その時はな、お前達の用意が足りなかったのが悪いんだと、言い返してやればいいのだ。我々はただ商売をしているだけ。どこにも落ち度は無い。そうだろう?」


 ベトルードは余裕な態度を崩さなかった。側近は彼の言葉にも一理あると納得する一方で、それでもやはり不安をぬぐいきれずにいた。

 これから、世界の勢力図は一変する。彼はそう思わずにはいられなかったのだ。

 

 

 

 

 ベトルードには年の離れた妹がいた。彼女は兄と違って無駄なぜい肉を体につけず、抜群のプロポーションを誇っていた。彼女がそんな己の体型に対して並々ならぬ努力をしているのは、ぶくぶくに太った兄への対抗心から来ているのだと邪推する者もいた。そんな噂に対し、その妹ファルファは沈黙を貫いていた。

 その彼女の住む屋敷が襲撃を受けたのは、人間達の間で銃が流行りだした三日後のことであった。

 

「敵!? どこから来たの!?」


 爆発音によって真夜中に叩き起こされたファルファは、部屋の外から聞こえてくる爆発音と怒号から、即座に状況を理解した。彼女はすぐに意識を覚醒させ、寝間着から仕事着に着替えながら自身のオフィスに向かった。戦闘員専門の人材派遣会社を営んでいる彼女のプライベートオフィスは、有事の際には臨時の前線指令室に変わるのであった。

 そして彼女がドアを開けると、そこには既にファルファの側近が勢揃いしていた。その全員が優れた頭脳と、戦闘能力を持っていた。ファルファはそんな誇れる部下達のもとへ行き、合流すると同時に彼らに尋ねた。

 

「状況は? 敵の人数は?」

「敵は何方の壁を突き破って屋敷内に侵入。その後内部で防衛部隊と戦闘を行っております」

「敵の数は確認できただけでも、七人程度です」

「七人ですって?」


 中央の大テーブルを囲んで部下からの報告を受け取ったファルファは、それを聞いて顔をしかめた。ここには直属の親衛隊が百三十人、ファルファを守るために常駐している。しかも非常時の際にはここから救難信号を出すことで、魔界や人間界にある各支部から追加の増援を要請することもできる。

 それをたった七人で迎え撃つというのか? ファルファは思わず部下の前で苦笑をこぼした。命知らずにも程がある。飛び起きて損したくらいだ。

 

「それと、敵の武装について報告が」


 そんなファルファに向かって、部下の一人が声をかける。紫色の肌を持つその魔物は紙束を持つ手を大きく震わせ、、見るからにビクついていた。

 

「どうしたの? 何か問題でも?」


 それに気づいたファルファが問いかける。ついでに他の部下達も一斉に彼を見る。

 そうして周りの視線を一心に集めた後、その魔物は不安げな態度で口を開いた。

 

「その、敵がですね」

「だからなによ」

「ま、魔法の武器を」


 次の瞬間、入口のドアが吹き飛ばされた。ドアは周囲の壁ごと室内へ爆発四散し、中にいたファルファと部下は咄嗟に屈んで身を守った。

 もうもうと立ち込める煙の中から、三人の人間が姿を見せる。その侵入者達は全員が「魔法の武器」を持ち、それぞれ獅子と犬と狐の頭部を模したマスクを被っていた。

 

「ボンジュール。ミス・ファルファ」


 その真ん中に立っていた獅子頭の男が声をかける。ファルファはそれに反応して真っ先に立ち上がり、無手のまま男と対峙した。

 

「あなた方がこの騒動の犯人ね」

「そうだ、と言ったら?」

「生かしては帰さない。これだけの損害を与えておいて、五体満足で逃げれると思わないことね」


 ファルファが堂々と言い放つ。それに続くように、残りの部下達もこぞって立ち上がる。

 全員が敵意と憤怒の表情を浮かべていた。空気が一瞬にして凍り付く。しかしやってきた三人も怖気づかなかった。

 

「まあ落ち着け。俺達としても、これ以上お前達と争うつもりは無いんだ。ここまで侵入できた。それで俺達の仕事は完了なんだ。後はここの代表に挨拶して、帰るだけだ」

「泥棒が目的じゃないってことかしら」

「ここに欲しいものは何も無いしな」


 獅子頭の隣にいた、犬頭の男がファルファの問いに答える。そして今度は、狐頭の女がファルファに言った。

 

「今回のこれは、あくまでもデモンストレーション。いい結果が残せて何よりですわ」

「貴様ら、いったい何が目的だ」

「企業秘密だ」


 狐女に部下の一人が食って掛かる。しかしそれを獅子頭の男が軽く受け流し、男は続けて懐に手を忍ばせた。

 

「じゃあ、俺達はこのへんで」

「生きては帰さないと言ったはずよ」

「残念だけど、俺達は帰らせてもらう。お前らの都合など知ったことか」

「逃がすか!」


 獅子頭の男がさよならを告げ、そうはさせまいと部下の一人が飛び出す。男はその部下に向かって、懐から取り出したある物を投げて寄越す。

 投げつけられたそれを、部下は手の甲を使って払いのけようとした。しかし手の甲とぶつかった瞬間、投げつけられたその円筒形の物体はその衝撃をトリガーとして、内側から破裂した。

 刹那、激しい音と閃光が容赦なくまき散らされていく。解放された白色光は室内を一瞬にして真っ白に染め上げ、それを直視した者の視界さえも白一色に塗り潰した。同時に生じた耳をつんざく、セイレーンの金切り声にも似た高音は、彼らから聴覚を一時的に奪い去った。

 駆け出していた魔族は思わず足を止めた。残りの連中もいきなり目と耳を潰され、その場に釘付けにされた。

 

「逃がすな! 追え! 殺せ!」


 目を瞑りながらファルファが叫ぶ。しかし耳が使い物にならなくなっていたので、その言葉は誰にも届かなかった。ファルファ自身も、己の言葉を耳で知覚することが出来なかった。

 彼らが元の知覚機能を取り戻したのは、それから五秒ほど経った後だった。その頃には部屋の外から戦いの気配は消え、あの三人組の姿も消えていた。ファルファの屋敷は、完全に静寂を取り戻していた。

 

「逃げられた……」


 その静寂の中、部下の一人がぽろりとこぼす。それをきっかけに事態を把握したファルファの心は、大きく荒れ始めた。静かな晴天は一瞬で大嵐となり、彼女の心を怒りで満たしていった。

 

「探すのよ」


 ファルファが小声で言った。近くにいた部下がそれに反応する。

 

「どういうことです?」

「奴らを探すのよ! 連中の正体と本拠地を探し当てて、報復してやるの! 何が何でも見つけなさい! 奴らを一人残らず、地獄に叩き込んでやるのよ!」

「は、ははっ!」


 ファルファは激昂した。彼女の怒りを間近で感じた部下達は、反射的に背筋を伸ばしてその命を受けた。。やがて彼らは各々の任務を果たすために、打ち崩された出入口から一斉に外へと飛び出していった。

 そんな部下達の後ろ姿を見ながら、ファルファは握り拳を二つ作った。怒りに体を震わせながら、彼女は一つの決心を固めていた。

 

「絶対に許さない。殺してやる。私を虚仮にしたことを後悔させてやる……!」


 一週間後、ファルファは大きく後悔する羽目になった。

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