デモクラシー
魔族達は何らかの問題に直面した際、各氏族の代表者が集まり会議を開く。彼らはこれを「評議会」と呼び、この話し合いによって彼らは解決のために全体の意志を統一させるのである。
そして評議会は特に理由がない限り、魔界の中心に聳える魔王城で行われる事になっていた。なのでこの日開かれた評議会も、定例通り魔王城の大会議場で行われた。
ロンソ・ステアーズもそこに出席していた。しかし代表としてではなく、今回の議題に関する重要参考人としてである。
「さて、ロンソ・ステアーズよ。貴様はなぜ自分がここにいるのか、理解しているな?」
評議会議長ーー普段は魔王の右腕として活躍している大魔導士の声が会議場に響く。ロンソはその声を、会議場の中心地点に立ちながら黙って聞いていた。
そこは擂り鉢状に作られた室内の最下層であった。頭上を見上げれば、その四方を出席者用のテーブルに囲まれている事が見て取れた。自分以外の全員が、一斉にこちらを見下ろす格好になっている。
そしてその席について彼女を囲む面々は、その全員がロンソに向けて敵意の眼差しを向けていた。
「口を開く必要はない。わかっているのなら、ただ黙って頷くが良い。弁解の時間は後で設けるでな」
その部屋の最上段に腰を下ろす議長の詰問に対し、ロンソは静かに首を縦に振った。彼女を見下ろす議長はただ「結構」と呟き、続けて口を開いた。
「ではその案件が、全て己の過失によって生じた事であることも認めるな?」
ロンソは続けて頷いた。ロンソは真剣な面持ちで議長を見上げ、髭面の議長もまた険しい顔でロンソを見下ろしていた。老齢の議長は明らかに怒りと失望をその顔に浮かべており、会議場もまたそれと同じ刺々しい空気に包まれていた。
しかしロンソはそれを不快に感じなかった。むしろ彼女は「彼らの怒りは当然の事だ」と、周りから放たれる敵意を甘んじて受け入れていた。
なぜなら今回の議題はブラックベリー城の陥落と、それに対するロンソへの罰の選定でありるからだ。今この場において、ロンソは完全に出席者の敵と認識されていた。
「はい。今回の事件は全て、私の慢心によって生じた事です。その件について弁解するつもりはありません」
ロンソが議長を見据えながら口を開く。今度は議長がそれに頷き、続けてロンソに問い返した。
「では貴様は、いかなる処罰をも受ける覚悟があると?」
「はい」
「言い訳もしないと?」
「はい」
「死すらも受け入れると言うのだな?」
「はい」
ロンソは迷わず返答した。議長も、そして彼女を取り囲む出席者達も、淡々と彼女の態度を見届けた。誰も彼女を制止せず、むしろそれが当然だと言わんばかりの空気が室内に漂っていた。
魔族は人間に遅れを取ることはない。魔族こそが優れたこの世で最も優れた種族である。それが魔族の共通認識である。魔族が人間に負けるなどあってはならないのだ。
その魔族の城が、人間に墜とされた。それもたった四人の、しかもその城の主本人が呼び寄せた人間によって。
大失態である。評議会に出席した面々は、その全員がロンソに非があるものとしていた。議長も全く同じ意見であり、当のロンソ本人も己の不明が招いた事であると自覚していた。
「それで議長、いかがしましょうか?」
そんな折、出席者の一人が議長に言葉をかける。若く、浅黒い肌を持った男だった。
全員の注目が彼に向けられる。人間の青年と同じ容姿をした男は怯むことなく、議長を見上げながら再度言葉を放つ。
「既にこの者は罪を認めております。弁明をする気配もありません。ここは早急に処分を決め、早々に評議を切り上げるべきでは?」
こんな事のために時間を無駄にすべきではない。発言者は言外にそう告げていた。そもそも魔族は話し合いが苦手だった。
実際、他の出席者も口にしないだけで同じ意見だった。ロンソ本人も「さっさと終わって欲しい」と内心うんざりしていた。理性より本能を優先する、彼らの短所の一つであった。
「その通りです。議長、早く決めちまいましょう」
「こっちも暇じゃねえんだ。とっとと決めやがれ」
「議長。処分をお願いします」
やがて方々から催促の声が挙がる。ロンソさえもが結論を急かしていく。自分の死期が速まるだけかもしれないのに、それでも彼女はこの退屈から脱したかったのだ。
そうして全員の意志が一つになる中で、議長がその視線を件の発言者に移す。そしてじっと彼を見つめ、次にロンソを見下ろし、最後に重々しい口調で言った。
「私としては、死罪は妥当では無いと思う」
直後、会議場が僅かにざわめいた。議長に同意する者もいれば、彼の言葉に難色を示す者もいた。
周りの雑音を無視して議長が続ける。
「今回、ロンソ・ステアーズのした事は確かに重罪である。我ら魔族の顔に、泥を塗ったようなものだからな」
「そうであるなら、なぜ?」
「なぜならこの者がこれまで築いてきた功績は、決して無碍に出来るような物ではないからだ」
思わず問い返した出席者の一人に対し、議長がそう答える。それから議長は再度ロンソを見下ろしながら口を開いた。
「はっきりと言って、この者は有能だ。そんな者を、たった一度の失態で切り捨てて良いものだろうか」
「それは……」
「私はそうは思わん。むしろこの程度の失策で切り捨てる事の方が、我らにとって大きな損失となると思っておる。皆はどう考えているかな?」
老齢の議長の問いかけに、誰も異を唱えなかった。誰もが彼女のやらかしたことに不平を抱いていたが、同時に彼女の功績を理解してもいたからだ。
彼らは欲望に忠実であるが、馬鹿ではない。ここでロンソを切り捨てる事の拙さを、誰もが理解していた。
「それに、今回の件で損を被ったのは、他ならぬロンソだ。ここにいる誰かが直接被害を被った訳ではない。言うなれば今回の事案は、ロンソの傲慢が招いた自業自得と言うわけだ」
議長が続けて言葉を放つ。今の彼は完全にロンソを擁護する立場に立っていた。
「無論、罰は与える。だがそれは死罪に値する物では無いとも考えている。何か他に意見のある者はあるかな?」
議長が目を細め、周囲を見渡す。
異論を述べる者は誰もいなかった。
会議はその後、ロンソへの詳しい処罰を検討した。結局彼女は死罪とはならず、代わりの処分が決定した後、評議会は閉会となった。
「ありがとうございます」
そうして出席者が全員帰途についた後、ロンソは自分の元に降りて来た議長に向けて頭を下げた。今ここにいるのは彼女と議長だけだった。
そんなロンソに対して議長は軽く頷き、そして彼女を見ながら口を開いた。
「頭を上げるが良い。お前が死なずに済んだのは、ひとえに日頃の行いが良かったからだ。私の力によるものではない」
「ですが、あなたは確かに私を弁明してくださいました。私の首が繋がったのは、あなたのお陰でもあります」
「私は事実を言っただけだよ」
ロンソからの謝辞に対し、議長の男は素っ気なく答えた。それから議長は髭をさすりつつロンソに向き直り、その口調を優しく諭すようなものに変えて彼女に言った。
「だがまあ、あまり無理はするでないぞ。功を上げるのも大事だが、功を焦って身を滅ぼしては何にもならんからな」
「わかっております、お父様」
「ここでそのように呼ぶのは止めなさい。今の我々は、あくまで上官と部下なのだから」
議長が目を細め、厳しい口調で言い放つ。ロンソは一瞬楽しく無さそうに顔をしかめ、その後渋々と言った感じで頭を下げた。
「申し訳ありません、ステアーズ総魔閣下」
「そうだ。それで良い。公私を混同してはならぬぞ」
男が目を細める。対してロンソは肩を落として面倒くさそうにしかめ面を浮かべた。しかし男が睨むとロンソはすぐに表情を引き締め、大袈裟な動きで背筋を伸ばした。
そんなロンソに向かって、額に青筋を浮かべながら男が問いかける。
「この馬鹿娘め。本当にわかっているのか?」
「もちろんわかっておりますとも。閣下のお言葉を聞き逃すなど、不敬もいいところでございますから」
無駄にしゃちほこばった姿勢でロンソが答える。わざとらしい態度を見て男はため息をつき、疲れた調子でロンソに声をかけた。
いつも通りの娘の態度を前に、怒る気力も沸かなかった。
「なら、さっさと行け。死なずに済んだだけで、全くお咎めなしになった訳ではないのだからな。父の心労を案じてくれるのなら、まずはさっさと罰則を消化するのだ」
「もちろんそのつもりです」
「しっかりやるのだぞ」
議長、もとい実父からの言葉に対し、ロンソは再度頭を下げた。それはこれまでで一番誠意のこもった行動であった。
そんな娘に対し、父はそれ以上指摘する事はしなかった。ロンソが所謂へそ曲がりである事は、彼が誰より一番知っていたからだ。
「魔導長官」ゼノ・ステアーズにとって、「死神」ロンソ・ステアーズは最も愛しい娘であり、同時に最も扱い辛い部下であった。命令よりも好奇心を優先し、気に入らない相手には例え上司に対しても平気で生意気な態度を取る。自然と上から目線で相手と接し、それは実の父ですら例外ではない。
もし有能で無ければ、ロンソはその不敬さを理由に即刻切り捨てられていただろう。そして現時点においても、目上に敬意を見せない彼女をやっかみ、排斥せんとする者も相当数存在していた。
彼女は自然と周囲に敵を作りやすいタイプであった。
「少しは慎みを持ってもらいたいものだ」
天上天下唯我独尊。ロンソが立ち去り、無人となった会議場の最底部で、ゼノは一人そんなことを思った。そして一方で、彼はこれからロンソが指揮していく四人組の犯罪者集団に思いを馳せた。
彼らならロンソを戒めてくれるかもしれない。ゼノはそんなことを考えた。プロフェッショナルとして、ロンソの未熟さを叱りつけてくれるかもしれない。
それは父としての、儚い願いであった。




