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ショウダウン

 ベトルードが拳を振り上げる。対する巨人もそれに対抗しようと構えるが、遅すぎた。

 ベトルードの無駄に肉の詰まった左拳が相手のガードをすり抜け、巨人の顔面を捕える。一撃を食らった巨人は大きく後ろによろめき、建物を道連れに背中から倒れこむ。爆音と煙が周りの兵士に襲い掛かり、その場にいた兵隊は大慌てで逃げ出した。

 

「いかん! 逃げろ! 巻き込まれたら死ぬぞ!」


 これにはさすがの隊長も撤退を指示した。後ろで砲撃していた住民達は直接危害を被ることは無かったが、それでも衝撃と音を肌で感じることは出来た。

 

「すげえな」

「だろ? こんな臨場感、映画でも味わえねえよ」


 その迫力満点の光景を目の当たりにして、ジョージはただ感嘆するばかりであった。すると彼の横にいた一般人がそれに同調するように声をかけ、そしてそれを聞いたジョージは巨人が巨人を殴る爆音を耳にしながらそちらに目を向けた。

 

「いつもこんなことが起きてるのか?」

「いつもって訳じゃねえよ。ベトルードが出張るのは、たいてい俺達じゃ解決できねえ問題が発生したときだ。今みたいにな」

「最後の切り札か」

「そういうことだ。それにレアだから、かえって出てきた時はお祭り騒ぎってもんよ」

「なるほどね」


 ジョージは納得したように後ろを見た。そこでは大砲で使われる弾薬箱を取り囲んで、どちらの巨人が勝つかで賭け事が行われていた。箱を囲んでいた面々はどちらが勝つかを口頭で宣言し、司会役がそれを聞いて宣言した者の名前をどこからか持ってきた黒板に書き込んでいき、さらに賭けに参加した全員が金を箱の上に置いていっていた。

 そして恐ろしいことに、参加者の大半が敵方の巨人が勝つ方に賭けていた。

 

「なんで誰もここの長に賭けないんだ?」

「大穴に賭けた方が多く儲けられるだろう?」

「そんな理由で……」


 ジョージは呆れるしかなかった。一方で二人の巨人の戦闘はなおも続いており、その光景をより近くで見ようと多くの人間がジョージの周りに集まり、観戦会が始まっていた。

 

「そこだ! やれ! いいぞ!」

「おい何やってんだよ! ベトルードに負けるぞコラ!」


 中には賭けに参加している者もいるようだった。そして敵に金を払った者も当然のように混じっていた。しかし誰も彼を裏切者と罵らなかった。観客のほぼ全員が賭けの参加者であり、そして観客のほぼ全員がベトルードが負けるほうに望みをかけていたからだ。

 

「大した町だ。本当に長が負けたらどうするつもりなんだ?」

「その時はその時だよ。金をもらって、ここからおさらばするのさ。それで脅威が去ったら、またここに戻って復興させる。何も問題は無い」

「長が死んだらどうするんだ」

「あれが死ぬかよ。ただの喧嘩でベトルードは死なねえよ」


 その住民は自信満々に断言した。周りの住民はなおも続く巨人同士のどつき合いを見てより一層興奮していた。彼らに混じってワイズマンの仲間たちも白熱していた。

 

「何やってんだデカブツ! いつまでベトルードにやられてんだ!」

「根性なしー!」


 彼らも全員敵に賭けていたようであった。ジョージはもう突っ込むことも諦めた。なお別の場所に向かったもう一方のグループがいる所でも同じ賭け事が行われており、そこにいたワイズマンの連中も全員敵の巨人が勝つ方に賭けていたということには、さすがのジョージも気づかなかった。

 

「飲み物でもどうかしら?」

「ああ、もらうよ」


 さらにどこかのレストランの売り子が、酒とドリンクを台車に載せて売りながら住民の周りを練り歩いてもいた。緊急事態とは思えないほど緩い光景だった。ジョージはそれに突っ込むこともしなかった。売り子の催促にジョージは素直に答え、彼女から適当に一杯もらうことにした。悔しいことに買った酒はそれなりに美味く、巨人の喧嘩を見ながら飲む酒はなおさら美味く感じられた。

 

「これもこれでいいな」

「だろ?」


 ジョージがしみじみ呟く。彼に話しかけていた男もそれに同意するように答え、それから巨人の方に目を向けて「デブに負けんじゃねーぞ!」と声高に叫んでいた。

 彼もそっちに賭けていたのか。ジョージはもはや何とも思わなくなった。そして彼の視線の先では、二人の巨人がなおも喧嘩を行っていた。


「どうした! そんなもんか! 根性見せろ!」


 住民の願望に反し、一貫してベトルードがペースを握っていた。彼は敵巨人の攻撃を悉くいなし、的確に攻撃を与えていっていた。全身にへばりついた分厚い脂肪もまた、彼の優位性を押し上げる一因となっていた。ベトルードに対する巨人の攻撃は、その大半が肉の鎧に吸収され、まともにダメージを与えられずにいたのだ。

 

「ハハッ! まるで痛くないぞ!」


 相手の右ストレートを腹で受け止め、手首から先を三段腹の中に食い込ませる。そうしてベトルードは相手の腕を食い込ませたまま、がら空きの顔面を両の拳でメッタ打ちにする。サンドバッグのように、呵責のない攻めを続ける。

 太古からそびえたつ巨木のように野太い腕が、巨人の顔面を左右から打ちのめしていく。同時にベトルードは腹に力を込め、肥え太った腹の脂肪で腕を挟み続ける。やがて相手の巨人は足に力が入らなくなり、腰砕けになってよろめき始める。

 それでもベトルードは攻撃を止めない。彼は顔だけでは飽き足らず、胸や腹にも拳打を叩き込む。鈍い音が断続的に響き、時折それに混じってベトルードの哄笑が響き渡る。彼は暴力を心底楽しんでいた。


「そら! そうら! どうした、まだ我慢できるだろ!?」


 どこまで行っても彼は魔族だった。そんな彼が攻撃を止めたのは、敵の巨人が膝をつき、顔面から大地に突っ伏した時だった。襲撃者は完全に意識を失い、抵抗する気力も持っていなかった。

 

「なんだ。つまらん」


 腹から拳がずり落ちる。ベトルードは退屈そうに呟き、足元に転がる巨人の体躯を短い脚で蹴りつける。

 長の完全勝利である。そんな彼に向けられたのは、賭けに負けて大損した者達の恨めしいため息であった。勝利を祝福する空気はそこには無かった。

 

「いつもこんな調子なのか」


 そんなまるで感謝を知らない群衆の中にあって、ジョージが嫌そうに顔をしかめて尋ねる。彼の横にいた住民はむしろそう問われたのが不思議なように怪訝な顔つきを見せながらジョージに答えた。

 

「ああ。いつもこんな調子だけど?」

「ここのリーダーが問題を解決したんだろ。もう少し讃えてもいいんじゃないか?」

「もちろん感謝はしてる。でもそれはそれ。盛大に外してくれたんだからな」


 住民はこともなげにそう言った。ジョージは呆れてものも言えなかった。

 そして彼らの遠方、巨大化したベトルードはそんな住民と兵隊を見ながら、大して気にしていないように口を開いた。

 

「おい! 腹が減ったぞ! 何か食わせろ!」

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