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ボム

 その日、ゼミューで爆発事故が起きた。上流階級の家、芸術で成功を収めた者が住む一軒家が、何の前触れもなく内側から爆散したのだ。

 家には家主の芸術家と、その妻の二人がいた。そして爆発によって死亡したのも、その二人だった。爆発自体は小規模なものであり、出火も無かったので、近隣に被害が及ぶことは無かった。

 その爆発は確実に、その家と家主をピンポイントに狙ったものであった。


「これは魔力によるものだな。物理的なものじゃない」


 ブルジョア階級に雇われていた魔術師の一人は、その事故後の現場を見てそう言った。魔法に疎い他の面々は何の質問も出来ず、そして魔術師はそのまま言葉を続けた。


「おそらく、どこかから圧縮された魔力を直接この家の中にワープさせ、そこで破裂させたんでしょう。解放された魔力はそのまま家の中で拡散し、中にある物を悉く吹き飛ばした。そしてそれは、家そのものを破砕するほどに強烈な破壊力を持っていたのです」

「な、なるほど。そうなのか」


 聴衆の面々は、彼の話をあまり理解しきれていなかった。詳しい原理について質問するのも面倒だった。だから彼らは、一番重要な事について質問する事にした。


「どこから飛んできたんです? 犯人は?」

「わかりません」


 魔術師は即答した。話を聞いていた近所のブルジョワと衛兵は唖然とした。


「わからないのか?」

「そうです」

「何故?」

「痕跡が見つからないからです。プロの方ならどうとでもなるでしょうが、私には何も見つけられませんでした。本当に申し訳ない」

「何を気弱なことを。お前もプロじゃないのか」

「私は違います。一週間前にライセンスを取ったばかりです」


 魔術師は申し訳なさそうに言った。他の者達は開いた口が塞がらなかった。魔術師は何も言わずに渋い顔を浮かべた。

 この時、ローブを羽織った一人の男が残骸と化した家の中へ入っていっていた。しかし魔術師もギャラリーも会話に夢中で、それに気づく者は一人もいなかった。





 家の中はどこも真っ黒になっていた。壁も床も天井も、四方が黒焦げになったかのようにどす黒く変色していた。

 男がその黒く変色したソファに指を添える。それを黒く染めた物体、黒い粉末が指先に付着する。それはこの家を破壊した魔力の残滓、具現化した魔力そのものだった。


「大した力だ」


 指先に付いた粉を払い落としながら、男が呟く。男にはこの魔法を使う者について心当たりがあった。これは主に魔界で広まっている破壊魔法の一種だ。

 基本的に人と亜人種、そして魔族の間では、それぞれ帯びている魔力の「色」が異なっている。人は青、亜人は赤、そして魔族は黒。色は体に流れる血の濃さで決まり、例外は無い。少なくとも多種族と一度も交わった事のない個人が、自分の属する種族以外の種族が有する色の魔力を得たという話は聞いたことがない。

 だから余程の異常事態でないかぎり、これは魔族の仕業だ。この破壊は、自分の同胞がしでかした事なのだ。


「まずいな」


 それがこの男の焦燥感に火をつけていた。なぜここが襲われたのか、彼には見当がついていた。この家の主は、人間の魔術サークルにマンハントの依頼を出していた。そして元を辿れば、ここの家主にその魔術サークルを紹介したのは、自分と同じ魔族の一人なのだ。その魔族はここの家主の顧客の一人で、彼の芸術品を定期的に購入していた。おそらくはその縁で、彼の復讐に手を貸してやろうと思ったのだろう。

 しかし家主の復讐対象には、自分と同じ魔族がいた。家主に手を貸した魔族は、それに気づいてはいなかった。しかし男は、その魔族について心当たりがあった。使い魔を放って愛弟子の動向を監視していたからこそ、彼はその弟子が、ここの芸術家の怒りを買っていた事を知ったのだ。


「オルメス様。オルメス様」


 その使い魔が、崩れた壁の向こうから男の元へと飛んできた。その蝙蝠の翼を生やした一つ目の悪魔は男の眼前で停止し、彼の顔を見ながら男に思念波を飛ばした。


「オルメス様。お弟子様が魔界にお戻りになられました。お仲間達も一緒です」

「目的はわかるか?」

「お礼参りかと」


 同じく思念波で問いかけてきた男に、一つ目の悪魔はそう答えた。オルメスと呼ばれたその男は、使い魔の聡明さに感心すると同時に、弟子とその仲間のフットワークの軽さに僅かながら戦慄した。


「足の速い連中だ」

「どうしましょう? 警告しておきましょうか?」

「放っておけ。奴が播いた種だ。どうなろうが奴の責任だ」


 この時、オルメスの脳裏には家主を焚きつけた魔族の姿が映っていた。細身の、インテリじみたいけ好かない奴だ。オルメスの心配は彼にのみ向けられていた。

 オルメスはその魔族と芸術家の復讐劇に巻き込まれた弟子の事を心配してはいなかった。彼は弟子の狡猾さと凶暴性を知っていた。長い物には巻かれる。やられたらやり返す。したたかな女。

 ロンソはそういう女だ。


「おそらくこの魔法を使ったのも奴だ。他に被害は出さず、標的だけを消す。手際のいい奴め」


 ここに来たのも、ロンソが魔法をここに飛ばす光景を、使い魔を通して視認したからであった。そして実際、彼女はここに魔法を飛ばした。自分が教えた長距離転移術を使って、破壊エネルギーの塊を直接目標地点に送りつけたのだ。


「本当にいいんですか? お弟子様の成長具合を確認なさらなくてもいいんですか?」

「いいって言ってるだろう。何度も聞くな」


 そんなオルメスに使い魔が問いかける。しかしオルメスも動じない。そんな彼の回りを、使い魔はグルグル周回しながら見つめてきていた。


「でもでも、一回会ってみたいですよね? 会いたいですよね? 最後に顔会わせたの二百年前ですよね?」

「百九十五年前だ」

「細かいところまで覚えてるんじゃないですか。やっぱり名残惜しいんですよね?」


 使い魔がのぞき込むように見上げながら尋ねる。オルメスはそれを疎ましく思いながら、それでも自分の気持ちに正直になった。


「会いたいとは思うな」

「ですよね。フィアンセですもんね」

「余計なことは言うな」


 下世話な使い魔にオルメスが釘を差す。それから彼はおもむろに両手を床にかざし、ゆっくりとそれを動かす。その掌の動きに従うように、彼の足下に魔法陣が描き出されていく。


「転移は一瞬、すぐに済む」

「痛くないですよね?」

「さあな」


 魔法陣の中に入りながら、オルメスと使い魔が言葉を交わす。やがて魔法陣から光が立ち上り、光は柱となって二人をその中に閉じこめる。

 二人を収めた光の柱はその後ゆっくりと収縮していった。光の柱は魔法陣ごと小さくなっていき、やがて柱は線へ、そして線は完全なる無へと変化していった。消えてなくなるのに十秒はかかった。

 そうして柱が完全に消滅した時、そこにオルメスと使い魔の姿は無かった。後からゼミューの衛兵達が状況確認のために中に入っていったが、彼らがオルメス達を見つける事は出来なかった。魔力の残滓を捉える事も出来なかった。


「予想通り、酷いことになってるな」

「まずは死体を探そう。証拠とかはその後だ」

「おう」


 そして結局、衛兵達は死体すら見つけだす事が出来なかった。ゼミューの住人は恐ろしがったが、それでも一週間もすれば、誰もその事に気をやろうとしなくなった。

 この町では、芸術以外に価値は無いからだ。

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