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アールピージー

 三十分後、ワイズマン達はキレニニス城から二百メートル離れた地点にいた。彼らはゼミューの商人から買った装甲車の中からその廃城を観察し、城の構造や周囲の状況を確認していた。


「魔法の結界とか、そういう物なら何も無いぞ。外敵の侵入に備えて傭兵を雇っているとかも無い。我々は基本的に、外の世界には関心が無いからな」


 車内には件のスライムもいた。アルマドと名乗ったその元人間は、ワイズマンのアジトで罠にはまって以降、その自分が所属している魔術サークルの情報を躊躇なく漏らすようになっていた。


「だから中に入る事自体は誰にでも出来る。それに侵入者がいたとしても、誰も追い出そうとはしない。あいつらが本格的に余所者を排除しようとするのは、自分の研究を邪魔された時だけだからな」

「どこまでも研究の事しか考えてないんだな」

「あそこにいるのはそういう連中だ。私もそうだった。だが気をつけろよ。本気になった奴らは執念深い。誰かを一度敵と認識したら最後、奴らはそいつをどこまでも追いかけて、殺そうとするだろう」

「お前もそうなのか?」

「私もそうする」


 アルマドは饒舌だった。ワイズマンが聞いてもいない情報を自分から暴露していった。当然ワイズマンの面々の中には、そんな彼に疑いの目を向ける者もいた。

 ユリウスがその一人だった。


「随分協力的だな。何か企みでもあるのか?」

「長い物には巻かれろ、と言うだろう。ここで意地を張っても何のメリットも無い」

「だから媚を売っておくと?」

「私だって死にたくないし、お前達全員を敵に回したくもない。お前達は何を考えているのか全くわからん。自分のセオリーの通じない奴に喧嘩を売って、いらぬ火傷は負いたくないのだ」


 ユリウスの問いに対し、スライム人間はスライムのままそう答えた。その口調は堂々としており、そして悪びれる素振りも見せなかった。

 敵に囲まれた中で見せるその胆力は評価に値する。ジョージはアルマドの度胸を素直に「素晴らしい」と感じていた。


「とにかく、私は忠告したぞ。後になって何で教えなかったんだ、とか言うのは無しだからな。それと、私はこれ以上の事は知らん。知ってる事は全て話した。絞っても何も出んぞ」


 媚びないどころか、アルマドはどこまでも自信満々であった。その態度は傲慢ですらあった。それを見たジョージは彼の神経を評価した事を少し後悔した。

 こいつは勇気があるのではない。最初から「こういう奴」だったのだ。


「まあいい。準備だ。全員始めるぞ」


 そんな個人的な感情は脇に置いて、ジョージは全員に発破をかけた。メンバーもそれに頷き、半分がドアを開けて外に出た。誰も何も言わず、迅速な動きであった。


「私も出た方がいいのかな?」

「勝手にしろ」


 疑問を投げかけるスライムにイヴァンがぶっきらぼうに返す。そんな「居残り組」の言葉を受けて、アルマドは素直に開け放たれたドアから外に出た。彼は「誰が逆らってはいけない人間なのか」を本能で察する事が出来た。そしてワイズマンのメンバー全員が、その「逆らってはいけない人間」にカウントされていた。


「いつ見ても寂れた城だ」


 そうして外に出たアルマドは、遠くに見える廃城を見てぽつりと呟いた。その言葉は感慨深くもあり、また一方でどうでもよさそうな響きを持ってもいた。


「それで、どうやって攻略するのだ? あの城は寂れてはいるが、図体だけは立派だぞ。無駄にでかい。少数で攻め落とすには骨が折れるだろう」


 それからアルマドは、先に外に出ていたヨシムネの隣に進んでから彼女に声をかけた。ヨシムネは「それ」の方を見て少し顔をしかめた後、すぐに表情を戻して目線を城に向けつつ、それの発した言葉に答えた。


「中には入らないわ。もっと直接的な方法で行く」

「具体的には?」

「見てればわかる」


 ヨシムネの言葉は素っ気なかった。それから彼女はアルマドの方を向き、疑わしげな目線を「それ」に向けながら問いかけた。


「随分楽しそうね」

「わかるかね?」

「今から自分がいた組織の本拠地が攻撃されるっていうのに」

「これも研究の一環だよ。この新たな外敵は、我々に対してどうアクションを起こすのか。そして我らがサークルは、その攻撃にどう反応するのか。非常に興味深い。調べる価値が大いにある」


 アルマドの声は喜びに満ちていた。一方でヨシムネは顔をひきつらせた。彼女はここに来て、それが「自分の理解の範疇を超えた領域にいる」学究の徒であることを改めて認識した。

 知識のためなら同胞も切り捨てる。その姿勢はまったく見事と言うほか無い。


「待たせたな」


 装甲車に残っていたイヴァンが出てきたのは、彼女がそんな事を考えたその時だった。イヴァンに続いてジョージも車から姿を現し、そしてそんんな二人の両手には細長い、先端に丸いものがくっついた筒状の物体が握られていた。


「一人一個だ。奥に回していけ」


 イヴァンがそう言って、手に持っていたそれを外にいた面々に差し出す。一番近い所にいたヨシムネがそれを受け取り、そこからバケツリレーの要領でその物体を奥へと回していく。アルマドが装甲車の方に目をやると、そこではジョージが車内から同じブツを取り出し、それをイヴァンに渡しているのが見えた。

 そしてイヴァンは受け取ったそれを、さらにヨシムネに渡していた。その動きは的確で、アルマド以外の全員に同じ物が行き渡るのにさして時間はかからなかった。


「みんな持ったな?」


 そうして全員が所持を終えたところで、ジョージが声をかける。メンバー全員が無言で親指を立て、それを見たジョージは次の指示を飛ばした。


「よし、並べ。横一列。狙いを合わせろ」


 メンバーがそれに従う。アルマドは彼らが何をしているのかわからなかった。

 その間にも準備は進んでいく。ジョージを含むワイズマン全員がキレニニス城に相対する形で一列に並び、そして全員が手にしていた筒状の物体を肩越しに構える。


「合図と同時に攻撃だ。いいな?」

「了解」

「引き金を引くだけでいいんですよね」

「そうだ。簡単だろ?」


 途中でエリーが疑問の声を上げる。それに対してイヴァンが答え、エリーもそれに納得してすぐに黙る。

 アルマドはますます興味を惹かれた。あの道具はなんだ? この連中はこれから何をするんだ? スライム人間は少し距離を取りつつ、それでも彼らから目を離そうとはしなかった。

 今の内に逃げるという考えも無かった。身の安全よりも研究が第一だ。アルマドはワイズマンの行う行動に対し、完全に虜となっていた。

 そしてそんなアルマドの目の前で、唐突にジョージが叫んだ。


「撃て!」


 次の瞬間、筒の後ろから煙が噴き出した。同時に爆音が轟き、アルマドは思わず意識の目と耳を塞いだ。

 それでも音は完全に遮断しきれず、彼の脳に侵入してきた。眼前で響く爆音。何かが遠くへ駆け抜けていく、風の切り裂かれる音。

 そして遙か遠方、何かが爆発し、崩れ落ちていく音。


「なにを、何を……?」


 それは一瞬だった。アルマドが目を開いた時には全て終わっていた。その瞬間に驚いて目を塞いでしまっていたアルマドは、結局ワイズマンが何をしたのかわからなかった。

 ただ彼の眼前には、全てをやり終えて立ち尽くすワイズマンの面々と、ボロボロに崩れ落ちたキレニニス城の姿があるだけだった。





 城は完全に瓦礫の山と化していた。遠目から見てもそれは十分わかったが、近づいてみるとその悲惨な光景がより詳細に見て取れた。廃城キレニニスは完全に倒壊し、城を構成していた部屋も、そして部屋の中にあったであろう物品や生命も、全て崩れて残骸の一部となっていた。


「いったい何をしたんだ」


 破壊の瞬間を見過ごしたアルマドは、その眼前の光景を見てただ困惑するだけだった。あのワイズマンの連中は、いったいどんな魔法を使ったんだ? 彼は戸惑いと同時に新たな探求心を抱いたが、自分を拘束した犯罪者集団は彼の欲求には答えてくれなかった。


「企業秘密だ」

「見てなかったお前が悪い」


 アルマドと共に城の残骸に近づいていたワイズマンの面々は、彼に対してそう答えるだけだった。途中で誰かが「アールピージー」とか言っていたが、スライム人間はそれが何を意味する言葉なのか理解できなかった。


「しかし、やりすぎましたね。これでは死体の確認も出来ませんよ」


 そんな中、巨大な瓦礫の山を前にしてロンソが口を開いた。彼女の言う通り、目の前にある巨大な墓標を掘り起こすのは相当に骨の折れる作業であった。

 そう提案するロンソにイヴァンが反応する。


「別にいいんじゃねえか? これで生きてる方がどうかしてるぜ。確認とかしなくても大丈夫だと思うけどな」

「このまま死んだと決めつけるのは早計では? 後で泣きを見る前に、念を押しておくべきです」


 そんな大男の提案に対し、悪魔の女は一歩も譲らなかった。そしてその二人の意見を聞いた残りの面々は、ばっさり二つに分かれる格好となった。


「ロンソの言う通りだ。ここは面倒でも掘り起こして、死んだかどうか確認するべきだ。魔法使いがそんな簡単に死ぬとは思えないしな」

「魔法使いだからこそ、簡単に死ぬとも思えますよ。彼らは基本的に頭脳労働の連中ですから、体自体は貧弱なんです。瓦礫に潰されてコロッと死んでも不思議ではありません」

「だからって、何の確認もしないで帰るのはまずいでしょうよ。死体を見るまで安心は出来ないわ」

「でもそれ、一日二日で終わる作業だと思うか? 俺はとっとと帰りたいぜ」


 メンバーの意見は見事にバラバラだった。一人蚊帳の外にいたアルマドは、しかし興味深げにそのやり取りを観察していた。そうして暫く彼らの議論を見た後、アルマドは次にジョージに視線を向けた。

 スライム人間と同様に議論の輪に入っていなかったジョージは、アルマドの視線に気づいてそれを見返した。アルマドが自分の行動に興味を持っていたのは、それの向けてくる好奇の気配からすぐに察する事が出来た。


「このまま帰るのも、なんかあれだな」


 そしてジョージはアルマドから視線を逸らしつつ、そうぽつりと呟いた。彼は決断した。スライム人間は彼により注目した。

 そのジョージが口を開く。しかしそのまま彼が何かを言おうとした瞬間、どこからか声が聞こえてきた。


「よくもやってくれたな」


 それは瓦礫の奥から聞こえてきた。全員がそこに意識を集中する。声は再び瓦礫の奥からこだましてきた。


「よくも我々の実験場を、我々の研究を邪魔してくれたな。許せん」


 それはまるで合唱のように、複数の人間が同じ言葉を同時に喋っているかのような声であった。声自体は淡々としていたが、そこからは感情で抑えきれないほどの怒りの感情が滲み出ていた。


「復讐してやる。例え肉体を失おうとも、貴様達だけは生かしてはおけん。どこまでも追い詰め、一人残らず抹殺してやる」

「何言ってやがる。そもそも最初に攻撃してきたのはお前達だろうが」

「復讐してやる。復讐してやる。復讐してやる」


 聞く耳持たずだった。怨念のこもったその声はジョージの反論を無視し、ひたすら呪詛を呟くだけだった。

 そのうち彼らは、言いようのない寒気を感じるようになった。恨み節を聞く度に気分が悪くなり、額に汗が浮かび、背筋に悪寒が走る。心臓を鷲掴みにされたようだ。息が詰まって、胸が苦しくなる。

 ここに長く留まるのはまずい。誰もが無意識のうちにそれを理解していた。


「ジョージ、まずいぞ」


 それを感じたユリウスがジョージに問いかける。彼の顔は青ざめていた。静かに呪詛がこだまする中、ジョージもすぐに彼の言葉の意味を察し、手振りで残りの面々に退却を指示する。


「よし、逃げるぞ」

「逃げろ! 逃げろ!」


 メンバーはそれに素直に従った。全員で回れ右をし、全速力でその場から走り出した。みんな必死だった。誰も死にたくなかった。

 距離を取るごとに、呪詛の声は遠ざかっていった。しかしそれでも、その残響は彼らの脳内で未だに響き続けた。


「でも逃げた後は? あいつらどこまでも追ってくるぞ?」


 そして逃げる最中、新入りのフリードがそう疑問を口にした。それを聞いたジョージは自身も走りながら、横目でロンソを見た。


「お前、魔法は使えるか?」

「どんな魔法ですか?」


 ロンソは否定も肯定もせず、逆に質問を返した。ジョージは少し考えた後、再び彼女を見ながら言った。


「幽霊を捕獲できるような魔法だ」


 ジョージの顔は真剣そのものだった。

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