セラー
フリードの意見を受け入れたワイズマンの面々は、そのまま彼に従ってその「目的の場所」に向かうことにした。もっとも、そこは彼らにとって未踏の地ではなく、色々な意味で馴染みの深い場所であった。
「ゼミュー? あそこに行くってのか?」
「ああ。そこに昔世話になってた商人がいてな。そいつ、こっちの世界で手に入らないような妙なブツまで扱ってるんだよ」
ゼミューの闇ブローカー。フリードはそこに彼らを案内するつもりであった。それはワイズマンがあの芸術の町で仕事をした際、一度厄介になった者の所でもあった。
「ああ、あいつか。そういや確かそんな事も言ってたっけ」
「でもそんな都合良く見つかるんですかね?」
彼と直接交渉をしたヨシムネとロンソは、すぐにその商人の顔を思い出した。そして少し不安にもなった。
何事も計画通りには行かないものである。
「まあ、言ってみりゃわかるさ」
しかし行く前から考えても仕方ない。そんなジョージの言葉にも一理あった。なので彼らは必要以上に不安視するのを止め、件の店に向かうことにしたのだった。
ゼミューに入る正門前には検問が出来ていた。犯罪者を町に入れないようにするための処置である。自分達が原因でこうなったんだろうな、とは誰もが思っていた。
もっとも、入ることは簡単だと誰もが思っていた。ここには網膜スキャンも指紋照合の技術もない。都市国家が連携して、犯罪者を炙り出すようなシステムも構築されていない。誰が怪しいのかを前もって判断する術は、実の所一つも持ち合わせていなかったのだ。
それでも念を入れて、彼らは変装していた。口元をスカーフで隠し、髪型もウイッグで変えた。露出の少ない服に身を包み、出来るだけ地味な馬に乗って群衆に紛れた。
しかし実際は、それすらも「無駄な努力」に終わった。
「ガバガバだな」
「そもそも検問官のやる気が皆無だ。見ろよあそこ、小屋ん中。二人して寝てるぜ」
「見たところ三人体制だが、実質働いてるのは一人だけか。その働いてる奴も、職務熱心とは程遠い感じだが」
見てくれは厳重だったが、検問はあってないような物だったのだ。来訪者達は何の調査も受けず、素通り状態であった。検問官は背中に剣を持ち、手には記録帳とペンを持っていたが、はっきり言って宝の持ち腐れであった。何も書かず、ただそこに立って、無条件に外来者を中に入れるだけだった。
あまりの杜撰さに、ジョージは思わずため息をついた。
「ここまでやる気の無い検問を見たのは初めてだな」
「無理もねえさ。ここの衛兵連中はブルジョワ達から金を貰って働いてるんだけど、そのブルジョワ共がドケチでな。待遇はほぼタダ働きに近い。だから衛兵も、自分から頑張ろうって気にならないのさ」
そのジョージの嘆息に対し、ゼミュー育ちのフリードが説明を入れる。それを聞いたジョージはさらに深くため息をついた。
「酷い職場だ」
「芸術の町だからな。ここじゃ芸術関係の仕事をしてない奴は、働いてないのと一緒なんだ」
「色々狂ってるな」
ユリウスが肩を落とす。フリードもそれに同意した。そしてそんな話をしていた彼らを、検問官は何のチェックもせずに町に通した。
杜撰であった。
「邪魔するよ」
そうして難なく町の中に入った彼らは、そのまま目的の店へと向かっていった。店の中は相変わらず額縁だらけであり、彼ら以外に客の姿も無かった。
「いらっしゃいませ」
そしてカウンターの奥からやってきた店主もまた、いつものようににこやかであった。フリードはその店主のいるカウンターに向かい、そしてカウンター越しに彼に話しかけた。
「アオミドロの八番」
フリードが自然な態度で話しかける。直後、店主の顔は一気に鋭いものへと変わった。
合い言葉は変わっていたが、店主の反応は全く同じだった。ここまで同じだと、却って安心するというものだった。
「それでは、こちらに」
隠し部屋への行き方も同じだった。そうして彼らは、店主の扱うもう一つの店へと向かった。
そこは相変わらず、物が無造作に置かれていた。至る所に使い道のわからないガラクタや箱が山積みになっており、知らない人が見たら物置きか何かと勘違いしてしまうだろう場所であった。
「それで、今日は何をお探しに?」
そうしてそこまで来てから、店主が再び笑みを浮かべる。しかしそれは今まで見せていた愛想の良い笑みでは無く、肚の内を伺わせない不敵な笑みだった。
「こっちの世界で手に入らない物が欲しい。手で持てるサイズの奴じゃなくて、中に入れるくらい大きな物がいい。まずはここで何が手にはいるのか見せてくれ」
ジョージがそれに答える。店主は少し考える素振りを見せた後、「こちらに」と短く言いながら奥へと向かった。そこはこの空間の奥にある壁の一角であり、そこの周りだけはガラクタが一つも置かれていなかった。
もう少しカモフラージュに気を配るべきだ。ジョージはそんな事を思った。
「こちらです」
一方で店主はそんな事お構いなしに、壁の一部に手を押し当てた。次の瞬間周りの壁が左右に割れ、奥の部屋へ続く入口と化した。
「中にあるのか?」
「その通りでございます」
確認するユリウスに店主が答える。それから店主はそのまま奥へと進み、他の面々もそれに続く。
そして中に入り、彼らは驚愕した。
「これは……」
「凄いな」
そこには彼らの望む物が全て置いてあった。戦車、ヘリコプター、装甲車、じーぷ。奥には戦闘機やスポーツカーが並べられ、手前側には大量の銃器と弾薬箱が置かれていた。新品同様のものから壊れて使い物にならないものまで、その状態も様々であった。
中にはやけにSFめいた、全身銀色に塗られた奇妙な形の銃もあった。まるで使い道のわからない、複雑な形をした物体も鎮座されていた。
「これが全部? 売り物?」
「そうです。他の物と違ってさっぱり売れませんが」
「どうして?」
「誰も使い方を知らないからです。売れることもありますが、買っていくのは殆どが物好きです」
ジョージの問いに商人が答える。一方でユリウスが、彼とはまた違う問いかけを商人に行った。
「これだけの物をどうやって集めたんだ? 誰かから買ったのか?」
「それは企業秘密です。申し訳ありませんが、お話しする事は出来ません」
「ああ、やっぱり?」
さすがに商売の要をやすやすと他人に教えたりはしないか。予想していたとは言え、ユリウスはがっくりと肩を落とした。商人はそんなユリウスを横目で見てから、ジョージに近づいて本題に入った。
「さて、何かお買い上げになられますか? 今なら格安でお求め出来ますが?」
「そうか? どれだけ値下げ出来る?」
「そうですね。今の相場ですと……」
商人は行動が速かったが、ジョージもそれにちゃっかり適応していた。それを見たフリードは不満げに口を尖らせた。
「あいつ、よくジョージがリーダーだってわかったな。案内したのは俺なのに」
「気配でわかったとかじゃないか? 誰がアタマで誰が下っ端か。長いこと仕事してると、そういう事が自然とわかるようになるんだよ」
それに答えたのはイヴァンだった。フリードはそんな褐色の大男に向き直り、半信半疑気味に彼に尋ねた。
「そんなことわかるもんなのかよ」
「実際わかられてるだろ」
イヴァンが茶化すように返す。フリードは面白くなさそうにそっぽを向いた。
「あ?」
そして視線を逸らした先、部屋の隅に何かを見つけ、フリードは思わず声を上げた。それにロンソが真っ先に反応する。
「どうしました?」
「あそこに何かいる」
「え?」
フリードがある一点を顎で指す。そこを見ながら咄嗟にロンソが構える。事態を察知した他の面々も続け様に身構える。
そこには何もいなかった。ヨシムネが目を細める。
「いない?」
「隠れたんだよ」
「どこに?」
「どっかにだよ」
フリードが苛立たしく答える。全員が背を向け合い、それぞれが三百六十度違う方向を警戒する。商人も同じように警戒していたが、単に恐怖と同様で挙動不審になっていただけであった。
「何が見えた?」
ジョージが小声で尋ねる。フリードは前を向いたまま、小声で「スライムだ」と答えた。
「スライムだと?」
「ああ。水色のぶよぶよした、半透明の奴だ。俺と同じくらいの大きさで、部屋の隅で震えてた」
「スライムも取り扱ってるんですか?」
「いや、それはない。ここでスライムなんか売ってない」
ジョージとフリードのやり取りの傍ら、エリーが商人に問いかける。商人は首を横に振ってそれを強く否定した。
じゃあ敵だな。イヴァンが低い声で断言した。
「例の魔術サークル連中だろ。そうに違いない」
「ここまで追ってきたってこと?」
「しつこい連中だ」
その言葉にヨシムネが答え、ユリウスが疲れたように肩を落とす。
直後、奥の戦闘機が爆発した。




