ナイスキル
最初、彼らは「それ」に対して大いに期待し、そして感謝していた。いざ敵の情報を集めようとした矢先に、その敵の方からのこのこ顔を出してきたからだ。
末端の握っている情報はたかが知れているかもしれない。しかしそれでも、この男しか知らない何か特別なデータを得られるかもしれない。ジョージが黒フクロウに出張ってここにいない今、ユリウス達は自分達で尋問を行うことにしたのだった。
上手く行けば、ボスにサプライズを贈る事が出来るかもしれない。そんな淡い期待も込めて、彼らはリーダーに内緒で事を進めた。
「知らない。本当に知らないんだ」
しかし現実は厳しかった。その老人は自分が暗殺者である事を白状したが、それ以上の事は何も知らないの一点張りであった。
曰く、自分はフリーのアサシンであり、金次第でどこにでもつく一匹狼である。そして自分に仕事を依頼する人間の中には、匿名で依頼してくる者も少なくない。今回の仕事もそのパターンであり、素性を明かすような事はしなかった。
いつもの事である。だから自分は、その部分については追求はしなかった。前金で報酬をたんまりもらっていたから不満も無かった。
本当に何も知らないのだ。
「本当なのか?」
「だから、本当だって! わしは何も知らん! 知る気も無い! 金をもらって人を殺す、それだけだ! それにこういうのは、余所者が深入りしたってロクな事にならない。あんた達もわかるだろう? これが普通の、健全な関係なんだよ!」
老人は熱弁した。その顔は赤く腫れ、腹は黒く焦げ付いていた。椅子に座って老人と向き合っていたユリウスはなおも電撃棒を握りしめており、その棒は今も青白く発光していた。そして彼の背後には、彼と同じように動物のマスクを被った連中が思い思いに立っていた。全員が武器を持ち、老人を注視していた。
老人は全身の血が凍るような思いを味わっていた。少しでも妙な真似をしたら殺される。彼は全身に突き刺さる殺気めいた眼差しから、そう直感していた。
しかし彼は同時に、目の前の男達が自分の「同類」である事を察していた。そこで彼は、そんな彼らの同族意識に呼びかけることにした。
「なあ、もういいだろ? 知ってることは全部話した。解放してくれ。あんた達だって、無駄な事に時間は割きたくないだろ? わしは今日の事は全部忘れる。恨みも捨てる。お互い何も見なかった、それでいいじゃないか」
「それで見逃してくれって?」
「そうだ。頼むよ」
ユリウスは犬のマスクの奥で顔をしかめた。こいつは本気で言っているのか?
一方で老人は交渉を続けた。四肢を椅子に縛られたまま、それでも気丈に言葉を続けた。
「もちろん、ここの事は何も言わない。絶対にだ。それと、そうだ。もしあんた達が誰かを排除したくなった時は、わしを頼ってくれ。あんた達の仕事なら全部タダで引き受けるよ。どうだ? 悪い話じゃないだろう?」
「おい、そいつは誰だ?」
しかし老人がそのように交渉をしていたその時、部屋の奥から声が聞こえてきた。ユリウス達が一斉にそちらに目をやると、そこにはワイズマンのリーダーが立っていた。
「どうしたんだ皆して。何か進展があったのか?」
足で蹴って背中越しにドアを閉めながら、ジョージが彼らの元に近づいていく。すると真っ先に猫のマスクを被った女、ヨシムネが彼に近寄り、口早に状況を説明した。
「殺し屋か」
「本人はフリーランスだって話してる。証拠は無いけど」
「多分本当だろうな」
「どういうこと?」
ヨシムネが声を低める。他の面々もジョージに注目する。そしてこの中にあって一人だけマスクを被っていなかったワイズマンのリーダーは、その後も歩を進めてユリウスの真横に来た。
「そいつは無関係だ。何も知らんだろう」
「なんだって?」
ユリウスが驚きの声を上げる。同時に縛られていた老人は顔を輝かせた。
救いの神がやってきた。そんな事を言わんとしているかのような喜悦の表情であった。
「こっちも調査してわかったんだが、俺達が探してるのは犯罪組織じゃない。もっと言うと、こんな物理系のアサシンを直接寄越してくるような連中でもない」
「どういう意味だ」
「俺達の敵は魔術結社だ」
そこからジョージは、自分が黒フクロウで手に入れた情報を全員に話して聞かせた。魔術結社月光。その言葉を聞いた全員はそれぞれ異なる反応を示した。
「じゃあ何か? 俺達は魔法実験のモルモットに選ばれたってことか?」
「気に入りませんね」
イヴァンとロンソは自分達が狙われた理由に反応し、そして同時に嫌悪した。そしてその横では、エリーと新入りのフリードがジョージの持ってきた情報そのものについて考えを巡らせていた。
「魔法を研究している人達が、実験対象を魔法を使わず傷つける事は考えにくい、ということですか。確かに理に適ってますね。対象が死んでしまっては、実験も何もあったものではありませんからね」
「ちょっと単調すぎじゃねえか? 何か裏があると思うけどな。それだけで無関係って決めつけないで、そいつのこともっと詳しく調べた方がいいと思うぜ」
反応は正反対だった。エルフのエリーはジョージの見解を全面的に支持し、一方でフリードは彼の意見に懐疑的な感想を抱いた。
そしてユリウスとヨシムネは、その話のもっと根源的な部分に気を回していた。
「でもそれ、大事なところは全然わかってないよな」
「本拠地とかリーダーとか、そういうのはわからなかったの?」
「すまん。そこまでは向こうも知らなかったみたいだ」
ジョージはそんな二人の追求に対して、素直に謝罪した。そして二人も、リーダーの言葉を受けてそれ以上強くは言わなかった。
何も知らないのはこちらも同じだったからだ。
「な、なあ、もういいだろ? わしを離してくれよ。わしがそいつらと直接繋がりが無いことはもうわかったんだから、縛っておく理由も無いだろ?」
老人は一人吠え続けていた。彼の目はひたすらジョージだけを追っていた。
ジョージは彼を見ようとはしなかった。代わりに彼はヨシムネに目をやり、ヨシムネもまた彼の視線に気づいた。
猫のマスクを被った女は無言で頷いた。そしておもむろに後ろに手を回し、腰から何かを掴んだ。
「おい。助けてくれ。頼むよ」
老人はなおも訴えていた。その老人に、ヨシムネが手に持っていた「それ」を突きつけた。
老人は「それ」が何なのかわからなかった。
「何も言わない。誰にも言わないから。頼む。助けてくれ。命だけは」
ヨシムネが引き金を引く。
撃鉄が引き戻され、薬莢の火薬が爆発し、銃口から飛び出した鉛玉が老人の額を抉る。
額の穴から血が噴き出し、頭が勢いよく後ろに引っ張られていく。
「……ッ!」
自分が何をされたのか、暗殺者の老人は最後までわからなかった。
「で? これからどうするんだよ?」
死体に火を点けて処理を済ませた後、ワイズマンの面々は今後の事について話を始めた。明確な手がかりは未だ無く、そして先方が攻撃の手を緩める保証も無い。
こちらが不利な立場に置かれている事に変わりは無かった。
「このままここに籠もってても、いい事は一つも無いぜ。アジト変えた方がいいんじゃないのか?」
まず最初にイヴァンが提案した。そして他のメンバーも、大なり小なりそれに同意した。
「ここを放棄するって言うのには賛成。ここの場所は向こうにバレてるんだし、さっさと捨てるべきよ」
「その通りだな。それに下手すれば、連中に中の構造まで知られてるかもしれないしな。どっちにしろ籠城するメリットは皆無だ」
「皆さんの意見は良くわかりました。それで次はどこに隠れるのですか?」
そこでロンソが問いかける。直後、場は一瞬静まり返った。ことここに至って、適当な場所を知っている者は一人もいなかった。
全員が頼りなさそうに視線を泳がせていた。
「移動基地とか欲しいな」
その時、ぽつりとジョージが呟いた。全員がそれに反応して彼の方を向き、リーダーの顔をまじまじと見つめた。
「具体的にはどんなのだ?」
元いた世界で物資調達を担当していたユリウスが最初に口を開く。ジョージは彼を見ながらそれに答えた。
「大型のバンとかがいいな。装甲車とかならもっといい。小回りが利いて、自由に動けて、不意の襲撃にも即座に対応できる。そんな代物だ」
「こっちの世界で調達できるのかよ」
「無理でしょ」
そのジョージの返答にイヴァンが反応し、さらにそれにヨシムネが即答する。ユリウスもヨシムネの意見に同意し、「まあ無理だな」と念を押すように言った。
ジョージとイヴァンも同意見だった。しかしそれでもイヴァンは納得しきれないようで、「じゃあ他に何かアイデアはあんのかよ」と食い下がるように言った。
返答は沈黙だけだった。
「彼らは何を言っているのでしょう?」
「さあ? 私にもさっぱり」
一方でロンソ以下「こちら側の世界」の住人は、彼らが何を言っているのか全くわからなかった。バンとは何か? 全くわからなかった。しかしだからといって、ここで横槍を入れる気も無かった。
下手に首を突っ込んで、本筋を停滞させてしまうのも締まらない話である。なので彼らは、そんな本家メンバーのやり取りが収まるまで黙っていることに決めたのだ。
「俺、そういうの取り扱ってる奴知ってるぜ」
しかしフリードは違った。彼は本家ワイズマン達の会話に堂々と割り込み、自信満々な顔でそう言ってのけた。
全員の意識が彼に集まるのも当然の成り行きだった。
「マジかよ」
「嘘ついてるんじゃねえだろうな」
ユリウスが驚き、イヴァンが疑いの眼差しを向ける。他のメンバーも程度の差こそあれ、おおむねイヴァンと同じ表情をしていた。
最年少のフリードはそれに動じなかった。彼はそのまま「あんたらの欲しがってるやつがあるとは限らねえけど」と前置きした上で、一度周囲を見回してから言葉を続けた。
「俺の知り合いにさ、変なブツを取り扱ってる奴がいるんだ。そいつが言うには、それはイセカイって所から流れてきた品らしくてな。とにかく色んな、ここじゃ手に入らないような変なものがいっぱいあるんだ」
「異世界ですか」
ロンソが真っ先に反応した。そしてこのワイズマンを異世界に引きずり込んだ張本人は、そのままジョージの方に目を向けた。
ジョージもそれに気づいた。彼がロンソを見ると、彼女はジョージに向かって一度首を縦に振った。
「過剰な期待は禁物ですが、確かめてみる価値はあるかと」
「お前は何も知らないのか」
「知りません。そんな場所は初めて聞きました」
ロンソが告げる。気がつけば他の面々も一様にジョージを見つめている。
「さっきも言ったけど、何でもあるわけじゃねえからな。ただここには無い、変なのがいっぱいあるってだけだ。それでも行ってみたいっていうなら、案内してもいいぜ?」
フリードが問いかける。ジョージは顎に指を当て、暫し思考した。
五秒、場に静寂が訪れた。
「よし、行こう」
そして五秒後、ゴーサインが下った。




