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グランパ

「お恵みを。お恵みを」


 情報収集のためにとある町に出向いていたヨシムネを呼び止める声が、どこからともなく立ち止聞こえてきた。立ち止まって声のする方に目をやると、路地の影に一人の老人が佇んでいるのが見えた。

 ジョージが黒フクロウに出向いていた同じ時間帯の出来事である。


「そこの方。どうかお恵みを」


 狭く、薄暗い路地だった。そこにはその老人以外に人の気配はせず、じめじめと湿っていた。

 その中で老人はしわがれた声でそう話しかけながら、弱々しい動きでこちらに手招きしていた。ヨシムネは表情を変えずにその老人を凝視し、老人もまたヨシムネを見つめていた。


「お願いします。この哀れな老人に救いの手を」


 見るからにみすぼらしい老人は、懇願するようにヨシムネに告げた。ヨシムネは無視しようとも思ったが、ここで彼女の心の中でいらぬ好奇心が頭をもたげ出していた。

 ちょっと話を聞いてみるだけでもいいかもしれない。まさか出会い頭にいきなり殺される事もないだろう。ヨシムネはそう楽観的に考え、足の向きを変えた。弱者に施しを与える事への優越感もまた、彼女を「その気」にさせた。


「どれくらい欲しいの?」

「ほんの少しで構いません。銅貨一枚でも構いません。どうか、どうかお恵みをくださいませんか」

「……別にいいけど」


 老人の問いかけにそう答えながら、ヨシムネが路地に入る。そして中に入った所で一旦足を止め、眼前の老人をじっと観察する。

 それからしばらくして、彼女は肩から提げていたバッグを開き、そこに手を突っ込みながら再び老人に近づいていく。


「ちょっと待っててね。今用意するから」

「ああ、ありがとうございます。ありがとうございます」


 へこへこ頭を下げる老人の元にヨシムネが近づき、そのすぐ目の前で腰を下ろす。

 それを見た老人は目を輝かせていた。救いの神が現れたとばかりに歓喜の表情を浮かべ、枯れ枝のように痩せ細った両手をおずおずと伸ばしていく。


「ああ、早く、早く。はやく下さいませんか」

「焦らさないで。今出すから」


 老人の催促にヨシムネが辟易した口調で答える。やがてヨシムネがまさぐる動きを止め、ゆっくりと手を鞄から引き抜いていく。

 老人の顔がさらに喜びを増していく。しかしヨシムネが完全に手を抜ききった直後、老人はその表情を一気に硬化させた。

 救いの神の手には拳銃が握られていた。


「え」


 呆然とする老人の目の前で、ヨシムネは容赦なく引き金を引いた。銃声は消音器サプレッサーによってかき消され、拳銃はヨシムネの背に隠れていたために、外の人間は二人が何をしているのかわからなかった。

 そうして誰にも悟られないまま、ヨシムネの放った鉛弾は老人の膝をまっすぐ撃ち抜いた。


「がぁ……っ!」


 予想外の激痛に老人が顔をしかめる。しかし彼が口を開けた瞬間、ヨシムネはその口を手で塞ぎ、さらに全身を使って老人を押し倒した。

 後頭部に鈍い衝撃が走り、老人が顔をしかめる。そしてその老人の額に銃口を押しつけながら、ヨシムネが冷たい声で言い放った。


「私の言う通りにしなさい」

「ん、んん?」

「死にたくなかったら頷いて。いいわね?」


 物静かだが拒絶を許さない、断固たる口調だった。老人は目元に涙を溜めたまま、ただ言われるがまま頷いた。


「よろしい」


 従順な態度にヨシムネは満足した。そして彼女は老人の胸倉と腰を掴み、無理矢理立ち上がらせた。

 老人はただ為すがままだった。ヨシムネは構うことなく、その老人の体をまさぐり始めた。老人はくすぐったそうに、もしくは都合が悪そうに顔をしかめたが、それでも抵抗はしなかった。


「あった」


 やがてヨシムネが二つの物品を見つけた。一つは小さく折り畳まれた紙切れ。もう一つは鞘に納められた小さなナイフだった。

 ナイフを鞄にしまい込み、紙切れを広げる。そこには複数人の名前が箇条書きで書き込まれていた。

 ワイズマンのメンバー全員の名前である。一番の新入りであるフリードの名前まで記されていた。さらにその一番下には、自分達のアジトの場所まで書き込まれていた。


「筒抜け、ってわけ」


 ヨシムネが紙片から老人に視線を移す。暗殺者アサシンの老人は何も言わず、ただバツの悪い表情を浮かべるだけだった。


「わしを殺す気か? やるならさっさとやれ」

「悪いけど、聞きたいことが山ほどあるの。簡単に死ねると思ったら大間違いよ」


 やがて憎々しげに口を開く老人に対し、ヨシムネはそう淡々と返した。そして彼女は紙片も鞄に収め、老人の両手を背中に回し、その手首を片手で纏めて掴んだ。

 手荒く扱われた老人が小さくうめき声をあげる。ヨシムネはお構いなしにその両手首を掴んでいる手に力を込め、老人の腹を無理矢理前に突き出させる。


「覚悟しな」


 出っ張った腹に拳を叩き込む。老人は大きく目と口を開け、言葉も出さずに痛みに悶える。

 しかしそれも一瞬だった。老人はすぐに開いていた目と口を閉じ、完全に意識を彼方へ飛ばした。細い体から力が抜け落ち、殺害対象であるはずのヨシムネにがくりともたれかかる。


「意外と重いのね」


 いきなりもたれかかってきたので、ヨシムネは危うく姿勢を崩すところだった。しかし寸でのところで踏ん張り、何とか倒れ込む事は防ぐことが出来た。

 やがて動かない老人に肩を貸しながら、ヨシムネが体勢を立て直す。そしてそのまま暫く考えた後、彼女はより自然な姿でここから抜け出す方法を思いついた。


「まさか暗殺者をおんぶするなんてね」


 数秒後、ヨシムネは老人を背中におぶる格好を取っていた。大の大人を背負うのはややきつかったが、不可能な事では無かった。ヨシムネは細身であったが、それでも常人に比べれば遙かに筋肉質だった。

 さすがに割れた腹筋を見せびらかす趣味は無かったが。


「ほら、行きますよお爺ちゃん」


 そうして老人を背負いながら路地から出てきたヨシムネであったが、周りの人間は誰もそれを

気に留めなかった。意識する者こそいたが、それでも「親孝行な娘」と認識するのが精々であった。

 それが老練の暗殺者と彼に殺されかけた犯罪者のコンビであるとは、誰も思わなかった。





 そんな老人が次に目を覚ました時、彼は薄暗い洞窟の中にいた。そこは人工的に加工され、住み易いように壁や天井が広げられていた。

 そしてその中心部で、老人は椅子に手足を縛られていた。拘束されている。自分の置かれた状況を理解した老人はふりほどこうと力を込めたが、彼を縛る縄は想像以上に堅固だった。


「目が覚めたかな?」


 その時、不意に前方から声がした。抵抗を止め、そちらに意識をやると、そこには一人の男が椅子に座っていた。犬のマスクを被ったその男は、じっとこちらを見つめていた。

 彼の横にはオレンジ色の箱が置かれていた。箱の横には手回し式のハンドルが、箱の上からは二本のコードが伸びていた。そしてそのコードは、細長い二本の棒にそれぞれ繋がっていた。


「ここはどこだ? わしをどうする気だ?」


 気丈な態度で老人が問いかける。前に座った男は無言で立ち上がり、横に置いてあった箱の前に腰を下ろす。


「お前はただ質問に答えるだけでいい」


 男がハンドルを回す。中で何かが回転する音が響き、男はその後もハンドルを回し続ける。


「それ以外は何も喋るな。沈黙もするな。言う通りにしろ。そうすれば、お前も早く解放される」


 何回か回した後で、ハンドルから手を離す。次に男は箱の上に置かれていた棒を手に取り、ゆっくりと立ち上がる。


「痛い目にはあいたくないだろう?」


 男が老人に向き直る。その棒は青白く発光し、時折その表面を電流が駆け抜けていった。


「さて、最初の質問だ」


 電流の迸る二本の棒が首筋に迫る。

 犬のマスクを被った男は、そのまま老人に問いかけた。


「正直に答えろよ?」


 老人はここに来て、自分に拒否権が無いことを悟った。

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