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プリズンブレイク(後)

「おら行け! 行け行け行け!」

「ほら早く! 逃げるなら今の内よ!」


 大きく手を振り回し、イヴァンとヨシムネがそれぞれ叫ぶ。それに続いて、大量の囚人が開け放たれた鉄格子を飛び出し通路になだれ込む。


「すぐにバレるぞ! 死にたくなかったらさっさと逃げろ!」


 看守から奪った鍵束を握りしめながら、イヴァンが声を張り上げる。囚人達は自由を謳歌する暇もなく、イヴァンの言葉に従って通路の奥へと走っていく。


「なあ、ちょっと聞きたいことがあるんだが」

「悪いが、先にこっから逃げさせてもらえないか?」

「今は出るのが先だ。ほっといてくれ!」


 誰も彼もが逃げるのに必死だった。中には自分達を牢屋から出してくれた二人に感謝の言葉をかけてくる者もいたが、大半は感謝そっちのけで外に続く扉へ駆け込んでいっていた。ここの状況を知りたいイヴァンの問いかけに対しても、彼らは突っぱねた態度を取った。


「薄情な連中だ」

「別にいいでしょ。最初から期待してなかったし」

「まあな。あとはこれに乗じて逃げるだけだ」


 しかしヨシムネもイヴァンも、最初からそれを期待して囚人達を逃がした訳では無かった。彼らはただ単に、ここから逃げ出すために囚人の混乱を利用する事にしただけだったのだ。

 そして彼らに脱獄を提案したのはロンソだった。


「ところであの女、本当に信用できるのか?」

「さあ? でも他にアテも無いでしょ?」


 自力でそこを抜け出したら、あなた達の疑問に全て答えましょう。ついでに隠れられる拠点セーフハウスも提供しましょう。彼らの頭の中で、ロンソはそう静かに告げた。イヴァンもヨシムネも最初は懐疑的だったが、ここで野垂れ死ぬつもりも無かったので、結局はその話に食いついた。





 牢屋からの脱出自体は簡単だった。この辺りを担当していた看守は、ヨシムネの色仕掛けの前に十秒保たなかった。


「そこのお姉さん。楽しみましょう? 誰も見てない今の内に、ね?」


 そうして牢屋の中に入ってきた看守を始末し、脱いだ服と下着を着直したヨシムネは、手に入れた鍵束を使ってまずイヴァンの牢屋を開けた。イヴァンは自分の隣に入れられていたので、迷う事も無かった。

 そうやって抜け出した二人だったが、そこで彼らは、ここには自分達以外にも多くの囚人が収監されている事に気がついた。彼らは皆、ヨシムネの持っている鍵束を物欲しげな目で見つめていた。

 ヨシムネとイヴァンは早速、それを利用する事にした。


「好きにしろ」


 イヴァンが鍵束を投げて寄越す。牢屋の中に入った鍵を、そこにいた囚人が慌てて手に取る。


「逃げるんなら全員牢から出してからにするんだな。パニックにさせた方が、色々やりやすいだろ?」


 続けてイヴァンがアドバイスを出す。鍵を渡された囚人は無言のまま、同意するように首を何度も縦に振った。

 そして実際、その囚人は言われた通りに行動した。彼は牢から出た後、真っ先に他の囚人の牢屋を開け始めた。イヴァンとヨシムネは手を貸すことはせず、ただその光景をじっと見つめていた。





「それで、まずはどうする?」


 そうして次々脱走していく囚人達を後目に、マスクーーロンソからの贈り物であるーーを身につけながらイヴァンが問いかける。それに対して、自分も同じようにマスクを被りながらヨシムネが答える。


「他の二人と合流しましょう。ユリウスとジョージもきっとここのどこかにいるはずよ」

「出て行くのは四人揃ってからか」

「そういうこと」


 イヴァンの言葉にヨシムネが頷く。唐突にマスクを身につけた彼らに怪訝な眼差しを向ける囚人もいたが、マスクの二人は全く気にしなかった。烏合の衆に気を揉むほど暇ではない。


「ワイズマン! 聞こえてたら三階倉庫に行け! どこかは地図で確認しろ! 三階の一番でかい部屋だ! さっさとしろ!」


 どこからともなくユリウスの声が聞こえてきたのは、まさにその時だった。





 地図を頼りにヨシムネとイヴァンが目的の部屋に辿り着いた時、その部屋の前にはバリケードが築かれていた。バリケードの周りには看守の死体が散乱しており、辺りにまき散らされた血痕がここで行われた戦闘の苛烈さを物語っていた。


「来たか」

「遅いぞ!」


 その土嚢を積み上げて作られたバリケードの奥から、唐突に二つの顔が飛び出してきた。それぞれ異なるマスクを被ったそれは、イヴァンとヨシムネの良く知る顔だった。


「ユリウス?」

「ジョージもいるのか」


 出てきた顔を見た二人が同時に声を上げる。名前を呼ばれた二人は揃って頷き、そして次にジョージが背後を指さしながら前方の二人に言った。


「あそこに俺達の装甲車がある。中には武器もそのまま残ってる。そいつを持って戻ってこい。話がある」


 イヴァンとヨシムネがジョージの指さす方へ目をやる。ジョージ達の背後にあった巨大な扉は完全に開け放たれ、その向こうに広大な空間が広がっていた。


「どうやってここが倉庫だってわかったんだ?」

「ユリウスを牢屋から出すついでに、増援として来た警備員の一人から情報をいただいたんだ」

「楽な作業じゃなかったんでしょうね」

「まあな。話のわかる奴に会うまで四十人も

かかった。まったくいらぬ殺生をしてしまった」


 大して気にしてないようにジョージが答える。イヴァンとヨシムネも気に病む素振りは見せず、再び倉庫の方へ視線を移した。

 中にはそれぞれ大きさの異なる革袋や用途のわからないガラクタが無造作に散乱しており、そしてその奥に一台の装甲車が鎮座していた。

 それは確かに、自分達がここに来る直前まで使っていた装甲車であった。


「言っておくが、あれは俺の車だからな。俺が持ってきた車だからな?」


 それから二人は、ユリウスのしつこい補足説明を聞き流しながら装甲車へ向かった。中は荒らされておらず、自分達の装備もそのまま残っていた。


「それで、これからどうするの?」

「ここで籠城するのか?」


 装備を整え、ジョージらの元に戻ってきたヨシムネとイヴァンが質問をぶつける。ジョージは静かに首を振り、所々に血の付着した地図を広げながら彼らに言った。


「ここに留まるつもりもないし、すぐに脱出する

気もない」

「どういうことだ?」

「ここだ」


 首を傾げるイヴァンに対し、地図の一点を指さしてジョージが続ける。


「ここが中央司令室。いわばこの施設のブレインだ。セキュリティやら秘密の書類やら、重要な物は全てここに集まっている」


 三階部分の右上隅。ジョージの指した場所に三人の視線が集まる。自身もそこを見つめながら、ジョージが続けて口を開く。


「そして、金庫もここにある」


 刹那、全員の目の色が変わる。そして一斉に顔を上げ、ジョージに視線を向ける。

 マスクの奥にあるそれは、金に飢えた猛獣の目だった。そして三人を見返すジョージもまた、彼らと同じ目をしていた。


「このまま逃げるのも味気ない。せっかくだ、いただける物はいただいておこう」


 マスクの奥でジョージがニヤリと笑う。他三人も同様に笑う。

 反対する者は誰もいなかった。


「さっさともらって、さっさと逃げるぞ。準備はいいな?」


 ジョージが手にした銃を胸元に掲げる。残り三人もそれに続いて、持っていた銃を胸の位置で構える。

 それは戦う用意が出来た事の、彼らなりの合図であった。





 倉庫から司令室までの道中には、案の定大量の看守と囚人がいた。ジョージ達は出来るだけ看守だけを排除していったが、「不幸な誤射」もそれなりに発生した。


「どけオラ!」


 もみくちゃになって乱闘を繰り広げる群衆の中に、イヴァンが持ってきた手榴弾を投げる。誰にも気づかれないままそれが爆発する。

 一発の手榴弾で二十人と壁がまとめて吹き飛んだ。突然の爆発に、そこにいた全員が硬直する。

 そこに二発目を投げ込む。


「ハハハハ! やったぜ! 今の見たか?」


 爆風に巻き込まれ、ボロ雑巾のような姿で床に倒れ込む者達を見て、イヴァンが子供のように笑う。そして間髪入れずに三個目を投擲する。

 三つ目が爆発した後、そこには屍が累々と横たわっていた。僅かに残った者達も、それまで暴れていたのが嘘のように縮こまって、壁に背中を押しつけていた。


「馬鹿、やりすぎだ」


 その惨状を見たジョージが片手で頭を抱える。しかしイヴァンは平然とした態度でそれに答えた。


「別にいいじゃねえか。爆弾はまだ山ほどあるんだぜ?」

「そういう問題じゃない」


 肩から提げたグレネードボックスを軽く叩くイヴァンに、ジョージが口を尖らせる。問題はここに来るまでの全ての道で全く同じ対処をした事。そしてボックスの中にはまだ三十発以上も手榴弾が残っていた事であった。





 司令室の扉もイヴァンが吹き飛ばして開けた。扉の内側には閂が掛けられていたが、手榴弾の爆発はそれを枯れ木のように破砕してみせた。


「な、なんだお前達は!」


 そうしてドアをぶち破って中に入ってきた侵入者を前にして、司令官らしき男は大いに狼狽した。しかし立派な軍服の上からマントを羽織ったその男は、すぐに落ち着きを取り戻して剣を抜き、四人に向き直った。


「まさか、貴様達が今回の騒動の黒幕か? いずれにしても、貴様達にこれ以上好き勝手はさせんぞ」


 力強い、明確な意志を表した言葉だった。不退転の覚悟とは今の彼を指すのだろう。

 そんな恐れも怯えも見せない男の膝に向けて、ジョージがおもむろに発砲した。


「な?」


 司令官の男は、何が起きたのか全く理解できなかった。目の前の男が黒い物体をこちらに突きつけ、そこから甲高い音が鳴り響いた次の瞬間、彼は力なくその場に倒れていた。


「なん……」


 右頬を床に強打する。鈍い痛みと冷たい感触が頬を伝わる。さらにそれから一拍遅れて、脚から今まで感じたことのない猛烈な痛みが全身を駆け巡っていった。

 彼にとって、それは全く未知の攻撃だった。


「何を……? 何をした?」


 熱と痛み、そして理解不能な脅威への恐れに耐えながら、司令官が言葉を漏らす。ジョージ達はそれには答えず、黙々と司令官の元に近づいていく。

 やがて四人が司令官を取り囲む。男の前に立つジョージが腰を下ろし、倒れたままの男に視線を向けて静かに言い放つ。


「金庫を開けてもらおうか」

「なんだと?」

「ここに金庫があるだろう。そいつを開けろと言っているんだ」


 司令官の表情が一変する。目を大きく見開いたその顔は、明らかに動揺していた。

 なぜそれを知っているんだ?


「そんな顔するってことは、本当にあるって事だな」


 ジョージが問いかける。司令官はすぐに顔を引き締めたが、後の祭りだった。


「それがどうした。例えあったとしても、お前達のために開けてやるつもりは無いぞ?」


 それでも司令官は屈しなかった。眉間に皺を寄せ、断固たる表情をジョージに見せる。

 それを見たジョージは不愉快そうに顔をしかめた。怒りをマスクで隠したまま、銃を持つ手に力を込める。


「犯罪者どもめ。お前等に膝を屈するほど、俺は落ちぶれちゃいない。何でもかんでも暴力で解決すると思ったら大間違いだ!」


 司令官が猛々しく言い放つ。その司令官の無傷な方の膝めがけて、ジョージが二発目の銃弾をお見舞いする。

 銃声が轟く。司令官の絶叫が室内に木霊する。


「次は腕を撃つぞ」


 ジョージがこみ上げる怒りを抑えるように、淡々と告げる。司令官は攻撃がこれで終わりでないことを理解したが、それでも心は折れなかった。

 自分は新兵ではない。戦場で重傷を負った事も一度や二度ではない。自分の知らない攻撃を食らった事など千回を下らない。

 この程度の痛みなど、何ともない。


「誰が……」


 脛に火箸を押しつけられるような激痛。それでも歯を食いしばってジョージを睨みつけた。


「誰が貴様らなんぞに屈するものか!」


 ジョージはため息をついた。彼を取り囲む他の三人も、呆れたように肩を竦めた。


「私はロンソ様よりこの場所の管理を任されている。私は、あの方の信頼に背くわけにはいかんのだ!」


 刹那、四人の動きが止まる。四人は司令官を囲んだまま互いに顔を見やり、やがてジョージが司令官に声を掛ける。


「お前の上司は、ロンソって言うのか」

「なに?」


 突然の質問に、司令官が怪訝な表情を浮かべる。ジョージはお構いなしに言葉を続ける。


「そうなのか? どうなんだ?」


 ジョージが銃口を額に押しつける。司令官は「だったらどうした」と答えたが、ジョージはそれに反応せずに自分の用件を押しつけた。


「名前を教えろ。お前の上にいる奴の名前はなんだ?」


 ユリウスが司令官の脚を蹴りつける。傷口から熱と痛みがぶり返し、司令官がくぐもった悲鳴を上げる。


「さっさと言え。言うまで蹴るぞ」


 ジョージが冷ややかに告げる。その間にもユリウスが司令官の脚を再び蹴る。

 全身を針で貫かれたような激痛が絶え間なく襲いかかる。司令官は歯を食いしばってそれに耐えたが、やがて彼の強固な心はその痛みの前に膝を折ることになった。


「ロンソ・ステアーズ。それがあのお方の名前だ」

「あいつは自分で魂を裁く者とか言っていた。本当なのか?」

「そうだ。魔界の実力者の一人だ。よその世界に赴き、悪意の強い魂を持つ者をこちらの世界に招く。それがロンソ様の仕事なのだ」

「なんのために? どうしてそんな、自分から災いを持ち込もうとするんだ?」

「それは……」

「おい」


 司令官がそこまで言ったところで、不意にジョージの袖をユリウスが掴む。良い所で茶を濁されたジョージが不愉快そうに顔をしかめてユリウスを睨みつけるが、ユリウスはお構いなしにジョージに言った。


「好奇心のまま動くのもいいが、それより先に聞くことがあるんじゃないか?」

「なんだ? 金庫か?」

「そっちはもういい。こいつはロンソの名前を知ってるんだ」


 ユリウスがジョージに顔を近づける。そして司令官に聞こえないよう小声で話す。


「ということは、だ。こいつ、ロンソの本拠地も知ってるんじゃないか?」


 直後、ジョージの目の色が変わる。それを察したように、ユリウスがマスクの奥でニヤリと笑う。


「ここまで虚仮にしてくれたんだ。せっかくだ、お礼参りと行こうじゃないか」


 司令官にその会話は聞こえなかったが、この拷問がもう暫く続くだろうと察する事は出来た。

 生きた心地がしなかった。

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