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ブローカー

 ヨシムネとロンソはゼミューの一角にある店の一つに訪れていた。そこは周りと同じ外観をした、何の変哲も無い店であった。他の店と変わっている点と言えば、彼女達以外に客の姿が無かった事だった。


「いらっしゃい。今日は何の御用で?」


 奥にあるカウンターから店主が顔を出す。頭の禿げ上がった、普通の中年男だった。二人はその彼を見た後、次に店の周りを見やった。


「額縁屋?」


 そこにある物を目の当たりにしたヨシムネが思わず呟く。彼女の言葉通り、壁や棚にはありとあらゆる種類の額縁が飾られていた。店は狭くて薄暗く、二人は息が詰まるような圧迫感を受けた。


「こっちは安物。こっちは高そう。何でもありですね」


 ヨシムネの横にいたロンソも続けて言葉を放つ。人がいない分、二人の言葉はより一層店の中を反響した。

 店主は二人の女性客をまじまじと見つめていた。そして愛想笑いを浮かべたまま、その店主の男は二人に言った。


「何か入り用ですか? こちらで用意できる物であれば、何でも用意しますよ?」


 店主が問いかける。ヨシムネとロンソは一度互いの顔を見合わせた。

 二人の視線が交錯する。その後二人は頷き合い、同じタイミングで店主の方を向く。


「シマリスの五番をください」


 両者を代表してヨシムネが口を開く。ここに来る前にフリードから教えられた「合い言葉」である。本当にここでこれが通じるのか。二人は半信半疑であった。

 しかしヨシムネがそれを言った直後、店主の表情が一変した。


「シマリスの五番でございますね」


 それまでにこやかにしていた店主は、今や全く笑みを消していた。中年の店主は猛禽のような鋭い眼差しを二人に向け、そのままカウンターの下に手をやった。


「少々お待ちを。今準備しますので」


 店主が言葉少なに告げる。カウンターの下で店主の手が僅かに動く。

 直後、彼の横にあった壁が音もなくスライドを始める。やがて目を剥く二人の眼前で、その壁は完全に開かれ、奥に潜む闇を露わにしていた。


「こちらへ」


 店主がそれだけ言って、開けた壁の奥へと向かっていく。二人は再度顔を見合わせたが、それでもすぐに気を取り直して店主の後を追った。


「フリードは正しかったみたいですね」

「奥に何があるかはわからないけどね」


 ゼミューの中に自分に協力してくれている店がある。その情報をフリード本人から聞いた二人は、こうしてその店にやって来ていたのであった。





「ここに来たのは、フリードから教えられてのことですか?」


 スライドした壁の奥は隠し階段になっていた。勾配はきつく、道幅は広く、壁には規則的に松明が掛けられていた。おかげでワイズマンの二人は窮屈な思いをせず、初めて来るこの場所に簡単に適応する事が出来た。


「ええ。彼から教えられてきたの。ここに行って、合い言葉を言えば、協力してくれるってね」

「あなたとフリードは、どのような関係なのですか? 彼からは一言も聞いていなかったもので」


 店主の問いかけにヨシムネが答え、さらにそこにロンソが質問をねじ込む。ヨシムネはそんな彼女の性急さを受けて顔をしかめたが、ロンソは構うことなく店主に続けて言った。


「もし良ければ教えていただけないでしょうか。我々も素性の知れない人間と仕事はしたくないものでして」


 どこまでも怖い物知らずな物言いだった。ヨシムネは恐怖と警戒を抱き、同時にデジャブも感じた。

 そしてすぐにその既視感の正体に気がつく。この女はうちのリーダーと全く同じ事をしているのだ。

 本当に勘弁して欲しい。好奇心の鬼は一人は十分だ。


「大した事はありませんよ。彼は盗品をここに持ち込んで、私はそれを外に売る。それだけです」


 しかし店主は嫌な顔一つせずにロンソの問いに答えた。彼は階段を降りながら話を続けた。


「彼とは長い付き合いでしてね。私がこの仕事を始めた時には、もうここで盗賊稼業をしていたようなんです。それまでは自分で外の人間と取引していたようなんですが、私がここに来てからはずっとこっちを頼るようになりまして」

「どうして?」

「彼の方が有能だったからでしょうね」

「いやそんな」


 ヨシムネの問いにロンソが答える。前を行く店主はそれを聞いて気恥ずかしそうに頭を掻いた。


「さ、着きましたよ」


 そんな恥じらいを誤魔化すように、店主が二人に声を掛ける。それに気づいて二人が顔を上げると、彼らの前には大きな鉄製の扉があった。黒く染まったその扉は冷たく、無言の威圧感を放っていた。

 店主がその扉に手を当てる。押し当てた部分が青く光り、そこから青いラインが何本も、直角に折れ曲がりながら放射状に広がっていった。

 次の瞬間、黒く重々しい扉がゆっくりと左右に割り開かれていった。こちらも上で見た壁と同じく、全く音を出さずに開閉する代物であった。


「ここが倉庫です」


 扉が完全に開かれる。店主がそう告げつつ中に入っていく。

 ヨシムネとロンソもそれに続く。店主の言う通り、そこには大量の木箱や鉄製のコンテナが規則的に並べられていた。箱の大きさもまちまちで、手のひらサイズの物もあれば、クレーンで吊り上げないと運べないような大きさのサイズの物まであった。

 そんな多種多様な箱を納めていた部屋は広く、地下だというのに開放感すら感じられるほどのスペースを誇っていた。灯りは三人が室内に入ると同時に点灯し、人間が活動する上で申し分ない光量を室内に与えていた。


「これ、全部美術品なの?」


 山積みにされていた木箱の一角を指さしながらヨシムネが問いかける。店主はにこやかに微笑み、「ええ、その通りです」と答えた。


「ここにあるのは、まだ買い手がつかない、もしくは売却日時までこちらで預からせていただいている。そのようなものですね。箱に納められているのは全てそうです」

「よくもまあ集めた物ですね」

「こちらに品を持ってくるのはフリードだけではありませんので」


 ロンソの問いに店主が答える。すると今度はヨシムネが店主の方を向き、怪訝な顔で彼に尋ねる。


「でもこれだけブツを確保していたら、足がつく危険も増えるのでは? さっさと売り払うなり、捨てるなりした方が良さそうな気がするんだけど」

「ご心配なく。ここにあるのは真作だけではありません。その課程で出来た失敗作や、芸術家が手慰みに作った習作、他人の作品を真似して作った贋作。その他色々。正直言ってここにある物は、一つ二つ無くなったところで本人が意にも介さないような、雑多な物が大半なのですよ」


 店主が答える。ロンソが続けて「値打ち物は早く売れる?」と尋ねると、店主はその通りと言わんばかりに首を縦に振った。


「そちらの方の言う通り、危険な物は早々に手放さないと、後で面倒な事になりますからね」


 そのまま店主がヨシムネを見る。ヨシムネは気まずさを感じ、首を回して顔ごと視線を逸らした。


「それで、ここに来た理由は何ですか?」


 そしてここに来て、店主が二人に話しかける。ここに来てようやっと、しかも向こうの方から切り出してきた事に、ヨシムネとロンソはやや困惑した顔を見せた。

 話が進展するのは良い事だ。しかし交渉相手のペースに乗せられるのも面白くない。


「そうね。ここに観光に来たつもりでも無いし、話に入りましょうか」


 しかしそれはおくびに出さず、ヨシムネがそれに合わせる。ロンソは何も言わず、ヨシムネに話の主導権を譲った。交渉事を面倒くさがったのだ。


「実は私達、近々仕事をする予定で」

「ほう」

「それでそのために必要な物を揃えたいと思って。で、ここに行けば大体の物は取引できるってフリードから聞いたのよ」

「なるほど。左様でございますか」


 ヨシムネの言葉に店主が頷く。ヨシムネはヨシムネで、こういう仕事はユリウスの領分だろうと肩を落としていた。

 一方で店主は、それからヨシムネに「何が欲しいのです?」と問いかけた。我に返ったヨシムネは、それに答える代わりに一枚のメモを取り出し、それを店主に差し出した。


「これだけ欲しいんだけど。出来るかしら」

「ふむ」


 店主はメモを受け取り、その内容を読み始めた。そして何度か読み返した後、店主は何事も無い様子でヨシムネに言った。


「もちろん用意できますよ。お金さえ払っていただければね」


 ヨシムネは驚愕した。それから彼女は、信じられないと言わんばかりの目つきで店主を見つめた。


「本当に出来るの?」

「もちろんです」

「本当に?」

「私の流通物コレクションに、無い物は無いのですよ」


 店主は笑って答えた。迷いの無い満面の笑みだった。事前にメモの中身を確認していたヨシムネは、彼の言葉を聞いてただ呆然とするばかりだった。


「それでいつ頃までに用意しましょうか? 速い方がいいのでしたら、翌日にでも調達出来ますよ?」


 店主が問いかける。ヨシムネはただ反射的に首を縦に振り、店主もそれを見て「かしこまりました」と言った。

 ヨシムネはまだ疑念に心を縛られていた。C4爆弾とゴムボートなんてこっちの世界に存在するのか? 彼女はそう思わずにはいられなかったのだ。

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