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ダークサイド

 その美術館はゼミューの北東部、高級住宅街のど真ん中に立てられていた。一部の成功者のみが住むことを許されたその住宅街の中にそびえ立つその美術館は、やはり成功者のみが作品を飾ることを許されていた。ここに自身の作品を展示することは、この街に住む芸術家にとっては一種のステータスであり、大きな目標の一つでもあったのだ。

 そしてワイズマンが襲撃を予定していたのが、まさにここであった。そんな芸術とは無縁の強盗団は、早速目的の場所の下調べを行っていた。


「結構広いんだな。それに綺麗だ」

「一流の美術館ですからね。作品を展示する上で最高の設備が整っていると言っても過言ではありませんよ」


 実地調査に向かったのはユリウスとエリーの二人だった。彼らが選ばれた理由は至極単純、美形だったからだ。後はお高い服を着せるだけで、簡単に上流階級の出来上がりである。


「イケメンとエルフの特権ですね」

「中身は真っ黒だけどな」


 どこの世界でも、見た目で印象の八割は決まるものなのか。ユリウスはこちらが元いた場所と変わらない事を知り、安心と落胆の両方の気分を味わった。


「どこを見ても埃一つ無い。それに派手な飾りも無い。本当にいい美術館だ」


 しかしそんな気持ちはおくびにも出さず、ユリウスがエリーに話しかける。この時彼は変にコソコソしたりはせず、堂々と彼女に声をかけていた。こちらの方が怪しまれないものである。

 そして彼らのいる美術館は、ユリウスの言葉通りの造りをしていた。白塗りの壁は簡素だが清潔で、シミ一つ無い完璧な状態を保っていた。道幅も広く、灯りも目を刺激しない柔らかい物に調整されていた。どこを取っても、飾られる芸術品と見物客の双方を考えて作られているのが手に取るようにわかった。

 鑑賞の場としてはこれ以上ない程に高級な場所であった。


「ここではいつでも最高の一時を味わっていただくための、最高の環境造りを目指しております。ここでの主役は芸術品であり、建物はそれを引き立たせる脇役に過ぎないのです」


 そしてその横で、エリーは入口で貰ったパンフレットをそのまま朗読していた。彼らの周りではいかにも高そうな服飾品で着飾った男女が芸術鑑賞を楽しんでいたが、誰もユリウスとエリーに注意を払わなかった。

 暢気なものであった。


「確かにいい場所ですね。あれとか売ったらいくらになるのかしら」


 一方でエリーも暢気な言葉を放った。かつて男を誑かし、村の共通資金を着服していた彼女にとっては、ここにある芸術品は全て札束を生むものでしかなかったのだ。


「それで? コンクールはどこで始まるんだ?」


 そんなエリーの気を引き戻そうと、ユリウスが彼女に声をかける。エリーはすぐに意識をこちら側に戻し、「待ってください」と言ってからパンフレットに視線を降ろした。


「あった」


 そうして何度か流し読みした後、彼女は唐突に小声で言った。それから彼女は何も言わずにユリウスの手を引き、一目散に美術館の中を歩き出した。


「ここです」


 そうしてエリー達がやってきたのは、美術館の中心部だった。そこは外周部が円形になっており、真ん中は一段高く盛り上がっていた。台形に盛り上がった部分は柵で囲われ、中に入ることは出来なかった。

 天井は高く、頭上にはシャンデリアが吊され、真昼間から暖色の光を放っていた。全体的に見てこの円形の空間は非常に広く、開放感に満ちていた。

 ここに足を踏み入れたユリウスは思わず身震いした。


「これはまた、広い場所だな」

「あそこの真ん中の部分に対象作品を一つずつ置いて、順々に品評をしていくようですね」


 円形に区切られた空間の中心部を見ながら、エリーがユリウスに解説する。ユリウスもその台座に目をやり、次に天井に目をやった。


「天井に穴は開けられないか」

「無理でしょうね。時間もかかりますし、それに下手したらシャンデリアが落ちてしまいます。そんな事になったら目も当てられませんよ」

「それもそうだな」


 お目当てのブツを盗りに来たのに、そのブツを破壊してしまっては元も子もない。ユリウスはエリーの言葉を聞いてそう思い直した。


「じゃあ下からか」


 その後、次にユリウスは再度盛り上がった部分に目をやった。エリーも続けてそちらに目をやり、二人してその部分に注目した。


「掘れますかね」


 ぽつりとエリーがこぼす。形の良い顎に細く引き締まった指を添えながらユリウスが答える。


「落とすことは出来る」





「せっかくだから奪おうぜ」


 下調べの前日。フリードのその一言が、ワイズマンの計画を大きく変える事になった。当初彼らは、目当ての美術品をズタズタに破壊してしまう方向で計画を進めていた。そちらの方が早いし、何より簡単だったからだ。初めての仕事場所でリスクは冒せないという安全第一主義な考え方もあった。

 しかしフリードの出現が、彼らの方針を変えた。


「前にも言ったろ。俺はここに詳しいんだ。どの下水道がどの美術館に繋がってるかも全部知ってるんだぜ」


 フリードはそう得意気に言ってから、一枚の地図を広げた。それはゼミューを真上から見下ろした地図であり、その至る所にフリードの手による情報が書き込まれていた。


「あんたらが襲おうとしてるのは、ここだろ? つまりここを通れば、ここの真下に出られるって訳だ」


 フリードが地図に書き込まれた通路の一つを指さし、それを道になりになぞっていく。そして彼が指を止めた場所には、まさにワイズマンが襲おうとしていた美術館があった。


「ここから上に掘ったらどこに出るんだ?」

「それも調べてある。聞くかい?」


 イヴァンの問いかけにフリードが嬉々として答える。賢者達は素直に頷き、この小さな泥棒から話を聞き出した。誰もフリードの話を疑おうとはしなかった。それだけ彼の説明に説得力があり、傍目にも完璧な情報である事が伺い知れたからだ。

 年齢というのは、決して素人と玄人を分ける指標にはならないのだ。


「そういうわけだ。わかったか?」

「ああ。よくわかったよ」


 こうしてワイズマンの面々は、本当なら数ヶ月かけてようやく揃う程の情報を、あっという間に習得したのであった。


「でもこれだけ情報を持ってるって事は、あんたも前に何度か襲撃したって事なの?」


 その後、出し抜けにヨシムネが尋ねる。フリードは首を横に振り、「一人でどうこう出来る話じゃなかったからな」と悔しげに漏らした。


「調べることは出来ても実行は出来ない。もどかしいったらないぜ。でも今回は違う。あんたらが一緒に働いてくれる。俺の計画が役に立つ日が来たんだ」


 続けてそう言うフリードの顔は、喜びに満ちていた。それまで抱いていた無念を晴らせるという喜びだった。





 そしてその日、エリーとユリウスが地上で楽しくやっている同じ頃、別働隊は件の下水道の中を歩いていた。ここを進んでいたのはジョージとイヴァン、そしてフリードだった。ヨシムネとロンソは地上に残り、必要な物資を買い込んでいた。

 案の定、下水道は湿気と悪臭に満ちていた。灯りの類は無く、ジョージとイヴァンの持つライトの光だけが頼りだった。天井は低く、腰を曲げる必要こそ無かったものの、手を上げればすぐ天井にくっついてしまう程の高さしか無かった。

 そして崩れかけた壁の穴の奥からはネズミが目を光らせ、獲物が隙を見せるのを虎視眈々と狙っていた。


「こういう事になっていたのか」


 そして薄暗い下水道を行くジョージは、その中で既に自身の知的好奇心を開花させていた。彼の横を行くイヴァンもそれに気づいていたが、彼はそれに反応せず、代わりにその顔を嫌悪に歪めていた。


「どうなってやがる。これはいったいどういうことなんだ」


 イヴァンがライトを壁面に向ける。そこにはみすぼらしい格好をした人間達が、怯えきった表情で立ち尽くしていた。骨に皮がくっついただけのような弱々しい姿をしていた彼らは一様に壁に貼り付き、抵抗の意志を見せようとしなかった。

 そんな彼らの周りには、寝袋や食べかけのパンくずが転がっていた。食いちぎられたネズミや、小さな焚き火に手を当てて暖を取る人間の姿もあった。

 どれもこれもゴミのように汚らしく、不衛生極まりなかった。


「なんでこんな場所に人が住んでるんだ」

「脱落者だよ」


 イヴァンの言葉にフリードが答える。イヴァンが前に目を向けると、先頭を行くフリードは前を向いたまま続けて口を開いた。


「ここで結果を残せなかった連中は皆こうなる。芸術家でない奴に居場所は無いのさ」

「競争社会の弊害だな」


 ジョージが肩を落として呟く。それから彼はフリードに目を向け、彼に問いかける。


「お前もここ出身なのか?」

「さあな」


 フリードは投げ遣りに返した。それから彼は一言も口を開けず、ジョージ達もそれ以上問いかけようとはしなかった。

 前に進むにつれて脱落者の数は増えていった。下水に浮かぶ人間も多く見られるようになった。時には彼らの中を縫うように進むこともした。肩がぶつかったりもしたが、誰も反応しなかった。

 放っておいてくれ。どこからかそんな言葉が聞こえてきた。生気のない、人生を放棄した人間の出す言葉だった。三人は何も言わずに通り過ぎていった。


「ここだ」


 そうして奥へと進んでいくと、ある時唐突にフリードが足を止めて口を開いた。後ろの二人も続けて立ち止まり、フリードの指さす方へ視線を向けた。


「ここの真上が目的の場所に繋がってる。あとはここを掘ればいい」

「本当か」

「今更嘘言うわけねえだろ」


 呆れたようにフリードが返す。ジョージは「それもそうか」と考え直し、その横ではイヴァンが心配そうに周囲を見渡していた。

 彼らの周りには、いつの間にか件の「脱落者」達が集まってきていた。彼らは何もせず、ただ一定の距離を取り、じっとこちらを見つめてきていた。


「こいつらが警察にバラすとかは無いのかよ?」


 イヴァンが小声でフリードに尋ねる。フリードは静かに首を横に振り、そのまま彼を見ながら言った。


「ここの連中は静かに暮らしたいだけだ。自分からトラブルを持ち込んだりはしない」

「じゃあ信用してもいいんだな」

「ああ。その代わり、こいつらにちょっかいかけるのは止めてくれよ。本当に、ここの連中は静かに暮らしたいだけなんだ」


 念を押すようにフリードが告げる。イヴァンはただ黙って頷いた。


「燃えつき症候群か?」


 懐からメジャーを取り出しながらジョージが呟く。


「夢破れただけさ」


 それを一つ受け取りながら、フリードが彼の言葉に答える。


「変に希望を持つからそうなるんだ」


 そしてメジャーを延ばし、天井の一角を測量しながら、フリードはそう吐き捨てた。

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