チーム
悔しい事に、フリードのスキルは「本物」だった。彼はどこに何があるのか、美術館や展示会場がどこにあるのかを全て把握していた。そしてその全てにおいて、自分流の攻略法も構築していた。
「で、ここは真ん中が吹き抜けになってて、天井から一階までまっすぐ降りられるんだ。おまけに道を遮るシャンデリアとかもないし、屋上に配置されてる警備も少ない。だから奇襲の入り口としてはうってつけなんだ」
「周囲に灯りも無く、ここより背の高い建物も無い。確かに最適の進入経路ですね。ですがその屋上へはどうやって上がり込むのですか?」
「裏口の壁を上っていくんだ。ここは他の壁に比べていくらかでこぼこしてるから、手足を引っかけやすいんだよ。裏口って事で、警備も手薄だしな。だからまずはそいつにちょっと眠ってもらって、その隙に壁を上る」
「そして天井を切って穴を開け、中に忍び込む。後はやりたい放題さ」
こちらの世界に赤外線センサーや監視カメラの類は存在しない。ガードマンはいるにはいるが、彼らの装備も剣と盾、よくて魔法を放てる杖くらいだ。防弾チョッキと自動小銃で完全武装した人間はここにはいない。
言ってしまえば、こちらの危機管理のレベルは非常に軟弱であるのだ。もちろんガードの堅い場所もあるが、かつてワイズマンが活動していた世界以上に、こちらのセキュリティは穴だらけだったのだ。
フリードはその穴を目敏く見つけだし、巧妙に抜け出すことに成功していた。そして事もあろうに、フリードは得意顔でその自分の見つけた穴を意気揚々とワイズマンに披露していたのであった。
「ここで大切なのは、欲を張らない事だ。持って行くのはせいぜい一つや二つ。それも比較的安くて小さい物だ。国一つ買えるだけの値がする宝石なんか奪ったら、きっとそこの連中は血眼になって探し回る。それだけ見つかるリスクも跳ね上がる。そんな危険は犯したくないから、あばら屋一個買えるくらいのショボい石で妥協する。捕まりたくなかったら、身の丈に合った仕事をするべきなのさ」
フリードの泥棒としての価値観は非常に賛同できるものだった。しかしそれでも疑問は残った。ジョージはその疑問を正直に相手にぶつけた。
「お前はどうして、そこまで手の内を明かすんだ? 俺達はいわば商売敵だ。敵に塩を送りにしても、これはやりすぎだと思うぞ。なぜこんなことをする?」
「それは簡単だよ。俺をあんたらのチームに入れて欲しいからだ」
フリードは臆面もなく言ってのけた。ワイズマンの面々はその全員が目を点にした。
「一人でやってくのにも飽きてきたところでね。かと言って、中途半端なチームに加わるのも嫌だ。俺は俺の実力を100パーセント発揮できる、そんな場所に行きたかったんだ」
「それで、我々の所に行き着いたと?」
「ああ。あんたらはまだまだ新参だし、功績もそんなに多くはないけど、一部の連中からは結構マークされてるんだぜ? なにせ一国の女王とパイプを持って、呪われた村から財宝をせしめる事にも成功した。こいつらは将来デカくなる。そう思わせる何かを、あんたらは持っているのさ」
俺はそれに惹かれたんだ。そう語るフリードの目は期待に輝いていた。一方でワイズマンの反応は冷ややかだった。いきなり出てきた人間を、はいそうですかと受け入れるのには、流石に抵抗がある。
「俺の実力を疑ってるんなら、こっちにも考えがあるぜ。俺があんたらを手伝って、そっちの作戦を成功させる。俺はこの街には詳しいからな。絶対に役に立つぜ」
フリードは自信満々に言ってのけた。ワイズマンは困惑を隠せず、自然とジョージに視線を移していった。
部下からの視線が一斉に集まっていくのを、ジョージはひしひしと感じた。それでも彼は表情を変えず、じっとフリードを見つめながら言った。
「本当に役に立つのか?」
「もちろん」
「役に立たなかったら?」
「その時は好きにしていいぜ。そんな事はありえないけどな」
どこまでも傲慢な奴だった。しかしここまで自身たっぷりに言われると、かえって期待が持てるというものだった。
ここまで言うんだ。お手並み拝見といこうじゃないか。ジョージの中にある好奇心が警戒心を凌駕するのに、そう時間はかからなかった。
「そこまで言うなら頑張ってもらおうか」
ジョージが言い放つ。フリードは満面の笑みを浮かべ、ワイズマン達は一斉に驚愕の表情を見せる。
「本気かよ?」
「おいジョージ、それでいいのか?」
「いいんだよ。ここまで自身たっぷりに言ってるんだ。一回やらせてみようぜ」
仲間からの忠言にも、ジョージは動かなかった。好奇心を刺激された今の彼には、もはやどんな言葉も届かなかった。
「まずはこっちのプランを伝える。その後でお前の意見を聞く。それでいいな?」
「おう」
「しっかり手伝ってもらうぞ。頑張れば、お前を俺達の一員として歓迎する。そのつもりでな」
「マジかよ。じゃあ尚更頑張らないとな」
「その意気だ。頼んだぞ」
「任せておけって」
そしてその間にも、ジョージとフリードの間ではとんとん拍子に話が進んでいった。加入して日の浅いロンソとエリーはまだ戸惑いを隠せずにいたが、他のメンバーは半ば諦めたような、醒めた表情でその様子を見ていた。
「いいのですか?」
「こうなったジョージは梃子でも動かねえ。昔からそうなんだ」
問いかけるエリーにイヴァンが答える。その声は諦めに満ちていた。そして周りを見ると、他の面々も同じ様に何とも言えない表情を浮かべていた。
ああ、もう駄目なのか。それを見たロンソとエリーも同様に諦観の念を抱いた。ひょっとしたらジョージが一番厄介な存在なのではないのか。そんなことすら思い始めていた。
「じゃあフリード、頼むぞ」
「おうよ。大船に乗ったつもりでいてくれよな」
そんな彼らの横で、ジョージとフリードはどんどん話を進めていっていた。新進気鋭の犯罪組織のボスと話すフリードの顔は喜悦と優越に満ちており、対するジョージも子供のように目を輝かせていた。
これは駄目だ。そのジョージの姿を見た全員はそう確信した。




