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ボーイ

 今から一週間後、芸術の街ゼミューでは絵画を対象にした品評会が行われることになっていた。これは街一番の絵描きを決めるコンクールであると同時に、外の金持ち連中に自分達の力量を見せつける絶好の機会でもあった。

 自分の絵が貴族や王族に気に入られれば、その時点でその絵師は「勝ち組」となる。パトロンに自慢の作品を披露し、それだけで残りの人生を自由に謳歌する事が出来るのだ。

 ここでどれだけ優秀な成績を残せるかで、今後の人生が大きく変わると言っても過言ではなかった。


「頼む。こいつの絵を滅茶苦茶にしてくれ」


 そんな品評会を控えたその日、ワイズマンの前に一人の男がやって来た。帽子を目深に被ったその痩せぎすの男は、自分が画家であること、ゼミューの品評会に自分も参加する事を明かした。

 そして男は、その品評会に同じく参加するライバルの作品を台無しにして欲しいと依頼してきた。


「こいつさえいなければ、俺は勝ったも同然なんだ。手段は何でもいい。とにかくこいつの作品を、コンクールに出させないようにしてくれ。な、何なら、殺したっていい。頼む。金はいくらでも弾むから」


 男の声は震えていた。目元は帽子で隠していたが、それでもこの男が怯えているのは、ワイズマンの面々には手に取るようにわかった。

 本当は虫も殺せない小心者なのだろう。声だけでなく体まで震わせ始めた男を見て、ロンソはそう判断した。


「そうまでして優勝したいのかよ」


 イヴァンが声を漏らす。その声は周りに聞こえなかったが、熊の被り物を身につけた彼が機嫌を悪くしていたのは誰の目にも明らかであった。

 腕を組み、肩をいからせ、マスク越しに依頼人を見ながら、イヴァンが続けて言った。


「大した画家様だな?」

「向こうには向こうの事情ってものがあるんでしょうよ。放っときなさいな」


 彼の隣にいたヨシムネが、それに気づいて口を挟む。猫の被り物をした彼女は横目でイヴァンを見ながら続けて口を開いた。


「相手の事情にこだわらない。それがプロってもんでしょ」

「個人的な感想を言っただけだ」


 対してイヴァンはヘソを曲げたが、それ以上文句も言わなかった。そしてその間にも、ジョージと男の間で「商談」は順調に進んでいった。


「では、そのライバルの名前を教えていただけませんか? それとその作品のタイトルも。アトリエの居場所、スケジュール、何でも構いません。知っている情報を教えていただきましょう」


 獅子のマスクを被った男、ワイズマンのリーダーであるジョージは、その「商売敵」に関する情報を貪欲に求めた。しかし依頼人が提示してきたのは、ライバルの名前と彼の制作している作品名だけだった。


「お、男の名前は、パル・ミラー。仲間内からはパルって呼ばれてる。それとそいつが作ってる絵のタイトルは、<夕焼け>だ。地平線に沈む夕陽を描いたものらしい。知ってるのはそれだけだ」

「他には? 家族構成とか、友人関係とかは?」

「知らない。本当に知らない。俺とあいつは、特別親しい訳じゃないんだ。だから何でも知ってる訳じゃない。後はそっちで何とかしてくれ」


 ジョージの後ろでため息が聞こえてきた。犬のマスクを被ったユリウスが発したものだ。彼が今何を考えているのか、ジョージはすぐに察した。

 役に立たない依頼人クライアントだ。ユリウスはそう思っているのだろう。そして実際その通りだった。ユリウスはマスクの下で、男に軽蔑の眼差しを向けていた。


「大事な部分は丸投げか。いい根性してるぜ」

「でも逆らうわけにもいかないでしょう? お客様は神様なのですから」


 横にいたロンソがユリウスに問いかける。狐のマスクを身につけた彼女の物言いに、ユリウスは再びため息をついた。

 本当に面倒な客だ。



「わかりました。後はこちらで何とかしましょう」


 しかしジョージは乗り気だった。彼は文句一つ言わずに、依頼人の男に握手を求めた。


「報酬の方はどのようにお支払いされますか? 我々としては、後でも前でも構わないのですが」

「そちらの仕事が成功したのを見届けたら、全額支払う。約束だ。絶対に払う」


 おどおどとした態度で、男はジョージの手を取った。ジョージはその男の手の上から自分の手を被せ、しっかり握りしめながら上下に揺さぶる。


「わかりました。仕事の件は我々にお任せください。その代わり、報酬の方はちゃんとお願いしますよ」


 約束破ったら殺す。ジョージは皆まで言わなかった。しかしその雰囲気だけで、男はちゃんとそれを察した。

 額から冷や汗を流しながら男が頷く。わかった、わかった、と何度も漏らしながら、力任せにうんうんと頷く。肩に力を込め、手を振り解こうとしているようにも見えた。


「そんな簡単に請けちゃっていいんですかね?」


 そして依頼人が帰った後、ウサギのマスクを被ったエリーがジョージに問いかける。ジョージはそれに対して彼女の方を見ながら、暢気な口振りで答えた。


「まあ、何とかなるだろう」


 なんとも他人行儀な言い草だった。





 そうして彼らは「仕事」のために準備を進めた。作業は順調に進んでいたが、そこで思わぬ横槍が入ってきた。


「すげー! あんたら本物のワイズマンなのか! こんな所で会えるなんて感激だなー!」


 ユリウスが物資と一緒に子供を連れてきたのを見た時、誰もが目を疑った。この時彼らは誰一人としてマスクを付けていなかったが、既に手遅れだった。

 そしてロンソとエリーは全く理由がわからず、残りの彼と付き合いの長い面々はすぐに推論を立てた。


「お前、こっちの世界でも種を蒔いてきたのか」

「節操なしだな」

「違う。そうじゃない」


 揃って怪訝な眼差しを向ける仲間を前に、ユリウスはしかめ面を浮かべながら反論した。


「街で絡まれてな。色々あって連れてきたんだよ。あそこで放置するわけにもいかなかったし」

「何があったんだ?」


 ジョージが反応する。ユリウスは彼が食いついてきた事に内心安堵しながら、自分がここに戻るまでの経緯を話した。


「俺達の事を知ってるのか」


 そうしてユリウスから全てを聞いた後、ジョージは件の少年に視線を向けた。ユリウスの横にいる少年は怯むことなくジョージを見返し、あまつさえ胸を張って言い返した。


「もちろん。裏の世界じゃ、あんた達結構有名人なんだぜ。新参者のくせしてあれだけ活躍してれば、嫌でも耳に入ってくるしな」

「あなたも泥棒か何かなのですか?」


 そこでロンソが問いかける。少年はロンソの方を向き、続けて彼女に言った。


「おう。俺はフリード。ゼミューじゃちょっとは名の知れた大泥棒様だ。よろしくな」


 フリードと名乗った少年は、恥ずかしげもなく言い切った。そしてそれを見たワイズマンの面々は揃って渋い顔を浮かべた。


「本当かな」

「ただのガキだろ」

「どうかしら。案外本物かもしれないわよ」


 しかし彼らの抱いた印象はバラバラであった。頭ごなしに否定する者もいれば、彼の言を額面通りに受け取る者もいた。そしてジョージだけは何も言わず、腕を組んでフリードを見つめていた。


「あんたら、ここで一仕事するんだろ? だったら俺にも手伝わせてくれよ。そっちの方が成功率高いだろ?」


 フリードは堂々と言い放った。どこまでも自信満々な態度であった。

 また面倒な奴が来た。ジョージは表情を崩さず、内心でため息をついた。

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