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ブラックオウル

「やったぜ、俺達大金持ちだ!」

「ここまで上手く行くとは思わなかったな!」

「どこの世界に行ってもやっぱりお金を持ってるって安心できるわね」


 次の日、ワイズマンは大いに浮かれ上がっていた。大量の宝石をロンソの手配した「しかるべき場所」で換金し、これまでお目にかかった事のない程の大金を手に入れた彼らは、人間界の方に用意したアジトで喜びを噛みしめていた。


「これだけのお金があったら、何が出来ますかね? 高級宿とか泊まり放題ですかね?」

「その宿を丸ごと買い取ってもお釣りが来ますよ。それにしてもまったく、こんな美味しい商売を知ったら、まっとうな稼ぎが馬鹿らしくなりますよ」


 こちらの世界の住人であるエリーとロンソも同様だった。悪いことをして手に入れたという刺激的な事実が、また彼女達の歓喜の感情を倍増させていた。

 誰もが幸せの中にいた。一方で他人が間違いなく不幸になっていたが、誰もそれを気にしなかった。札束を高く積み上げたテーブルを囲み、その全員が歓声を上げていた。


「で、どうする? せっかくだからパーっと使うか? 飯屋丸ごと貸し切りにしてよ?」

「いいや駄目だ。こういう時こそ慎重になるべきだ。派手に遊びすぎて注目浴びて、そこから怪しまれたらどうする? 金持ちになったからこそ、いつも通りに振舞うべきだ」


 しかしそこで自制を失うほど、彼らは素人アマチュアではなかった。イヴァンの楽しげな物言いに即座にユリウスが反応し、そしてユリウスはそのまま周りの面々を見渡しながら冷静な口調で言った。


「他の皆もいいか? 金を手にしたからって、表の世界で豪遊するのは控えた方がいい。どこで誰が俺達を見張ってるか、わからないんだからな。それにこの金は、もっと有意義な事に使うべきだ」

「例えば?」

「情報収集、装備の購入、買収とか賄賂とかだ。準備を万全にしたかったら、金はいくらあっても足りないんだからな」


 ユリウスの言葉に、全員が表情を引き締める。彼に疑問をぶつけたエリーも同様だった。それから言い出しっぺのユリウスが「わかったか?」と尋ねると、他の全員も迷いなく頷いた。

 ここに素人アマチュアはいないのだ。


「ところで、ジョージはどこに?」


 そうして金の使い方に対して全員が意志を統一させた後、ロンソが誰にでもなく問いかけた。それに対してはヨシムネが、彼女を見ながら言った。


「黒フクロウよ。前にあなたが教えてくれたあそこ」

「ああ、あちらですか」


 黒フクロウ。人の手の及ばない森の奥に作られた酒場であり、この世界のゴロツキばかりが集まる「掃き溜め」である。陽の当たる場所では生きていけない、はみ出し者の巣窟であった。


「一人で? なんだってそんな場所に?」

「なんか調べたい事があるみたい。一人で行ったのは、足まわりを軽くする為じゃないかしら」


 そんな胡散臭い連中のたむろする場所であるので、黒フクロウにはそれだけ胡散臭い情報も集まって来ていた。もちろんその大半は証拠のない噂、もしくは情報料欲しさのあまり飛び出した「口から出任せ」である。

 しかしその中には、本当に値千金の貴重な話が埋まっていることもある。とにかく情報の宝庫であることは間違いないので、玉石混淆であることを厭わないのであれば、そこはまさに宝の山であったのだった。


「彼は何をしに行ったのですか?」

「さあ? 調べ物がどうとか言ってた気はするけど」


 ロンソからの問いに、ヨシムネは素っ気なくそう答えた。それを聞いたロンソもすぐに納得し、それ以上問い詰める事もしなかった。


「まあ、その内帰ってくるだろ」


 イヴァン達も同様だった。彼らはジョージがヘマをするとは微塵も思わなかった。


「あいつが帰ってくるまで待とうぜ。詳しい金の話はその後だ」

「そうだな」


 同時にリーダー不在のまま話を進めるのも愚策と理解していたので、彼らは暫くの間札束の山を眺めて過ごしたのだった。





 黒フクロウと呼ばれるその酒場は、薄暗く窮屈であった。床面積自体は狭くなかったのであるが、より多くの客を確保できるようテーブルや椅子を限界まで詰め込んだ結果、まさに足の踏み場もない程にぎゅうぎゅう詰めな室内となっていたのである。

 その上、酒場は常に歓声と罵声で満ちていた。換気も十分でなく、中は酒と汗と血の臭いが充満している。清潔とは無縁な場所である。

 おかげでただでさえ狭苦しく感じるその酒場は、さらに居心地の悪い最悪な場所へと変貌を遂げていたのだった


「へえ、ホムソーンに」

「ああ。あそこから宝石を盗んでやった。ちょろいもんだったよ」


 その酒場の一角、テーブルの一つに腰掛けていたジョージは、自分の反対側に座っていた男と話し込んでいた。ジョージは仮面を外し、外の世界で「作業着」として使っていたビジネススーツをかっちり着こなしていた。この酒場では、顔を隠す事は嫌われているのである。

 一方でジョージと話していたその男は、酷く貧相な容姿をしていた。髪はボサボサで、髭も好き放題に生え伸び、薄汚れたボロを纏っていた。清く正しい生活とは無縁の生き方をしてきたのが一目でわかった。

 その男に酒を振る舞いながら、ジョージが彼に話しかけた。


「それで、あそこの村についてちょっと聞きたい事があるんだ」

「聞きたいこと? なんだよ?」


 グラスに注がれた黄金色の酒を呷りながら、男がジョージに問いかける。この酒場きっての「生き字引」として知られるその男に対し、ジョージは件の村で起きた事を全て話して聞かせた。

 自分が振り返った時、村人が全員いなくなっていた事も。全てを教えた。


「へえ。てことは、お前ら選ばれたって事だな」


 そしてジョージから事のあらましを聞いた男は、開口一番にそう言い放った。四方から聞こえてくる馬鹿笑いをよそに、ジョージは片眉を吊り上げた。


「どういうことだ?」

「そのまんまだよ。お前らは選ばれた。あの村に認められたんだ」


 男がケタケタ笑いながら、自分からグラスに酒を注ぐ。ジョージはまだ怪訝な顔をしたが、男は躊躇うことなく自分のグラスに酒を注ぎ足しながら言った。


「ホムソーンって村の事は俺も知ってる。いや、常識って言ってもいいな。悪党の世界じゃそれなりに名の知られた場所だな」

「そうなのか? どんな感じで知られてるんだ?」

「知りたかったら酒をくれよ。物々交換はここの基本だぜ」


 空になった酒瓶を見せながら、薄汚い男が催促する。ジョージは肩を竦めた後、カウンターに向かって金貨一枚を放り投げた。


「ワインくれ!」


 ジョージが叫ぶ。カウンターでそれを受け取った店主は後ろの棚から酒瓶を取り出し、お釣りの入った袋ごとそれをジョージに投げ返した。

 薄暗い店の中を一本の瓶が飛ぶ。ジョージはそれをお釣り袋ごと片手で受け取り、瓶の蓋を開けて男のグラスに注ぎ始めた。


「ほら、燃料だ。これで喋れるか?」

「へへへ、お安い御用だぜ」


 新しい酒をもらった男は見るからに上機嫌になった。そして彼はにこやかなままそれを一気に飲み干し、満足げな顔でジョージに話しかけた。


「で、ホムソーンの話だったか。あそこが有名な理由を知りたいんだったな?」

「そうだ。何か理由があるんだな?」

「簡単な話さ。あそこは呪われてるんだよ」


 ジョージの顔が強ばる。男はジョージの手から瓶を奪い、自分で酒を注ぎながら言った。


「俺は真面目だぜ? 冗談抜きであそこは呪われてるのさ。生半可な連中は近づきもしない、呪いの村。まさかそんな事も知らないで押し込み強盗やったのか?」


 全然知らなかった。ロンソもエリーも「そこの事は何も知らない」と言っていたから、何をしても大丈夫なのだろうと思っていた。


「本当に知らなかったのか。おめでたい奴だな」


 それを見た男は驚いて目を剥いた。しかしすぐに表情を解し、「まあ別に怖がる必要はねえよ」と気楽そうに言った。


「どういう意味だ?」

「さっきも言ったろ。お前らは選ばれたのさ。あの村にな」

「そこを知りたいんだ。あの村は俺達に何をしたんだ」

「試したんだよ」


 男が言い返す。ジョージは困惑し、男は愉快そうにニヤニヤ笑いながら彼に言った。


「無理矢理正直者にさせるって言うべきかな? 村の中に踏み込んだ連中の本心を剥き出しにするのさ。理屈はわからん。とにかくあの村は、そういう村なんだ」

「それで、無理矢理本心を剥き出しにして、どうなるんだ」

「まず村がそれを見る。不埒な奴らの心を覗く。それでもし村に好かれれば、そいつらは金輪際、その村で何をしても許される。強盗も略奪もやりたい放題だ」

「それが村に認められるってことなのか」

「そういうことだ。まあ簡単に言えば、良い奴ならオッケーって事だ」


 悪党に良いも悪いも無いんだけどな。男は笑って、ワインをグラスに注ぎ込んだ。ジョージはそのグラスに注がれる赤い液体を眺めながら男に問いかけた。


「それで、認められなかったら?」

「呪い殺される。例外は無い。皆殺しだ」


 男は素っ気なく言った。ジョージは渋い顔を浮かべ、そこで初めて自分のグラスにワインを注いだ。


「だから誰も、あそこには行きたがらないのさ。どいつもこいつも、自分が根っからのワルだって自覚してるからな。死にに行くようなもんさ」


 男がしみじみと漏らす。ジョージは何も言わずに酒を飲み干す。

 なんて危ない場所に行ってしまったんだ。彼は激しく後悔していた。生きて帰れたから良かった、などと開き直る気も無かった。

 これからはもっと情報を集めてから行動すべきだ。彼はそう堅く心に誓った。


「ところであんたら、ワイズマンだったっけ? ちょっと気をつけた方がいいぜ」


 そんなジョージに、不意に男が話しかける。ジョージはすぐに男の方を向き、そのジョージを見ながら男が話し始める。


「最近あんたらの偽物が現れ始めてる。あんたらと同じようにマスクを被って、やりたい放題さ。下手に野放しにしてたら、どこかであらぬ疑いをかけられるかもしれないぜ」

「それだけ有名になってるって事か」

「まあな。新参者にしちゃ、あんたらのした事は派手すぎるからな。嫌でも噂になるってもんだぜ」


 一国の女王とコネを持ってる奴なんてそうはいないぜ。男はゲラゲラと笑った。ジョージはそれには合わせず、酒を呷りながら短く言った。


「気をつけるよ」

「おう。気をつけろよ」


 男が威勢良く声を上げる。ジョージはそれには答えず、そそくさと立ち上がる。その頭の中に、大金を手に入れたという喜びは既に無かった。

 今回の失敗を反省し、次に活かさなくてはならない。ジョージはリーダーとして為すべき事を頭の中に思い描いていた。

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