表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
21/58

プレグナント

 宝石には価値がある。それは時代を問わず、そして世界を問わずに一貫して存在する共通認識である。人によっては札束よりも優先して確保しようと躍起になり、宝石のためなら悪魔に魂を売り渡そうとする者までいる始末である。

 賢者ワイズマン達はそんな宝石を欲していた。理由は単純、金が欲しかったからだ。衣食住を整えるにはそれなりに金がいる。これもまた世界を問わず共通認識であったのだ。

 そして現金ではなく宝石を狙ったのは、それが貨幣よりもかさばらず、売り払っても足がつきにくいからである。奪うにはうってつけのブツなのであった。


「動くな! そのまま!」


 彼らが標的としたのは、南東の小村、「ホムソーン」と呼ばれている場所だった。そこは鉱山を中心として出来た村であり、鉱山では良質な宝石の原石が採れるのであった。

 村は小さく、武装も貧弱。そして内包している「お宝」も優良。狙わない理由は無かった。むしろこれだけ上等な立地をなぜ他のならず者連中が狙おうとしないのか、不思議に思う程だった。


「ほら、つるはしを置いて! 余計なことはしない!」

「そこのお前、ナイフを地面に! 腰のナイフだよ!」


 しかしそんな事を延々考えるくらいなら、自分達の取り分を確保した方がずっと建設的である。彼らはそう思い直し、さっさと襲撃を実行したのである。そして今現在、彼らは二手に分かれて鉱山と村長の家を攻撃していた。

 結果として、それは大成功に終わった。事前の調査通り、村人はまともに武装していなかった。反抗するようにつるはしやスコップを構える者もいたが、それでもこちらが武器を突きつけると途端にしおらしくなった。


「それでいい。聞き分けのいい奴は大好きだぞ」


 村長の家にいたジョージは、そんな即座に降伏した村人達を見て満足げに頷いた。それからジョージ達は村人を縛り上げ、外にいた者も含めてその全員を村長の家の中に押し込んだ。女子供も含めて、全部で二十人。本当に小さな村だった。

 彼らは従順だった。その全員が、おとなしく無法者共の指示に従った。そうして村の全員が一カ所に集まった後、村長がジョージに話しかけた。


「頼む。村人に危害は加えないでくれ。宝石ならいくらでもやるから、どうか彼らは襲わないでくれ」

「安心しろ。俺たちが欲しいのは宝石だけだ。余計な事はしない」


 ジョージが村長を見下ろしながらそれに答える。しかし村長はしつこく問いかけた。


「本当か? 本当に助けてくれるのか?」

「くどいな。大丈夫と言ったら大丈夫だ。それとも実際死にたいのか?」

「そ、そんな事はありません。ですがどうか、何卒お願いします」


 村長は必死だった。その顔には「自分はどうなってもいい」という悲壮な覚悟がありありと見えていた。

 大した奴だ。ジョージは素直に感心した。こいつの顔に免じて全員の命は助けておこう。彼はそうも考えていた。強者故の余裕である。


「お願い! 誰か助けて!」


 村人の中から悲鳴が聞こえてきたのは、まさにその時だった。他の村人とワイズマンが一斉にそちらに振り向くと、そこには一人の妊婦が地面に座り込んでいた。

 彼女は両手を後ろに縛られたまま、苦悶の表情を浮かべていた。ジョージ達は嫌な予感を覚えた。


「い、いたい……もう、産まれそう……」


 予感は的中した。ワイズマンは全員が顔を青ざめさせた。

 何も今やらなくても。


「お願い! 産ませてあげて! あんな格好で出産なんかさせられないわ!」


 そしてそれに端を発するように、別の女性が声を上げる。さらにそれを起爆剤として、あちこちから「彼女の拘束を解け」という声が沸き始める。


「頼むよ。このままじゃかわいそうだよ」

「別に逃げる訳じゃないんだ。縄をほどいて、ベッドの上に寝かせてやってくれ」

「出産の手伝いもいる。医者の縄もついでにほどいてくれないか」

「あの格好のままじゃ母胎がイカレちまう。安静にさせるべきだ!」

「なんとかしてくれ! このまま見殺しにする気なのか!」


 村人の訴えはどんどん強くなっていった。その訴えをジョージが聞いていると、その彼の横にイヴァンがやってきた。


「どうするんだよ? あいつらの要求に従うのか?」


 彼も困っているようだった。ジョージがそれに答えあぐねていると、他のメンバーも続々と彼の元に集まってきた。


「リーダー、どうする? 縄をほどく?」

「おい、あれが芝居じゃないって保証がどこにあるんだよ。逃げられて俺達の事がチクられたらどうする?」


 ヨシムネが提案し、ユリウスが渋い声を出す。すると今度はエリーとロンソが口を開く。


「でも見るからに苦しそうですよね、あれ。私にはとても芝居には見えませんけど」

「どちらも一理ある意見ではありますね。ですが最終的な判断を下すのはあなたです、ジョージ」


 どうしますか? ロンソがジョージを見つめる。他の面々もそれに倣い、部下の視線が一斉にジョージを射抜く。妊婦はより一層苦しげに呻き、村人の雑音めいた声も大きくなっていく。

 ジョージは即断しなかった。顎に手を当てて少し考える素振りを見せ、それから村人の前に出た。

 妊婦以外の全員が声を潜める。強盗団のリーダーが存在感を見せたことで、場の空気が一気に張りつめていく。そうして静まり返った村長の家の中に、ジョージの声が声高に響いた。


「妊婦と、その手伝い四人。解くのはそれだけだ。出産の間、こっちからも見張りをつける。それでいいな?」


 村人はすぐに反応を返してはこなかった。誰もが呆然としたまま、ジョージの顔を見つめていた。

 ジョージは少し気まずくなった。そしてそれを誤魔化すように声を荒げた。


「四人だ。早く決めろ!」


 尻を蹴飛ばされた村人達は、すぐに代表を決めにかかった。ジョージは鼻を鳴らし、その横にエリーが立って彼に言った。


「随分お人好しなんですね?」

「一流のプロは、無駄な殺しはしないものなのだ」


 村人が代表四人を決めたのは、ジョージが仲間のエルフの問いにそう答えたのとほぼ同じタイミングの事だった。





 その妊婦は本当に妊娠していた。最初彼らが逃げ出すための芝居をしていると考えていたワイズマンは、本当に妊婦が赤ん坊を産み落とした事を受けて大きく面食らう羽目になった。


「元気な女の子です。異常も見られません。とても可愛い子ですよ」


 赤子を抱き抱えた助産婦の一人が、自分の事のように嬉しげに話す。それから彼女は抱いている赤子を妊婦に見せ、妊婦はそれを見て弱々しく微笑んだ。


「私の子……ああ、可愛い子……」


 妊婦は消耗していたが、意識はしっかりと残っていた。彼女は助産婦の腕の中にある赤子の顔を優しく撫で、幸せを噛みしめるようにその笑みをより深くしていった。


「ああ、良かった。良かった……」

「一時はどうなることかと。本当に良かった!」


 出産を手伝った他の村人も喜びを爆発させていた。彼らと同じ部屋に入り、その光景を見張っていたユリウスとイヴァンも、柄にもなく感動を覚えていた。


「ありがとうございます。本当にありがとうございます」


 それから数分後、妊婦が無事出産を終えた事を知った村長はジョージに深々と頭を下げた。この時彼らはまだ手を縛られていたが、それにも関わらず、その村長はジョージ達に対して純粋な感謝の念を見せていた。


「この村は何分小さい村ですから。村人全員が深い繋がりを持っているのです。それこそ家族のように。そんな家族の一人が問題なく子供を産めたのですから、こんな喜ばしい事はありません」

「そ、そうか。それは何より」


 強盗しに来た相手に懸命に謝辞を述べる村長に、ジョージは普通に困惑した。それから彼は相手の機嫌を損ねないよう、それとなく宝石についての話を持ちかけた。


「ところで、鉱山の宝石についてだが、全部もらっていくことで」

「どうぞ、どうぞ。もらっていってください。あれはあなた方にこそふさわしい」


 村長はにこやかに答えた。それは周りの村人にも聞こえていたが、反論する者は一人もいなかった。

 ジョージはさらに困惑した。妊婦を助けた程度のことで、自分達の資金源を簡単に強盗団に明け渡してしまうのか? もう少し抵抗してくるだろうと考えていたジョージは、大きく出鼻をくじかれる格好となった。


「なんだ、歯応えがないな。お前達はそれでいいのか? 少し助けられたからと言って、悪人に膝を折るのか? 意地は無いのか?」


 同時に疑問に思ったジョージが、ぽろりと本音をこぼす。村長はにこにこと笑ったまま、ジョージを見つめながら言った。


「良いのですよ。あなた方は選ばれし者。あれを懐に納める権利を手にしたのです」

「なんだと?」

「さ、持てるだけ持って行ってください。我々はただ従うのみ。どうぞ持って行ってください」


 村長の意味深な言葉に、ジョージの好奇心は嫌でも刺激された。しかし彼が疑問をぶつけようとした矢先、村長の家の外からロンソの声が聞こえてきた。


「積み込み作業完了しました。そろそろ戻るとしましょう」

「これ以上ここにいる意味も無い。帰るぞ」


 イヴァンもそれに続いて声を上げる。ジョージは残念そうに渋い表情を浮かべ、伸びかけていた好奇心のアンテナをおとなしく畳んでいく。それから彼は村人達に背を向け、扉に向かって歩き出した。


「大丈夫。あなた方は呪われませんから」


 扉を開ける直前、背後から声が聞こえてきた。

 ジョージが驚きながら後ろを振り返る。

 そこに人の姿は無かった。


「え」


 それまで大勢いた村人達が、影も形も無くなっていた。村長の姿も無かった。ただ無駄に広い部屋の中に、ジョージだけが残されていた。


「どうしたの? 早く帰りましょうよ」


 ヨシムネが催促する。ジョージは背筋が凍りつく感覚を味わいながら、足早に家から外に出た。

 一歩外に出たその村は、死んだように静まりかえっていた。


「まさか、本当に死んでる村なのか……?」


 ジョージはそう思わずにはいられなかった。

 しかし彼の思考に答えられる者は、一人もいなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ