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ピュア・プリンセス

 シャグルからの依頼を受ける数日前、ワイズマンは別口の依頼を受けていた。

 依頼人はオルリー・ルド・ラーシュだった。


「つまりあなたは、命を狙われていると?」

「そうです。誰かはまだわかってないのですが、少なくとも私の周りに離反者がいるものと考えています」

「なぜそのように考えているのですか?」

「城の中に間者がいたのです。その者は私の城で働いている小間使いで、外部に城の警備状況を記した書簡を送ろうとしていたのです」

「その間者から情報は聞き出せなかったのですか?」

「聞こうとする前に自害されました。スパイがいるという手がかりは掴めたのですが、そこから先へは進めずにいるのです」


 洞窟の大部屋、ランタンに照らされた薄暗い空間の中、オルリーは怯むことなく近況を言ってのけた。声と身なりは若かったが、そこには既に王者としての堂々たる風格を携えていた。

 獅子のマスクを被り、テーブルを挟んでオルリーと向かい合っていたジョージは、その若き女王の胆力に驚嘆の念を抱いていた。こいつはいつか大物になる。彼はそんなオルリーを仲間にしたいとすら思っていた。

 しかしジョージはそんな事はおくびにも出さず、オルリーとの話し合いを続けた。


「つまり貴女は、いつ犯人に襲われてもいいよう、我々にボディーガードの仕事をしてほしいと? そういう訳ですか?」

「いえ、私があなた方に求めるのは身辺警護ではありません。強いて言うなら探偵です」

「探偵ですか」


 獅子の頭が小首を傾げる。オルリーは一つ頷き、言葉を続ける。


「私の近辺は信頼できる兵に守らせます。あなた方には外から犯人の足取りを追っていただきたいのです」

「自分が囮になるから、その間に犯人を探せ。というわけですか」


 ジョージの意訳した言葉に、その場の空気が強ばっていく。


「そうです」


 オルリーもまた即答する。彼女の側にいた執事めいた男は咎めるようにオルリーを見やり、ジョージの後ろにいた残りの賢者達は驚いたようにジョージを見た。


「女王陛下、やはり私は反対です。御身を自ら危険に晒すなど」

「こりゃ凄い。あのお姫様、かなり肝が据わってるんですね」


 執事が口を尖らせ、兎の面を被ったエリーが驚嘆して呟く。オルリーとジョージは共に表情を崩さなかった。

 ジョージが先に口を開く。


「なぜそのような事を我々に? 専業の探偵に頼めばいいのではありませんか?」

「理由は簡単です。あなた方は仕事に忠実で、荒事にも慣れている。そして目的のためなら手段は選ばない。小綺麗な探偵には到底出来ないような事も平然とやれる。その黒い部分を評価して、私はあなた方に依頼をする事にしたのです」

「他の組織に頼むというのは?」

「あなた方の最近の活躍は、私の方でも把握しております。そして他の勢力と比較して、あなた方がそれらの中で最も高い戦闘能力を有し、信用できるという結論に達したのです」


 オルリーの返答は、淀みのない、はっきりとしたものだった。ストレートに賞賛されたジョージはこそばゆい思いを味わいながら、しかしそれを表に出さずにオルリーに問いかけた。


「評価してくださるのはありがたいのですが、良いのですか? 我々はいわば悪党だ。あなたのようなやんごとない身分の人間が、我々のような者とつるむと言うのは、かなりまずいのでは?」


 その通りだ。執事が視線でオルリーに訴える。対してオルリーは片手を上げて執事の訴えを制し、ジョージを見ながら毅然とした態度で答えた。


「清濁併せて飲み込んでこそ真の王者となり得る。私はそう考えております。国も王者も、潔癖なままでは立ち行かないのです」

「汚れるのは家臣の務めでございます。あなたが進んで泥を被る道理は無いのですよ?」

「ならばこう言い換えましょう。私は一人だけ蚊帳の外に置かれるのが大嫌いなのです」


 そして執事の訴えを一蹴する。目は真剣そのもので、本気でそう思っているのは一目瞭然だった。


「すげえ嬢ちゃんだ」


 犬の面を被ったユリウスが口笛を吹く。他の面々も似たような反応を見せた。

 誰もがオルリーの根性を評価していた。そして執事には気の毒だが、彼女の性根は死ぬまで変わらないだろうと言うことも悟った。


「わかりました。ではその依頼、お受けしましょう」


 そしてジョージはこの依頼を受けた。最初に提示された報酬の額も満足行くものだったし、ジョージ自身もこの仕事に興味を持っていたからだ。

 ワイズマンの面々もそれに賛同した。オルリーは柔らかい笑みを浮かべて協力に対する感謝の意を述べ、執事は一人気難しい表情を浮かべていた。


「後でこちらから情報をお届けします。あまり参考にはならないかもしれませんが、活用していただけると幸いです」

「わかりました。後は我々の方で探してみるとしましょう」


 最後にオルリーとジョージはそう言葉を交わし、王女は執事を連れて外へと出て行った。そしてそれから数分後、テーブルの上に白く光る球体が出現し、それは紙の束へと変化し、ドサリと音を立ててテーブルに落着した。


「いきなり出てきたぞ」

「転移魔法の応用形ですね」


 驚くイヴァンに、ロンソが簡単に説明する。その紙束の中から一枚を取り出しつつ、ジョージが全員の方を向いて口を開いた。


「さて皆、探偵を始めるとしよう」


 シャグルが直接仕事を持ち込んできたのは、その後の事だった。





「全くの偶然です。まさか犯人の方から出向いて来てくれるとは」


 シャグルから依頼を受けたジョージは、すぐさまオルリーに連絡を入れた。ジョージはシャグルとの話の一切合切をオルリーに打ち明けており、これでオルリーはシャグルの企みを全て知ることになった。

 なおこの時、彼は遠距離通信用の投射水晶を使って彼女と話していた。テーブルに置かれた水晶の上にはオルリーの立体映像が映し出されており、オルリーの使用している水晶もまた、ジョージの姿を投影していた。


「まあつまり、探す手間が省けたと言うわけです」

「そうですか。しかしシャグルが黒幕だったとは」


 水晶が見せるオルリーの姿は、どことなくショックを受けているようだった。忠臣の一人だったのだろうか。


「わかりました。とにかく、教えていただいてありがとうございます」


 しかしオルリーはすぐに表情を引き締め、女王の顔でジョージに礼を述べた。ジョージはシャグルの件について、深く追求しようとはしなかった。

 代わりにジョージはシャグルの処遇について尋ねることにした。


「それで、彼はどうします? こちらで捕縛しますか?」

「いえ、このまま泳がせておきましょう」

「ほう?」


 オルリーの回答に、ジョージは訝しげに片眉を吊り上げた。その顔を見ながらオルリーが言った。


「最高のタイミングで彼を消すのです。今は彼の思惑通りに事を運ばせておきましょう。あなた方は彼の計画通り、私を暗殺するのです」

「で、貴女は死んだふりをする」

「そして葬儀が行われる。目的を達成した事でシャグルは油断し、舞い上がるでしょう。人生の絶頂にあると言ってもいい。そこを潰す」

「上げて落とす、という訳ですな。女王陛下もえげつない事をなさる」


 水晶の上に浮かぶオルリーの虚像は、ジョージの言葉を受けてくすりと笑った。


「やられたらやり返す。世の常です」

「本当にしたたかなお方だ」

「そうでなければ、今の世で生きていくことなど不可能なのです。特に私やメルヘムのような、弱小の存在は」


 手段は選ばず、使える物は全て使う。そうして自分達は生き延びてきた。オルリーは淡々と、簡潔に説明した。

 ジョージはますますオルリーに興味を抱いた。この女は大物だ。是非ウチの仲間にしたい。ジョージはそんな想いを更に強めていった。


「女王を仲間に誘おうとは、あなたも中々剛胆なのですね」


 しかしジョージの誘いに、オルリーはそう言ってからきっぱり断った。


「お断りします。今の私はメルヘムの女王ですので」

「そうですか。それは残念だ」


 ジョージも食い下がらなかった。引き際を見極めるのは何よりも肝心だからだ。


「それで、あなた方はいつ私を殺しに来るのですか? そちらの計画について詳しく教えていただきたいのですが」

「そうですな、我々としては……」


 それから二人は、共同で「女王暗殺計画」の段取りを決めていった。そしてオルリーは予定の期日にわざと裏手の警備を薄くし、ジョージ達がその隙を突くことになった。

 その中でジョージは、今回の暗殺に使うアイテムの説明も行った。


「これの先端部分には赤い塗料が含まれています。高速で飛ぶこれが堅い物にぶつかると外装が弾け、中に詰められていた塗料がぶちまけられるのです」

「血が噴き出したように見えるのですね」

「そういうことです」


 ジョージが見せたのは特製の弾丸だった。オルリーは自分がどうやって死ぬのかを知り、感嘆の言葉を漏らした。


「あなた方は、そのような道具をどうやって仕入れたのですか?」

「企業秘密です」


 ジョージは深くは明かさなかった。オルリーも追求はしなかった。藪蛇はごめんだからだ。

 代わりにオルリーは、ジョージに作戦の成功を期待した。


「それでは、頼みましたよ。くれぐれも失敗しないように」

「お任せを。女王陛下」


 自分の死を願う女王に対し、ジョージは恭しく頭を下げた。





 そして計画通り、オルリーは殺された。

 葬儀も行われ、シャグルがそこで啖呵を切った。

 その声明は力強く、多くの参列者に力を与えた。

 オルリーはそんな裏切者の言葉を利用する事に決めた。





「私がこうして生きていられるのは、全てモメントーム卿のおかげです。彼が私の暗殺計画を察知し、一芝居を打ってくれたおかげで、私も往き永らえる事が出来ているのです」


 シャグル抹殺の翌日、オルリーは堂々と大衆の前に姿を現した。そこで彼女は、自分の死はでっち上げだったこと、暗殺の実行犯は既に逮捕済みであること。そしてシャグルはその実行犯の「最後の悪足掻き」によって命を落とした事を、躊躇いもなく発表した。

 シャグルの芝居であることに気づいた暗殺者が報復としてシャグルの自邸に乗り込み、彼を殺した直後に自身も衛兵に殺された。そういうことにされたのだ。


「悲しいことに、モメントーム卿は凶刃に倒れ、帰らぬ人となりました。しかし我々は、彼の遺志を継ぎ、未来へ向かって歩まねばならないのです。悲しんでばかりいては駄目なのです。前を向き、しっかりと歩みを続けていかなければならないのです」


 オルリーの復活とシャグルの行動は、民衆に大いに支持された。目に涙を溜めたオルリーの演説は、メルヘムの民をより強固に団結させることとなった。

 葬儀の場でシャグルの演説を聞いていた大臣達も、皆疑うことなく王女の嘘を受け入れた。まった、何という男だ。それまで彼の事を知らなかった者も、これを受けて彼に対する評価を百八十度入れ替えた。

 シャグルは英雄と持て囃された。広場には女王を救った忠臣として、彼の銅像が建てられることになった。オルリーもそれを喜び、私財ポケットマネーからその費用の一部を負担すると宣言した。

 シャグルの死が、メルヘムをより強い国へ変えたのだった。





「本当、したたかな女王様だ」


 その盛り上がりを遠くで見つめながら、ジョージが腕を組んで呟いた。その横にいたロンソも、彼の言葉に同意した。


「国の隆盛のためならば、反逆者さえも利用する。統治者の鑑ですね」

「敵には回したくないタイプだな」

「まったくその通りで」


 事の真相を知る二人は、しかしそれ以上は何も言わなかった。彼らはそのまま踵を返し、人混みの中へと消えていった。

 オルリーとシャグルを称える声は、その後も暫く鳴り止まなかった。

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