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プリズンブレイク(前)

「こいつらが次の囚人か?」

「ああ。なんでも地上で相当やらかしたらしい」

「大悪党って訳か」

「そういうことだ。なにせロンソ様のお墨付きだからな」

「ロンソ様の? そりゃ確かに大物だな」

「そうだ。だから絶対に油断はするなよ。何をしてくるかわからんからな」

「わかってる。しっかり見張ってるよ」





 どこからか聞こえるその会話を受けて、ジョージは目を覚ました。覚醒した彼は煩わしげに天井から頬に落ちる水を拭い、そこでマスクが外れている事に気づいた。


「ああクソ、どこやりやがった」


 その事に毒づき、そして目をこすりながら身を起こす。そして周りがそれまでいた所と全く景色が異なっていることに気づき、ジョージは驚きつつもすぐに周囲を見回した。

 自分の置かれた状況を理解するのに時間はかからなかった。床と壁は石で作られ、左手側には鉄格子が填められていた。それまで自分が寝かされていたベッドは硬く、毛布の類は見られなかった。それと自分はそれまで着ていたのと同じスーツを身につけていることもわかった。


「捕まったってのか? 俺が?」


 どうやら自分は牢屋の中にいるようだ。どこの牢屋かはわからなかったが、非常に古臭い作りをしているのが特徴的だった。そして周囲から物音も聞こえてこなかった。牢屋は冷たい静寂に包まれていた。


「どうやら、目が覚めたようですね」


 そしてそこまで確認して、今度は鉄格子の奥に目をやろうとしたその瞬間、突然ジョージの頭の中に声が聞こえてきた。

 ジョージの意識は一瞬でそちらに向けられた。なぜならそれは、ジョージの良く知る女の声だったからだ。

 ここで目を覚ます前、最後に会った女の声だ。


「ロンソか……?」

「その通りです」


 ジョージが名を呼ぶ。声は簡単にそれを認めた。ジョージは首を回して周囲を見回したが、ロンソの姿はどこにも見えなかった。


「どこにいる?」

「そこにはいません。私は今、そこから遠く離れた場所から思念波を飛ばしてあなたの脳に直接話しかけているのです」


 ロンソが平然と答える。ジョージが鼻で笑う。


「馬鹿馬鹿しい。そんな話を信じろと?」

「強制はしません。信じるも信じないもあなた次第です」


 頭に響くロンソの声は至って冷静だった。それを聞いたジョージはその後も暫く周囲を見渡したが、やがて諦めて硬いベッドの上に腰を下ろした。


「ここに俺を連れてきたのはお前なのか?」


 そして追求するように口を開く。ここにいない人間に言葉が届くかわからなかったが、ロンソはしっかりとそれに反応した。


「その通りです。あなたをそこに入れたのは私です」


 即答であった。ジョージは一瞬驚いた。しかしすぐに表情を引き締め、ばれないよう小声でぼそぼそと言葉を返した。


「証拠はあるのか? と言うか、本当に俺の言葉が聞こえてるのか?」

「全て聞こえております。それと物的証拠はありませんが、あなた達をそこに入れたのは本当に私なのです」

「それを信じろって言うのか?」

「おい! うるさいぞ!」


 しかしジョージ達がそこまで話した所で、看守が声を荒げた。どうやらしっかり聞こえていたようだった。

 ジョージが顔を上げて看守を見る。そこには軽装の防具を着込み、腰に剣を提げた男が立っていた。兜は身につけておらず、顔はむき出しだった。

 酷く時代錯誤な格好であった。


「さっきからぶつぶつと、静かにしていろ!」

「随分と古めかしい格好でしょう?」


 看守が口を尖らせる一方、ジョージの脳内でロンソの愉快そうな声が響く。ジョージはすぐに看守から目をそらし、それに背を向けてベッドに横になりつつ小声で言い返した。


「こっちの事が見えてるのか?」

「はい。見えていますよ」

「なら、ここがどこで、あいつが何でああいう格好してるのかも知ってるのか?」

「もちろんです。私は元々ここに住んでますからね」


 ロンソが平然と答える。ジョージの中の好奇心がざわざわと音を立てる。

 しかし彼がそれに突き動かされるまま質問をぶつけるよりも早く、ロンソの言葉が脳内に響いた。


「まあ、今ここで説明するつもりはありませんが」

「なんだと?」

「話す気は無い、と言ったのです」


 ロンソが淡々と断言する。ジョージは額に浮かぶ青筋を抑えるのに大変な労力を費やした。

 そのジョージに向かって、ロンソが冷たい口調のまま指示を飛ばす。


「まずはその監獄から出てください。そして指示に従って行動してください。そこを抜け出し、私の指示した地点に来てくだされば、あなたの疑問に全てお答えしましょう」

「……どうしてお前の命令を聞かなきゃいけないんだ」

「もちろん断っても構いません。ですが今のあなたに、私以外に他に頼るアテがあるのですか?」


 ロンソが淡々と言い放つ。ジョージは言葉に詰まった。なぜなら内心では、たった今自分の頭に話しかけて来ている女以外に、頼れる人間がいない事を理解していたからだ。

 それが気にくわなかった。


「それと、ベッドの下にちょっとした贈り物を用意してあります。それを使って脱獄してください」


 そうして憤りを募らせるジョージに対して、ロンソが続けて言い放った。ジョージは小さく舌打ちをしてベッドから降り、下に目をやった。

 そこには自分のマスクが置かれていた。


「とにかく、まずはそこを出てください。あなたの仲間も捕まっているので、どうにかして合流してください」

「これをつけてか?」

「そうです。あなたの仕事道具と伺いましたので」

「そして全員でここを出て、その後はお前の言う通りにしろと?」

「そういうことです」


 マスクを手に取り、ベッドに腰を下ろす。ジョージはため息をついた。その顔は心底嫌そうに歪んでいた。


「今は色々と思う所もあるでしょうが、とにかく指示に従ってください。決して悪いようにはしませんので」


 そのジョージの心情を察してか、ロンソが静かに告げる。対してジョージはそれを受けて、「わかったから消えろ」と煩わしげに応答した。

 だがその態度と裏腹に、ジョージの心は既に折れていた。こいつ以外に頼れる奴がいないし、こんな所で死ぬつもりも無い。

 だから自分が取るべき選択は、最初から一つしか無かった。


「わかったよ。お前の言う通りにしてやる。お前の指示に従えばいいんだろ? ハイハイわかったわかりましたよ」


 しかし唯々諾々と彼女に従うのも、それはそれで癪だった。なので彼はやけくそ気味に、一方的にロンソに同意の言葉をぶつける事にした。せめてもの抵抗である。


「だから今は黙ってろ。外に出たらまた連絡を寄越せ。ここでは俺の好きなようにやらせてやる。お前の台詞はいちいちイラつくんだよ」

「仰せのままに」


 しかしロンソは怒る事も、笑う事もしなかった。ジョージの子供じみた言葉の暴力に対し、彼女はただそう淡々と反応した。

 そしてジョージの望むがまま、それ以降ロンソの声が響く事は無かった。

 嫌に丁寧な女だった。それがまたジョージの癇に障った。


「クソッタレ」


 しかし彼はこみ上げる怒りを抑えつつ、ベッドの下から取り出したマスクを装着した。そしてその思考を「ロンソ」から「脱獄」へと切り替える。

 色々思う所はあるが、それでもプロとして無様な姿は見せられない。まずは脱出しなければ。

 犯罪者の頭脳がフル回転を始める。さて、どう抜け出してやろうか。


「おい! 貴様、なんだそれは!」


 だがそんなジョージの思考はすぐに中断された。牢屋の前にいた件の看守が、ジョージのマスクに気づいたのだ。


「どこからそんな物を持ってきた。すぐに外せ! 没収だ!」


 そしてプランを練り直す必要も無くなった。その看守がご丁寧に、自分から牢屋を開けてくれたのだ。


「まったく、いつの間にそんな物を忍ばせてたんだ」


 看守が鍵束を使ってロックを外し、鉄格子をスライドさせて牢の中に進入して来る。マスクの下でそれを見たジョージは、一人で不敵な笑みを浮かべていた。

 自分から開けてくるとは、なんと頼もしい奴なのだ。


「さっさとしろ! 聞こえなかったのか!」

「……」


 進入してきた看守が大股で近づいてくる。ジョージは座ったまま、無言で看守を見つめる。マスクの奥で目を光らせ、奇襲のチャンスをじっと待ち構える。

 看守が近づく。無防備なまま歩いてくる。

 互いの距離が拳一つ分にまで詰まる。

 今だ。

 次の瞬間、ジョージが看守に向かって猛然と飛びかかった。


「うわっ!」


 全くの不意打ちであった。看守は全く反応できなかった。彼はジョージによって押し倒され、そのまま一瞬で馬乗りの姿勢にまで持ち込まれた。


「こ、この、離せ!」


 拘束から逃れようと看守がもがく。両足で腹を挟み込み、ジョージが必死にそれを抑えつける。看守が手足をばたつかせ、拘束から逃れようと全力を尽くす。

 対してジョージは、相手の腹に体重を乗せてそれに対抗した。看守は必死に抵抗したが、重石をどかすまでには至らなかった。


「ええい、どけ! 俺から離れろ!」

「じっとしてろ、この!」


 そうして一進一退の攻防を続ける中、やがてジョージが左手を看守の腰に回す。そして相手の抵抗をかいくぐり、そこに提げられている剣を一気に引き抜く。

 剣を両手で持ち、逆手に構える。自分に向けられた切っ先を見た看守は一気に顔を青ざめさせる。目の前の男がこの後何をしようとするのか、無意識に悟ってしまったからだ。


「や、やめろ!」


 看守が悲鳴を上げる。恐怖のあまり動きが止まり、全身の力が一瞬緩む。

 その柔らかくなった喉笛に、ジョージが剣を突き立てた。


「……ッ!」


 血とくぐもった声が口から漏れ出す。返り血が剣とスーツに引っかかる。

 ジョージはお構いなしに、更に深く剣を突き刺していく。

 やがて看守の動きが緩慢になっていく。喉と口から更に血が噴き出す。ばたついていた脚が止まり、次に全身が動きを止める。


「くたばれ!」


 最終的に看守の息の根が止まるのに十秒かかった。ジョージはその間、鬼の形相を浮かべながら剣に全体重を傾けていた。

「……」

「……終わりか?」


 そうして看守が完全に止まるのを見た後、死体の喉から剣を引き抜いてジョージが立ち上がる。そして剣を振り回して血糊を払った後、ジョージは再度腰を下ろして看守を検分した。

 首筋に手を当てて脈を診る。脈は完全に止まっていた。蘇生する気配は無い。ジョージは一つ、安堵のため息を吐いた。


「やれやれ。さっそくキルか」


 クールダウンには一秒もかからなかった。そうしてリラックスした後、彼は思考を切り替えて看守の体を物色し始めた。

 物色の結果、腰のポーチから鍵束と地図が見つかった。鍵束は牢屋の、地図はこの監獄の物だろう。ジョージはそう判断した。

 それと財布らしき物もあったので、ついでにいただく事にした。中には金貨が数枚入っていた。死体に金貨を持たせても無駄なだけだ。あと草の束も見つけた。使い道はわからなかったが、一応持って行く事にした。


「これくらいか?」


 そうして手に入れた物を一通り見た後で、ジョージが確認するように呟く。それからもう一度物色してみたが、他にめぼしい物は見当たらなかった。

 なのでジョージはそれ以上の探索を諦め、本格的に脱出する事にした。まずは仲間達を救出し、その後全員で脱獄だ。

 ジョージは地図を広げた。仲間の居場所の手がかりか何かを期待していたが、そこにそれらしき印の類は見つからなかった。そこまで都合良くはいかないか。ジョージは嘆息した。


「虱潰しに行くしか無さそうだな」


 しかし嘆いていても始まらない。ジョージはそう言って腰を上げ、剣と地図を持ったまま牢屋の外へと踏み出した。通路も牢屋と同様に石造りであり、非常に古めかしい雰囲気に満ちていた。

 まるで中世の城の中に迷い込んだようだ。実際にそんな場所に行った事は無かったが、ジョージはこの場の雰囲気から何となくそう思った。


「アトラクションか何かか? 巨大迷路ってオチは無しだぜ」


 看守を殺して牢屋から抜け出した時点で、ジョージは気が緩みきっていた。そしてこの時、彼は致命的なミスを犯していた。


「いたぞ! 脱走者だ!」


 通路の奥から別の看守が声を上げる。それに釣られるようにして、後ろから同じ格好をした看守が続々と姿を現していく。


「逃がすな! 捕まえろ!」

「脱走者だ! 脱走者!」


 高らかに鐘が鳴らされる。至る所で足音と声が響き、監獄の中が一気に騒々しくなっていく。ジョージは顔を青ざめさせながら、ここで当たり前の事に気づいた。

 ここで仕事をしている人間は一人では無いのだ。


「敵は一人だ! 一気にかかれ!」

「生け捕りにしろ!」


 通路の反対側からも看守がなだれ込んでくる。ジョージは唖然とした顔でその光景を見つめていた。

 彼の頭は完全に思考を停止していた。脱獄を諦めたのではない。ここまで来たらやることは一つだと、早々に結論を決めたからだ。

 頭を使って逃げ出す機会は失われた。これからはプランBの時間だ。

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