シティーサーチ
都市国家メルヘム。ここは内陸部の草原地帯に作られた比較的大きな国であり、同時に今の混乱の世にあって戦争とは縁遠い平和な国であった。
もちろん、彼らはただ漫然と平和を享受している訳ではない。メルヘムは独自の防衛軍を擁し、その装備も戦術も他の大国に比べて遜色のないレベルを誇っていた。国の上層部もまた他の国との折衝を繰り返し、いらぬ争いに巻き込まれぬよう不断の努力を続けていたのだ。
さらにこの国では出入国に際して厳しい検閲を設けていた。この検閲は四つある国の出入口全てにあり、外からやってきたいわゆる「余所者」は、所持している武器の類の一切をそこで没収されるのである。
そしてこの「武器没収法」は当然、メルヘムで永住権を得た住民にもあてはまる。もし正規の手順を踏まずにメルヘムの中で武器を所持した場合、それは即座に衛兵によって没収され、さらに追加で罰を受ける事になる。
追加の罰とは、大抵は罰金である。度を越して大量の武器を持ち込んだ場合や、衛兵の要求に反発した場合は、その場で取り押さえられ、問答無用で牢屋にぶち込まれるのである。
「でもここ、普通に武器屋あるぞ。民間の訓練場もある。矛盾してないか?」
城下町の中でそんなメルヘムの情報を知ったジョージは、すぐさま横でその話をしたロンソに疑問をぶつけた。この時二人は町の中にある武具店の一つを訪れており、その店は彼ら以外にも多くの種族が出入りしていた。
「お前の話が真実なら、ここで買ってもすぐに取り上げられると思うんだが」
「それは問題ありません。前にも言いましたが、没収法が適用されるのは正規の手順以外の方法で武器を持っていると判明した者だけです」
正規の武具店で購入した装備の類は、全て虹色の紐をくくりつけられる。それには特定の魔力が充填されており、衛兵はその紐と、そこに込められた魔力を見て、それが違法か合法かを判断するのである。
「当然、町中で武器を抜けば、それが正しい手順で買った物であろうと罰を受ける事になります。そして紐に込める魔力も、その武具店の店主が直々に注ぎ込むものであるので、偽造するのは非常に困難と言うわけです」
「指紋みたいなものか」
「そういうことです」
ジョージの比喩表現にロンソが頷く。壁に掛けられていた剣の一つ、鞘に納められた長剣を手に取りながら、ジョージが「よく出来たシステムだな」とため息混じりに呟く。
その彼の姿を見た店主が、不意に「お買い上げで?」と陽気な声をかける。ジョージはすぐに店主の方を向き、その人の良さそうな笑みを浮かべる男に対して「気が向いたらね」と答えながら剣を壁に戻す。
「なんだい、買わないのかい。安くしとくよ? 今の時代、外はどこも物騒だからね。武器は持っておくに越したことはないよ」
「いや、私はその、剣の扱いに不慣れなものでして」
「そうなのかい? じゃあこいつなんかどうだい。最近入荷したばかりの短剣だよ。さっき見てた奴より扱いやすいし、懐にも忍ばせやすい。護身用にはもってこいだよ」
商売熱心な親父だった。自分の立つカウンターの脇に置かれていた短剣の一振りを手に取り、ジョージとロンソに見せびらかす。ジョージはそれもやんわりと拒否したが、店主の親父は諦めなかった。
「ならこいつはどうだい。銀製のナイフだ。さっきのに比べれば殺傷力は無いが、それでも身を守る道具としちゃ最適だ」
「いやだから、私は刃物を使うつもりは」
「わかりました。全部いただきましょう」
しかしそれでも拒絶しようとするジョージを制するように、ロンソが店主に声をかける。他の客は彼らを無視して他の品を物色している。
その中で、男二人が同時にロンソを見る。一方でそう提案したロンソは悠然とした足取りでカウンターに向かい、それを挟んで店主と向かい合う。
「あなたの見せたダガーとナイフ。私が両方買いましょう。ついでに彼が見ていた剣も」
「いいんですかい?」
「もちろん。その代わりと言ってはなんですが、私の質問にいくつか答えていただけないでしょうか?」
そう言ってロンソが微笑む。その隣にジョージが立つ。二人は自然に腕を組み、それとなく仲の良さをアピールする。
店主はまんまと騙された。二人の関係を間違って解釈した彼は、そのまま彼らに向かって声を放った。
「ええもちろん。私でよければ、答えられる範囲で答えますよ」
「本当ですか? 実は私たち、外の町からやってきたばかりでして。まだここには疎いんですよ」
ねえ? ロンソがジョージに投げかけ、ジョージもそれに答える。
「そうそう。実はそうなんですよ。恥ずかしながら、何も調べずにここに来てしまったものでして」
「そうなんですか? そりゃ確かに困り物ですな。わかりました。私でよければ、ここの事を色々教えてあげましょう」
店主が親しげに微笑む。ロンソとジョージもつられて笑みをこぼす。後ろめたさの欠片もない、綺麗な笑みだった。
何故なら彼らは最初から、情報収集のためにここに来ていたからだ。嘘も方便である。
「つまりここは、基本的に武器の持ち込みは出来ないって事か」
同じ頃、エリーとユリウスは並んで町の通りを歩いていた。彼らもまたジョージ達と同じように、この町の情報を集めるためにここに来ていた。
「確かに他の連中も丸腰な奴が多いな。おまけに衛兵みたいな連中もあちこちに配置されてる。面倒な場所だ」
彼らは今、町の大通りの一つを歩いていた。彼らの周りでは大勢の住民や観光客が歩いており、そして通りの端では武装した兵士が何人も立っており、いつ傷害沙汰が起きてもいいよう目を光らせていた。
そんな人でごった返す中を見目麗しい二人が並んで歩く姿は、非常に絵になる光景であった。すれ違う面々は、まさか彼らが犯罪者だとは思わないだろう。
「そういうことですね。そちらの世界にどんな技術があるかはわかりませんが、少なくとも我々からすれば、あの検問を突破するのは不可能です」
「そんなにきついのか」
「彼らはプロ中のプロですから。彼らの目を誤魔化す事は出来ません」
しかし彼らが話している話題は、美形のカップルがするには過激過ぎる内容のものであった。しかし彼らとすれ違う者達はその会話には気づかず、ただ彼らの美しさにのみ意識を向けた。
それが全て計算ずくの事なのかどうか、それは本人達にしかわからなかった。
「参ったな。じゃあどうすれば?」
「壁を上るのも駄目ですよ。壁の上にも見張り台兼用の詰め所があって、兵士が定期的に巡回してますから」
「地下は?」
「地下道の類はありませんよ。ついでに言うと、下水道にも魔力充填型の地雷が敷き詰められてます。それも不可視タイプのね」
「厳重なことだな」
「これだけ徹底しているからこそ、この町は比較的平和なのですよ」
人でごった返す通りの中を、マイペースな足取りで二人が練り歩いていく。左右に目を向ければあちこちに露天や商店があり、それぞれに客が殺到していた。のんきに食べ歩きをしている者もおり、非常に賑やかな光景であった。
「でもまあ、武器の持ち込みか。やりようはあるかもしれないな」
そんな通りを漫然と歩いている中、唐突にユリウスが口を開く。エリーが彼の方を向き、ユリウスは前を見たまま続けて言った。
「武器が持ち込めないなら、武器じゃない状態で持ち込めばいい」
「どういう意味です?」
エリーが怪訝な表情を見せる。そこでユリウスがエリーの方に向き直り、ニヤリと笑った。
「バラせばいいんだ」
偵察組の四人が人間界側のアジトに戻ってきたのは、それから一時間ほど経った後の事だった。
「よう。帰ってきたか」
留守番組の一人であるイヴァンが、帰ってきた四人に向かって手を挙げる。彼は部屋の中央にある大きな丸テーブルの前に立っており、そのテーブルの上にはメルヘムの地図と筆記用具、拳銃と酒瓶が置かれていた。
「で、首尾は? 上手くいったか?」
それにはジョージが「まあボチボチだ」と反応し、彼らはそのままイヴァン達の方へと歩いていく。
「わかったことと言えば、無駄に警備が厳重だって事だな」
それから四人は、町で仕入れた情報をそれぞれイヴァン達に説明した。それを聞いたイヴァンは彼らの予想通り顔をしかめた。
「ガチガチだな。たいした街じゃないか」
「ああ。まともに挑むべきじゃないって事は確かだな」
そしてイヴァンの率直な感想にユリウスが答える。続いてロンソがその部屋の奥に目をやりながら、イヴァンに声をかける。
「ところで、そちらの方はどうですか? 上手く行きましたか?」
「今ヨシムネが話をつけてる。まあ特に問題は無さそうだがな」
イヴァンがそう答え、その直後、ロンソの目線の先にある扉が音を立てて開かれた。
扉の奥から出てきたのはヨシムネだった。彼女は綺麗に磨かれた水晶玉を片手に持ちながら、部屋の中央部に集まっていたジョージ達に気づいて声をかけた。
「あら、皆帰ってきてたの?」
「つい先程です。そっちは?」
エリーが尋ねる。ヨシムネは会心の笑みを浮かべ、彼らの元に歩きながらそれに答えた。
「ばっちりよ。こっちの要求通り、城の周りの警備を薄めにしてくれるみたい」
「本当か?」
「ええ。いつもなら城の裏手にも衛兵が出張ってるんだけど、そこの守りをごっそり無くしてくれるって」
ヨシムネの返答に、言葉を返したジョージは満足げに頷いた。それから彼はヨシムネを見ながら続けて尋ねた。
「それはいつ?」
「こっちが要求した日時に。向こうは完全に足並みを揃えてくれるみたいね。検問の方はさすがに動かせないって言われたけど」
「充分だ。協力的なだけマシってもんだ」
メルヘムの城の中にいる「内通者」。その存在を脳裏に思い浮かべながら、ユリウスが嬉しそうに声を出す。ジョージもそれに同意するように頷き、それから腕を組んで口を開く。
「それと武器の件だが、それについても目処がついた。発案したのはユリウスだ」
「へえ。どんなプランだ? 聞かせてくれよ」
すぐにイヴァンが食いつく。ユリウスは「そんな大げさなものじゃない」と断りを入れた上で、テーブルの上に置かれていた拳銃を手に取りながら言った。
「丸ごと持って行くから駄目なんだ」
「つまり?」
「こうするのさ」
問い返したイヴァンの目の前で、ユリウスがおもむろに拳銃を分解していく。彼は慣れた手つきでパーツごとに分けていき、そうして一個の「拳銃だったもの」はたった十秒足らずで、何十もの「拳銃を構成している物体群」へと姿を変えた。
「これなら、誰もこいつを武器だとは思わないだろ?」
自分でテーブルの上に並べた銃のパーツを見下ろしながら、ユリウスが自慢げに言ってのける。それを見てジョージ達異界出身の三人は納得したように頷き、一方でこちらの世界の住人であるロンソとエリーは、そのユリウスの手際の良さに思わず見とれてしまっていた。
「こんな複雑な道具だったんだ」
「これ、元に戻せるんですか?」
その内エリーが率直な感想を述べ、その横でロンソがユリウスに問いかける。ユリウスはロンソに対して「もちろん」と即答し、自分でバラした拳銃を再び組み上げ始めた。
再構築も十数秒で終わった。そうして元通りになった拳銃を見て、ロンソとエリーは「おぉ」と感心するばかりだった。
「まるで手品ですね」
「練習すれば誰でも出来るようになるさ」
子供のような感想を呟くエリーに、イヴァンが笑いながら答える。他の三人も揃って頷き、それを聞いたロンソは「私も練習しようかな」と誰に聞かれるでもなく言葉を漏らした。
「で、いつ実行するの?」
その中で、ヨシムネがジョージに話しかける。この時テーブルに放置されていた酒瓶とグラスを手に取っていたジョージは、それを名残惜しそうにテーブルに戻しながら彼女の問いに答えた。
「こういうのは早い方がいい。準備が出来次第始めよう」
「準備か。何がいる?」
「壁を上るためのロープ。グローブとマスク、その他色々だな」
「普通に用意できそうだな」
ユリウスがそれに答えて頷く。ロンソも同様に首を縦に振り、そのままジョージに話しかける。
「それくらいならこちらでも用意できるでしょう。二、三日あれば充分です」
「そうか。じゃあ備品の用意は頼めるか?」
「お任せを。それとこういうのは、他の街で行った方が良さげでしょうか?」
「そうだな。変に疑われる必要も減るしな」
「かしこまりました」
ロンソが恭しく頭を下げる。ジョージもそれを見て頷き、続けてテーブル上の地図に視線を向けながら声をかける。
「用意出来次第、作戦を実行する。それぞれ準備を怠らないようにな」
女王暗殺のための下準備は、こうして淡々と進行していった。




