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序章・プリンセスハント

 窓から差し込む月の白光が、灯の消えた部屋を淡く照らす。部屋の主は立ち上がり、その窓の前に立つ男をじっと見つめている。

 静かに窓を破り、月の光を背に立つその男は、一種異様な姿をしていた。大柄な体躯を隠すようにマントを羽織り、頭には熊の頭を模した被り物を被っていた。そして男はおもむろにマントの裂け目から手を出し、その手には主の見たこともない道具が握られていた。


「……」


 部屋の主、年端も行かない姿の少女は、その男を前に全く動じなかった。男が未知の道具をこちらに突き出し、殺意をまっすぐ向けてきてもなお、少女は気丈な態度で男を見つめていた。


「わたくしを殺すつもりなのですね?」


 少女がゆっくりと口を開く。大柄な男は答えない。

 風が窓から吹き込み、男のマントと少女の髪を等しく揺らす。その風の音に混じって、男が道具の一部に指をかける。

 男が銃の撃鉄を起こす。少女は男のその行為が何を意味するのか理解できなかった。


「殺すのですね」


 しかしその行為の意味は理解できた。それは自分を殺すために必要な一連の動作だ。


「どうぞ、ご自由に。もはやわたくしは逃げも隠れも致しません」


 少女は理解しつつ、それでも抵抗しなかった。ゆっくりとした動きで男に背を向け、目を閉じる。

 男は身動ぎ一つしなかった。少女が背を向けてもなお、そこから動こうとしなかった。


「今更助けを呼んでも手遅れというもの。それに一国を束ねる者として、命を狙われる事への覚悟はとうに出来ております」


 少女が静かに告げる。その姿は至って冷静で、汗一つ流していなかった。

 全てを受け入れた者の姿がそこにあった。


「さあ、お急ぎなさい。それとも、ここまで来て怖じ気付いたのですか? 国の姫を殺める事に対し、良心の呵責が起きたとでも?」


 あまつさえ、少女は自分より一回り大きな男を挑発してみせた。どこまでも自信たっぷりなその姿に、男は被り物の下で僅かに眉をしかめた。

 少女には見えなかったが、それは男がここに来て初めて見せた感情だった。


「あなたも巧者プロフェッショナルであるなら、覚悟を決めなさい。殺すのです。躊躇いなく、目の前の者の命を奪いなさい」


 まるで赤の他人の殺害を命じるかのように、少女は強い口調で自らの命を絶つよう命じた。男はそれに応えるように一歩前に踏み出し、銃を持つ手に力を込めた。

 己の死を前にしてここまで強くあれるのか。男はここに来て、目の前にいる少女が「賢王」として慕われている理由を悟った。


「さあ、おやりなさい」


 少女が告げる。男も覚悟を決める。

 再び風が吹く。マントと髪を揺らす。冷たい音が室内に響く。


れ!」


 少女が叫ぶ。

 男が引き金を引く。

 銃声が悲鳴と風の音に覆い被さり、それを黙らせる。





 少女の後頭部に穴が開く。血と脳漿が勢いよく飛び散る。

 月の光が赤い飛沫を照らし出す。

 少女の矮躯がその場に倒れ込む。赤黒い血が流れ始め、彼女の体を沈めていく。





「……」


 男はその少女の死体を黙って見つめていた。少女はぴくりとも動かず、月の光を浴びながら冷たくなっていった。

 それから彼は銃をマントの下に隠し、自分が開けた窓へと向かった。そうして踵を返し、男が窓枠に足をかけた瞬間、その部屋のドアが勢いよく開かれた。


「姫様! 何事ですか!」


 ドアを押し開け、衛兵が室内に殺到する。その内の一人が男の姿を視認する。


「貴様、ここで何をしている!」


 衛兵が叫ぶ。男は何も答えず、黙って外へと飛び出す。窓枠を蹴り、闇の中へと消えていく。

 衛兵の一人がその窓へと駆け寄る。そして枠に手を置き、外に顔を出す。


「くそっ、どこだ? どこにいる!」


 左右に首を回して周囲を見渡す。しかしどこもかしこも夜闇に包まれ、何も見えない。月の光さえも、その城下街を包む闇を晴らす事は出来なかった。


「あの野郎、いったいなんのつもりで……」

「ああ、そんな!」


 その衛兵の耳に同輩の焦りの声が聞こえてきたのは、まさにその時だった。


「姫様! そんな、姫様!」

「目をお開けください! 姫様!」





 都市国家「メルヘム」四十代女王、オルリー・ルド・ラーシュの死が伝えられたのは、翌日の朝であった。

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