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 件の魔術師の言葉通り、村を襲ったゴブリン達はその洞窟を隠れ家としていた。洞窟内は広く、灯りも十分灯されていた。村人達の持ってきたランタンが用無しになるくらいには明るかったのだ。

 そしてゴブリン達の全員が、洞窟の中心部、大広間ともいうべき広大な空間の中に集まっていた。


「ぐへへ……」

「もう食えねえよ……」


 彼らはすっかり油断しきっていた。ゴブリン達は生まれて初めて経験した大勝利の余韻に完全に酔いしれていた。そして彼らはその喜びに流されるまま、捕らえた家畜をたらふく食らい、浴びるほどに酒を飲んでぶっ倒れていた。部屋の中央には篝火が焚かれ、地面にはゴブリンの他に肉のこびりついた骨と、空になった酒瓶がそこかしこに転がっていた。


「これは……」

「なんて酷い所だ……!」


 そんな悲惨な光景を目の当たりにした村人達は、最初は大いに困惑した。しかしそこにあるだらけきったゴブリンの姿と、遠くに見える無惨に引き裂かれた家畜達の姿が、村人達から理性を奪い取っていった。


「よくも俺達の牛を!」

「許せねえ! やっちまえ!」


 彼らは怒りに身を任せ、寝静まっているゴブリン共に攻撃を開始した。

 その後に待っていたのは、ただの虐殺だった。






「なんだ!」

「何が起こった!」


 仲間の悲鳴を受けてゴブリン達が飛び上がった時には、既に手遅れだった。彼らの視界には血に染まった壁と天井、地面に転がる同胞の死体、そして未だ息のある仲間に向かって鍬や斧を振り下ろす人間の姿があった。


「一人も逃がすな!」

「殺せ! 皆殺しだ!」


 人間達の目に理性の光は無かった。ただこれまでの恨みを晴らすためだけに、一心不乱にゴブリン共に刃を振り下ろしていた。ゴブリン達にとって、その姿は最早モンスターにしか見えなかった。

 そして奇襲を受けた事もあって、ゴブリン達は既に戦う意欲を完全に失っていた。


「逃げろ! 逃げるんだ!」


 起きたゴブリンの一体が声を上げる。生き残っていた者達が一斉にそれに反応し、蜘蛛の子を散らすように逃げ出していく。

 しかし人間達も、みすみすそれを逃そうとはしなかった。彼らはそれまで虐めていた連中にしっかりトドメを刺した後、四方に逃げたゴブリンを追うためバラバラに別れた。敵の本拠地で分散する事に対して、彼らは全く恐怖を抱かなかった。

 怒りで感覚が麻痺していた事もある。そして同時に、親切な魔術師からもらった札が、彼らに勇気と安心感を与えていた。

 魔術師の与えた札も、魔法の存在も、その全てがデタラメであると言うことに、彼らは最後まで気づかなかった。


「逃がすな! 追いかけろ!」

「ここで終わりにするぞ! 皆殺しだ!」


 人間達が狂気の雄叫びを上げる。ゴブリン達は生きた心地がしなかった。魔術師の嘘を一から十まで信じきっていた純朴な村人は、そのゴブリンの逃げ惑う姿を見て自分達の優位をさらに強く認識した。そしてそれはそのまま、件の魔術師への信頼に繋がっていった。


「やっぱりあの人は正しかったんだ。救世主だ!」

「よし、このまま追撃するぞ!」


 そんな無知な村人による殺戮は、朝方まで続いた。





 その洞窟の入口に一台の装甲車が停まったのは、その虐殺が終わった後だった。「義務を果たした」村人達が意気揚々と立ち去り、静寂に包まれた洞窟の中に、仮面を被った面々が足を踏み入れた。

 中は彼らの想像通りだった。地面にはゴブリンの死体が散乱し、至る所に返り血がまき散らされ、鼻が腐る程の死臭が充満していた。


「やってくれたな」


 先頭を行くジョージは顔をしかめた。そのジョージの肩を、すぐ後ろにいたヨシムネが軽く小突いた。


「ねえ、本当にここ縄張りにするの? いくらななんでも酷すぎない?」

「死体は片づければ済む話だろ。そもそもここは拠点の一つであって、ここに永住する訳じゃないんだしな」

「我慢しろってこと?」

「そういうことだ」


 ジョージの物言いを受けて、ヨシムネは軽く

肩を落とした。他の面々もこの広間の惨状を前にしてそれぞれ顔をしかめていたが、ジョージに物申す者はいなかった。

 狐の面を被っていたエリーが「それ」に気づいたのはその時だった。


「あそこ、何かいる」


 エリーが部屋の一角を指さす。全員がそちらに注目する。しかしエリーの指した所は薄暗く、人間の視力ではそれに気づくことは出来なかった。


「なんだ? 何がいるってんだ?」


 イヴァンがライトのスイッチを点け、そちらに光を向ける。円形の白色光が指さされた場所を照らし出し、隠されていた秘密を白日の下に晒す。

 薄闇のベールの下に隠されていたのは、まだ息のあったゴブリンだった。


「あ、生きてる」

「まだ死んでいない者がいたのですね」


 ヨシムネが驚きの声を上げ、ロンソが感心したように言葉を漏らす。一方で照らされたゴブリン、人の半分ほどの背丈しか持たないその小人は、自分を見つけたジョージ達に驚きの視線を投げかけていた。

 そしてその両目がジョージの姿を見つけた直後、彼の見せていた驚きは瞬時に怒りへと変わっていった。


「お、お前、知ってるぞ! 俺達を助けてくれるって約束した奴だ!」


 ゴブリンが声を荒げる。恐怖に震えてはいたが、そこには明確な非難が込められていた。


「これはどういうことだ! ちゃ、ちゃんと金は払ったのに、な、なんで助けてくれなかったんだよ!」

「どういう意味だよ?」

「お、襲われたんだよ。奇襲だよ! 人間達にいきなり襲われて、この有様だ! どう責任取ってくれるんだ!」


 ゴブリンの目には涙が滲んでいた。それでも彼はじっとジョージを睨みつけ、怒りのままに言葉を吐き続けた。


「か、金を払ったんだぞ! 高い金だ! 金を払って、守ってくれって依頼した! なのにどうして、お前は俺達を助けてくれなかったんだ!」


 ゴブリンから依頼を受ける際、彼らの面前に立って話をしたのはジョージだけだった。そしてこの生き残りのゴブリンは、その時の交渉に同席していた。

 だからそのゴブリンは、唯一面識のあるジョージだけを睨みつけた。彼の後ろにいる他の面子については良く知らなかったのだ。


「そ、それでもプロか! 約束を反故にしやがって! 守ると決めたら、最後まで守りやがれ!」


 感情のままにゴブリンが吼える。そんなゴブリンの恨み節は、しかしジョージ達の心には響かなかった。


「やられるお前らが悪い」


 謝る代わりに、ジョージはそう即答した。ゴブリンは全く予想外のその解答に、思わず目を見開いた。


「なんで俺らがそこまで面倒見なきゃいけないんだよ。ふざけんな」

「私達は神じゃないの。なんでもかんでも押しつけないでくれる?」

「むしろ自分の身も守れないあなた方のほうに、我々は失望を感じています。どこまで弱いのですか、あなた方は?」


 そしてジョージに後ろにいた連中も、彼と同じ反応を見せた。間違っているのは自分の方なのか? ゴブリンは呆然のあまり声も出せなかった。

 そのゴブリンの脳天に狙いをつけるように、ジョージがおもむろに銃を突きつける。


「な、なにを?」


 思わずゴブリンが呻く。その道具が何なのかはわからなかったが、それが「殺意」を持った道具であることはすぐに察する事が出来た。

 しかしなぜ今、自分がそれを突きつけられているのか。それがわからなかった。


「な、なんでだ? なんで殺すんだ?」

「邪魔だからだ」


 ジョージが静かに答える。ゴブリンはまた別の疑問を抱いた。


「なんで俺が邪魔なんだ? 俺、何かお前らに悪い事したか?」

「そういうんじゃない。単純に邪魔だからだ」

「は?」


 ゴブリンが間の抜けた声を上げる。心臓の鼓動が速まり、額から汗が噴き出す。

 そのゴブリンに向かって、ジョージが静かに告げる。


「ここは俺達がもらう。俺達のもう一つの拠点にする」

「な」

「だから余所者には消えてもらう」


 ここを乗っ取るつもりなのか? ゴブリンは戦慄した。そして恐怖を覚えたまま、それをジョージに尋ねた。


「そうだ」


 ジョージは即答した。その直後、ゴブリンの頭の中で歯車が噛み合うような音がした。


「まさか、お前ら」


 ピースが組み合わさり、一つの絵が出来上がっていく。そうして出来上がるであろう、おぞましい完成予想図を脳裏に描きながら、ゴブリンがジョージに問いかける。


「まさか、お前らの狙いは、最初からここだったのか? 金じゃなく、俺達の家を乗っ取るのが目的だったのか?」

「いいや、そうじゃない。そっちは途中からだ」


 しかしジョージの解答は予想外のものだった。パズルが微妙に狂っていく。

 疑念に顔を歪めるゴブリンに、ジョージが淡々と告げる。


「最初は単に小遣い稼ぎのつもりだった。後、俺達の評判を広めるつもりでもいた。とにかくお前らのアジトには興味は無かったんだ。だが依頼の契約を結ぶためにここに入って、そこで気持ちが変わった」

「どういう意味だ?」

「ここは広い。おまけに複雑で入り組んでいる。都市にも近い。隠れ家にするにはうってつけだ」


 そこまで言って、ジョージが一旦言葉を切る。そして少し経ってから、ゴブリンを見つめつつ再び口を開く。


「だから目的を追加した。金を貰って、家も貰う。だから最初はお前達に協力して、その後で計画プランを追加したんだ」

「プランだと?」

「村人を煽った」


 ゴブリンが息をのむ。

 まさか。奴らがここまで来たのは。


「お前等、最初から全部仕組んで」





 そこまで放たれたゴブリンの言葉は、銃声にかき消された。

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