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ウィザード

 結果として、その村は至上類を見ないほどに甚大な被害を被ることになった。家畜が根こそぎさらわれただけでなく、防衛に向かった人間の殆どが返り討ちに遭っていたのだ。そしてやられた人間のほぼ全てが、死神によってその命を刈り取られていた。村の住人の四分の一が、あの一夜の内にごっそり亡くなったのである。

 なお、そんな彼らの死体には一貫した特徴として、額に一個の穴が開いていた。人差し指が入る込める程度の、小さな穴であった。


「なんだこれは……」

「新しい魔法か?」

「恐ろしい……」


 同胞の埋葬は、生き残った村の者達全員で行っていた。そして死体を処理していた面々は、仲間を失った怒りよりも先に、その傷痕に対して恐怖と困惑の感情を抱いた。それが今まで彼らの見たことのない傷だったからだ。


「こんなもの、どうやって戦えばいいんだ」


 未知とは恐怖である。そして無知は死に繋がる。特に彼らのような、取り立てて特別な力を持たない者達にとってはなおさらである。

 そして今まさに、自分達に「明確な死」を与える物理的な事象が眼前に存在している。彼らは自分達が絞首台の上に立たされているかのような錯覚に囚われていた。


「でも、やっぱり許せねえよ……!」


 しかしそんな彼らの恐怖と動揺は、次第に怒りへと変わっていった。一通り恐怖を味わった後で仲間を失った実感がふつふつと沸き上がり、それが彼らの心を支配していったのだ。


「よくも俺達の仲間を……!」

「許せん。ゴブリン共め、血祭りに上げてやる!」


 誰かがそうして声を上げると、それに呼応するように別の方から同意の声が上がる。


「そうだ! そうだ!」

「復讐戦だ! あいつらを皆殺しにしてやる!」


 その波はあっという間に広がっていき、数秒もしない内に村人全員の共通認識へと変わっていった。それは今まで守りに徹してきていた彼らが、始めて外敵に対して明確な殺意を抱いた瞬間でもあった。


「でも、どうやって戦うんだ? この攻撃の正体を知らないと、俺達もやられるだけだぞ?」


 しかしそこまで行った所で、再び彼らの心を恐れが覆っていく。先程目の当たりにした未知の攻撃の痕跡が脳裏に蘇り、怒りの念が急速に翳っていく。後ろ向きな感情が心を支配し、表情を暗くしていく。

 仇は取りたい。でも自分も死にたくない。


「近くに何か物知りな奴はいないのか? こういう攻撃について詳しい奴がいれば、話を聞くことも出来るんだが」


 村人の一人が声を上げる。しかしそれに対して返ってきたのは沈黙のみだった。

 村人達は煩悶した。具体的な方策が見つからず、ただうんうん唸りながら無い知恵を絞るだけだった。


「どうすればいいんだ……」

「せめて、もっと情報があれば……」

「あのー、すいません。寝床を借りたいのですが」


 そんな彼らに光明が差し込んだのは、まさにその時であった。





 唐突に彼らの前に現れた男は、自ら「流浪の魔術師」と名乗った。本名は語らず、ただ「長い旅の中で忘れてしまった」と答えた。


「私は魔術を究めるために方々を旅して回っているのです。そして今日はここで宿を取ろうと、こうしてやってきた次第でございます」


 ボロボロのローブを羽織り、フードを目深に被ったその男はそう恭しい態度で度の理由とここに来た目的を語った。昨日の今日で、村人達は彼を手厚く歓迎出来る気分では無かったのだが、それでも彼を邪険に扱う事は無かった。

 彼らは純朴で、無害な者に対しては普通に優しく接する事の出来る者達であったのだ。


「それはまた、凄い事をなさっているのですね。もてなせる物は何もありませんが、空き家ならございますので、どうぞそちらを使ってください」

「いえ、部屋を借りられるだけでもありがたいです。誠にありがとうございます」


 テーブルを挟みながら村の代表がそう伝えると、魔術師もまた丁寧に頭を下げる。この時彼らは倒壊した村長の家の代わりに、村の隅にある集会場の中にいた。村人達はそこに魔術師を招き、クジで当たりを引いた男が村長代理として彼と話をしていたのであった。


「ところで、ここは随分と陰鬱な気に満ちていますね。何かあったのですか?」


 その男に向かって、魔術師は唐突にそう尋ねた。男は一瞬息をのんだが、その後何かを思い出しかのような顔つきになって、そのまま魔術師に問い返した。


「そういえば、あなた様は魔術師殿であらせられるのですよね?」

「そうなりますね」

「とういうことは、様々な知識に精通しておられる?」

「知らない物もありますが、一通りは理解しております」

「では、昨晩この村で起きた事について、あなた様の意見を聞きたいのですが」


 魔術師がフードの奥で目を細める。その気配の変化を敏感に感じ取った村長代理は、そのまま畳みかけるように言葉を続けた。


「もしこれに答えてくださるのであれば、宿代はいただきません。むしろ、こちらからお金を払いたいくらいです。私達を悩ませている事象について、どうかあなたの知識をお借りしたいのです。私達を助けていただきたいのです」

「……詳しく聞かせてください」


 何がきっかけになったかわからないが、その魔術師は唐突に乗り気になった。そんな魔術師の態度の変化を、村長代理の男は疑いもしなかった。彼は藁にもすがるような想いで、彼に昨晩起きた事件について事細かに話して聞かせた。


「ああ、なるほど。それなら知っていますよ」


 魔術師は即答した。そして同時に、男の前で陰鬱な表情を浮かべ始めた。


「しかし、そうですか。あなた方も随分と厄介な魔法と関わってしまったようですね」

「そんなに危険なのですか?」

「それはもう。この魔法は[暗闇の矢]という代物であり、狙いを付けた相手に向かって魔法の塊を放つ魔法です。塊は非常に速い速度で標的に向かい、人間がそれを視認するのは不可能です」

「つまり?」

「これを行使する術者に一度狙われたら最後、待っているのは死です。シンプル故に強力で、何者もそれから逃れる術はありません」

「そんな……」


 村長代理の男は頭を抱えた。そんな見たことも聞いたこともない魔法を、ゴブリン共はいつのまに覚えたのだ?

 彼の心は完全に暗黒に包まれた。


「ですが、恐れる必要はありません。その魔法に対抗する手段はちゃんとあります」


 そんな村長代理に対して、魔術師はそう言った。代理の男が顔を上げると、魔術師は彼の目を見ながら続けて言った。


「このお札を持つのです。これさえあれば、相手の魔法を無力化する事が出来ます。暗闇の矢も所詮は魔法。魔力の塊に過ぎません」


 そう言いながら、魔術師が懐から札を取り出す。それは長方形の薄い紙で、表面に複雑な模様が刻まれていた。


「そんな魔力は散らしてしまえばいい。この札は自分に向かってくる魔力に自動で反応し、それを分解してしまう能力を持っているのです。これを一枚、肌身離さず身につけていれば、暗闇の矢など恐れるに足りません」


 魔術師が自慢気に語って聞かせる。暗闇の中に一筋の光が射した瞬間だった。代理の男はそんな魔術師に対して欠片も疑いの念を抱かなかった。

 他に頼れる物が無かったのもある。しかしそれ以上に、この男は愚かなまでに純粋だった。


「是非ともそれをください。それがなければ、もう奴らに対抗する事は出来ません」

「もちろんですとも。村人全員分、無料で差し上げましょう。お金はいただきません」


 そしてこの愚かな男は、その魔術師の言葉にいたく感銘を受けた。今日出会ったばかりの人間に、ここまで手助けしてくれるなんて。


「いいんですか? タダで貰っても?」

「もちろん。困ったときはお互い様です」


 魔術師がフードの奥で笑みを浮かべる。今の村長代理の目には、目の前の胡散臭い魔術師が神か仏のように映っていた。


「それともう一つ、とっておきの情報を差し上げましょう。あなた方を襲ったゴブリン共の本拠地です」


 さらに魔術師はそう告げ、ローブの下から地図を取り出した。そしてそれをテーブルの上に広げ、その一点を指さした。

 それは彼らのいる村から、ほんの数百メートル離れた場所だった。


「ここに彼らがいます。これ以上被害が広がらない内に、一気に決着をつけてしまうべきでしょう」

「こんな情報まで……いいのですか?」

「もちろんです。困っている人を見捨ててはおけませんからね」


 魔術師はとても親しげに話しかけた。代理の男は完全にこの魔術師を信用していた。


「やられる前にやれ、です。ゴブリン共は先の大勝で油断しています。隙を突くなら、今が絶好のチャンスです」


 魔術師の言動に疑問を抱くことすらしなかった。代理の男は素直に頷き、一から十まで手を貸してくれた親切な魔術師に手を差し出した。


「ありがとうございます。早速そのようにします。全く、地獄に仏とはこのことです」

「なんの、なんの。あなた方もどうか、お気をつけて」


 魔術師はその手を握り返し、二人は固く握手を交わした。代理の男も魔術師も共に微笑み、その後男は札の束を代理の男に提供した。それは残りの村人全員に配ってもまだ余りが出る程の量であった。


「では、健闘を祈りますよ」


 そうして全てを渡した後、魔術師は友人に話しかけるように親しい口調で声をかけた。代理の男も疑う様子を見せず、その問いかけに力強く頷いた。





 魔術師のアドバイス通り、村長代理はその日の夜に生き残りのメンバーを集めて「逆襲」に向かった。村人全員に件の札を持たせ、武器を手にとってゴブリン達の住処へ向かっていった。

 魔術師はそれに参加しなかった。空き家の一つに籠り、そこで体を横にして休んでいた。


「ユリウス、聞こえる?」


 不意にローブの中から声が聞こえてきた。魔術師は横になったまま、ローブの中にある通信機のスイッチを入れた。


「ああ、聞こえる」

「どう? 成功した?」


 通信機から聞こえてきたのは女の声だった。その自分の仲間の声に、魔術師は声を潜めて答えた。


「バッチリだ。連中、ちゃんとゴブリンの寝所に向かっていったよ」

「了解。じゃあ後はこっちでやるわ」

「任せる」


 そこまで言って、魔術師は静かにスイッチを切った。それから彼はローブの奥から手を抜き、何事も無かったかのように眠りについた。

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