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ファーストジョブ

 ロンソが次に提案したのは、地上で自分達の名を売り込む事だった。魔族の中では彼らの事を認知している者もいくらかいたが、未だに地上の人間達にとってはまだまだ無名の存在であったのだった。


「まずは地上に出て、我々の実力を知らしめる。そうすれば、より大口の仕事を請けられるようになる。そういうことです」

「理屈はわかった。で、実際にはどうするんだ?」

「好きなように暴れればいいんですよ。闇の世界で物を言うのは、結局のところ力ですからね」


 ジョージからの問いかけに、ロンソはそう答えた。すると今度はユリウスがロンソに問いかけた。


「暴れるって、具体的にはどこで何をすればいいんだ? そもそも俺達に仕事を回してくる連中はいるのか?」

「それは心配ありません。前にも言ったはずですが、今この世界は混乱の中にあります。統一された秩序は消え去り、今は様々な勢力があらゆる所で争いを繰り返している。その中にあって、我々のような存在はまさに引く手数多という訳です」

「金次第で何でもやって、その上好きに使い潰せるからか?」


 ユリウスの呟きにロンソが頷く。ロンソはそのまま周囲を見ながら口を開いた。


「まさに我々は、便利屋と言うわけです」

「消耗品とも言うけどな」

「それに見合う報酬はいただくのです。文句は言えないでしょう」


 吐き捨てるイヴァンにロンソが言い返す。それを聞いたイヴァンは小さく息を吐き、それきり口を開かなくなった。


「で、無名の我々に回されてくる仕事はどんなものなんだ?」


 ジョージが再度問いかける。ロンソは無言で頷き、そのまま右手を挙げて指を鳴らした。

 直後、彼らの囲むテーブルの上に書類の束が出現した。


「これは……」

「依頼か?」


 驚くヨシムネの横でユリウスが問いかける。ロンソは「その通りです」と答え、その最中でエリーがその紙束の中から一枚を抜き取って中身を読み進める。


「へえ、色々あるんですね」

「強盗、暗殺、運搬、強奪。なんでもありですよ」


 そしてそのエリーの発言に合わせて、ロンソが腕を組みながら答える。それからロンソは目で促し、それに応えるようにワイズマンの四人が紙束の中からそれぞれ一枚ずつ取っていく。


「この中から何を選ぶかはお任せします。お手軽な仕事から始めて世界に慣れていくか、それとも危険な仕事で一気に成り上がるか。それは自由です」


 薄暗い空間の中でロンソの声が響く。ワイズマンの面々はすぐには答えず、暫くの間紙面を見つめていた。一枚読み終えるとまた一枚、彼らは興味を惹く物が現れるまで、ひたすら依頼を物色していった。


「これとかいいんじゃないか?」


 その内、ジョージが声を上げる。全員の視線が彼に向かい、ジョージは今自分が手に取っていた紙をテーブルの上に置く。

 視線がその紙に向かう。イヴァンがジョージに問いかける。


「どんな仕事なんだ?」


 ジョージがイヴァンの方を向く。それから彼はニヤリと笑い、彼の目を見ながら言った。


「お前向きの仕事だ」





 その人間の村は、長いことゴブリン達の襲撃を受けていた。ゴブリン達の狙いはその村で飼われていた家畜であり、彼らはそれを食べるために何度も村を襲っていたのであった。

 しかしそう易々と家畜を渡すほど、そこの人間達は弱くは無かった。ゴブリン達は最初の頃こそ襲撃に成功していたが、やがて人間達の反撃の前に手痛い敗北を喫するようになっていった。家畜を奪うどころか、一緒に襲いに行った仲間の数が減っている事さえあった。

 それでもゴブリン達は襲撃を止めなかった。他の村に狙いを変えようと提案もされたが、最終的にはそれも却下された。彼らの襲撃はいつしか家畜の強奪だけでなく、返り討ちにあった仲間の敵討ちの意味も込められるようになっていったからだ。

 しかし同時に、このままでは何回戦っても結果は変わらないと悟ってもいた。この状況を好転させようと、ゴブリン達は少ない知恵を巡らせた。

 「ワイズマン」という便利屋の存在を知ったのは、まさにその時だった。





「突っ込め! 突っ込め!」


 ジョージが叫ぶ。二頭の馬に率いられた馬車が高速で建物の一つに突撃する。

 壁と馬が接触する。刹那、ロンソの魔法によって生み出された「青ざめた馬」が盛大に爆発する。


「今だ、行け行け行け!」


 村長の家が派手な音を立てて崩れるのと、馬車の中からゴブリンの群が姿を見せるのはほぼ同時だった。煙と炎、それと紫色の粒子が巻き上がる廃墟を背に、武器を持ったゴブリン達が一斉に散らばっていく。


「牛だ! 馬だ! 目に付くものを片っ端から奪って行け!」

「抵抗する奴は殺して構わん! 奪い尽くせ!」


 ゴブリンの怒号がそこかしこでわき上がる。しかしそれと平行して、人間達の声も方々からあがってくる。


「ゴブリン共だ! 迎え撃つぞ!」

「何度来ても同じだ、殺せ!」


 人間達は殺気立っていた。ゴブリンも同じように殺意を漲らせていた。やがて両者は接敵し、怒りのままに武器をぶつけ合う。

 ジョージは助太刀しようとは考えなかった。ただ物陰に隠れ、息を潜めてその光景を見つめていた。そして彼はすぐに、ゴブリンが負ける理由を知った。


「そんなオンボロで勝てると思ったら大間違いだ!」

「死ね! 死ね!」


 人間達の武器は、どれも立派なものだった。派手な装飾こそ無かったが、その剣も盾も綺麗に磨かれ、武器として確かな働きを見せていた。

 しかしゴブリン達のそれは、立派とは程遠かった。剣は錆び付き、盾は綻び、明らかに戦いに適した状態では無かった。

 ゴブリンが小柄なせいもあったのかもしれない。だがそれ以上に、武器の精度の差が勝敗に結びついていたのは歴然だった。


「泥棒共め、死ね!」

「生かして帰すな! これ以上被害を抑えるんだ!」


 至る所で人間がゴブリンを打ち負かしていた。逃げおおせた者もいたが、そのまま息の根を止められた者もいた。


「おい! 何のために金を払ったと思ってる! 早くなんとかしろ!」


 ゴブリンの一人がジョージに気づき、彼の近くに駆け寄って声を放つ。ジョージはゴブリンを片手で制し、おもむろにマスクの無線機能をオンにする。

 このままでは人間の勝ちで終わるだろう。だが今回はそうはいかない。ジョージは予定通り、事を進めることにした。


「始めろ」


 ジョージが無線越しに仲間に告げる。その声は横にいたゴブリンの耳には聞こえなかった。

 代わりにゴブリンの耳に響いたのは、天をつんざくほどの鋭い音だった。


「何だ!?」


 それまでゴブリンを追い立てていた人間の一人がそれに反応する。彼はいきなり鳴り響いた未知の音に驚愕し、恐怖のあまりその場に釘付けになった。

 再び音が鳴り響く。直後、その男の額に穴が開く。

 横にいた男がそれに反応する。男はまず横にいた同胞の額のそれに気づき、そしてそれを見て驚きの表情を見せた。


「おい、どうした!」


 そのまま男が声をかける。が、その穴の開けられた男は反応しなかった。その男は生気の抜けた眼差しを正面に向け続け、やがて力なくその場に倒れていった。

 そうしてうつ伏せに倒れた男の頭部からは、赤い液体が漏れだしていった。それを見た別の男は恐怖に駆られた。


「ひっ……!」


 それの正体に気づいた次の瞬間、今度は彼の額に穴が開いた。

 その直前、またしても以前と同じ音が盛大に響き渡った。まだ生きていた人間はそれの正体を未だに掴めず、等しく恐れを抱いた。

 しかし彼らが混乱している間も、その音が鳴り止む事は無かった。空気を切り裂く強烈な音は不規則に鳴りまくり、しかもその音が響く度に、村人の一人が何の前触れもなく地面に倒れていった。

 倒れる面々は皆一様に額に穴が開いており、そして意識を保っている者は誰一人としていなかった。

 それが彼らの恐怖を更に増長させた。


「何をさせているんだ?」


 その光景を目の当たりにしたゴブリンがジョージに尋ねる。ジョージは彼の方を見返し、そして首を横に振って言った。


「見てわかるだろ。お前達の援護だ」

「援護? 具体的には何をしてるんだ?」

「企業秘密だ」


 ジョージは種明かしをしなかった。ゴブリンは渋い顔を見せたが、ジョージはお構いなしに言葉を続けた。


「それより、今がチャンスだ。人間達が浮き足立っている。今の内に用事を済ませろ」

「お、おう、そうだったな。行ってくる」


 言われたゴブリンは思い出したように頷き、そしてそそくさとその場から離れていった。一方でジョージはゴブリンが離れたのを確認した後、再びマスクの無線機能をオンにした。


「ナイスフォローだ。よくやった」

「それはどうも。成功してるみたいで何よりだわ」


 相手の声の主はヨシムネの物だった。そして今ここにはいない仲間に向かって、ジョージは無線越しに指示を送った。


「とりあえずそのまま射撃を続けてくれ。なんなら全滅させても構わん」

「いいの? 本当にやっちゃうわよ?」

「ゴブリン共がもたついてるなら、それもやむなしだ。とにかくそんな調子で頼む」





「了解。そのような感じね」


 そうしてジョージとのやりとりを終えたヨシムネは、無線を切って横を見た。彼女の隣にはイヴァンが彼女と同じ片膝立ちの姿勢でおり、彼女と同じ狙撃銃を持っていた。

 彼らは件の村の南方。遠く離れた場所にある切り立った崖の上にいた。


「で、なんだって?」

「このまま攻撃を続けろってさ」

「なるほど。よくわかった」


 ヨシムネからジョージの指示を聞いたイヴァンは嬉しそうに笑みを浮かべた。「的当て」はこの男の一番好きな競技だったからだ。


「おいおい、あまり数を減らさないでくれよ。後が続かないだろうが」


 その彼らの後ろ、装甲車に寄りかかりながらユリウスが声をかける。彼の両隣にはロンソとエリーがおり、彼女たちは前にいる銃を構えた二人を見つめていた。


「それにしても、えげつない事を考えますね。これで終わりではないのでしょう?」


 そのロンソが呆れたように声を出す。ユリウスは肩を竦め、再び射撃体勢を取る二人を見ながら言った。


「騙される方が悪いのさ」

「非道い人ね」


 ユリウスに語りかけるようにエリーが笑う。彼らの眼前で二人が引き金を引く。

 再び銃声が不規則に轟く。この異世界の連中の手口を知っていた二人は呆れた表情を浮かべながら、それでも彼らを止めようとはしなかった。

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