フルフェイス
そのエルフの女は、自ら「エリー」と名乗った。エリーはどこまでも悪辣な女で、金のためなら自分の体さえも武器とするような奴だった。彼女は金を手に入れるためにまず複数の金庫番と同時に関係を持ち、彼らを誑かして懐柔し、いいように利用していたのであった。
しかも最終的にそれがバレるのは、彼女が網を張ってから三年以上も後のことである。彼女はその間、いいように私腹を肥やしてきたのである。
「たいした野郎だよ」
彼女自身の口からその「手口」を聞いたジョージは、素直にそのやり口を賞賛した。話を聞いていた他の四人も同じ感想を持ち、同時にエリーに対して同じ印象を抱いた。
金の亡者。彼女は人殺しはしていないと言ったが、怪しいものだった。
「信用ないんですね」
「当たり前だ」
「お前、今まで自分が何してきたのかわかってないのか?」
「あなたがたに危害を加えた覚えは無いのですが」
周りから非難の眼差しを向けられて、エリーはなお平然としていた。さらにエリーは図々しいことに、そこから「自分もマスクを着けたい」と言ってのけた。
「何言ってんだお前」
「だって、私もこれから一緒に仕事することになるんですから、同じ見た目にしないとバランス悪いじゃないですか。仲間外れにされてる感じもするし」
「おい待て。なんで俺達がお前と一緒になる事が決まってるんだ」
この時彼らは、つい先程強奪したばかりのオークのねぐらに集まっていた。ロンソとエリーも一緒で、彼らの囲んでいたテーブルの上には大量の金塊が置かれていた。
彼らがエルフの集落から奪ってきた物である。
「こうして貢献したんですから、それくらいの価値はあると思いますよ?」
その金塊の山を見つめながら、エリーが勝ち誇ったように言ってのける。ワイズマンの面々はうんざりしたように互いの顔を見やり、ロンソはその光景をニヤニヤと楽しげに見つめていた。
なおこの時、ロンソは仮面を外していたが、他はマスクを着けたままだった。エリーはそれが
気にくわなかった。
「それと、いい加減素顔も見せてほしいんですけど」
狡猾さと色仕掛けで散々金をふんだくってきた女が、自信満々に口を尖らせる。その人を食ったような態度を見たイヴァンは額に青筋を浮かべたが、彼の怒りを察したユリウスが真っ先にその肩に手を置いた。
「止めろ。ここで暴れても仕方ないだろ」
「けどよ、我慢も限界だぜ。これ以上こいつに好き勝手させておいていいのかよ?」
ユリウスの言葉を聞いたイヴァンは即座にそう返した。そして彼はジョージに視線を移し、視線で答えを求めた。
「……」
ジョージは腕を組んだまま沈黙を貫いた。ただ黙ってエリーを見つめ、その体勢からぴくりとも動かなかった。
やがて全員が彼に注目する。その視線の雨に晒されながら、やがてジョージが口を開いた。
「こいつのおかげで金を手に入れられたのは事実だ」
部下の三人が息をのむ。エリーが勝ちを確信したかのように小さく笑う。
ロンソが「そう来ますか」と小声で呟く。
そして笑うエリーに、ジョージが続けて言い放つ。
「ただし、俺達と一緒に仕事をするというなら、それなりに働いてもらうぞ。こちらの指示にも従ってもらう。いいな?」
「もちろんですよ」
少女の姿をした悪女は、そう答えて柔らかい笑みを浮かべた。
こうしてエリーは、半ばなし崩し的にワイズマンに合流する事になった。当然その決定を下したジョージは、その直後に部下達から彼女を引き入れた理由について問いただされた。
「なんでそうしようと思ったんだ?」
「何か理由があったのか?」
「頭数が増えるのはいいことだろうと思ったからだよ」
ジョージの解答はそのようなものだった。他にも彼は、この世界に詳しい人物を引き入れたかった、ここで邪険に扱ったら後でどんな報復をされるかわからないから、等も理由として挙げた。
「相変わらず慎重派なのね。ビビりすぎとも言えるけど」
「この世界に詳しい人間と言ったら、この私がいるじゃないですか。そんなに信用がおけないのですか?」
それを聞いたヨシムネはジョージに軽口を叩き、ロンソは普通にムッとした表情を浮かべた。ジョージはそれらに対し、まずヨシムネに冷ややかな視線を、次にロンソに軽口を叩いた。
「お前だけだと何となく不安だからな」
「それはどうも」
ロンソもそれをさらりといなした。二人はそれから同時に小さく笑い合い、しかし空気は急速に張り詰めていった。
「勘弁してくれ」
「それより、そろそろ素顔見せてくださいよ」
緊迫する空気を察したユリウスは痛々しげに腹を押さえたが、そんな彼の懸念など知ったことかと言わんばかりにエリーが空気の読めない発言をする。
余計な事しやがって。ユリウスはマスクの奥で更に顔を歪めたが、エリーはお構いなしに言葉を続ける。
「こうして仲間になれたんですし、いいじゃないですか。ね? 隠しても良いこと無いですよ?」
子供にしか見えない女が上目遣いで催促をしてくる。普通に見ればとても可愛らしい姿なのだが、今のジョージ達にはそれはとても苛立たしい存在として映った。
「この野郎。どこまでも調子に乗りやがって」
「でも、この面の皮の厚さは評価してもいいんじゃない?」
本気で怒りを見せるイヴァンにヨシムネがフォローを入れる。その言葉にしても、半ば投げ遣りな響きが含まれていた。
そしてその投げ遣りな態度は、ジョージもまた引き継いでいた。
「とにかく、俺達はこいつの要求を受け入れる。それが俺の決定だ。いいな? 文句は無いな?」
強引とも取れる彼の言い分に、異を唱える者はいなかった。誰も彼も、話を続ける事に飽き飽きしていたからだ。
「無い? じゃあ決まりだ」
その沈黙を肯定と受け取ったジョージは、強い語調でそう言った。
反対する者はいなかった。
「じゃあ顔を見せてください」
「うるさいな。今脱ぐよ」
それが決まった直後、待ってましたと言わんばかりにエリーが要求する。それに対してジョージが忌々しげに答えた後、ワイズマンの四人は彼女の眼前でおもむろにマスクを脱ぎ始めた。
エリーが目を見開いて注目する。ロンソも同じように彼らの素顔を注視せんとする。
その彼女らの眼前で、四人の悪党が素顔を露わにする。
「おお」
「へえ」
こちらの世界の二人は同時に声を上げた。その顔はある意味、彼女達の想像通りの姿であった。
「他人に顔を見せるのは久しぶりだな」
ジョージは口の周りに髭を蓄えた、紳士然とした壮年の男だった。後ろに撫でつけられた髪は所々白くなっていたが、その顔は未だ活力に溢れていた。
「元はと言えば、あんたの行き当たりばったりな計画が原因じゃないのか?」
ユリウスは目鼻立ちの整った、見る者に爽やかな印象を与える男だった。人によっては「イケメン」とも評したかもしれない。それくらい綺麗な顔立ちをしていた。
「ま、別にいいんじゃない? 行き当たりばったりなのはいつもの事だしさ」
ヨシムネもまた、一般的に美しいとされる顔立ちをしていた。しかしその目はユリウスよりも鋭く、東洋的な顔立ちをしていた。
「俺はまだ納得してないけどな。こんな得体の知れない奴を入れるなんて、俺は反対だ」
イヴァンは四人の中で最も無骨な顔立ちをしていた。肌は浅黒く、唇は厚かった。頭髪は無く、頭は禿げ上がっていた。
とても個性的な面々だった。
「いいじゃないですか。中々個性的ですよ?」
ロンソはそんな感想を率直に述べた。素顔を晒したワイズマンの四人は喜ぶ前に白けた顔を見せた。
「お世辞はいい。それよりまずは情報をくれ。次はどうするんだ?」
そしてその顔のまま、ジョージがロンソに尋ねる。問われたロンソは想定済みと言わんばかりに笑みを浮かべ、彼の言葉に答えた。
「ご安心を。既に必要な情報は集めております」
「本当か? 抜け目の無い奴だ」
「それが私の取り柄ですので」
ロンソはそう言って、次に笑顔を見せながら口を開いた。
「さて、ではまず次の襲撃候補を決めましょうか」




