クラッシュ
エルフの情報通り、そこにはエルフ達の集落があった。そして彼女の情報通り、そこは山の麓に作られた小さな集落であった。
「あの山が金山なのか?」
「ええ。ここのエルフ達は、あの金山のおかげで、他の魔族達より裕福な暮らしが出来ているの。村自体はこぢんまりとしてるけどね」
「金の力って訳か」
「そういうこと」
遠方からの偵察中、ジョージのかけた言葉にエルフが頷く。彼らはこの時、集落から三キロ程離れた位置にある小高い丘の上からそこを観察していた。なおワイズマンの四人はマスクをつけたままであった。
「誰が誰だかわからないですね」
「それでいいんだよ」
なお、エルフはそれに対して、個人の区別がつけられない事に不満を持っていた。だから彼女は、体つきで彼らの見分けをつけるしかなかった。
ジョージは中肉中背。ユリウスは痩せぎすの背高のっぽ。ヨシムネはスリムなモデル体系で、イヴァンは筋肉質で一番大柄。エルフから見た外見の特徴と、ワイズマンの面々を当てはめると、このような感じになる。
もちろんエルフは彼らの名前を知らなかった。
「不公平ですよ」
「それでいいんだよ。文句言うな、鬱陶しい」
しかしジョージ達は対してそのことについて気にしなかった。そもそも個人情報を特定されないために着けているのだから、そう捉えられるのはむしろ歓迎だった。
閑話休題。
「今出てきた連中がそれか」
「はい。彼らが金を採掘しているエルフ達です」
双眼鏡を通した彼らの目には、山に開けられた穴から出てくるエルフ達の姿が見えていた。彼らは一列に並び、金を満載した台車をそれぞれ牽いていた。
「本当だ。金を運んでる」
「言った通りでしょう? 彼らは山から掘り当てた金を、あそこの建物に移しているんです」
「あそこね」
それまでエルフに質問していたヨシムネが、彼女に言われるままに双眼鏡を動かす。彼女の視線は双眼鏡越しに金を運ぶエルフ達を追いかけていた。そしてそのエルフ達は監視されているとも知らずに、金を建物の一つに運び入れていった。
それは集落の中で一際大きな建物であった。扉は開け放たれ、エルフ達はその中に台車ごと進入して行っていた。
「大した量だな。確かに億万長者にもなれるな」
ヨシムネの反対側にいたイヴァンが呟く。それから彼はそのまま、エルフの方を向いて彼女に問いかけた。
「でもあれだけの金を掘れるってことは、その分敵からも多く狙われてるってことだろ?」
「そういうことです。だからこそ彼らは、オーク達と契約を結んだのです」
「守ってもらうためにか」
「でもそのオーク共が裏切るとかは考えなかったのか? 守るって言っておいて、後からその集落を襲って金を奪うとかありそうな話だろ?」
途中からユリウスが割って入る。それに対してはロンソが答えた。
「それはあり得ません。オークが金品を要求してくる事は非常に稀ですので」
彼女は装甲車から降りてここに陣取る際に、さりげなくマスクを身につけていた。オークの塒を襲う時に身につけていた物である。
準備のいい奴だ。ジョージ達は呆れこそしたが、もうそれ以上突っ込んだりはしなかった。
「どういう意味だ?」
代わりにジョージは疑問をぶつけた。ロンソは立ち上がって双眼鏡を目から外し、力を抜いて肩を落としながらそれに答えた。
「オークは金の使い方を知らないからですよ」
ロンソの返答は簡潔で的確なものだった。ワイズマン達はぐうの音も出せなかった。
「だから我々が奪っても、何の問題も無いと言うことです」
その次に出てきたロンソの台詞にも誰も突っ込まなかった。冷静に考えれば突っ込み所満載なのだが、彼らは何の疑念も抱かなかった。
何故ならこれから本当に奪いに行くからだ。
「敵情視察もこれくらいでいいでしょう。本番と行きましょう」
ロンソが催促する。それに応えるようにワイズマンの四人とエルフが同時に立ち上がる。
「プランは?」
イヴァンがジョージに問いかける。ジョージは小さく鼻で笑った。
「見た限り、まともな防御網は一つもない。いつも通りでいいだろう」
今度はイヴァンがそれに笑う番だった。
その襲撃は、まさに一方的だった。
エルフ達は突如として集落に突っ込んできた鉄の塊を前にして、ただただ驚く事しか出来なかった。そうして動けずにいたエルフ達の前で装甲車はその動きを止め、自動で開いていくハッチの中からマスクを着けた面々がぞろそろと現れた。
そして彼らの後に続けて最後に出てきたエルフを見て、その集落に住む同族達は思わず目を剥いた。
「お、お前は!」
「そんな! オーク達に差し出した筈なのに!」
「動くな!」
そんなエルフ達をジョージが黙らせる。彼は上に向けた拳銃を発砲し、立て続けに大声を放って場の空気を完全に支配した。虚を突かれたエルフ達は、流されるままにただその言葉に従うしかなかった。
「そうだ。それでいい。下手な事をしなければ、こちらも手荒な真似をするつもりは無い」
そうして表に出ていたエルフ達が平伏したのを見てから、ジョージがゆっくりと口を開く。周りの家々の中からは物音が聞こえてきたが、新手が外に出てくるような事は無かった。
好都合だ。ジョージは内心でニヤリと笑った。面倒な展開に巻き込まれないだけマシというものだ。
「お前達の要求は何だ? こんな所に何の用だ?」
その内、エルフの一人がジョージに話しかける。背筋は曲がり、所々ほつれたローブを身につけた、見るからに高齢な男のエルフであった。顔は皺だらけで、顎には見事な白髭が蓄えられていた。
この集落の長であろうか。ジョージはそう思った。
「あんたがここの代表か?」
「そうだ。私が長だ」
エルフの男が断言する。その言葉は嗄れていたが力強く、恐怖よりも意志の強さが滲み出ていた。
ジョージはほんの少し、彼の強さに敬意を感じた。この男は下の為に死ねる男だ。
「我々はただ、静かに暮らしたいだけなのだ。争いなどに興味はない。どうか穏便に頼む」
年老いたエルフがジョージに告げる。ジョージはマスクの奥で小さく笑い、銃を腰のホルスターに戻し、手に武器を持たないままそのエルフの前に進み出る。
地べたに座ったままその光景を見ていた他のエルフがそれに反応する。残りのワイズマンがそれに反応して彼らに銃口を向け、同時にエルフの長が手を振り上げて彼らを制す。
緊迫した空気が辺りに流れる。
「金を貰いに来た」
その張りつめた空気の中、ジョージが長に告げた。虚飾のない直球の言葉だった。
それを聞いたエルフの長は一瞬驚きに目を見開いた。しかしすぐに真顔に戻り、じっとジョージを睨み返しながらそれに答えた。
「それは出来ない。無理な相談だ」
「どうしてもか?」
「どうしてもだ」
長は揺らがなかった。周りに目を向けると、他のエルフ達も同じ顔をしていた。徹底抗戦の面構えだ。
全く面白くなかった。
「お前たちにくれてやる物は何もない!」
「盗人め、立ち去れ!」
さらに周りのエルフ達も長の決定に同調し始めた。争いは好まないが、プライドはあるようだ。
このままではどこまで行っても話は平行線のままだろう。そう考えたジョージはため息をつき、そしてイヴァンの方に目を向けた。
「やれ」
イヴァンは頷き、踵を返して装甲車に戻っていく。そして運転席についてエンジンをかけ、おもむろに車体を振動させる。
「何をさせる気だ?」
長が不安げな声を上げる。ジョージはそれには答えず、無言で片手をあげる。
それを合図に装甲車のエンジンが唸りをあげる。タイヤが地面を蹴り、鋼鉄の車体が一直線に突き進む。
「……!」
それで彼らが何をしようとしているのか、それを見た長は即座に気づいた。
しかし気づいた時には手遅れだった。
「やめろ!」
長が叫ぶ。その長の眼前で、装甲車が建物の一つに突っ込んだ。
そこはそれまでエルフ達が金を仕舞っていた場所だった。
保管所が倒壊していく様を、エルフ達はただじっと見つめていた。狼藉者に向かって暴言を吐いたり、実力行使に出る事も無かった。
その建物が壊れた時点で、彼らの心もぼっきりと折れていたのだ。同時に彼らは、目の前の連中には絶対に勝てないという諦めの気持ちも抱いていた。
体と心が恐怖と諦念で縛られていた。だから動きたくても動けなかった。
「積め込めるだけ積め込みましょう。他人の物だからと言って容赦する必要はありませんよ」
「あんたも大概外道ね」
「奪われる方が悪いのですよ」
それはヨシムネとロンソが建物の方に移動し、瓦礫の中から金をかき集めている時も同じだった。彼らは何もせず、呆然とその様を見つめていた。
「……お前がこ奴らを呼んだのか?」
その最中、不意にエルフの長が声を上げた。彼はワイズマンの側にいるエルフをじっと見つめ、恨みがましい声で喋り続けた。
「お前が、こんな事をさせたのか?」
「そうですよ」
エルフは即答した。残りのエルフとジョージ達が同時に彼女へ意識を向ける。
少女エルフは続けて言った。
「これは仕返しです。あなた方が私を追放した事への仕返しなんですよ」
「よく言う。そもそもお前がオークへの供物に選ばれたのは、お前が物盗りばかりするからだろうが」
ジョージ達はさらに驚いた。今までただの被害者だと思っていたが、この女は最初から札付きだったのか。彼らは渦中のエルフに疑念のこもった眼差しを向けた。
「まあ、それなりにやることはやりましたね」
エルフはあっさりと認めた。ジョージ達は呆れた表情を浮かべた。同時にその素っ気ない態度が、長の怒りをさらに助長した。
「それなりで済むと思っているのか。お前のおかげで、我々がどれだけ迷惑したと思っているんだ」
「ちょっとお金を貰っただけじゃないですか。何をそんなにカリカリしているんですか?」
「ここで穫れる金は村の共有財産だ。病人の治療や、家屋の修繕に使われる大事な金だ。お前はそれを盗んで、私服を肥やしていた。それも三年間もだ。同胞から怒りを買わないとでも思ったのか?」
「気づかないそちらが悪いんですよ」
女エルフはどこまでも飄々としていた。罪悪感の欠片も見せない、いっそ清々しい態度だった。
他のエルフ達は怒気を隠そうともしなかった。ワイズマンとロンソはただ呆れるばかりだった。
「私何か悪いことしました?」
そうして段々と悪化していく空気を察して、女エルフがきょとんとした調子で言ってのけた。素で自分のしたことに自覚が無いようであった。
こいつは本物だ。ジョージは頭痛を覚えながらそう直感した。




