序章ーバンク・ハイスト
「ロンソ、次の罪人は決まったかい?」
「はい。彼らなどどうでしょうか」
「……ほほう、これは中々。随分悪さをしているみたいだね」
「報告書の通り、かなりの悪党です。それとたった今、彼らが新しい犯罪を行おうとしているのですが。見てみますか?」
「いいね。さっそく見物させてもらうとしよう」
銀行強盗とは総合芸術である。チームリーダーにして頭脳でもあるジョージはそう考えていた。
いかに素早く、いかに確実に、いかに穏便に済ませるか。これら三つの要素がハイレベルで融合して、はじめて「犯罪計画」と言う名の一流の芸術品が完成する。そして一流を完成させるためには、人間として持てる力ーー知力と体力の全てを、そこに注ぎ込む必要があるのだ。
そしてジョージは、常に一流のみを追い求めていた。野蛮な力押し、三流の駄作などに興味は無い。これは計画作成のプロフェッショナルとしての、彼の矜持であった。
今回彼らが襲撃する銀行は、郊外にある小さな銀行だった。しかし小さいと言っても銀行は銀行。監視カメラは二十四時間稼働し、屈強な警備員も当然のように配備されている。最新の防犯システムに守られた、一筋縄ではいかない場所だった。
そうでなくては面白くない。ジョージは怯む事無く、嬉々として計画を練り始めた。襲撃対象の難易度が高ければ高いほど、完成する芸術もまたレベルの高いものとなるからだ。ジョージは意気を改め、計画の作成を開始した。
しかしそうやって考えていく内に、ジョージはだんだん面倒になってきた。長考の苦手なプロフェッショナルは、やがて隠密で行く必要は無いんじゃないかとさえ思い始めた。大切なのは美学よりも金だ。金が手に入ればそれでいいのだ。
だから結局、装甲車で正面から突っ込むことにした。
「いいのかよこれ? 穏便もクソもねえけど」
装甲車の後部ハッチが開かれ、中から一人の男が姿を現す。紺のビジネススーツを身につけ、顔には額に三つ星の描かれた白いマスクを着けていた。
「まったく、派手にやりやがって」
その男は手にアサルトライフルを持ち、愚痴をこぼしながら銀行内に足を踏み入れた。その声は変声機で加工したかのように歪んでいた。
足下には瓦礫が散乱し、周囲には「突撃」に巻き込まれた一般人や警備員が力なく倒れていた。遠くにいて被害を免れた面々は、一様に怯えきった視線をこちらに向けていた。
「本当、やりすぎだぜ」
「副次的被害だ。運が無かったと諦めてもらおう」
そして最初の男の愚痴に答えながら、二人目がハッチの奥から姿を見せる。その男も同様にスーツ姿で、顔にマスクを身につけ、右手にサブマシンガンを持っていた。声は一人目と同様、歪んでいた。
マスクの意匠は最初の男と全く異なり、黒と白の横縞模様が前面に刻まれていた。
「さて」
そして三つ星マスクの横に立った黒白模様の男は、手にしたサブマシンガンを天井に掲げ、おもむろに引き金を引いた。
銃声が連続で迸る。あちこちから悲鳴が上がる。
「落ち着いてください」
銃声が立ち消えた後、黒白の男が低い声で語りかける。最初と同じく変声機で加工したような、歪みの強い声だった。
そうして辺りが静まりかえった後、男が再び声をかけた。
「我々は銀行強盗です。ここに金をいただきに来ました」
反応する者は一人もいなかった。全員が体を硬直させ、声を放つ男に意識を傾ける。
銀行は恐怖で満たされていた。男が演説を続ける。
「我々が欲しいのは金だけです。なにも命まで取ろうって訳じゃない。だからどうか皆さん、我々の指示に従ってください。何もせず、じっとしていれば、我々もあなた方を無闇に傷つけたりはしない」
横縞模様の男が話しかけている間、横にいた三つ星の男は周囲に目を光らせていた。装甲車を背にしてアサルトライフルを前に持ち、威圧するようにゆっくりと首を左右に回していた。
その時、不意に三つ星の男が「それ」に気づいた。男は咄嗟に銃を構え、それに狙いをつけて引き金を引いた。
銃口から閃光が迸る。直後、警備員の持っていたトランシーバーがその手ごと吹き飛ばされた。
あちこちから悲鳴が上がる。お構いなしに三つ星の男が、今度は反対側にいた警備員の脚を撃つ。
「スコープ無しでも行けるぜ」
「余計な事はするな!」
そして銃声が収まる頃合いを見計らい、横縞模様の男が声を荒げる。手や脚を吹き飛ばされて悶絶する警備員も、遠巻きにそれを見ていた客も、皆一様に体を強ばらせる。
「このクソどもが! 死にたくなかったら言う事を聞け! わかったかクソども!」
再度、歪んだ男が吠える。場に再び静寂が訪れる。警備員の噛み殺すような苦悶の声が、やけに場違いな程に響き渡る。
「止血してやれ」
三つ星の男が懐から止血キットを取り出し、警備員の横にいた客の一人に投げて渡す。それを放り投げられた客の一人は慌てて封を切り、震える手で中にあった説明書を取って読み進める。
脚を撃たれた方には何も無かった。その警備員が視線で訴えてくると、三つ星の男は思いだしたように二つ目の止血キットを投げてよこした。
「それくらい自分でなんとかしやがれ」
自分のミスを誤魔化すように三つ星の男が毒づく。酷い言い草だった。
「ヨシムネ、いいぞ」
マスク越しにそれを見ながら、横縞模様の男が胸のバッジを押しながら声をかける。マスクの中に仕込まれたマイクが外部変声機能から内部無線機能へと役目を変え、仲間の耳にある受信機に音声を送る。なおマスクは完全遮音仕様の特注品であり、その声が外に漏れる事は無かった。
そして次の瞬間、そうして応答を受けた三人目がゆっくりとハッチの奥から姿を見せた。
「もう出番?」
「そうだ。場所は覚えてるな?」
「バッチリ」
横縞模様の男の問いに三人目が答える。それは他二人と同じくビジネススーツ姿であり、顔にマスクを着け、背中に空のバッグと台車を担いでいた。
そしてよく見ると三人目のスーツの胸元は僅かに膨らみ、マスクも目元と唇に赤いラインが引かれていた。声も加工済であったが他二人に比べて高めであり、至る所で女性らしさが強調されていた。
「よし、ユリウス。ヨシムネを手伝ってやれ」
「わかった」
横縞模様の男が三つ星の男に声をかける。ユリウスと呼ばれた三つ星マスクの男は小さく頷き、ヨシムネと呼ばれた女性の後に続いて銀行の奥へと消えていく。それを見届けた横縞模様の男は再びマイクの機能を変声に切り替え、歪みの強い声で客達に呼びかけた。
「ご安心ください。今から金を頂戴するだけです。なんの心配もいりません。指示通りに動いてくだされば、誰も死なずに済むのです」
無反応だった。報復を恐れ、誰も強い反応を示すことは無かった。
場に静寂が満ちる。空気が凍り付き、緊張と恐怖で一杯になる。横縞模様の男はそれにいたく満足した。
目的の金庫は銀行の奥にあった。そこに向かう途中で武装した警備員と何度も接触したが、ユリウスとヨシムネは淡々とそれらを「処理」していった。歩みは止めず、見つけた端から頭に狙いを付けて引き金を引く。簡単な作業だった。
そして金庫の前までやってきた時、彼らは眼前に二人の警備員が立っている事に気づいた。二人ともこちらに気づいており、リボルバー拳銃を目の前の強盗犯に突きつけていた。
「動くな! それ以上動いたら発砲する!」
警備員の一人が警告する。しかし彼がその言葉を言い終える前に、ヨシムネが持っていた拳銃を構えて引き金を引いた。
それぞれに一発。計二発の弾丸が二人の警備員を撃ち抜いた。一人は脳天をぶち抜かれて即死。もう一人は脇腹を撃たれてその場に崩れ落ちた。
淡々とした「処理」だった。
「くそ……!」
腹を撃たれ、まだ息のある警備員が悪態をつく。その横を二人の犯罪者が悠然と通り過ぎていく。その警備員は生きてこそいたが、銃を持ち上げて発砲するだけの力はもう残っていなかった。立ち上がって掴みかかるなど論外だった。
「パスワードはわかるのか?」
「ええ。前のカレシに教えてもらったからね」
そして例の犯罪者二人は、その半死半生の警備員を完全に意識の外に置いていた。彼らは多重ロックのかけられた金庫の扉を開ける事に神経を注いでおり、そして今まさにヨシムネが慣れた手つきでパネルに文字列を入力していた。
「ここでも男をこさえてたのか。何人目だ?」
「さあ? 途中から数えるの止めちゃったからわからないわ。コンドームを使った回数なら言えるけど」
「ゼロだろ。この尻軽女め」
その最中、ユリウスがヨシムネに問いかける。ヨシムネは入力を続けながら何でもない事のように言い返し、ユリウスはその淫蕩ぶりに呆れながらも続けて質問した。
「それで? そのパスワードを教えてくれた男の名前はなんて言うんだ?」
「確か、ジョン……ジョン・ハボックとか?」
警備員はそれを聞いて息をのんだ。マスクを被った強盗の一人が、いきなり自分の名前を出したからだ。
「ああ、こいつだ」
そして次の瞬間、ヨシムネが肩越しに倒れた警備員を見ながら声を上げる。マスク越しに警備員は困惑したが、すぐに何かを思い出して唖然とする。
彼がこれまで付き合ってきた女性は一人だけだった。そしてその女性は、何年も前に何の前触れもなく蒸発したのだ。
「まさかお前、ジミーか? ジミー・オーグレーなのか?」
驚愕の表情を浮かべる警備員の顔面をヨシムネが蹴り飛ばす。かつての恋人の名を呼んだ警備員は口を開けたまま失神し、それを見たヨシムネが肩を竦める。
「ここではそういう名前使ってたのか」
そのヨシムネにユリウスが話しかける。ヨシムネは一つため息をついた後、パネルに向き直りながら口を開いた。
「そういうこと。彼とはその時に付き合ってたのよね」
「ジョン君以外にも男を囲ってたのか?」
「ご想像にお任せするわ」
本当はここの銀行の職員全員と寝たことがあるのだが、ヨシムネは説明するのが面倒くさかったので言わなかった。一方でそうやってはぐらかすヨシムネに、ユリウスはそれ以上追求しなかった。この「人喰い女」の腹の底を覗き込もうとする程、ユリウスは馬鹿では無かった。
女は魔物と言うが、ユリウスはヨシムネ以上の魔物を見たことが無かった。
ヨシムネとユリウスが満杯になったバッグを載せた台車を牽いて戻ってくるのと、銀行の外がやにわに騒がしくなってきたのは、ほぼ同時の事だった。横縞模様のマスクをつけた男が時計を見ると、ここに突っ込んでから五分が経過していた。
計画通りだった。
「来たか」
「随分遅かったな」
「何、計画通りだ」
台車を牽いてきたヨシムネが真っ先にそれに気づき、ユリウスがそれに続く。横縞模様の男が最後に反応し、マイクの機能を再度内部無線に切り替えて言葉を放った。
「イヴァン、やれ」
直後、装甲車の後部ハッチから四人目が姿を見せる。イヴァンと呼ばれたそれは他の面々より一回り大きな背丈を持ち、筋骨隆々で、流線型の縦縞模様が刻まれたマスクを被っていた。
「もう出番かい?」
巨体を揺らしながらその男が口を開く。横縞模様の男は無言でそれに頷き、一方で銀行内の客と警備員はその男を見て息をのんだ。
その男は両肩にロケットランチャー、RPG-7をそれぞれ一門ずつ、計二門担いでいたからだ。
「最終段階だ。外の連中を片づけてこい」
「了解、ジョージ」
内部無線でイヴァンが答える。ジョージと呼ばれたその横縞模様の男は頷き、それを見たイヴァンは景気よく鼻を鳴らしながら銀行の外へ歩き出した。
イヴァンが外に出ると、そこには大量のパトカーと警官が待ち構えていた。彼らは正面入り口を囲むようにパトカーを配置し、それを盾にするようにして警官達が腰を下ろしていた。そして彼らはイヴァンに向けて一斉に銃を向け、いつでも発砲できる体勢を作っていた。
「そこのお前! 今すぐ武器を捨てて、ただちに投降しろ! ここは完全に包囲されている!」
その警官の一人が拡声器を使って降参を促す。イヴァンは小さく笑って、ロケットランチャーを構え直す。
拡声器を持った警官は、それを見て額から冷や汗を流した。だが恐怖を振り払い、職務を忠実にこなした。
「聞こえなかったのか! 今すぐ武器を降ろせ! これが最後通告だ!」
警官が声高に告げる、イヴァンはそれに答える代わりに引き金を引いた。
煙を吐いて弾頭が飛び出す。
警官達の顔が一気に青ざめる。
「た」
退避を促す声は爆音にかき消された。二発のロケット弾が警官隊に直撃し、パトカーと警官をまとめて吹き飛ばす。赤い炎と黒い煙が巻き上がり、残骸が周囲に飛び散る。
「撃て! 反撃しろ!」
残った警官が即座に反撃に移る。一斉に引き金が引かれ、弾幕がイヴァンに襲いかかる。
イヴァンはすぐに発射体を投げ捨てて物陰に隠れた。体のすぐ脇を弾丸の嵐が通り過ぎていく。直撃こそもらわなかったが、警官による掃射はなおも続いた。
「イヴァン! 使え!」
そんな中、耳の受信機がジョージの声を拾う。直後、後ろから新しい玩具が飛んでくる。
ジョージはそれを喜んで受け取った。三発目のRPGだ。
「ありがてえ!」
イヴァンはご褒美をもらった子供のように驚喜した。そして彼は弾雨の前に身を晒し、警官めがけて引き金を引いた。
三発目がパトカーの一台に突き刺さる。大爆発が起こり、残りの警官隊が否応なくそれに巻き込まれる。
「ハハハハ! やったぜ!」
目の前で起きた爆発を見て、イヴァンが子供のようにガッツポーズをあげる。残った警官隊は揃って腰を抜かし、抵抗する意志を完全に無くしていた。
「見たかクソども! ざまあみろ!」
そんな警察の無様な姿を見てイヴァンが吠える。その直後、今度は銀行の中から銃声が轟いた。
「では皆さん! 良い一日を!」
そして構内から高らかな声が上がる。その後再度銃声と悲鳴が響き、次の瞬間、装甲車が後ろ向きのままイヴァンの前までバックしてきた。
車はイヴァンの真横で止まった。そして彼の目の前で上部ハッチが開いた。
「乗れ!」
ハッチの中からジョージが顔を出し、イヴァンに催促する。イヴァンは頷き、発射体を投げ捨て巨体とは思えぬ身のこなしで装甲車の側面を登って上に乗る。
「金は大丈夫なんだろうな?」
「全部積んだ。出せ!」
イヴァンの「搭乗」を確認したジョージは車内に戻り、ハッチを閉める。直後、ジョージの指示を受けた装甲車が大きく方向転換を行い、百八十度向きを変える。
眼前にパトカーの残骸が見える。その向こうに大通りが伸びる。装甲車は躊躇う事無く発進し、黒こげになったそれを吹き飛ばして大通りを走っていく。
「ヘリが来る前に逃げるぞ!」
「わかってるよ!」
ジョージの指示にユリウスが返す。今ハンドルを握っているのは彼だった。それからユリウスは装甲車を器用に操り、前を行く車や対向車を弾き飛ばし、踏み潰し、時々避けながら、罵声の飛び交う車道を縦横無尽に驀進していった。
「ハハハ! どけどけ!」
「おい! もっとちゃんと避けろ!」
「避けない方が悪いんだよ!」
装甲車の通った後には破壊と悲鳴が残った。方々で黒煙が立ち上る中、ユリウスは民間人と自分の私物が傷だらけになる事を全く躊躇しなかった。彼の運転によって生じた死傷者は、銀行周辺で生じたそれよりも遙かに大きかった。
ユリウスは車に乗って道を走るのが大好きだった。
「なるほど、これは凄い」
「目的のためなら手段を選ばない。かなりの逸材かと」
「よし、わかった。今回の標的は彼らにしよう。ロンソ、すぐに地獄送りの手配を」
「かしこまりました」
それから数分後、彼らは警察の追跡を振り切る事に成功した。彼らにとっては逃げ切ることよりも、痺れを切らしたイヴァンがパトカーを一般車両ごと吹き飛ばそうとするのを止める事の方が難題だった。
「俺にやらせてくれりゃあ一発だったのによ」
「破壊マニアは黙ってろ」
敵はユリウスだけでは無かった。この男は常にスーツの下に爆弾をしのばせており、事あるごとに破壊と混乱を生み出そうと考えていた。有能ではあったが、平穏とは無縁の男だった。
そうして内なる敵を抑えつけつつ何とか逃げおおせた後、今度はジョージが「逃げ切る事が出来たのは自分の計画のおかげだ」と唐突に天狗と化した。いつものジョージの癖だった。
しかし実際にアドリブで道を決めたのはユリウスだった。ユリウス自身にそれを指摘されたジョージは途端に表情を渋めて黙りこくった。
ここには馬鹿しかいないのか。ヨシムネはバッグを開いて札束を数えながらため息をついた。
「それで? この後どうするんだ?」
そんなヘソを曲げたリーダーに対して、装甲車の上に乗ったままのイヴァンがマイク越しに声をかける。この時彼らはとある建物の地下駐車場の隅に隠れており、音でばれないようエンジンも切っていた。
「いつまでも隠れてる訳にはいかねえだろ。次の計画はあるんだろ?」
「ああ、もちろんだ。この先にトンネルがある。それを使おう」
イヴァンの問いかけにジョージは気を取り直してそう答えた。すると金の入ったバッグに囲まれていたヨシムネがジョージの方を向きながら彼に言った。
「そのトンネルは安全なのか? どこに続いてるんだよ?」
「町の外だ。監視カメラもついてないし、そもそも放棄された道だから誰もいない。完全な無人だ」
「どういうトンネルなんだ?」
「車両用の地下通路って奴だよ。交通網改善計画の一環として作られたらしい。今じゃ誰も使ってないけどな」
その地下通路が全く使われなかったのはそこが有料道路であり、それでいて道自体は短いくせに法外な料金を要求してきたからだろう。ジョージはそう説明した。とにかく利用者が全くいなかったのでこれ以上保持するメリットも無く、敢えなく閉鎖という流れになったのだ。
「だが閉鎖されたと言っても、フェンスで出入口を閉じてるだけだ。だから新しく出来た地下トンネルに通じてるし、そこを抜ければもう」
「待て」
しかしそこまでジョージが言った所で、不意にイヴァンがそれを止める。ジョージは不思議に思い、上部ハッチを開けて顔を出した。
「どうした?」
「あれ見ろよ」
イヴァンがそう言って前を指さす。ジョージが装甲車の上に乗り上げ、彼の指さす方へ目を向ける。
「女だ」
その先には一人の女性が立っていた。ボロボロのマントを羽織ってとんがり帽子を目深に被った、痩せぎすの女だった。
「なんだあいつ?」
「コスプレのつもりか?」
それを見たイヴァンとジョージが共に首を傾げる。すると女が僅かに顔を上げ、帽子の奥にある両目を彼らに向ける。
「失礼。ワイズマンの方々ですね?」
そして女が口を開く。二人は思わず身構えた。自分達のチームの名前を知っている人間は大きく二種類に分けられるからだ。
一つは自分達を消そうとする者達。もう一つは自分達に依頼を持ちかけてくる者達だ。
「ご安心ください。私は敵ではありません」
女が両手を上げる。ジョージとイヴァンは警戒を解かない。ユリウスとヨシムネも状況を察し、いつでも出られるよう車内で準備を済ませている。
緊迫した空気の中で女が声を上げる。
「私は依頼をしたいのです。プロであるあなた達に」
「依頼だと?」
「そうです」
ジョージの発言に女が言い切る。イヴァンが無言でジョージを見る。
ジョージが再度口を開く。
「依頼っていうのは、あれか? 俺達に仕事してほしいってことか?」
「そうです」
「悪いことしてほしいってか?」
「その通りです」
臆面もなく女が断言する。ジョージは小さく鼻で笑った。
「はっきり言う奴だな」
「性分ですので」
女も怯む素振りは見せなかった。ジョージはそれを見て確信した。
自分達のチームを知る存在は、大きく分けて二種類に分けられる。
こいつは後者だ。
「まずは名前を教えろ。なんて呼べばいい?」
しかし気は緩めないまま、ジョージが女に呼びかける。女は手を挙げながらそれに答えた。
「ロンソ、とお呼びください」
「ロンソか」
「はい。地獄の奥、黒霧の森にて魂の裁判官をしております。人の罪と罰を量り、それに相応しい場所へとその者を導く。それが私の仕事でございます」
「なに?」
一瞬、ジョージは自分の耳を疑った。イヴァンに目を向けると、彼もまた呆然とした表情を見せていた。
「魂の裁判官だと?」
「はい」
「頭イカレてんのか?」
「真実を告げただけです」
イヴァンの恫喝を受けてなお、魔女は冷静だった。そんなロンソの姿を見たイヴァンは顔を渋らせ、ジョージを見て言った。
「どうする?」
「……」
ジョージは苦い顔を浮かべたまま沈黙した。しかし数秒後、彼はおもむろに口を開いた。
「……話を聞こう」
結局彼は、好奇心に身を任せる事にした。美学よりも利益。利益よりも興味を優先する。彼の悪い癖だった。
そんなジョージに対し、ロンソは小さく笑ってからこう答えた。
「依頼と言っても、とても簡単なものです」
「具体的には?」
ロンソの目が怪しく光る。
「あなた方には異界に落ちてもらいます」
「は?」
ロンソの言葉にジョージが反応する。
直後、装甲車の真下に穴が開く。
「え」
「ワイズマン」全員が浮遊感を覚える。
次の瞬間、彼らは装甲車ごと穴の下へと落ちていった。




