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魔女の惚れ薬  作者: 月帆
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惚れ薬を手に入れろ

外を見れば雪が降っている。


降り積もるというには、少し大げさな、それでいてうっすらと世界を白く変えている。

「魔女のところへ行け?だと。」

きらびやかではない、重厚な石造りの城の中で男の低い声が響く。

外の寒さとは、逆に暖炉の炎が部屋を暖かなものへと変えている。

「誰が?俺が?」

黒い髪の男は、目の前にいるのが王子、しかも王位継承権第一位の王子だということも忘れたように口調も荒く聞き返す。

「そうだ。」

王子は鷹揚にあごを触りながら頷いた。

「なにが『そうだ』だ。」

男が再度、口にする。

「公爵家の跡取りのとも思えない口の悪さだな。オスカー。」

王子がこれみよがしにため息を吐きながらオスカーの名前を呼ぶ。

「くそくらえだ。」

「不敬罪で罰せられるぞ。」

王子が楽しそうに笑った。

「他の者に行かせろ。」

「な、オスカー考えてみろ。」

そう言いながら王子は肩に手を置いた。

「たしかにあの魔女はおかしい、けど…な作るものは一級品だ。」

王子の言葉に認めたくないが、オスカーも確かに魔女の作るものが一級品だと言うことには納得をせざるを得なかった。

「それで?」

しぶしぶといった様子でオスカーが王子の話を聞き始める。

王子は嬉しそうにオスカーの背中を軽くたたく。

「疫病が流行りそうなのか。」

声を潜める。

「いや、今は仕事も落ち着いている、特に疫病が流行る気配もない。」

施政者として有能さを感じさせる声で王子が答える。

「それよりも…うちの妹姫が、かわいい妹姫が泣くんだ。」

王子の溺愛する、王子よりもわがままな姫を思い出す。

勝気で、わがままで、それでいて頭の切れる、こちらが頭が痛くなる姫君、名前が出てきただけでオスカーの頭が痛くなった。

「それでだな。かわいい妹が、魔女の作ったほれ薬が欲しいらしい。」

重大な秘密を言うように王子がそっとオスカーの耳元にささやいた。

オスカーの体に悪寒が走る。

「ほれ薬なんかつくっていたのか?」

軽く王子は肩をすくめた。

「そこは女のネットワークで調べたんじゃないのか?」

「ネットワークね。」

サロンと称して毎日開かれる集まり・・・

魔女と呼ばれる存在よりも、魔女らしい女たちの集集合体。

「ま。そういうわけだ。」

そういいながら王子は置いた手を上げ、ひらひらと手を振る。

「さすがに一国の姫がほれ薬なんてな、言えないよ。ま、幼馴染ならいけるだろ。」

そう言って王子は部屋から出て行く。

去り際振り向き眩しい笑顔を向けた。

「もらってこなかったら、妹がじきじきに頼みに来るからな。」

そう言って出て行った。

「魔女・・・ね。」

オスカーは額に手を当て、近くのソファーに座り込んだ。

外では精霊のささやきが聞こえるように、雪が静かな音を立てて降り積もり続けていた。


オスカーが城から屋敷に帰ると、幼いころから使える執事が静かに頭を下げ、簡単な旅準備を渡す。

「どこから話を聞いた。」

しれっとした様子で執事が恭しく頭を下げる。

「王家の頼み事となれば、私的なものでも恩を売るチャンスかと。」

翌日、不本意ながらもオスカーは公爵家に帰り『魔女』のもとへ行く準備をはじめた。

翌日には白く世界を変えていた雪はやみ、重たい灰色をした雲が空を覆っている。

何度かのため息をつくと、執事がにこやかな笑顔で昼食の入った籠を渡す。

籠の中にはオスカーの好まない、甘い菓子が山のように詰め込まれていた。

「あの方によろしくお伝えください。」

重たくなりそうな足を動かせ、愛馬を優しくなでた後オスカーは愛馬にまたがった。

「行くぞ。」

鈍りそうになる決意を奮い立たせるように、大きな声で馬に声をかけオスカーは走り出した。

王都から馬を走らせれば半日しか経たないうっそうとした森の中に魔女の家はあった。

昼間だと言うのに道さえ見えない。

最後に見た景色と寸分たがわぬ景色にオスカーは、ほんの一瞬森に入るのをためらった後、ゆっくりと大地を踏みしめながら馬を進まる。

うっそうとした森の中に、どこかで泣き声が聞こえる。

見えないはずの森の精霊が騒ぐように、木々の茂みが不安げに音を立てる。

導くように風が吹き、うっそうとした茂みをかき分ける。

その先には小さく泣く少女が座っていた。


「ここは危ないぞ。」

声をかけると少女がオスカーの顔を見る。

オスカーの言葉が嘘ではない証拠に人よりも大きな鳥が頭上を飛んでいく。

少女はほっとした様子で、新緑色の瞳をオスカーにむけ涙を、擦り傷のある手でぬぐった。

涙が頬から消える代わりに、泥汚れが少女の顔を彩る。

「魔女様に会いにきたの。」

幼い少女は震えていた。

「止めておけ。」

オスカーが諭すが、頑なに何度も少女は首を振った。

「いくの。」

既に数時間経っているのだろう、服は泥に汚れ顔には疲労の色が見えていた。

「魔女はいない、それに・・・。」

オスカーは苦笑する。

記憶の中にある魔女の姿を思い出す。

中性的な体つき、現実を感じさせない薄い藍色の髪に瞳。

魔女と呼ばれる前は、神殿の稀代の聖女と呼ばれていただけあって、本当に透明で美しかった。

「ったく、どうして・・・ああなったのか。」

思わずオスカーは口から言葉がこぼれていた。

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