溢喜、グレる
早朝、圭一は寝返りをうって目が覚めた。
別に寝返りをうったせいというわけではなかったが、タイミング良く目が覚めた。
そうして目を開いて、一瞬で心臓がシンバルを鳴らした。
目の前にあったのは、あどけない少女の寝顔。
それも相思相愛だった溢喜の安らかな寝息付きだ。
あの告白を受けた時に最後に見せたとても幸せそうな顔。
木漏れ日のように愛しい顔が、目の前にあったのだ。
慌てて飛び起き彼女の姿が半透明だということに気付く。
力尽きたようにベットに座り込んでしまった。
全身に吹きでた汗がパジャマに張りつき嫌な気分だった。
幽霊でも寝ることがあるのかと思って見ていると、クスクスと笑いだす溢喜。パチリと目を開いて起き上がる。
『あははっ。圭くんったらかぁわいい~』
「てめぇっ、狸寝入りかよっ」
何故か髪留めを外していて、ざんばら髪を振り乱しクスクスと不気味に笑う溢喜。
服は体と同じように半透明のネグリジェを纏っていた。
「顔洗ってくるっ」
『あっれぇ? 照れ隠しですかぁ?』
圭一が洗面所へと向かうので、溢喜も浮き上がって後を追う。
『じゃあ私も髪を整えよっと』
洗面所に着くなり自分の袖を千切り取る溢喜。
すると千切り取られた袖は櫛へと変化する。
「便利だよなソレ」
『それほどでもないよー。これって結局私の一部だしさ』
溢喜の言うとおり、溢喜を構成する溢喜自身は、溢喜の体だけでなく服も構成の一部。
今の溢喜にとっては自分の体を使って作ったものに変わりは無い。
分かり易くいうなれば彼女の体も服も、服から変化した櫛さえも、彼女の魂自体だということ。
だからこそ溢喜は服をいつでも自由に変えられるし、幽体を使って道具を作ることも可能。
ただし実体に触れられないのと同様に、いくら道具を作ったところで同じ幽体である自分の体にしか使えない櫛だったりする。
体の形を自由に作れるので、櫛で髪を梳かす必要自体ないのだが……
鏡を見ながら髪を梳かし、鼻歌までも歌いだす溢喜。
『ねえねえ圭くん。今日はどんな髪型にしよっか』
「パンクでいいんじゃね?」
溢喜のパンク頭を考えて、あまりの似合わなさに溜息をつきながら部屋に戻る。
『ちょっと圭くんったらぁ、真面目に言ってよぉ』
「わかったわかった。角刈りを許可してやろう」
冷蔵庫からレタスを取りだし、100円ショップで見つけた電子レンジ可能のラーメン容器に千切って入れる。
『角刈りってなによぉーーーーっ! 私女の子っ! おーんーなーのーこ~~っ』
冷凍庫に入れておいた肉を取りだしそのまま容器に、水を加えて蓋をして、電子レンジで加熱する。
「全部逆立てて箒にしちまえ」
『それもなんか嫌っ! グレるよ私っ』
「おー、やれるモンならやってみろ。で? 具体的にどうするんだ?」
『え?』
グレると口で言いつつも、どうやら何も考えていなかったらしい。
溢喜が考えている間にレンジから容器を取りだし、中の肉を解していく。バラバラにした肉と野菜を混ぜ合わせ、再び蓋をしてレンジへ。
『そうだねぇ、グレたら圭くんの頭の上に座って一日中歌っとくとか』
「いつもやってるだろ」
再度レンジから取りだしインスタントラーメンを投入。
さらにレンジで加熱する。
『体に悪いよそれ』
「俺は食事が作れないのだよ溢喜くん」
『うん知ってる。でも現代にはコンビニ弁当と呼ばれる至宝の食料が……』
「金がかかりすぎだ。ほれ、さっさと髪整えてろ」
もしもの話、もしも溢喜が生きていてくれたなら。
きっと今はこんな食事など作る必要も無く溢喜の手料理でも食べさせて貰っていたのだろうと圭一は思う。
でもそれはホントにもしもの話。選択肢にすらならなかったもしもの……
『しゃーない。今日もキャンディ縛りしとくか』
食事をする間、溢喜は周りを浮遊しながら暇を潰していた。
すでにネグリジェは学生服に変化していた。
圭一の通っている学校を意識してか指定のセーラー服を着て圭一の真横を行ったり来たりしている。
やがて圭一が着替えの為に洗面所に向かい、覗こうとした溢喜が追いだされる間に登校時間が近づいてくる。
『おお、後50分だ』
「こっからだと歩いてギリギリか」
学生カバンとバッグを携え靴を履き、さぁ出かけようとした途端。
ピンポーンと鳴り響くインターホン。
そのままの状態で覗き穴を覗いてみると、向こうも覗いている様で、瞳同士がこんにちわする。
「魑魅?」
見知った顔が遠のいて見えたので、すぐにドアを開いて顔をだす。
「おはよう」
相変わらず聞き取りづらい小さな声で挨拶してくる。
「圭くん、一緒に行く?」
疑問符付きで聞いてくる魑魅は小首をかしげていて、無性に可愛く見えた。
『な、なんか知らない間に呼び方がっ!?』
ドアに鍵をかけて、魑魅と共に歩きだす。
よくよく考えれば溢喜を知りながら自分と一緒に居てくれる魑魅。
圭一からすれば今一番の彼女候補人物だ。
逃してしまうのも惜しすぎるくらい可愛い女の子。
溢喜風に言ってしまえば一つ屋根の下。
ほら、部屋一つ離れてるけど屋根は一緒だし。
そんな事実に気付くと圭一は心音がだんだん速度を増していくのがわかった。
階段を下りて一階に着く。
丁度103号室から在人がでてきたところだった。
在人は二人を見つけるなりぱっとひまわりの様な笑みを浮かべる。
「あ、今田君、切裂さん」
二人の顔を見つけると、嬉しそうに手を振って近づいてくる。
おはよ~と駆け寄ってきた在人、何も無いところでいきなり躓き圭一の胸へと飛び込んだ。
「あうっ、ご、ごめんね今田君……」
受け止められた事に気付いて顔を上げ、ありがとう今田君と答えた彼の顔。
何故か顔を赤らめ、しかも女顔のせいでまたもドキリとさせられる圭一。
自分の性に対するストライクゾーンの広さに自己嫌悪しつつ在人を引き離す。
初の友達との登校。
その会話内容は昨日のカラオケという、共通の話のお陰で楽しく登校できた。
特に在人は歌えなかったことが相当悔しかったのか、特に熱心にどんな歌があるのか聞いてきた。
そうすると面白くないのが溢喜で、圭一に構って貰うばかりかツッコミすら入れてもらえないのですっかり拗ねてしまい、圭一の頭の上に座り込んで大声で歌を歌いまくっていた。
曲はなぜか圭一の中学校の音楽教科書に載っていた乾杯だった。




