握手しよう
部屋に帰るなり圭一はベットに身を投げ出していた。
とっさとはいえなんてことをしてしまったんだろう?
後悔の念が渦巻くように胸に重く圧し掛かる。
『うわ……何その落ち込み様!?』
窓横の壁をすり抜けて来た溢喜はうつ伏せにベットに埋もれている圭一を見て溜息をついた。
すぐさま圭一の背中に胡坐座りしながら両手で背中を押す。
当然すり抜けた。
『ほーら起きろっ。いきなり走りだして何してんのよぉ』
当然溢喜は圭一を触ることが出来ないので、溢喜の両手は圭一の背中に出たり入ったりしていた。
「……嫌われた」
『はぁ?』
「絶対ェ嫌われた。考えてもみろよ。見も知らぬ男にいきなり手握られたんだぜ? 絶対嫌われたよ俺」
『あのねぇ。生きてる時も思ったんだけどさぁ。圭くん奥手すぎ。今時の女の子は握手されたくらいで友達を嫌ったりしません』
「つったって……女の子だぜ? それにほら、俺は中学の頃なんか女たちにキモ男とかって呼ばれて嫌われてた奴だし」
言葉は時として人を傷付ける。
それは周囲の女生徒たちから独り言を話しまくるキモ男と呼ばれていた圭一のように、あるいはそんなあだ名を圭一が付けられる原因となった自分に嫌気を覚えた溢喜のように。
沈黙が支配する。
『ゴメンね……』
「別にお前のせいだって言ってるわけじゃねぇし」
再び沈黙。何かを言ってやりたい思いは二人とも同じ。
思っているのは相手のことを傷つけた自分への静かな怒り。
二人同じ思いを持っているからこそ。
相手を一番に好きだからこそ。
でも、どうしても越えられない壁に阻まれている現実が邪魔をする。
自分のやるせなさに泣けてきた。
「あのな……」
『あの……』
同時に出された相手をフォローするための言葉。
だけど同時に声を出したがために話のタイミングがずれて逆に話し辛くなる。
三度の沈黙。
それを破ったのは……ピンポーンと高い音を発した機械音。
「客?」
『でなよ? お客さん待たしちゃ悪いよ』
溢喜に促されるまま立ち上がる。溢喜をすり抜けて玄関へ。
覗き穴から覗く気力も無くそのままドアを開く。
「あ……」
目の前で突然開いたドアに驚く魑魅がいた。
「え? 切裂さん?」
魑魅はぼぉっとした瞳で右手を圭一に差しだす。
「え? あの?」
「握手」
小さな声は確かに聞こえた。
言われるままに圭一は手を差しだす。
先ほどのように激しい握手ではなかったが、二、三度軽く振って、どちらからとも無く手を離す。
「よろしく」
魑魅の瞳は相変わらずどこを見ているのか分かり辛い目線。
それでも、彼女がここに来た理由は圭一に確かに伝わっていた。
ゴクリと生唾飲み込んで、カラカラの喉でなんとか口に出せた一言。
「よ、よろしく切裂さん」
「魑魅」
「え? あ、ああ、よろしく魑魅?」
言い直すとコクリと頷き、ドアの外へと退がる。
「また明日」
最後に一言だけ告げて、隣の部屋に向う魑魅。
少しして隣のドアが開く音と閉じる音が聞こえた。
溢喜は無言で魑魅の動く音を追う。
「これって……握手のこと気にしてないってことなのか?」
圭一は先程握った右手を見つめる。
なんとなく小さく柔らかな魑魅の手の感覚がまだ残っているようで嬉しくなった。
そんな圭一を見て、溢喜が頬を膨らます。
『そうだろうけど、そうなんだろうけどっ。なんか納得いかないんですけどぉ私』
声がしたので後ろを振り向く。
溢喜がなぜか不機嫌そうに頬を膨らませていたので、圭一は首を傾げる。
なぜ、不機嫌になっているのだろうかと考えるが理由には思い至らなかった。
『あのね圭くん。私は圭くん大好きだから。いつでも触っていいんだよ。唇でも胸でも、その……圭くんがしたいならエッチだっていつでも……』
「よし、じゃあ握手しよう」
圭一が手を差しだす。
溢喜もすぐに差しだすが、そこは幽霊。握手などできるはずも無くすり抜ける。
何度だってトライするが、一度たりとも握手は失敗に終わっていた。
「じゃあ、そういうことで」
『ちょっと待てぇっ!! そういうことってなんだぁーーーーっ』
威嚇する犬のように白い歯を見せて唸る溢喜。
圭一に無視されたのは言うまでもなかった。
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隣から聞こえる賑やかな女性の声に体育座りの魑魅はぎゅっと体を小さく折りたたむ。
電気はつけていなかった。
部屋に着いてすぐにベットに上がり、いつものように三角座り。
小さく小さくただ小さく。
誰にも見つからないように、ナニにも気付かれないように。
隣で聞こえる女性の声に、耐えるように身を抱く。
震える体を押し止めるように、誰もいない部屋で、彼女以外に居ない真っ暗な部屋で、何かから身を守るとでもいうように、ひたすらに身を固めていた。
でも、今日だけはいつもと違っていた。
今まで一人しかいなかったはずのモノ。
孤独でしか無かった生活。
それが終わりを告げようとしていた。
ギュッと腕に力を入れて体を抱きしめる。
「圭くん……」
呟くように唇が動く。
しかしそれは隣から生まれた同じ言葉に掻き消され、魑魅は腕の中へと顔を沈ませる。
「もう、一人じゃない……」
虚空を見つめる少女はのそのそと動きだす。
ゆっくりと、ゆったりと、ベットから這いでて電気のスイッチを押した。
薄暗い室内に灯る人工の光に思わず眉をしかめつつ、テーブルの上に置かれたコンタクト入れの前に行く。
鏡を見つつ手を自らの目へと持っていき、時間をかけて外すカラーコンタクト。
ブラウンのコンタクトレンズをケースにしまうと、鏡には緑と赤、通常ありえない瞳を持つ少女が映っていた。
地球儀を平らにしたような鏡を両手で抱え上げ、しっかりと自分の顔を映す。
「もう、拒絶されたり……しない……よね?」
まるで鏡の中の自分に問いかけるように、答えの返らぬ問いを問う。
隣では相変わらず女性の怒鳴り声が聞こえていた。




