カラオケでデュエットのお相手は……
学校から外に出て歩くこと約一キロ。
噂のカラオケ店という建物が田んぼの中に建っていた。
寂れた感じのするそこは、どう見てもまだやってるように見えない。
廃墟といわれても納得できる佇まいである。
『あはは~、私カラオケって初めて。何するトコ?』
歌を歌うんだよ。と、皆に見つからないように小さく呟き溢喜に声を返す圭一。
圭一もカラオケを多人数で行ったことは無い。
一応何度か行ったことはあるが、全て一人きりだった。
熱唱したことは何度もあるが、上手いかどうかは別問題。何しろ聞く人が居なかったのだから仕方が無い。
溢喜を誘っても良かったのだが、それだと監視カメラに誰も歌ってないのにノッてるバカ男が映るのでいつも溢喜を撒いてから一人で来ていた。
そういう理由から言えば圭一も初めてと言っても過言ではなかった。
一時期は期待していたんだ。何かの間違いが起こってカラオケに誘われるんじゃないかと。
そんなとき歌えないカラオケの方法も知らないでは意味がない。だから独りで行ってカラオケ店の使用法を覚えたのだ。結局中学時代に披露することはなかったのだが。
カウンターで來が受付を済ませている間、圭一たちは椅子に座って待っていた。
全員が全員面識は殆ど無いので会話をしようにも戸惑いが生じてしまう。
圭一も今までが今までなので話の仕方自体が解らないということもあった。
なんせ溢喜が憑くようになってから人に避けられてばかりなのだ。
話すことに消極的になっていたのは仕方ないと言える。
「あのぉ……」
おずおずと、沈黙を破ったのは采香だった。
全身から勇気を出してますといったオーラを出しながら椅子の端から全員を見て声を出す。
大和撫子も驚くほどの黒髪ぱっつん様である。
座敷童子です。とか自己紹介されても普通に信じてしまいそうだ。
そんな彼女が勇気をだして話しかけて来たのだから、全員彼女に注目せざるをえなかった。
「皆さんはカラオケというものに来られたことはおありなのですか?」
不安そうに聞いてくる采香に、魑魅と在人は首を横に振る。
……会話が終わった。
「あ、あの……今田……さんは?」
それでも頑張る采香。
今度は圭一に向かって最後の望みを賭ける。
「え? あ、ああ、行ったことはある……けど」
会話が続いた。采香の顔が夏のヒマワリのように明るく咲いた。
「そ、そうなんですかっ。そ、それでしたら歌っておられる方以外の方はどうしておけばよろしいのですか? よかったら教えて……」
「あ、いや、一人でしか行ったことないから……」
圭一から返された悲痛な言葉に全員の気分が沈んだ。
『うう、悲しい人生を送ってるね圭くん。それでも私は愛してるよぉ』
全部お前のせいだ。
圭一の心に呪詛にすら勝る思いが灯った瞬間だった。
結局、來が全て取り仕切ったお陰で重い空気は一掃されることになった。
さすがにアルコールは頼むわけにいかなかったのでジュースを五つ頼み、つまみのようなものが沢山用意された。
全部來が金を出すそうだ。今回は友達記念なのだと。
随分と金持ちだな。と圭一は思う。
自分の割勘分も払えるか苦悩していた自分が恥ずかしい。
折角カラオケに来た面々だったのだが、カラオケ初心者以前に音楽というものに興味が無い彼ら。
カラオケになりえるはずも無かった。
なんとか歌えるのが來と圭一くらいで、他の三人は知っている音楽コードを探すことすらできていなかった。
圭一としても二昔前に流行ったような歌なので、知っている奴も無く、手拍子などで乗ってくる奴もいないこの状況。
幸いなのは盛り上げ役である來がいてくれることくらいだろうか?
彼女はさすがに歌が上手く、聞いてるだけでも楽しかった。
圭一の歌にも適当にタンバリン付きの手拍子をしてくれたので気分的にも彼女に助けられていた。
しかし、それでも二人で交互に歌うだけでは少々きつい。
というか、間が持たないし喉も痛い。
「ほらほらぁ、今まで私とけーちしか歌ってないじゃん。あんたたちも歌いなって」
いつの間にやらけーちとかいうあだ名にされている圭一。
盛り上げてくれている手前流石にそのあだ名やめてくれというのも躊躇われた。
『ねぇねぇ、圭くん。私も歌いた~い』
勝手に歌ってろと小声で呟く。
ふと気が付くと魑魅の視線が向いていた。
しかもその先にいるのは圭一ではなかった。
圭一の頭の上。溢喜が頬杖付いて膨れっ面をしているところに目線がいっていた。
「えっと、切裂……さん?」
「っ!? ……何?」
驚いて視線を逸らそうとして、でも視線を戻して小さな声で反応を返していた。
「俺の顔なんか付いてる?」
「え?」
答えに詰まったように驚く魑魅。
突然目の前に差しだされたマイクにさらに疑問符が増えた。
「ほら、次歌いねぃ」
反射的に受け取った魑魅。
即座に來が適当に選曲して曲が流れだす。
『あ~、この曲聴いたことあるよ~』
途惑う魑魅に寄っていく溢喜。
横に寄り添うようにマイクに寄って、勝手に歌いだす。
「こぉらぁ魑魅ぃ、そっち見てても歌詞見えないぞ~」
來が囃し立てるが、魑魅の見ている方向は明らかに溢喜の方だった。
見えてる……のか?
まさかと思いながら圭一はジュースを手に取った。
「あっ、それ……」
小さな声が聞こえた気がした。
だけど音楽に消されて気のせいだと思った圭一。
ストローに口付けジュースを一口飲んで元の場所に戻す。
「あ……あぅ……」
真横から何か聞こえたが、溢喜に目線を移す魑魅が気になっていてそちらには気が回らなかった。
そして曲が終わり、魑魅が來にマイクを返す。
「ん~。まずはとりあえず声だせ魑魅っち」
及第点。と言いつつ在人にマイクを手渡す來。
つい受け取った在人がガチガチに緊張しながら歌いだす。
なぜかアニメソングだったのは來から見た在人が好きそうな曲だったのだろう。
残念ながら思惑外れて在人は知らないようだった。
圭一はそこでようやく隣の采香に気付いた。
両手でジュース入りのコップを持ちストローを凝視したまま微動だにしていなかった。
なぜか顔が真っ赤になっている。
「何してんの?」
つい、聞いていた。
「えっ? あ……いえ……」
「飲まないのか?」
圭一の質問にふるふると首を横に振る采香。
ストローに口つけようとして、なぜか顔をさらに赤くしていた。
「どした? ジュースになんかあんのか?」
圭一の何気ない質問に耳まで真っ赤にして高速首振り人形と化した采香。
ゴクリと生唾飲み込んで気合を入れて、目まで瞑ってジュースを飲みだした。
ジュース飲むのも初めてなのかな?
自分が間違えて采香のジュースに口つけていたことなど全く想像もしていない圭一だった。
ジュースを一気に飲み干し一息ついた采香の前に、ついにマイクが差しだされた。
これまたついつい受け取って、ポップミュージックという現代音楽に音程を外しながらも必死に歌いだす。
「うーみゅ。まさかけーち以外全然歌えなかったとは」
計算外とでも言いたげに腕を組み唸る來。
圭一からすればその考え自体が計算外だ。
「あたしゃぁ疲れたよけーち。後頼む」
と、選曲用のリモコンを圭一に差しだす來。
本気で疲れているのか最初のテンションが無かったのは圭一も同情を禁じえなかった。
適当に知っている曲を選曲して采香からマイクを受け取る。
そうして圭一が歌いだした途端、そいつは来た。
突然壁からやってきた黒一色の怪しい物体。
そいつは圭一の真横の壁からボタリと床に落ちると圭一の足元までやってくる。
心の底から止めろ! 来るな! あっち行けっ!
祈る圭一の横に来たそいつはぐにょーんと圭一と同じ高さにまで伸びて、圭一の目の前で真っ赤な口をバカッと開く。
何をされるのか恐怖感で顔が青くなる。
それでも皆の手前恐怖感を表に出すわけにも行かず、圭一は必死に表情を隠して歌い始めた。
(なんだなんだなんだーーーーっ!? 食う気か!? 俺を一思いに食べる気かっ?)
すると、横の化け物が口を開けたり閉じたり、しまいには横に揺れながら歌うようにオー、オー、と奇怪な音を出し始める。
(一緒に歌っているつもりなのかこいつは……)
何が悲しくて訳の分からない幽霊とデュエットしているのか、訳も無く悲しくなった16の春だった。
しばらくするとまた壁から似たような幽霊が現れ、同じように歌いだす。二匹、三匹……いつの間にか化け物のコーラスになっていた。
泣き出しそうになるのを必死に堪え、溢喜が圭一のいた席で腹を抱えて爆笑しているのを見ながら、圭一は化け物とのデュエットを歌いきった。
曲が終わる瞬間、化け物たちはハーモニーを奏でて終わる。
湧き起こる溢喜からの盛大な拍手。
魑魅も拍手をしかけ、しかし周りが拍手をしていなかったのに気付いて手を出したところで固まり、すぐに戻してしまった。
幽霊たちも満足したのか次々に壁に消えていく。
いや、まぁ正直歌いきれて満足だよ。
だからさ……二度と出て来んな。
最後の一匹が消えていくのを見守りながら、言い知れない空しさが込み上げてくる圭一だった……




