エピローグ
魑魅は一日も経たずに復活した。
妖力が安定したとか若生先生が言っていたけれど、圭一にはどうでもよいことだった。
深夜を過ぎた丑三つ時。
ようやく起きだした魑魅と二人、圭一は校庭へとやってきていた。
すでに後片づけを終えた和尚たちは皆帰ってしまい、來も若生先生に連れられて帰って行った。これから毎日修行らしい。
悪霊は消えた。もう二度と出てくることはないだろう。
それは……溢喜も同じだった。
あの愛らしい顔は、能天気な声は、二度と圭一が見ることも聞くことも出来ないのだ。
なぜなら彼女は……
『なーにしょげた顔してるかな、圭くんのくせに』
複雑な気分を払拭させる声。
懐かしく暖かな、圭一にとって最も愛しい声。
もう二度と聞くことはないと思っていた声。
思わず顔を上げた圭一。そこには、溢喜が消滅前と変わらない姿で浮いていた。
「溢……喜?」
『ハロー圭くん。帰ってきちゃった』
笑顔で手を振る溢喜の姿に、圭一は陸に上がった魚のごとく口から言葉が出なかった。
「お、おま……なんで?」
『あ、なーにその顔っ。私がいちゃ不満? まさか魑魅とラブラブエンド入る気だったんじゃないわよね』
「違ぇっ。ってか、なんだよっ。お前クビククリに食われたはずじゃ……」
『まぁ……確かに食われてたね』
まるで他人事のように話す溢喜。魑魅の頭の上で胡坐を掻く。
『でもね圭くん。確かに大部分の私は食われちゃったけど、魑魅に憑いたままの私は無事だったんだよ。ようするに、私の一部さえ残ってれば私はどこにでも存在できるってこと!』
「んな無茶苦茶な……いや、でもこうして溢喜が存在する以上、証明はできてるってことなのか? うわっ、なんだか心配して損したぞ俺!」
『ふふ。圭くんの心の内が聞けたから、もうラッキーって感じかな。ずっと私避けられてるみたいで自信なくしてたんだけど、やっぱり圭くんは私にラブラブだったんだね~』
「うがぁっ、マジムカついた! もう知らねぇっ」
圭一は笑顔満面の溢喜に毒づくと、照れ隠しとばかりに早足で校庭を抜け、家に向かって行ってしまった。
魑魅は困った顔で、溢喜はお腹を抱えて笑いながら彼の姿が見えなくなるまで見送り続けた。
「いいの?」
圭一を見送った後、魑魅は溢喜を見上げて呟く。
『何が?』
気丈に振舞う溢喜は、先程とくらべ、幾分希薄に見えた。
魑魅は無言で見上げ続ける。
溢喜はふぅ。とため息一つ。笑顔から一転、表情が翳り、悲哀に満ちた瞳は魑魅に伝染してくるようだった。
『……いいんだよ。圭くんには、もう悲しんで欲しくないから』
「でも、大部分を失ったあなたは……」
魑魅の言葉を最後まで言わせず、溢喜は遥か彼方に視線を向けた。
『そうね。私は消える。悔しいけど現界し続けるほど意識は残ってないみたい。だからね魑魅っち。あなたに託すんだよ。私の出来なかったこと、圭くんの幸せ。私のせいで圭くんは不幸ばっかりだったから』
クビククリに食われた溢喜の意思はすでにクビククリと共に消滅した。
現世にも輪廻にも存在しない。
ここにいる溢喜は残りカスのようなものだった。
一度魑魅に憑依したときの残滓でしかなかった。
ロウソクが消える最後の一瞬。輝きを増し、最も美しく輝く。
その最後の力をだす時期を、圭一を勇気付けるためだけに使い切った。
これ以上留まる力は残ってないのだ。
『きっと、輪廻転生……できると思うから。このまま私は逝くね。次会ったとしても、きっと圭くんのこと覚えてないと思う。でも、必ず会いに行くから。魑魅っちともまた会いたいから。だから、さよならは言いたくないの』
「でも、圭くん何も知らないなんて、哀しいよ」
『そこは魑魅っちに頼むんだよ。私が消えたこと、悟らせないで欲しい。できれば、あなたと統合された! みたいな結末でくっついちゃえば私としても安心かなってね。他の誰でもない、圭くんの苦しみを分かれる人だから。圭くんのこと、頼むよ魑魅っち』
「そんなっ、私は……」
魑魅には誰かを幸せになどできるはずがなかった。
そればかりか、きっと彼に三度目の別れを体験させることになる。
腕に残った呪は確実に魑魅を蝕んでいるのだ。
伝えようと口を開きかけ、しかし溢喜はそれを遮った。
『圭くんを……死んでも愛してくれますか?』
その言葉に、魑魅は開きかけた口を閉じる。
答えは、出せなかった。
でも、溢喜は微笑みを浮かべる。
『じゃあ、またね』
魑魅の言いたかったことを見透かしたように、悪戯っぽい笑みを浮かべた溢喜は小さく手を振った。
溢喜が消える。
薄っすらと、次第色を失う彼女に、魑魅は何も言えなかった。
ただ、溢喜を見送った後も、誰も居ない虚空を見上げ続けていた。
ふと、頬を伝う感触に我を取り戻す。
知らないうちに、泣いていた。
溢喜と言う名の少女が目の前で消えた。
自分以外に見取られる者もなく、最愛の人に別れも告げず。
これから彼女の後を追うかもしれない自分。
彼女の無念と、自分自身の悲劇が重なった気がして、切なくて泣けた。
見上げた空は雲一つなく、半月の光が淡く差しこんでくる。
でも、溢れる涙に曇る眼には絵の具が滲んだように見えた。
「誓うよ……生きてる限り、私の中に貴女が居るって……」
彼に辛い思いはさせないと、女同士の約束を、穏やかな青き空へと誓いを述べる。
溢喜の代わりに、自分が圭一を、溢れる喜びで満たして見せると、魑魅は決意と共に涙を拭った。
と、いうわけでこの話は本日で完結です。
明日からは【出来損ないの生存戦争】を開始します。




