喰われた左腕の力
魑魅はさらに左腕をクビククリへと向け思い切り突き出す。
バヂリとラップ現象が起こりクビククリが悲鳴を上げた。
「下郎、下郎、退き滅せ。我は神族闇の王」
魑魅が呟く。歌うように紡がれる呪詛にクビククリから悲鳴が迸る。
「我は神成る人の王。物怪共の守護者なり。人を守りて人を討つ、霊を救いて霊を絶つ。我が左腕は闇を裂く、我が左手は汝を滅す。我は反逆の神たらん。我を恐れよ、我に平伏せ、然れば救いを与えよう。返事は如何に?」
しかしクビククリは答えない。
憎い憎いとのた打ち回り、魑魅の左腕に当たっては身を削る。
「然らば消えよっ」
まるで別の誰かが魑魅に乗り移ったかのような行動力と大きな声。
微かに左腕が光を発したように見えた。
クビククリの靄の一部を掴み取る。魑魅の左手腕が輝きを増す。
おそらく霊感の無い人にはただ掴んでいるだけに見えるだろうそれは、しかし力ある者から見るとクビククリを滅ぼす凶悪な力を持った左腕。
クビククリを自身に引き寄せ左腕の力を解き放つ。
一瞬、結界内が光に包まれ、中の全てが白色に覆われ見えなくなる。
どうなったのか圭一からは見えない。
不安に思いながら徐々に再び暗闇に慣れ始めた視界に彼女の姿があることを願う。
果たして……結末は?
左腕を虚空に突き出した姿勢で、切裂魑魅が立っていた。
中で倒れたりしている僧侶たちも無事だ。
唯一、光が溢れる前と違うのは、跡形もなく消え去ったクビククリ。
「クビククリが……消えた?」
妖気すらなくなったのだろう、僧侶たちが力尽きたように膝を付き始める。
あまりにあっけない結末に、終わったことすら信じられていない者が多かった。
圭一は恐る恐る來を見る。彼女の首からは黒い縄が消え去り、元の白い素肌が見えていた。
「呪が消えた……」
來も圭一を見てこくりと頷く。
呪が消えたということは、つまり、本体であるクビククリが消滅したことを意味していた。
「す、凄いじゃん魑魅っ」
來が感嘆を漏らしながら近寄ろうとして、魑魅がそれに気付き振り返る。
軽く微笑みを残し、魑魅は……音もなく倒れてしまった。
「魑魅……魑魅――――っ」
圭一も來も慌てて駆け寄る。
ようやく立ち上がりだした僧侶たちもゆっくりと彼女の元へと集まり、安否を気にかける。
全身汗だくになり、息の荒い魑魅は、気弱な笑顔で微笑み浮かべ、寄り添ってきた全員に気遣いを見せると、それも苦しくなったのか、うめきを漏らし苦痛に顔を歪めた。
「なんだこの娘は……クビククリなど及びもせん妖力に満ち溢れておるぞ。何かに憑かれておるのでは!?」
尼僧の一人が驚きに満ちた声を出す。
他の僧も驚きを隠せずにいたが、圭一は妖力がどうとか憑かれているとか、そんなことはどうでもよかった。
今優先すべきことは魑魅の安全だ。
精神的な意味でかなり消耗が激しい。
一刻も早く休ませないと、溢喜の二の舞になってしまわないかが心配だった。
「とにかく彼女を休ませましょう。皆さん道を空けてっ、保健室に運びます」
言いながら魑魅を抱え上げて圭一は走り出す。
周りが道を空けるより早く、僧たちを押しのけ保健室に急いだ。
救えなかった溢喜の代わりとでもいうように、自分が助けたいと、全力で絶対助けるんだと、死ぬな死ぬなと声を漏らして校舎の中へと足を進める。
音の鳴る古い床を力いっぱい踏みしめ蹴り上げ、立て付けの悪いドアを思い切り開き、時間が惜しいと保健室に辿り着く。
ベットに魑魅を寝かせると、ようやく荒い息を吐き出しその場に崩折れた。
ベット脇に背もたれ、床に座った圭一は、しばらくその場に留まり息を整え、再び立ち上がる。
「魑魅を救うにはどうしたらいい……」
それは自問だったのか、それとも誰かに聞かせていたのか……
答えは彼以外には分からない。ただ、返事はあった。
『大丈夫だ圭一。妖力を使いすぎて眠っているだけだ』
壁をすり抜け、弥生が現れる。
全身が壁から抜け出ると、魑魅の眠るベットの前へとやってきた。
疲れた表情の彼女は、幾分いつもより透けて見える。
「本当に……大丈夫……なのか?」
『安心せい。少なくとも妾たちよりは安全じゃて。力を使っても器があるからな。すぐに元気になる』
「そっか……」
安心しかけ、ふと気付く。
「じゃあ、お前らは?」
『ふふ。心配してくれるのか? 何、この前の幽霊騒ぎで存在力が高まっておる。この程度では消滅せんよ』
目の前に来たベットを見下ろし、弥生は哀しげな表情を見せる。
「他の奴らも大丈夫なのか?」
『うむ。妾らにとっては今回の傷よりも來という女が放つ浄化力を何とかする方が最優先だな。お前からもあの女にはこれから坊主どもに修行させるよう伝えておけ』
それと……と一呼吸置いて、弥生は魑魅の顔を見る。
『見せてもらったぞ、先程のこいつの力。まさに化け物を狩る化け物。このままではいつか乗っ取られるやもしれん』
「どういうことだ?」
『この娘。初めは眼だけだったが、今は左腕の肘まで喰われている』
圭一には意味が分からなかった。ただ、魑魅が何かに憑かれているだろうということは理解できた。
「どうすりゃ助けられる?」
『これ以上喰われんようにすることだな。それ以外の方法は知らん』
「何だよそれ……」
圭一の言葉に、しかし弥生は答えることなく壁に吸い込まれるように消えて行った。
「何なんだよ、それ……」
圭一は呟く。答えなど返ってこないと気付いていても、呟かずにはいられなかった。




