呪い
「何やってんだっ、止めろバカっ!」
慌てて駆け寄る圭一。しかし……
階段付近から近づく圭一には來を止める術はなかった。
幸いにも采香と在人は魑魅が見ていたお陰で未だ階段の降り口。
今すぐ降りろと叫んで御堂を全開する來を突き飛ばす。
「きゃっ」
短い悲鳴とともに手にしていた御堂の扉を開ききる。
中に詰まっていたモノがモコリと顔を出す。
瞬間的に危機を感じた圭一は御堂の扉に掛かった來の手を強引に外し、再び閉める。
凶悪な力に押し返される。
ヤバい。ヤバい。と感情が悲鳴を上げた。
全身から汗が吹き出る。
目の前には醜く歪む怨霊が居た。
目が合うと殺されそうな程に恨みの表情を向けて来る。
腕に力を入れて扉を閉める。抵抗感が強すぎる。
腕の感覚がなくなってくる。それでも圭一は全力を振り絞って押さえつける。
足がずれていく。その場だけでは押し負けるので足を前進させつつ、渾身の力を込めて前へと押しこんで行く。
『ダセッ、ココカラダセッ』
目の前の汚物が言葉を吐いた。
今、これを出せば自分がヤバい。
肉体的限界を超えた体を気力で抑える。
ヤバいヤバいヤバいヤバいヤバい……
『ダセッ、ダセェ――――ッ』
「出す……かァッ!」
最後の力を振り絞り扉を閉じきった。
扉に手を置いたまま力尽きる。
息もまともに吸えずゼェゼェとみっともない音を出しながらへたり込む。
「ちょ、ちょっと何……なんでそんな疲れてるのよ」
ただの御堂の扉を閉める行為に疲れ果てている圭一に、ようやく立ち上がった來は変なモノを見るような目つきで圭一を睨む。
その視線は、見覚えるあるものだった。
中学時代、嫌というほどに見せられた……
「と、とにかく帰ろう。今日はもう……」
「……いいわよ。帰ればいいんでしょ。ノリが悪いわね全く」
怒ったような口調を残して足早に去っていく來。圭一は安堵感で息を付く。
だが、次の瞬間ちらりと見えた來の首に……黒い縄が付いていた。
「來っ」
思わず立ち上がり駆け寄ろうとする。
「五月蠅いわね。ほら、さっさと帰るんでしょっ」
楽しみを邪魔されて不機嫌な來は聞く耳持たなかった。
采香や在人を誘ってさっさと下山してしまう。
そんな采香と在人の首にも、黒い縄が付いていた。
後に残った圭一はとぼとぼと、鳥居の前で待っていた魑魅の元へ。
すると、魑魅は愕然とした顔で圭一の首を見ていた。
嫌な現実に気付く。
そして魑魅の首に巻きついた縄を見てそれが事実だと認識した。
圭一は、いや、圭一たち五人は、すでに身投げ稲荷の怪異に呪われていた。
魑魅と下山した圭一は、即座に溢喜の罵声を浴びた。
『だぁかぁら言ったじゃないっ! ヤバいって言ったよねっ! 怨霊に呪われたら解呪するの大変なのよっ! ほら、すぐに全員誘ってお払い受けに行きなさい圭くんっ』
しかし采香も在人も來に何か吹き込まれたのか圭一に近づこうとしない。
圭一が呼びかけても戸惑うように來と見比べて無視をしていた。
これはダメだと彼らに声をかけるのを諦める。
圭一は横を歩く魑魅を見る。
不安そうに見上げる魑魅。ひとまずお坊さんを尋ねようと眼で訴えていた。
自分達の身の安全が最優先だ。
とはいえ、寺がどこにあるかなど魑魅も圭一もわかるはずもない。
そもそも現代の寺で本当に悪霊退散させられるのかすら分かっていない。
それでも藁に縋るつもりで寺を探す事にした。
誰に聞けばいいかも分からないので、一番最初に出会った人に聞くことに決めた。
そうして、いつもの十字路。
目の前を横切ろうとした影を圭一は声をかけて止めていた。
あの、すいません。と答えて即座に後悔する。
相手は……人じゃなかった。
黒い影は黒い影のままその場に立ち止まり、不思議そうに圭一たちを見る。
幸いなのは來たちが遥か先を歩いていること。
虚空に向かって呼びかけた圭一の声が届いていないことだった。
まさかの十字路の怪の幽霊が圭一の呼びかけに立ち止まったのである。
『あらら、あんたあれよね。ここでいっつも行ったり来たりしてる地縛霊』
黒い影は溢喜の言葉に頷いた。
実は結構人当たりがいいのだろうか?
溢喜の言葉に反応し、頭を照れくさそうに掻いているところがちょっと人間臭い。
『あんたさ、この町の寺ってどこにあるか知ってる?』
影は頷き、溢喜はさらに会話する。
ああ、うん、そうそう。へ~。そ~なんだ。
影は喋れないようなのでパントマイムを披露しつつ溢喜の質問に応えていく。
やがて影は一つの方向を指差した。
『こっち行けばいいの? うん。ありがと』
溢喜が手を大げさに振ってさよならの合図をすると、影は反対側の通路へと高速で消えていった。
随分と親切な幽霊だ。
四回見ると黄泉路に連れて行かれるとか取り殺されると噂されていたのではなかっただろうか? 圭一は首を捻りつつも彼を見送るのだった。
『んじゃ圭くんと魑魅ちゃんだけで先に行こっか』
溢喜に道案内されて魑魅と共にお寺の場所へ向かう。
また溢喜に変な友達が出来てしまったようだ。
そこまで危険な相手では無さそうなのがせめてもの救いだ。
道に付いて聞く時は彼に聞いた方がいいかもしれない。




