肝試され1
『やりすぎたか?』
「ああ。どうみてもな」
黒板に上半身だけをだして手首から血を滴らせている第一関門の学園幽霊が申し訳なさそうに聞いてきたので、圭一は素直に感想を漏らす。
「お前って確か弥生だっけ?」
『うむ。妾の場合学校に閉じ込める以外はこれくらいしかできんでな』
「すごいな。臭いもあるし本物みたいだ」
黒板を流れる血は本当に黒板から溢れてくる血のようにとめどなく流れている。
『当然だ。妾は既に200年は幽霊しておる。この手から流しておるのも本物と大差はないわ。えくとぷらずむというものらしいがな』
腕の血を止め、黒板から出てきて圭一に歩み寄る弥生。
『知っているか? 力ある幽霊は生身の人間と余り変わらぬのだ。妾の腕を握ってみよ』
言われるままにそっと腕を握る。人肌とはまた違う質感。
ひんやりとしていて適度な柔らかさ。
しっとりと吸い付くような冷たくした水蒸気を固めたような不思議な感触。
人とは似て非なるソレは、確かにそこに存在していた。
『このくらいまでになれば溢喜とも付き合えるのではないか』
「いや、そもそも幽霊とって……」
言葉を濁す圭一に笑みを浮かべ、弥生は黒板に身を沈みこませる。
『その女子を連れて次に行くがいい』
「あ、待て待て、その前に一つ聞きたいことがあるんだよ」
來と魑魅の時どうして出てこなかったのか、弥生に尋ねると、なぜか困った顔をした。
『別に肝試しくらいは付き合ってやるがな、退魔師を呼ぶのは勘弁してくれ』
「は?」
『あの女、自覚は無いようだが近づく幽体を弱める力を持っておる。初音は地縛霊だから敢えて同じ教室におるがかなり弱っているぞ。せめて自覚して力を弱めるように伝えてくれ。このままでは一年と持たず初音が成仏しかねん。もちろん。主の溢喜もな』
弥生は黒板に吸い込まれるように消えていった。
溢喜が成仏? ふと生まれた不安感に心がざわめく。
「う……ん?」
呻きながら気が付いたらしい采香。
気分を切り替えるように圭一は采香を抱き起こす。
「ここは……っ!?」
自分がどういう体制になっているのかを気付いた采香は慌てて圭一の腕から転がり落ちる。
「あ、あああ、あの、あのその……」
気が動転しているのか、顔を真っ赤にさせてパクパクと口を開く采香を見つめ、圭一は苦笑する。
「とりあえず気が付いてよかったよ」
「あ、はい……」
采香が落ち着くのを待って美術室を後にする。
采香はすでに恐怖感で一杯で、恥も体面も気にせず圭一の腕に縋りつきながらゆっくり歩きだす。
「あ、あああ、あの、あまり近づかないで下さい。あ、別に今田さんが嫌だというわけではなくてですね。その、やっぱり殿方と密着するというのははしたないというか、そのですね」
謎の言い訳をしながら逆に近寄ってくる采香。
腕に当る胸の感触にドギマギしながら圭一は次の関門理科室に向かう。
……えぐっ……ぐすっ……
理科室に足を踏み入れた瞬間聞こえてくる謎の声。
「ここの噂ってなんだっけ?」
「人体模型がどうのと……」
人体模型? と采香から離れて声の聞こえる教壇の下にライトを向けてみる
人体模型にしては珍しい女の子バージョンのそれは、なぜか体操服を着こんで鎮座していた。
采香は理科室内を見回っている。どうやら声の出所には気付いてないようだ。
「つーかなぜに体育座り?」
頭に鉢巻きつけて、体操服には拙い字で【るみ】と書かれたゼッケンを付け、体育座りで泣いている人体模型が居た。
「何やってんの?」
采香が一人理科室を見回しているのを確認し、圭一は教壇下にしゃがみ込む。
「あぅ~圭一さぁん」
何故か名前を呼ばれて抱きつかれた。
「こあがっだよぉ。さっき来た魑魅ざんといっじょのびとぉ」
ようするに來が恐かったらしい。
「成仏ざぜられるがど思っで、わだじ、わだじぃ」
泣きながら鼻水を裾に擦り付けてくる琉実に困った顔をする圭一だったが、とりあえず頭を撫でて落ち着かせることにした。
幽霊にも恐いもんあるんだなと一人新しい発見に頷きながら、汚れた制服のクリーニング請求は出来るのかを片手間に考える圭一だった。
幽霊の鼻水。
おそらく弥生の言っていたエクトプラズムというものだろうと勝手に納得しておく。
人体模型が本当に鼻水なんぞを垂らしていたら、そっちの方が圭一にとっては恐怖だったからだ。
「とりあえず落ちつけ。琉実だったよな」
ゼッケンで名前を確認しつつ、圭一は落ち着きだした琉実を引き離す。
すでに裾は無残に穢されていたが、放置するしか手はなかった。
霊体らしいので普通の人には見えないだろうと思うが、払って無くなる物でもないので手の施しようがなかった。
「來には一応言っとくから、次の最後のを頑張れ」
「ばいぃ……」
頑張りますと答えた琉実は圭一の裾を引き寄せ息を吸い込む。次の瞬間。
ずびぃぃぃぃっ
体中使っておもいっきし鼻をかんでくれた。
「お、俺の服……」
「あ、ご、ごべんざざい」
さすがに自分の行為に申し訳なさを感じて謝る琉実。
尚も謝ろうとしていたのだが、
「今田さん、ど、どうやら人体模型はないみたいですね。ど、どこか散歩中なんですかねぇ~あ、あはは」
理科室を隅々まで確認したらしい采香が戻ってきた。
人体模型が動いていた。
つまりいつもの場所に置かれていなかった事実に青い顔をしながら、教壇前にやってきた。
「そか? じゃあ行こうか」
采香に見えないところで琉実に手を振って別れる。
琉実を采香が見たら、多分また気絶するだろうと思われたのであえてここにいることは教えない事にした圭一は采香と共に理科室を後にした。




