憑かれて同棲しています
「じゃあ、ちゃんとお隣さんとか大家さんに挨拶しに行くのよ」
最後の荷物が部屋に運び込まれる。
仕事を見届けた母親が業者の後を追って部屋を出て行った。
圭一もついに高校生になった。
前々から高校はと決めていた一人暮らしという夢を実行に移した本日。
選んだ学校は地方の学校で、最近共学になった元女子高だ。
なんとしても早く彼女を作りたかった圭一は、迷わず今までのクラスメイトが居ないここの高校を選んでいた。
受かった時には泣いた。
生まれて初めて嬉しさで吼えた。
合格発表者たちが集まる中で「っしゃあっ!」とか叫んで握り拳を作っていた。
その時の気持ちを代弁するならば、恐らく「ビバッ、第二の春!」……ちょっと古いか?
ダンボールを開いて中身を取りだしながら、圭一はふと、既に設置されている折りたたみベットを見上げた。
そこには、何も無い。何も存在しない。
そのはずだった。しかし……
「なんだよ? その仏頂面は?」
『別に……』
そこには誰も居なかった。しかし声だけは聞こえてくる。
いや、圭一だけに見える半透明のそいつは、ベットに胡坐を掻いて座っていた。
憮然と頬をふくらますそいつは目線を合わせず不機嫌そうに声を出す。
『約束した……』
「それで?」
半透明ながらも自慢のお尻に達する黒い髪。
オタク用語でツインテールと呼ばれる伝統の髪型。
あの時から全く変わっていない可愛らしい容姿と幼い背丈。
何故かタンクトップとハーフパンツで頬杖を突き、圭一を睨むように見つめてくる女性型のその物体は、状態を維持したまま滑るように圭一へと近寄ってくる。
顔と顔を突き合わせ、眉間に皺を寄せ、まるでカツアゲでもするかのように圭一を威嚇してきた。
『死んでも愛してくれるって、言・っ・た・よ・ねぇ?』
「確かに言ったな。が、死なれてからも愛するとは言ってねぇっ」
圭一の目の前に出現している物体。
それは元恋人の草川溢喜。
すでに肉体は火葬され骨壷に入れられて丁寧に供養され、草川家代々の墓にご先祖様と一緒に奉納されているはずであった。
「つーかよ。普通は死んだらさ相手が他の女とくっつけるように手助けするもんじゃねぇの?」
『何よぉっ! 私は死んでも愛してくれるって信じたから成仏蹴ってまでこっちに留まったのにぃっ!』
踏む場所は無いが地団太踏んで溢喜は唸る。
「誰もンなこと頼んでねぇーだろっ! さっさと成仏しちまえよ。頼むからさっ」
圭一が溢喜の死を悲しんだのは、母親に死を聞かされてからたった半日だけだった。
安らかな死に顔の溢喜に縋るように泣いていると、後ろから声が聞こえた。
振り向くとそこには何故か宙に浮いた溢喜の姿。
半透明ではあるものの、近年稀に見る元気爆発。
見ていた圭一の方が圧倒されて何も言えなかったくらいだ。
くるくると空中を楽しそうに舞いながら、母親の真上でブレイクダンスを踊ったり、辛そうな医者の頭を触ったり。
挙句、この人カツラだよ圭くんとか言う始末。
そんな彼女の姿を見て一体何をどう悲しめというのだろうか。
触ることはできず、おまけに圭一以外には見えない新生溢喜。
いや、そもそも新しく生まれ変わったということになるのかどうかすら怪しい存在。
今の溢喜が、【幽霊】という物体だと気付いたのは、もっと後になってからだった。
『ね、ね、これってさ、一つ屋根の下で同棲生活って奴よね?』
くるくると胡坐のまま空中を縦回転しながら斜め上に向かって飛び去っていく溢喜。
圭一は構わずダンボールを片付けていく。
『同棲かぁ。やぁん。私ったらまだ、そんなぁ。心の準備がぁ~』
顔を赤らめ身悶えしつつ、壁に跳ね返るように溢喜は真っ直ぐ圭一の頭上を通り過ぎていく。もちろん縦回転。
両手は組んだ足と股の間に突っ込み、一人楽しそうにピンボールよろしく部屋中を飛びまわる。
家の倉庫から引っ張りだしてきた旧型のテレビデオをコンセントに繋ぎ、映るかどうかの確認。
地上波を映す作業を終え、テレビの設置を終えると、冷蔵庫の電源を入れる。
『あ~、そうそう。左隣は空き部屋みたいだよ』
「そうなのか? だったら右と下の部屋だけでいいよな挨拶回り」
『上は?』
「正直めんどい。上相手なら迷惑されることはあっても迷惑になるこたないだろ」
『え~、黒板消し叩いたりしたら粉が飛んで迷惑だよっ』
「いや、普通の生活で黒板消し使う状況ってどうよ?」
挨拶回り用の粗品を持って財布の中身を確認。
鍵を持って外に出ると、溢喜がでてこないうちにドアに鍵をかけた。
一瞬送れて圭一の目の前にドアから出現する黒く丸い物体。
『う~ら~め~し~やぁ~』
溢喜の頭頂部だった。
「じゃかましい……」
溢喜が部屋から出てくるのを待たず、右隣のインターホンをプッシュ。
誰もでてこないので粗品の一つを家に返却。
下の挨拶回りを先にすることにする。
済んだらそのまま買出しに行く予定だった。
下の階の人も運悪く外出しているなどと、一体誰が想像つくだろう?
納得いかない嫌な気分になりながら、圭一はもう一度自宅に戻って粗品を置き、買い物に出ることにする。
帰ってきてもう一度挨拶回りをしてでてこなかったら、粗品は自分で全て食べようと心に固く誓った圭一だった。
結局、二度目の挨拶回りでもでてこなかったお隣さん。
仕方なく包装紙を破って中身のひよこ饅頭を一人寂しくパクつく圭一がいた。
その背後から肩に手を当て覗き込むように饅頭を見つめている溢喜もいた。
「あのな……」
『ん? 重かった?』
「いや、重さ無いだろお前。それよりも……そこにいられると背後霊に憑かれてるみたいで嫌なんだが」
『ひどっ!? 私背後霊じゃないし』
溢喜が背後からチョークスリーパーで首を絞めるような動作をする。
しかし、圭一を擦り抜けて後ろに倒れてしまった。
『きゃうんっ』
「きゃうんじゃねーよ……痛みねーだろ」
溜息をつきながら授業の用意を始める。
明日から新しい学校だ。
床に倒れたままの溢喜が感慨深げに呟いた。
『あ~、明日からだっけ高校』
「ああ。頼むから中学の時みたいに邪魔するなよ」
中学生時代、溢喜に憑かれていた圭一はなぜか別の幽霊までも見えるようになってしまっていた。
そのせいでクラスメイトからは独り言の圭一とか呼ばれる始末。
イタイ人を見る目でよく見られていた。
特に女生徒と話すと溢喜が茶々を入れてくるので、溢喜への対応で女生徒からはことさらに引かれていた。
別に溢喜を無視してしまえばいいのだが、それはそれで決まりが悪い。曲がりなりにも告白されて付き合うと言った少女なのだ。無視できるはずがなかった。
これでは同じ高校に上がっても噂が付いて回ってきて彼女なんか出来はしない。
ということで、わざわざこんな片田舎に一人暮らしまでしてやってきたのだ。
今回まで溢喜に対応して同じ結果になろうものなら、圭一にはもう彼女は一生出来ないと悟った方がいいかもしれない。
『ね~ぇ~、今日は一緒に寝てもい~い?』
「止めてくれ、悲しくなるから……」
せめて生身であれと願いつつ、一人生活初めての夜を過ごした。
結局隣で寝てくる溢喜の寝顔にちょっとドキリとしつつ、既に人で無くなった彼女の事実に独り遣る瀬無さを感じる圭一だった。




