肝試しへ行こう
魑魅だけが昨日の無実を証明できた。
魑魅が低血圧気味だったという事実のせいで溢喜への説明は大幅に遅れ、ただ二人で寝ただけだという事実が説明されたのは在人がわざわざ圭一の家に迎えに来る一瞬前のことだった。
そんなわけで溢喜は不機嫌ながらも納得して圭一の左腕にひっつき、圭一の左を歩く魑魅を威嚇していた。
魑魅は困った顔で圭一に助けを求める視線を送るが、圭一も助けてほしそうに視線を送り返すしかなかった。
『あ、また十字路の人だ』
溢喜の言葉どおり、圭一たちの目の前で十字路を右から左に駆け抜ける黒い影。
あの人はどこからきてどこへ向うのだろう?
凄く気になったのは圭一だけではなく溢喜もだった。
『ちょっと気になるよね圭くん』
だな。と小さく口にして、圭一は十字路に足を踏み出し……
「圭一さ……今田さん」
聞き覚えのある声が真横から聞こえた。振り向けば十字路の右手に采香が驚いた表情で立っていた。
ちょうど学校へと向かっていた様子で、慌てて挨拶をしてくる。
圭一も不意打ちの登場に慌てたが、相手に合わせてお辞儀する。
すると頭を上げた采香が慌てて再びお辞儀。
さらに圭一がそれに合わせてお辞儀をし……
永遠とも思える永久機関がここに誕生した。
ホームルームに間に合ったのは奇跡に近かった。
「今日は学園七不思議体験ん~っ」
圭一たちがダッシュで教室に辿りつくと、先に来ていた來が楽しそうに出迎えた。
息も絶え絶えだった圭一たちは、思わぬ歓迎に教室一歩手前で唖然と立ち止まらざるをえなかった。
「ん? 何よそのハトが泡食らったような顔は」
「ハトが泡? ってかいきなりだな來」
圭一は溜息を吐きながら席に座る。
一瞬、先生が先に来ているのかと焦ったが、まだホームルームまでは間があったらしい。
この段になってようやく遅れ気味だった在人が教室前に辿り着いた。
膝に手を付き肩で息をし始めた在人だったが、すぐに皆が移動しだすので慌てて後を付いて教室へと入った。
その頃には皆の動悸も収まっていたので、在人だけが妙に頬を紅くして息を荒くしているようにしか見えなかった。
ちょっと色っぽかったので、圭一は見て見ないふりをしておくことにした。
友達として付き合うとしても在人との距離関係は考えておかないといつか大変な事になりそうな気がする。
現に、クラスメイトの男子の一部が在人に目を奪われ、自分が誰に見惚れていたのか気付いて頭掻き毟っている姿が妙に哀れに映った。
彼の人生観は、今後変わってしまうかもしれない。
恐ろしい奴だよ在人は。
「いやぁ~、昨日この学校に七不思議があるって聞いちゃってさぁ。こりゃも~行くっきゃないみたいな?」
「一人で行けばいいだろ」
圭一はあえてそっけない態度を取る。
そもそも昨日知り合った七不思議の幽霊たちに【肝試され】に行くなど冗談ではなかった。
相手が本当にいると理解している上に知り合いなのだ。
それを相手に恐がれるはずがなかった。
なにより溢喜が喜びそうなそのイベント。
絶対に悪乗りして圭一を脅かす側に回るはずだ。
圭一にとっては面白くないことだらけである。
好き好んで行く意味が分からない。
七不思議の面々にとってはお客様が自分から遊びに来てくれるのだからそれはもう手ぐすね引いて歓迎してくれるだろう。
絶叫という名の大歓迎を。
冗談ではなかった。
「あのねぇ、こーいうのは友達とかと行くのが一番いいんでしょうが。つーかむしろこの日の為に生贄を選んだんだ……あ……」
口が滑ったとでもいうように口元に手を当て黙り込む。
「おい、それはまさか俺たちのことか? お前は肝試しがしたいがためだけに俺たちを友達にして無理矢理参加させようと?」
來は答えず「う~」とか「あ~」とか呻きながら逃げ口上を考えているようだった。
どうやらこいつは元々七不思議を知っていたらしい。
その七不思議を回るために、圭一達を仲間にしようと色々画策していたようだ。
「おい、バイキン来たぞバイキン」
教壇で遊んでた男子生徒の一人が周囲の生徒たちに声をかける。
圭一はその言葉につい來から視線を逸らす。
「バイキン?」
生徒たちが急いで席に着いた後、ゆっくりと開いたドアから若生先生がやってきた。
「先生のあだ名?」
「なんかさ、あの先生、近づくと卵の腐ったような臭いが漂ってくるんだとさ」
あだ名が気になるのか首を捻る圭一の後ろから、來が小声で説明する。
「ほら、前の席、在人君以外鼻摘んでるっしょ」
言われて注目すると、若生先生に近い生徒ほど確かに鼻を摘んでいる。
教壇前の生徒など青い顔をして鼻を摘んでいる。
そのまま倒れそうだ。何か気の毒だなと思う圭一。
「あの手袋填めた右手が特に臭うんだって。だからあの手だけ生まれてからずっと洗ってないんじゃないかとかさ、不衛生だからあの臭いがするんだって……昨日のうちにあの周辺の生徒たちが先生のことバイキンって呼ぶようになったのよ」
ふーんと答えながら若生先生に視線を向ける。
相変わらず死に掛けのトカゲのような顔で小さく出席を取っていた。
何もかもが不気味な先生である。




