泊まっていい?
数時間後、「門限ですから」という言葉を口にして采香が帰る。
頃合だと思ったのか、少し遅れて在人も立ち上がり、一枚だけCDとプレーヤーを借りて自分の部屋へと帰っていった。
二人ともに送っていこうかと圭一が言ったが、二人揃って別に構わないと声を揃えて玄関口で振り返る。
「また明日」
互いに挨拶だけを交わして帰っていった。
圭一が部屋に戻ると、魑魅と溢喜が寄り添うようにベットに座っていた。
『ね、これいいと思わない? ね、ね』
溢喜は魑魅が幽霊が見えるということは分かっていないはずなのだが……
はて? と首を捻る圭一に気付いた溢喜が、魑魅の元を離れて、滑るように圭一の前にやってくる。
『圭くん圭くん、もう独り言飽きた~っ』
魑魅に話しかけていたわけではなく独り言だったらしい。紛らわしい奴だ。
なまじ魑魅は溢喜を見ることも声を聞くこともできるので、独り言に思えなかった。
『さっさと魑魅部屋に帰してお話しよーよぉ。今日は殆どお話し出来てないんだよっ』
それは自業自得だと呟きながら魑魅の元へ、圭一としてもそろそろ食事を作ったりなどで忙しくなる。
魑魅が邪魔なわけではないが、これ以上部屋に居て貰うのは常識と良識の部分でどうだろう?
心情的にはこのまま二人きりの夜にイケナイ世界へ旅立ちたいところだが、さすがに出会って次の日とか軽蔑されかねないことは避けるべきだ。
「なぁ魑魅」
呼びかけてみるが反応は無い。
そんなに夢中になっているのかと思ったが、良く見るとMP3の電源は入っていなかった。
なぜに!?
「もしかして電源入れて無かったとか?」
すると、首を横に振って返してくる魑魅。
どうやら聞こえてはいるようだった。
多分、聞いているふりをしてあの二人が帰るのを待っていたのだろう。
何か話があるようだ。
「圭くん。今日、泊まっていい?」
……その時、世界は凍りついた。
思いがけない言葉に圭一も溢喜も固まったまま動けなくなった。
ありえない爆弾発言に反応できたのは、何年も石化したかのような感覚を味わった後のこと、溢喜が先に呪縛を解いた。
『こ、こんんの泥棒猫ぉぉぉぉっ!!』
顔を真っ赤にして魑魅に向かっていく溢喜。
魑魅の驚いた顔めがけて拳を思いっきり叩き込む。
が、幽体なのでそのまま突き抜ける。
『うがぁぁぁぁっ! 殴ることすら出来ないこの体が憎いぃぃぃっ』
ベットに転がりながら悔し泣き。
そのまま転がりつづけて壁を越えて魑魅の部屋に消えていった。
「あ、あのさ魑魅? 本気で言ってる?」
「一人じゃ……寝れない」
イヤホンを外し、機材ごとベットに置いて立ち上がる。
「寝たら、あいつが来るから、いつも人がいる場所でしか寝ないの。毎日学校で寝るよりは……ダメ?」
ダメじゃなかった。圭一としてもむしろ望むところな展開だ。
そのまま間違いが起こってもバッチ来いである。
「いや、だからって男女一緒ってのは……待て、つーこたぁ何か? 魑魅は昨日寝てないのか?」
「授業で寝た」
『寝るなよっ! ていうかずっと見てたけどちゃんと前見てたじゃんあんたっ』
壁から突き出て渾身のツッコミ。溢喜が部屋に転がり込んできた。
「目、開けたままでも寝れるから。このコンタクト、眼が真ん中に描かれてる。問題ないよ」
衝撃の告白だった。確かにそういう人間もいるらしいが……圭一も流石に授業風景を思い浮かべたが、魑魅の場合は寝ていても分かりそうにないのが容易に想像できた。
『いやいやいや、アレで寝てたわけあん……あれ?』
ようやく意思の疎通が出来ていたことに気付く溢喜。
自分が驚かす側であるずの幽霊のクセに、溢喜自身が驚いているのはどうなんだろう?
溢喜は思わず魑魅の目の前で手を振ってみる。
『あ、あんたもしかして幽霊見えて……っ』
しかし魑魅は溢喜の言葉に反応せずに圭一を見つめる。
「お願い」
圭一を見つめる潤んだ瞳が二つ。
ウルウルと何かを訴えようとしてくるその顔に思わず否定という言葉を忘れる圭一。
口からは肯定の言葉しかだせなくなっていた。
「泊まっていい?」
「いいよ……」
「ホントに?」
「いいよ……」
「じゃあコンタクト外してくる」
「いいよ……」
『私と結婚してっ』
「いい……わけないだろっ」
まるで首振り人形のようにつられて溢喜の言葉にまで肯定しそうになり、慌てて否定する。
その頃には魑魅は既に自宅へと向かっていて、溢喜が魑魅の居た場所で不満の声を漏らしていた。
『なによぉ圭くんの浮気者ぉーっ! 魑魅ちゃんにだけ不公平ぇーーーーっ』
「気のせいだろ?」
気の無い返事を返してみるが、溢喜の機嫌の悪さは直らなかった。
コンタクトを取り外すついでに風呂に入ってきたらしく、湿ったままの髪の毛をタオルで拭きながら魑魅がやってきたのは、魑魅が出て行ってから一時間後のことだった。
湯上り後の魑魅からは湯気が立ち上り、圭一は何か落ち着かない雰囲気になる。
二人してカップラーメンをパクつきテレビを見ながらしばらく、魑魅にベットを譲った圭一は、一緒に寝ようと誘惑して来る魑魅の誘いを断ち切り、床にお客用の布団(溢喜が使うからと無理矢理買わされた)を敷いて布団に潜り込み就寝、流石に心臓が高鳴ったりはしたものの、羊を十万頭程数えた所で自然と眠っていた。




