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勇者が痩せないと、滅ぶ世界  作者: セキムラ
第一章 異界の人間現る
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2.侵入者

 あたしはまばゆい光に反応して、思わず両手で顔面を庇い、顔を背けてぎゅっと目を瞑っていた。しかし瞼の向こうで謎の発光が消失してしばらくしても、何も起こらなかった。


「あれ? おかしいな……」


「……?」


 あたしが目を開けると、バシネットがカクンと傾いた。小首を傾げたといえば聞こえはいいが、目の前で甲冑にそういう動きをされた場合、それを可愛いと思えるほどの、肝の太さを備えていない。そして、あたしに向かって謎の光を放った手は、突き出されたままだ。


「――!!」


 再び、突き出された手がまばゆい光を放った!


 またしても同じような姿勢で光を避けようとしたが、やはり何の変化も起きなかった。いやもちろん、手が発光する時点で異常な変化なのだが、すでに甲冑を着た、声から察するに若い男と美貌のシスターっぽい女のコンビが出現したことで、あたしの驚愕計測器(びっくりメーター)はとっくに振り切れていた。


 発光が終わったので、恐る恐る目を開けてみれば、そこにはやはり不気味に小首を傾げたままの甲冑男がいた。


「イセリナ。やっぱりだめみたいだ」


 バシネットの奥から、若い男の声が発せられた。若いどころか声変わりしたての少年のような声だった。


「この世界には魔素が少なすぎるという、イングリッドの調査結果に嘘は無いようですわね……」


「魔法が使えないなんて、不便な世界だよね」


 甲冑少年は、ガチャリと甲冑の関節部分を鳴らして動き、あたしから手掌を逸らして肩を竦めたポーズになった。


 それを見た青い髪のシスター風の――イセリナと呼ばれた女は嘆息して答えた。


「その代わり、この世界には魔王も魔物もいないのですわ」


「そっか。そうだよなあ……もういっそのこと、皆でこっちに移住しちゃえばいいのにね」


 さらに両肩を竦めて甲冑が言うと、イセリナが眉をひそめた。


「このデブ……いえ勇者エルバイン。滅多な事を言ってはなりませんわ」


「今! デブって!」


「言ってませんわ」


「言ったよ! 絶対言った!」


「言ってませんわよ。肉玉だなんて」


「なんだとー!?」


 突如始まった口喧嘩。エルバインと呼ばれた甲冑少年は、あたしを回り込んでイセリナに詰め寄った。


「デブって言うなよ! ママに言いつけるぞ!」


「呆れたものですわね。地球にやってきた一日目で、もうママが恋しいのですか?」


「ぐっ、そんなんじゃない――」


 あたしは目の前で繰り広げられる口喧嘩を眺めているわけもなく、そっとドアの隙間から身体を屋内に滑り込ませた。


「あっ、ちょ、ちょっと待って!」


 ドアを勢いよく閉めようとしたが、隙間に甲冑の足が挟まれ、ガツンと音を立てた。通常の革靴でも履いた押し売りが相手なら、思わずドアを引く力を緩めてしまいそうなものだが、相手は人外かつ鉄のブーツを履いている。ドアに挟まれた程度ではびくともしまい。というか、仮に痛みを訴えても構っていられない。


「足をどかしなさいよ!」


 あたしはドアの隙間から覗くバシネットを睨みつけながら、必死で鉄のブーツを蹴りつけた。


「いやちょっと、話を――」


「聞かない!!」


 それはやはり金属製で、蹴りつけたこっちの足が痛みを覚えた。それほどの勢いであったにも関わらず、バシネットの奥から痛みに苦しんでいる様子はうかがえなかった。


 だいたいついさっき、謎の光を放っておいてよくも「話を」などと言えたものだ。あれは魔法って言ってた。絶対言った。その発言だけで大分頭がおかしい。


 イセリナとかいう変な髪の色の女に至っては、『魔王、魔物』、『地球にやってきて――』とかなんとか言っていた。こいつらは、どこかファンタジックな星からやってきた、宇宙人かなにかなのか!?


 とにかく、関わり合いになるのはごめんだ。警察でもFBIでもUMAハンターでも〇槻教授でも、誰でもいいからあたし以外の誰かが相手をするべき存在だ。


「あの……そう……おっしゃらず……」


 言葉の切れ間に、ドアの隙間から女の手が、腕が侵入してくる。ブーツの幅が大きいため、細い女の腕くらいは余裕で入り込んでくるのはわかる。わかるが困る。


「入ってくるな!!」


 あたしは左手でドアノブを引っ張りながら、女の細腕に空手チョップをお見舞いした。


「あっ!」


 小さな、女性らしい悲鳴にたじろぐが、謎の存在から自身の生命を守らなければならない。あたしも必死だ。


 空手チョップを再び振り下ろす。


「ああっ!」


 隙間から差し込まれた腕は、一瞬びくりと反応した。だが引っ込みはせず、人差指がドアに爪を立て、つつつと動いて、のの字を書き始めた。


 ダメだ。空手チョップではダメージを与えられない。人外とはいえ女相手には少々ためらわれるが、さっきも言ったようにあたしも必死だ。南無三!


 狙うは無防備な指だ。あたしが右で握りこぶしを作り、振り上げたその瞬間、ドアの隙間から少し太めの指が挿入され、端を掴んだ。そして、あたしの左手一本では到底支えきれない力で、ドアが引かれた。


「きゃぁっ!!」


 悲鳴を上げて吹っ飛んでいったのは、青髪のイセリナだ。


 ドアノブを握ったままでは、引きずられて倒されてしまう。あたしはとっさに左手を離していた。


 開け放たれたドアの向こうには、仰向けに倒れて、盛大にスカートの中身を露出させているシスターと、甲冑少年の姿。シスターのお尻が雪に直接触れている。あの露出度の高い下着では無理もないが、早く立ち上がらないとお尻が霜焼けに――いやそんなことを気にしている場合ではない。甲冑少年がこちらに一歩踏み出した。すなわち、ペンション冬月は、ついに人外の侵入を許してしまったのだ。


「……くっ」


 甲冑少年が一歩踏み出せば、あたしが一歩後退する。玄関はそんなに広くない。すぐに敲はすぐに終わり、あたしはペルシャ絨毯に尻もちをついた。


 あたしを見下ろす甲冑少年は、後ろ手にドアを閉めた。カギこそかけなかったものの、このシチュエーションで次に起きることは何か。家族を失った悲しみを乗り越え、山奥で一人懸命に生きる未亡人を襲う悲劇の物語が、今幕を開ける――!


 あたしは子猫がお腹にプリントされたエプロンの胸元をぎゅっと掴み、じりじりと後じさりながら、バシネットを睨みつけた。


「そんなに睨まないでよ。僕らは一応、お客様でしょ?」


 バシネットの向こうから、この場には似つかわしいような、似つかわしくないような声が聞こえた。


「う、うちのお客は人間だけよ! ペットもお断り!」


「ペット…? いや、僕もイセリナも人間だよ? なんでそんなに警戒するのかがわからないなぁ…あ、そうかそうか」


 鎧少年は、ポンと両手を打ち合わせると、バシネットに手をかけ、勢いよく取り払った。


「!!」


 バシネットの下から現れたのは、見事な金髪であった。緩やかにウェーブがかかったそれは、今の今まで蒸れやすい環境に在ったとは思えなかった。少年が軽く頭を振ると、ふわりと風に揺れ、その下には同じく金の眉、長い睫毛に縁どられた茶色の瞳、高く筋が通った鼻があり、薄いピンクの唇の間から白く輝く歯が覗いていた。


「ほら、ちゃんと人間だろ?」


 美少年だ。


 外タレでもこうはいくまい。パーツごとの完成度は非常に高い。これで人並みの歌唱力があれば、某少年エンターテイメントに属する連中などあっという間に日陰者扱いとなろう。


 ある点に目を瞑れば、だが。


「……おデブだな」


 そう、彼はおデブとしてはちょとしたものだった。子供に見せてはいけない映像作品さながらのシチュエーションに、貞操の危機に怯えていたことも忘れ、思わずそうつぶやいてしまうほどに。


 頬袋をもち、何か溜めているのではと思わせるほど膨らんだ頬は、限界まで膨らませた風船のように張りがある。そこにはソバカスもニキビも一切存在しない。完璧な美肌だ。だがしかし、膨らんでいる。


 そこから下方に向かって、三つめの頬があるのではと勘違いしてしまうほどに、頤の下の贅肉は見事な二重あごを形成していた。あたしを見下ろす体勢のおかげで、ことさら強調されてしまっているそれは、深い溝が四次元に繋がっているのではとあたしに想像させた。


 顔の所見だけまとめれば、コロコロと太った少年という表現で十分事足りる。だがそれは、彼の身長が小さければの話だ。


 厳めしい甲冑の上に、小太りの少年の顔が乗っているなんてなんともコミカルな絵だと思われるかもしれないが、彼は身長百八十センチほどあり、へたり込んでいるあたしを見下ろす甲冑を着込んだ少年の威圧感は尋常ではない。


「あ! 今デブって言っただろ!?」


 少年が眉間に皺をよせ、頬肉を弾ませて抗議の声を上げたのと同時に、冬月のドアが乱暴に開かれた。


「このデブ! わたくしを突き飛ばすなんて、なんのつもりですの!?」


 開いたドアから勢いよく屋内に侵入してきたのは、青髪のイセリナであった。後ろ手にドアをバタンと閉めて、般若の形相で少年に迫っていく。


「イセリナがドアに引っ付いて、ハアハアしてるからいけないんだろ?」


「だっ! 誰がハアハアしてたですってぇ!?」


 この隙に、自室へ逃げ込んでカギをかけよう。


 なんだかんだ、女の一人暮らしとペンション経営には不安もあるため、自室の鍵は三つ付けてある。少年はかなりの怪力のようだが、カギごとドアを破壊するのは不可能だろう。


「だいたいイセリナが、うまく事情を話しておかないから、こういうことになったんじゃないか!」


「何を言いだすかと思えば、自分は遠足気分で浮かれるだけで何もしなかったくせに! あれほどやめろと言ったのに甲冑まで着込んで! 見なさい、すっかり怯えてしまって――」


 ペルシャ絨毯を抱きかかえ、立ち上がろうとしていたあたしと、イセリナの目が合った。


「お待ちください!!」


「待つわけないでしょ!!」


飛翔(デア・フルーグ)!!」


 あたしが脱兎のごとく駆け出したのと、イセリナが何事かを叫んだのはほぼ同時だった。


 一拍遅れて、駆け出したあたしの背後から爆風が起こり、それに驚いたあたしが走りながら振り返ろうと思ったときには、イセリナがあたしの前に立っていた。


「な……な……」


 なんでと言いたかったが、あまりの驚きに開いた口が塞がらず、あたしはペルシャ絨毯を抱いて立ち尽くしていた。


「あーあ、希少な魔晶石を……」


 背後から、少年の嘆息が聞こえた。


 なんだ? いったいどうやって、あたしの前にこの青髪は現れた? マショウセキがなんだって? 壁掛け時計をチラリと見ると、十五時三十分だった。彼らがやってきてからまだ三十分しか経っていない。短時間に色々なことが起こりすぎて、あたしはもう何も考えられなくなった。


「あの……冬月様……でよろしいのですわね? どうか、落ち着いて、わたくしたちの話を聞いていただけませんか?」


 優しげな声が聞こえ、あたしはギギギと音が鳴りそうなくらいぎこちなく振り返った。にっこりと笑ったイセリナの右手には、何やら光る物体が握られており、あたしはそれを見て気を失った。




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