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アリサと勇者が出会うまで 4

 弔問客の列がようやく途切れ、盛大な通夜ぶるまいが終わった。

 

 喪主を務めた冬人は、魂が抜けたようになってしまった。あたしはふらつく彼の身体を支え、自宅に戻った。

 

 二人ともそのままベッドに倒れ込んだ。

 

 あたしは冬人にかける言葉が見つからなかった。いつしか疲れ果て、あたしは眠ってしまった。




 ペントハウスに、誰かの悲鳴が響き渡った。


 驚いて飛び起きたあたしは、隣に冬人がいないことに気付き、慌てて寝室を飛び出した。悲鳴は女のものだったか、よくわからなかったが、とにかくリビングの方からだった。


 あたしがリビングに到着すると、家政婦の山田さんが床にへたり込んで、何かから逃げるように、壁際に向かって這いずって移動していた。


 その視線の先には、喪服を着た男性が寝転んでいた。


 冬人である。


 ただし、その目は見開かれたまま固まっていた。


 もともと血色がよくない顔色は、完全に血の気が引いて白くなっていた。


 口からは涎が垂れたのか、口角と床が汚れていた。


 どう見ても、冬人は死んでいた。




「ねえ、奥さん……本当~に、心当たりないの?」


 額が後退し、チリチリとした黒髪に何をつけているのか、べたつくそれを申し訳程度に生やした頭皮をボールペンの先でぼりぼりと掻きながら、ヤニ臭い息を吐く男が、再びあたしに質問した。


「わかりません……。姑のお通夜が終わって、二人ともクタクタだったんです。倒れるように眠ってしまって、あたしは山田さんの悲鳴で目が覚めたんです」


 もう何度、同じ話をしただろうか。


「でもねえ、いくら疲れていたと言っても、玄関にカギくらいかけるんじゃないの?」


「最上階のペントハウスは、エレベーター自体が別に設置されていますから、専用の鍵を持った人しか上がって来られないようになっています。もうよく覚えていませんけど、あの時は母親が死んだショックで悄然としていた夫を支えるのに精いっぱいで、そこまで気が回らなかったんだと思います」


「まあまあ、奥さんそう怖い顔しないでください。こういうのはね、時間が経ってから、もう一度確認するのが大事なんですよ」


 あたしはにやにやと笑う男を睨み、フンと鼻を鳴らした。


 すでに、冬人の死から二週間も経っていた。


 司法解剖もとっくに終了し、外傷はなく、内臓に異常は見られなかった。死因は睡眠薬の過剰摂取による呼吸停止と断定されている。


 薬物の入手先は、父も入院していた病院である。激務が続いていた冬人は、移動中などに確実に睡眠をとるために、それを処方してもらっていた。

 

 玄関の鍵は開いていたが、山田さんがやってくるまで人の出入りが無かったことも、監視カメラで確認済み。


 あとは、あたしが無理やり薬を飲ませたか、冬人が自分で飲んだかの二択。薬を服用するために水を汲んだコップからは、冬人の指紋しか検出されなかった。


 水道の蛇口からは複数人。あたし、家政婦の何人か、そして冬人。いずれもそれを処理しようとした形跡はなし。


 室内に争った様子はない。


 今回の件とは関係なく、あたしと結婚した直後に、冬人は弁護士立ち合いのもとで遺書を作成していた。


 あたしは犯罪捜査に関する知識はないが、これであとは何が確認できれば、冬人の自殺が確定し、事件は終わるのだろうか。


「じゃあ、また何かあったらお願いしますよ」


 神崎という刑事は、そう言って席をたち、応接室を出て行った。


 あたしは今、冬人の会社にいる。


 この後弁護士さんと面会して、遺産相続などの話を聞くことになっているのだが、まるでタイミングを計ったかのように、神崎は現れた。


 あたしが遺産目当てで殺したとでも思っているのだろう。遺体も返してもらえず、悲しむ暇もなく事後処理に追われているあたしの後を付け回しているのだ。何度現れても、あたしが殺したわけではないのだから、無駄である。


 神崎が、不快な匂いを残して去って行った方向をもう一睨みして、あたしは応接室の窓を開けた。

 



 弁護士との面会が終了した。


 結論だけ言えば、あたしには莫大な遺産が支払われる。その額が大きすぎてよくわからなかった。配偶者控除がどうこうという額ではなかった。


 弁護士が勧めてきた対策は、会社は役員会で選出された新社長に譲渡、土地、建物を処分してしまえば、莫大な相続税を払うことができ、かつ会社の株の一部を残しておくことで、会社が続く限りは配当金が支払われるというプランだった。


 あたしは、お任せしますとだけ告げた。




 結局、新たな証言も証拠も出て来ることはなく、冬人の死は自殺と断定され、事件は収束した。エネルギー業界の寵児の自殺は、それなりに世間を騒がせた。中にはあたしの犯人説を根強く支持する輩もおり、自宅に嫌がらせのファックスが送られるなどの定番すぎる展開が繰り広げられたが、それももう過去のことだ。



 

 あたしは、東京のペントハウスを売却した。


 株券も何もかも。


 葛城と関わりのあるすべてを処分した。


 冬人の自殺について、考えるのももうやめた。


 あたしはリフォームが済んだ長野の実家に戻ってきた。

 

 ペンションの名前は『冬月』あたしの旧姓と同じだが、とてもしっくりくると思った。




 三年が経った。


 ペンション冬月は、繁忙期はそれなりに、それ以外はちらほらと、平均すれば一週間に二組くらいはお客さんが来てくれた。もともと客室が三つしかないし、あたし一人でお相手できるのは、正直なところ一日に二組くらいが限界なのだ。おひとり様大歓迎である。


 登山やスキーなどを楽しみたいお客さんには、あまりうちはお勧めできない。

狭いから、道具を預かったりはできないし、登山に関する知識もない。レジャー施設の割引券やリフト券なんか置いてないし、スキーやスノーボードをやらないのでお客さんの目的に興味がない。


 あたしにできることといえば、美味しいごはんを作ることだけだ。家政科出身であることと、短かったけれど泉水で経験したこともある。今でも女将さんとは親交がある。暇に飽かして通った料理教室に通っていたのも役に立って、あたしの料理の評判は上々だった。


 他にも色々と、山に来たのにインドアを楽しみたい人や、高地の空気と美味しい料理を楽しみたいお客さんのために、ちょっとした設備を用意してある。


 何か新しいサービスはできないかと考えたり、料理の研究をして過ごす日々は楽しかったし、固定のお客さんの予約の電話がかかって来るようになってからはやりがいも出て来た。


 そんなある晩のこと、前日まで泊ってくれていたお客さんが、食堂に置いてあるご意見ノートに何やら書き込んでいるのを密かに見ていたあたしは、彼らが帰ったあとにそれを読み、ふふふと笑っていた。


 『三階のお部屋の天井スクリーン! 最高でしたぁ~☆ お料理もおいしくて、アリサさんもキレイであこがれちゃう! 絶対また来ます! 美香&樹里』


 大学生のお友達同士で、口コミを頼りにやってきた元気な娘達だった。会話が弾み、料理を褒めてもらってご機嫌になったあたしは、彼女たちが未成年だったにも関わらず、とっときのワインを開けてしまった。


 ちなみに一階は食堂と、暖炉が自慢のリビング、キッチン、あたしの自室で構成されている。


 二階に客室が二部屋。


 三階が特別室となっている。お客さんが一組しかいないときは、通常料金で特別室へご案内している。


 三階の特別室には、プラネタリウムを投影するために天井スクリーンが設置してある。オプションでプロジェクターも貸し出しておりますので、お外に出る予定がない方は、お部屋に寝転んで映画を観るなんていかがでしょう。


「まあ、掃除が大変なんだけどね……」


 あたしはノートを閉じると独り言を言って、どっこらせと立ち上がった。

明後日到着予定のお客さんのために、どんな料理を用意しようかと考えていた。お料理のご希望は『美味しくってヘルシー』とのことだ。なんでも、お仲間と一緒にこのペンションでダイエット合宿を敢行するとのことだ。


 美味しいものはカロリーが高いなんて誰が言った。


 お客さんをがっかりさせないよう、しっかりと準備しておこう。




 そして迎えた当日。


 宿泊予定のお客さんは、レステロールさんというそうだ。男女一名ずつ、部屋は別々でとのご希望だったが、どういう関係なのだろう。明らかに日本人ではないお名前だが、予約の電話をかけてきた女性は流暢な日本語で話していたし、問題ないだろう。


 低カロリーメニューも色々考えたし、買い出しも済んでいる。


 インターホンが鳴らされた。


 ご到着だ!


「いらっしゃいませ! ようこそ! 冬月……へ?」


 さあ、どっからでもかかってこいとドアを開けて出迎えたあたしの前に、全身を鎧に包んだ大男が立ちふさがっていた。




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