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091 助け合い

「すいー」


 イクチのアマネは、宣言通り静かに泳いでいた。頭部だけ海面に出してまっすぐ泳いでいるので大きな波がたってない。これならヴァイス・ブリッツ号に近づいても大丈夫そうだ。


「迷子になったって言ってたけどさ、魚って自分の位置を把握する能力があったよね? 詳しくは知らないけど」

「あの、私は魚じゃないんですけど……」


 真顔で返されてしまった。

 そりゃ魚じゃないのは分かるけど、海で生活する妖怪なら、そういう能力があってもいいのではないだろうか。

 ……あ、もしかしたら進化させることができるかも?


「あのさ、一つ試してみたいことがあるんだ」

「何ですか?」

「ちょっとアマネの身体をいじることになるんだけど……」


 その後説明を続けようとしたら、アマネが頭部をくねくねと動かす。


「え……、私、今繁殖期じゃないんでそういう気分にはなっていないんですけど、リューイチさんがどうしてもって言うなら、やぶさかではないというか」

「……?」

「リューイチ……わざとでしょ、わざとだよね?」


 プレゴーンがジト目で俺を睨んできて、ようやくさっきのアマネの台詞の意味に気づくことができた。


「ちょ、ちょっと待って! そういう意味じゃない!」


 慌てて説明して事なきをえたが、アマネに「まぎらわしいことを言わないで下さい! 乙女の心が傷つきました!」とプリプリ怒られてしまった。


「……そもそも、体格差があるというか。今は女性しかいないんだよね? どうやって子孫を残すつもりなのか興味はあるな」


 デリカシーがないとは思いつつも、好奇心に負けて質問をした。いや、本当に気になるんだよ。


「この子たちを使います」


 アマネが頭部を持ち上げると、頭部の人間部分の下にある胴体部分が現れる。その胴体の腹に当たる部分を俺に見せてくる。そこもウナギのようなヌルヌルとしたものに覆われているが、そのヌルヌルした部分から何かが複数現れた。


『どうもー』


 それは、アマネの人間部分が人間の少女サイズになったものだった。ただし、全身の色はアマネと同じ深い紫色で、さらに全身がヌルヌルに覆われている。


「……これは?」

「コバンイクチです。私と意識や感覚を共有する、そうですね、私の分身のようなものです」

「コバン……」


 その単語にピンと来て、そのコバンイクチたちの後頭部を見ると、小判のようなものがついていた。小判のようなというか、コバンザメのようなと言った方が適切だろうか。その小判部分が吸盤の役目をしていて、普段はイクチの腹の部分にひっついているらしい。

 そして、うん、なるほど、これなら人間サイズだから繁殖期にあたっては便利ということなわけね。


「ちなみに、どのぐらいの距離まで離れても大丈夫なの?」

「意識や感覚を共有するのは私の目に届く範囲です。それ以上離れると、私の与えた命令をこなすために独自に行動するようになります」


 独自に行動できるってのはすごいな。そういう場合ってコントロールが効かなくなるとか存在を維持できなくなるものだと思うが。


「ありがとう、面白い話を聞けた。その子たちは戻してくれ」


 ほんの一瞬、グローパラスに何体か連れて行くことはできないかと考えたが、今はそれどころではないのであきらめることにする。


「話を戻すが、俺が言いたかったことは……」


 それから、俺は進化魔法について話した。アマネも興味を持ったらしい。回遊する魚はおそらく自分の位置を把握できる能力がある。それなら、そういう風にイクチを進化させることができるのではないか。


「他の動物はともかくとして、人間は天体を見て、自分が進むべき方向を見つけることができる。たとえば……」


 地球の北半球なら、北極星を探せば北が分かり、地平線と北極星の角度から北緯が分かる。正確な時刻が分かれば太陽の南中時刻を計測することで経度も分かる。ここらへんの計算は昔理科でやったっけ。まあ、問題で数値が与えられるわけでなく、実地でそういうのを計測するのは大変なわけだけど。

 魚ではないが、ミツバチの八の字ダンスは、巣箱を中心にして太陽の方角からどの角度、どのぐらいの距離に花があるかを仲間に知らせているんだったっけ。これもまた理科で計算問題をやらされたものだ。

 しかし、魚やハチがそんな計算を脳内シミュレーションしているわけではあるまい。本能にそういうものがプログラムされているのだろう。本能にそういうものがある生物が複数いるわけだから、太陽を見ることで自分の位置が分かるような進化をさせることができると思う。あと可能性があるとしたら地磁気? そっちについてはよく分からないので自信がない。


「リューイチさんの言っていることがよく分かりません。八の字にダンスとか私はできませんよ?」

「いや、それは期待していない。とりあえず、試してみるよ」


 結論から言うと、俺の試みはあっさりと成功した。おそらく、既存の生物の多くが何らかの形で持っている能力だからだろうか。


「おお……! 私が今南南東の方角に向かって進んでいることが分かります!」

「コンパスがなくて正確に分かるのか。それは便利だ」


 ……あれ? これなら、自力でバース王国に行けるんじゃね?


「……どの方角に何があるか分からないから無理です」

「あー……」


 能力を得た時点での基準しかないわけね。地図が描かれる前の白紙を渡されてもどうにもならないって感じかな。


「でも、これからはこの能力が役に立ちそうです。ありがとうございます!」

「ああ、喜んでくれたら俺も嬉しいよ」

「今は特に何もできませんが、アマツ皇国にいらした時はお礼をしますね」

「その時はよろしく」


 それがいつになるかは分からないが。でも、もしかしたらこの世界における日本みたいな場所かもしれないので、一度は行ってみたいな。


「そろそろ船が見えてくるはずだから、アマネはしばらく海面に顔を出さないで、潜水状態で移動してくれ。このままだとパニックになりかねない」

「はい」


 本当はこういうことがなく、人間とモンスターが普通に交流できる世の中が来たらいいんだが。

 まあ、俺も最初は警戒していたからこんな偉そうなことは言えないけどね!




 それからは特に何事も無く、ほどなくしてヴァイス・ブリッツ号の周囲で警戒飛行をしているセイレーンに接触することができた。まず、セイレーンのセラを呼んでもらい、事情を話す。アマネは頭頂部だけ海面に出して、コバンイクチの一人をそこに置いて会話をしている。


「はあ……、あの巨大モンスターを連れて来るとは想定外よ」

「迷子になって困っていたから放ってはおけないだろ」

「まあね。害意のない子なら歓迎よ。特に海のモンスターならお仲間だし」


 同じ海仲間ということでセイレーンたちはすぐに受け入れてくれるか。問題は人間の方だな。


「とりあえず、俺はこれまでの経緯について説明してくるから、アマネはそのまま待機していてくれ」

「りょーかい」


 コバンイクチがビシっと敬礼する。どこでそんなことを覚えるのか不思議だ。


「リューイチ! 無事だったか! よかった!」


 俺とプレゴーンがヴァイス・ブリッツ号に近づくと、レオが駆け寄ってきた。


「俺は大丈夫です。それよりも、セイレーンのことを信じてくれたんですね、ありがとうございました」


 セイレーンに伝言を頼んだわけだが、セラが言うには俺の伝言ということをレオはすぐ信じたそうだ。


「私の身分と、お前が俺をどう呼んでいるかについて言われたら、お前からの伝言だとすぐに確信できた。それはお前の差金だろう?」

「セイレーンに動揺する船員をすぐに落ち着かせて、自ら指揮をしたと聞いています。さすがですね」

「そのぐらいできずして王族は名乗れんよ」


 そういうものなのか。ならば、アマネのこともレオに頼もう。


「実は、件の巨大モンスターを連れてきているんですよ」


 その俺の言葉にレオは目を剥いた。さすがに想定外だったか。

 俺が事情を話してアマネを助けてほしいと伝えたら、レオは快く応じてくれた。即座に騎士と船員を集め、俺が話したこれまでの経緯を分かりやすく伝える。難色を示されると思ったが、全員あっさりとアマネを助けることに賛成してくれた。

 どうやら、セイレーンたちが無償で彼らを助けようとしてくれたことに感じ入っていたようだ。モンスターは人間を助けることがある。その実例を身を持って体験したわけで、セイレーンではなくても、モンスターが困っていて自分たちに助けを求めるなら、それに応えるのは当然とのことらしい。


「何より同じ海の仲間だからな! ここで助けなかったら海の男じゃねえ!」


 船長が腕を天に突き出すと、他の船員たちも腕を天に突き出して同意する。


「ありがとうございます~!」


 そんな彼らの声が届いたのか、アマネが海面に頭部を出した。

 さすがにその直後は軽く騒ぎとなったものの、その姿についてはあらかじめ説明していたのでパニックにまではならなかった。




 それから俺たちはセイレーンたちに別れを告げ、バース王国を目指して再出発した。彼女たちが住んでいる島の場所は聞いたので、帰りに余裕があったら寄ってみたいものだ。


「それにしても、アマネはまたどうして迷子になったりしたんだ?」


 アマツ皇国とバース王国の間を回遊して暮らしているのに、なぜバース王国の場所を見失うような事態になったのだろうか。状況が落ち着いてから改めて考えるとそこが不思議だった。


「私もよく分からないんですよ」

「え?」

「いつものようにバース王国の近くに来ていたんです。そこには暖かい海の流れと冷たい海の流れがぶつかる場所があって、そこは食料が豊富なんですよ」


 あー、潮目ってやつか。暖流と寒流がぶつかる場所で魚の種類やプランクトンが豊富に存在し、漁場として適した場所ってやつだよな。


「ご機嫌で食事していたら、突然すごい海鳴りがしまして、その直後にものすごく強い海流がどこからかやってきました。いや、海流かどうかも分かりません。ただすごい流れに巻き込まれまして、気づいたら元いた場所からかなり遠くへ運ばれてしまっていました」


 ……アマネって全長が一キロメートル超えてるようなんだけど、そんな巨体を遠くへ運ぶなんてどれだけの力だよ。


「海の匂いが私の知っている場所と違いましたし、自分がどこにいるか分からなくて途方に暮れてしまいました。それからしばらく勘に任せて泳いでも知っている場所にたどり着けなくて……」


 そこに俺たちが現れたらしい。

 一体その海鳴りや海流は何なんだろう。俺たちがこれから向かうバース王国で起こっていることと関係があったりするのだろうか?

 俺は漠然とした不安を感じながら、一路バース王国を目指すヴァイス・ブリッツ号の甲板からバース王国がある方向を眺める。だが、見えるのはどこまでも続く夜の闇だけだった。

 新年あけましておめでとうございます、今年もよろしくお願いします。

 今年もこんな感じにまったりと書いていきます。

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