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090 思いもよらぬ単語

「あれは間違いなくやばいな……」


 巨大モンスターの動きからすると、俺たちが乗っていたヴァイス・ブリッツ号へ向かっているようだ。海面に出ている胴体部分の動きからすると移動速度は速くはないようだが、船までの距離は大したことない。巨大モンスターの意図は分からないが、あの巨体が近くを通るだけで、移動の際に起こる波で転覆しかねない。


「プレゴーン、あのモンスターの行く方向へ行ってくれ。頭は進行方向にあるだろうから」

「行ってどうするの?」

「そりゃ、話をするんだよ」

「……話が通じる相手かな?」


 プレゴーンは気が進まないようだが、このまま放置するわけにはいかないことは明らかなことは分かるらしく、巨大な胴体の動きを頼りに先頭、つまり頭部を目指して走りだす。


「セラは先に船に戻って状況を知らせてくれ」

「分かった」

「そうそう、呪歌をやめて、船員たちを正気の状態にしてくれ。その方が力を十二分に発揮できるはずだ」


 操られている状態の船員たちは心ここにあらずといった様子だったので、その実力をフルに発揮することは難しいだろう。


「私たちが取り囲んでいる状態だと操船どころじゃなくなるかも。私たちは離れた方がいいかな?」

「いや、海の状況を皆に適宜知らせてほしいんだ」

「確かにそうだけど……」


 セラは難色を示す。それは船の皆のことを心配しているからで、その気持ちはありがたい。


「船の中で正気を保っている人間がいる。ダーナ王国の第一王子、レオナルド・フォン・ダーナ殿下だ。身分とレオという呼び方をレオに伝えれば、俺の意思が絡んでいることがレオに分かるはず。そして、レオに協力を仰いでくれ。レオが君たちのことを説明すれば、船員も納得するはずだ」

「そんな重要人物が乗っていたんだ。そういうことなら、いけそうかも」

「君たちの好意に頼りっぱなしで申し訳ない。この礼は必ずする。だから、船のことは頼んだ」

「うん、任せて!」


 セラは船を目指して飛び立つ。ヴァイス・ブリッツ号は、レオとセイレーンたちが何とかしてくれると信じよう。

 そして俺たちは、この巨大モンスターを何とかしないとな。


「さて、このモンスターとどうやって意思疎通を図るかだな。そもそも頭がどこにあるのやら」

「……思ったけど、随分ゆっくりとした泳ぎ方だよね、このモンスター。体が大きいから動きが鈍い?」

「いや、大きいから遅いってわけじゃないはずだけど」


 地球で最大の動物シロナガスクジラの泳ぐ速度はわりと速いってことを聞いたことがある。


「まあ、そのおかげで時間的余裕があるから幸運と思おう。それより、頭がどこにあるか皆目見当がつかない」


 海面上に見えているのは胴体の一部分で、全長がどのぐらいあるか分からない。もしかしたら頭部はまだ遠くにあるかもしれない。


「海中に飛び込めば何か分かるかな」

「……無謀。やめて、絶対」


 何気なく呟いただけなのに、怖い顔をしたプレゴーンに止められた。

 まあ、確かに無謀だな。あんな巨体が泳いでいる横で俺がまともに泳げるわけがない。


「あのモンスターの注意をひくことができたらなあ……」


 ……あの胴体、ヌルヌルしているのが気になるんだよな。ウナギのヌルヌルって何だったっけ? いや、あれがウナギとは思えないが、似たような何かかもしれないし。そして、あのヌルヌルが油のようなものだったら……。

 

「あの胴体のヌルヌル、燃えたりしないかな?」

「その発想は……うん、なかった」

「プレゴーン、炎を撃ちこんでみてくれないか?」

「ええ!? 怒ったらどうするの!?」

「あの巨体だ。万が一派手に燃えても大した被害にはならないだろ。そもそも、周囲は海だからすぐ消えるさ」


 モンスターを傷つける行為は避けたいが、緊急事態だから仕方ない。


「時間がないんだ。注意をひく行動で他にいいのが思い浮かばない」

「うー……仕方ないなあ。リューイチ、わたしのたてがみから離れて」

「了解」


 俺は空中で鞍から降りると鐙に捕まってぶら下がる。かなり不安定な状態だが仕方ない。


「……いくよ!」


 プレゴーンのたてがみが燃え上がったかと思うと、俺の頭ぐらいの大きさの火球が眼下の巨大モンスターの胴体に向かって複数降り注ぐ。


「おお、すごいじゃないか!」

「ふふん、褒めてもいいよ?」


 だが、その火球は巨大モンスターの胴体のヌルヌルを少し焦がしたように思えるだけだった。あのヌルヌルがブワッと燃え上がるのを期待したんだけど……。


「うう……わたしの炎が」

「あれだけ大きな相手だから仕方ないさ」


 しょげるプレゴーンをなぐさめる。

 ……だが、これはどうすべきか。俺の使えるしょぼい魔法ではどうにもならないだろう。神珠の剣を使えばいけるだろうが、必要以上に傷つけてしまうかもしれない。だが、迷っている時間はないか……?

 俺が覚悟を決めて神珠の剣の柄に手をかけたそのとき、海面が盛り上がった。


「うわ!? 何!?」

「まさか……頭か!?」


 何かが海の中から持ち上がった。どこまでも続いているのかと思いたくなる胴体の一部ではなく、先端と思われるものがある。


「リューイチ! あれ見て!!」


 プレゴーンが叫ぶが、それを聞くまでもなく俺にも見えていた。

 俺たちの目の前に人間の女性の腰から上の部分がそびえ立っていた。

 まさにそびえ立つという表現がふさわしく、おそらく三十メートルほどある。頭だけで七メートルあるのではなかろうか。顔は美人というよりは美少女ぐらいの年齢のように見えるが、巨大であるためにいまいち現実感がない。

 サンドワームより明らかに大きい。だが、サンドワームは手が生えていたが、このモンスターは手が生えていない。

 とりあえず、今までは巨大モンスターという表現を使うしかなかったが、やはりモンスター娘はモンスター娘なんだな。


「こいつは……でかいな」

「リューイチ……逃げることを提案。わたしたち、一口で丸呑みされるよ」

「……いや、せっかく頭が見つかったんだし、これで話が……」

「うー……できるとは思えないけど」


 俺たちに何か害意があるならもっと激しい反応を見せるはず。だが、目の前のモンスター娘はどこかボーっとした表情なので、危ない印象は受けない。


「なんだろう、なんか背中を触られたような……」


 大きな声が響く。

 目の前のモンスター娘の口が動いたので、この子の声か。


「……ん?」


 あ、目が合った。

 俺はさすがに緊張する。プレゴーンはすでにいつでも逃走できるように全身の筋肉を緊張させている。目の前のモンスター娘の動き次第では即座にこの場を離れる体勢だ。俺はその時に振り落とされないようにプレゴーンの身体に密着する。


「あ、よかった、あの、ここに住んでいる妖怪さんですか?」


 ……思いもよらないフレンドリーな感じの言葉に一瞬かたまる。


「い、いや、ここらへんは初めてかな」

「そうですか……」


 あからさまにガッカリした感じだ。一体何だ、この子は?


「あの、君は一体?」

「私はイクチのアマネといいます」

「あ、ああ、俺はリューイチ」

「わたしはソラウスのプレゴーン」


 イクチ……? 聞いたことがないな。


「プレゴーン、イクチってモンスター知ってるか?」

「ううん、聞いたことがない」


 その会話を聞いてアマネというモンスター娘はしょんぼりとする。


「私、地元では結構有名な妖怪だと思うんですけどね……」


 ん? 妖怪?

 耳慣れた、しかしここ最近では耳にすることがなかった単語に俺はざわつく。そういえば、さっきも妖怪と言ってたような……。


「モンスターではなくて妖怪……あの、アマネさん、君の住んでいる国の名前を教えてくれないか?」

「アマツ皇国です。私は、アマツ皇国とバース王国の間を回遊しているんですけどここは一体どこでしょうか? たぶんバース王国の近くだとは思うんですけど」


 ……アマツ。もしかして天津? そうなると、この世界における日本みたいな場所だろうか。それならモンスターではなく妖怪という言葉を使う理由が分かる。

 俺の知っている日本ではないとはいっても、思わぬところで故郷と言える場所につながる言葉を聞いて思わず胸がつまってしまった。


「あの……?」

「あ、失礼。ここはダーナ王国とバース王国の中間地点ぐらいだ」

「それならバース王国は近いんですね! よかったぁ……これならすぐに戻れそうかも」


 なんか喜んでいるようだ。一体何が起こってるんだ?

 いや、とりあえず、何はなくても俺がやることがあったな。


「この先に俺たちが乗っている船があるから、できたらこれ以上先に進まないでほしいんだ。アマネさんのような大きなモンス、いや、妖怪が移動したら、その波で転覆しかねない」

「私はただバース王国に戻りたいんです。ここらへんは知らない海域なので恥ずかしながら迷子になってしまいまして。バース王国の場所さえ教えていただければ、静かにこの場を去ります」


 ……魚って自分の居場所を分かる機能を持っているんじゃなかったっけ。だからこそ世界の海を回遊して川に戻ってきたりするんだよな。まあ、魚とは違うんだろうけどさ。


「すまない。俺たちはダーナ王国から出るのは初めてだから、ここからどこへ向けばバース王国に着くのか、大雑把な方向すら分からない」

「そうですか……困りました」


 さっきまでの喜びから一転、またしょんぼりとなってしまった。

 ……本当に困っているようだから何か助けてあげられたらいいのだが。


「アマネさん、静かに泳ぐことってできる?」

「……?」

「波を立てないように泳ぐことができるなら、俺たちの船と一緒に行くことができるかなと」

「リューイチ……!」


 何を考えているんだといった感じでプレゴーンが俺を見る。気持ちは分かるが、目の前で困っているモンスター娘は放っておけない。妖怪だってモンスター娘と同じだろう。


「俺たちはバース王国に向かう途中なんだ」

「大丈夫ですよ! ゆっくりと静かに泳ぐのは得意ですから」

「本当に大丈夫か? さっきみたいに胴体がいくつも海面上に出ているような泳ぎ方だと波ができて危険に思えるんだけど」

「あれはお友達のシーサーペントから『こうやって泳いだ方がいけてるよ!』って勧められたから。元々の泳ぎ方はあんなに派手じゃないんです」


 シーサーペントもいるのか。妖怪と言ってる子の台詞としてはシュールな気がしないでもないが。そこは海座頭とか船幽霊とか言ってほしかった。

 さて、危機が去ったのはめでたいが、このことをレオたちにどうやって説明しようか。そのことに頭を悩ませながら、俺たちはヴァイス・ブリッツ号へと向かうのであった。

 なんとか年内に更新することができました。プロローグを投稿してからもう約半年経ったんですね。読者の皆様には改めて感謝申し上げます。


 なお、今回登場したイクチという妖怪ですが、あやかしという名前で知っている人の方が多いのではないでしょうか。自分は『うしおととら』の影響で、あやかしという方がしっくりときます。


 次の更新は三が日のうちにできたらいいなと思っております。

 それでは、良いお年を。

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