089 危機
セイレーンと思われるモンスター娘が歌いながら上空を旋回し、マーメイドと思われるモンスター娘が竪琴を奏でている中、俺はどうすべきかを考える。
甲板には船員が数十人出ているため、俺の存在はまだ気づかれていないようだ。気づかれる前に俺は船内へと避難する。そのとき、船内から甲板に出てきた船員と肩がぶつかるが、その船員は俺のことをまったく気に留めないようだ。その瞳はどこか虚ろだ。
「これはやっぱり操られているよな……」
俺の知っているセイレーンは歌で船乗りたちを魅了して、それによって船を岩などに衝突させて沈没させる。それだと危険な怪物だが、この世界のモンスター娘たちがそういうことをするとは思えない。
とはいえ、希望的観測で判断するのは危険だ。何事にも例外はあるものだし、そして例外を考えられるほど俺はこの世界のこともモンスター娘のことも知らないのだから。
こういう場合は、最悪の事態を想定して行動するのが大原則だ。このままでは船が沈没するかもしれないと考えた場合、最優先事項はレオ、つまり王子の保護だ。王子の命を守ることが何よりも優先される。
そのためには……。
俺は急いで、まずはプレゴーンの船室を目指す。船内にはセイレーンたちの歌や音楽は微かにしか聞こえてこない。その分、彼女たちの魅了の効果は薄らいでいることを期待しよう。ただ、船内移動中に、船室からぼんやりとした表情で出てくる船員を何人か見かけたので、危機感はつのる。
船室に着くと、俺はノックする時間も惜しいのでそのまま室内へと乱入する。
これがラブコメだったら着替えシーンに鉢合わせというのが王道だが、現実はそんなことがあるわけではなく、プレゴーンは爆睡していた。
そう言えばプレゴーンが寝ているところは初めて見る。てっきり立ったまま寝ているのかと思いきや、肌触りがいいという絨毯の上で完全に横たわって寝ている。なんというか、カタカナのコの字みたいな感じだ。昔飼っていたウサギみたいな寝相だな。
「おい、プレゴーン、起きろ」
ゆさゆさとプレゴーンを揺すって強引に起こす。プレゴーンはしばらく寝ぼけ眼だったが、俺をじっと見てから自分自身を抱きしめる。
「これが……世に言うところの夜這い……!」
「違う!」
「……なんだ、残念」
「え? なんだって?」
「……聞こえないふりをするとは、やりおる」
「さて、じゃれている時間はあまりないんだ」
「むう……」
プレゴーンは起き上がると首と肩を軽く回す。軽口を叩き合うぐらいには寝ぼけてはいないらしい。
「……魔力のこもった歌や音楽が聞こえるね。起こした理由はこれ?」
「そうだ。セイレーンと思われるモンスターが外にいて、この歌や音楽で船員たちを操っていると思われる。プレゴーンは大丈夫なのか?」
「私たちソラウスはそれなりに強いんだよ。……この程度の魔力など効かぬわ、えへん」
さすがは、ギリシア神話で太陽の戦車をひく神馬といったところか。
「船内は音が小さいけど、外はそうじゃない。出ても大丈夫か?」
「魔力が問題であって、音の大きさは問題じゃない」
「なるほど、なら大丈夫か」
次にレオの部屋を目指す。甲板にいたら気づいたはずだから、まだ船内にいるはずだ。だが、このままだと遅かれ早かれセイレーンの魔力の虜になってしまうだろう。
「リューイチ!」
レオの部屋へと走りだそうとするまさにその瞬間に、当のレオ本人が現れた。周囲に護衛の騎士は見当たらない。
「殿下、ご無事で!」
「言葉遣いはいつものでかまわん。それより一体何が起きている? 目が覚めたら何か妙な歌や音楽が聞こえてくる。騎士たちに事情を聞こうと思ったら、心ここにあらずといった様子で立ち尽くしている始末だ」
立ち尽くすだけで、甲板に移動はしてないのか。セイレーンの魔力に多少は抵抗できているのだろうか。レオを守るために持ち場を離れないという使命感が相当強いのかもしれない。
「セイレーンやマーメイドと思われるモンスターが外に多数いる。彼女たちの歌や音楽で船員たちは操られ、船をどこかに向かわせているようだ」
「それはどこだ?」
「そこまでは分からない」
この船を沈めるためという可能性は黙っておく。これまでの経験上、その可能性は相当低いと思われるので、ヘタにモンスター娘を危険視されるような言動は避けたい。まあ、現状だけでも危険視されて不思議ではないが。
「それにしても、レオは正気を保てているんだな」
「王族は、魔力の影響を受けにくくするための特製の指輪をいつも身につけているからな」
そう言って右手の中指にはめている指輪を俺に見せた。指輪が何らかの魔力を秘めていることには気づいていたが、なるほど、そういう効果があったのか。今回のような他人を操る魔法を王族がかけられたら国家的危機だから、それに対する防衛策があるんだな、と素直に感心した。
「そういうリューイチも平気そうだが」
……やぶ蛇だったか。俺の場合、半神ということで抵抗力が高いんだろうけど、それを説明するわけにはいかない。
「モンスターは魔法が得意だから、魔法に対して抵抗力がないと、モンスターの専門家はやってられないんだよ」
「なるほど、そういうものか」
無理のある説明だったが、レオは納得してくれた。それどころじゃないってのがあるだろうが。
「専門家としてはこれからどうするんだ?」
「とりあえず、レオはプレゴーンに乗ってここから離脱した方がいい。王子に何かあったら大変だ」
「お前たちを残して俺だけ逃げるなんて、できるわけがないだろう!」
「いや、自身の安全を確保するのも王子の義務だろ」
うーん、ここで時間を浪費するわけにはいかないんだよな。レオの目を見ると、ちょっとやそっとじゃ引き下がりそうにないってのが伝わってくる。
「……分かったよ。プレゴーン、レオの側に……」
「リューイチ、これから何をするか分からないが、空を飛べるプレゴーンがいないと困るんじゃないか?」
「う……」
レオの言う通りだ。本当はプレゴーンがいないと色々と困るが、レオを優先させるのがこの場合正しいはずなんだが……。
「分かったよ。俺が速攻で片をつけてくるから、レオは自分の安全を最優先にして行動してくれ」
「了解だ。リューイチ、頼んだぞ!」
「任せておけ」
俺はプレゴーンに乗ると、一気にセイレーンたちの中へと突撃する。
「きゃあっ!?」
「な、何っ!?」
突然の事態に混乱するセイレーンたち。それでも、一部のセイレーンは歌うことをやめない。
そして、セイレーンたちの中でも一際美しい少女が俺の前に現れた。おそらく群れのリーダーだろう。
「空を飛ぶケンタウロス……それに、あなたは人間……?」
「俺はリューイチ、そしてこっちは炎の馬ソラウスのプレゴーンだ。お前たちはセイレーンとマーメイドでいいか?」
「マーメイド? 私たちは全員セイレーンよ」
え?
「海面にいるのはマーメイドだろ? 下半身は見えないけど、たぶん魚のはず」
「下の子たちは確かに半人半魚だけど。……ひょっとして、半人半魚は全員マーメイドと思ってないでしょうね」
……そう言えば、セイレーンは半人半魚で描かれることもあったっけ。ここではどちらもセイレーンという扱いってことなのか。
「すまない、少々勘違いしていたようだ」
「分かればいいのよ。あ、私はセイレーンのセラって言うんだけど、私たちの呪歌が効かないうえに、乱暴に乗り込んできてどういうつもり?」
「そっちこそどういうつもりだ。船員たちを操って船をどこかに向かわせているのか教えてもらおうか」
まだ慣れていないが、魔力だけを全身から放つ。言ってみれば戦闘力を示すようなものだ。もっとも、俺の持つ魔力量からすれば微々たる量しか放出することができないが。
「ちょ、ちょっと待ってよ! 私たち、あなたたちに危害を加えるためにこんなことをしているわけじゃないんだから!」
それでも脅しにはなったらしく、セラが慌てて説明を始める。
「この先にとんでもないモンスターがいるから、船の進路を変えているのよ!」
とんでもないモンスター? それは気になるが……。
「それなら、船員にでも直接説明をすればいいだろ」
「私たちモンスターがいきなり現れてそんなことを言っても、人間が信じるとは思えないからよ!」
……あー、一理あるな。
「そのとんでもないモンスターとやらはどこにいるんだ?」
まだいまいち信じられない。モンスターがいるというのは嘘で、本当の目的があるのではないだろうか。
俺のその考えは見透かされているらしく、セラが今まで船が目指していたと思われる方向に翼を向ける。
「あっちよ。そんなに離れてないから、ついてきて」
セラがすーっと飛んで行く。俺を船から引き離すための罠ではないか、レオがいる船の側を離れていいものか。そんな思いがよぎる。
だが、そこまでモンスター娘を疑っていいのだろうかという思いも同じぐらいにあった。俺が今まで会ってきたモンスター娘は多少利にさとかったり、損得を考えるようなものもいたにしろ、善良であったり、純朴であったりした。
俺がモンスター娘を信じないで、誰がモンスター娘を信じるんだ……!
「プレゴーン、あのセラってセイレーンを追ってくれ」
「……ん、分かった」
プレゴーンが一瞬笑った気がする。今のは笑うようなところだったか? まあ、プレゴーンは感覚が独特だからな。
「あれよ!」
ほどなくしてセラが叫んだ。
「ひええええ……あれ、何!?」
プレゴーンが珍しく大声を上げる。
それだけの光景が目の前に広がっていた。
海面にいくつもの大きな橋がかかっている。だが、それは橋ではない。巨大な蛇のようなモンスターの胴体の一部と思われる。その胴体は上空から見ても分かるぐらいヌルヌルしていて、まるでウナギのようだ。
いや、それにしてもでかい。これ、ヘタしたら一キロメートルぐらいの長さがあるのではなかろうか。巨大なモンスターと言えばサンドワームがいたが、サンディが元の大きさだった頃は推定で百メートルちょっとだった。ここまで大きなモンスターもいるんだな。
「あれに出くわしたらあんたたちの乗っていた船なんてあっという間に壊れかねないでしょ。だから、強引に進路を変えさせたの」
実を言うと、繁殖のための男確保が目的だと思ってた。
「……すまない、セラたちのことを誤解していたようだ。そして、ありがとう。もしセラたちがいなかったら大変なことになっていた」
「分かればいいのよ、分かれば」
セラはくいっと胸を張る。今気づいたが、結構胸が大きいな……って、いかんいかん。
「リューイチ……」
「何もやましいことは考えてないぞ」
「……何か考えてたな。それは後で追求するとして、あれ……やばくない?」
プレゴーンの視線は巨大モンスターに向けられていた。
俺はじっと巨大モンスターを見る。そして、プレゴーンの言った意味が分かって思わずつばを飲み込む。その巨大モンスターの動き、それは胴体の一部で判断するしかないが、それが俺たちが飛んできた方向、つまり船のある方向へと向かっているのが見て取れたからだ。




