080 アフターケア
「この格好で出歩かないといけないの?」
「さすがに今までみたいな全裸に近い格好はまずいだろ」
今日はムニラが正式に副園長になる日だ。そのために、アラクネの協力により急いで制服を仕立てあげた。
ギルタブルルは人間型のモンスター娘としては派手な外見だ。そのため、服は彼女専用のものになる。まず、背中から腰にかけての赤い外骨格は美しいので、その部分はあえて晒すようにする。そのために、トップとアンダーは一体化していないへそ出しルックにした。。
トップは背中の四枚の翼の邪魔にならないようにするため、貴族のドレスのように背中の部分は大きくはだけている。ただし、それだけだとへそ出しも相まってともすれば下品に見えかねないため、正面から見える部分については白を基調とし、赤をアクセントにした正統派のドレスのデザインにしている。
アンダーは、優雅さを出すならロングスカートだが、彼女の役割を考えて動きやすいようにミニスカートだ。トップと合わせて白を基調として赤をアクセントにしている。彼女の最大の特徴であるサソリの尻尾は、腰から生えているがスカートを履く邪魔にはなっていない。
この特注制服のアラクネの糸の含有割合は二割ほどだ。なお、俺の新しい園長制服は五割ほどである
そして、左腕には副園長と書かれた腕章を身につけさせている。これに合わせて俺も園長と書かれた腕章を身につけることにした。なお、この世界の識字率は低いものと思っていたが、活版印刷の技術により本が徐々に浸透してきたことに伴って識字率が上がっているらしい。特に、王都の住民の識字率は高いようだ。
「ムニラ、改めてよろしく頼む」
「わかってるわよ、任せて」
ムニラの副園長としての役割は、主にグローパラス内の巡回だ。モンスター娘の数が増えてきたので、モンスター娘間での小さいトラブルが発生してきている。その火種が大きくならないうちに早期に発見して仲裁することが主な仕事となる。
もちろん、今までもこれからも、一番の心配はモンスター娘と客との間のトラブルだが、幸いこれまで大きなものは発生していない。もしそのような事態になった場合は、園長の俺が出ることになる。それだけに、俺が留守になりがちなのはよくないことだったが、こうしてムニラが副園長になったことで留守についてもある程度は心配せずにすむようになった。モンスター娘と客とのトラブルにモンスター娘が間に入ることを客がどう思うかという問題はあるが、こればかりは今すぐにどうこうできない。しかし、副園長という立場があることが大事だと思う。
さらに、ムニラのギルタブルルとしての本分は守護だ。このグローパラスの防衛を自ら任じているが、今のところ外敵に攻められることは考えに入れないでいいだろう。もちろん、最低限の警戒は常に必要だが。
何にせよ、こうしてモンスター娘が副園長という地位に就いたことは重要だ。当然のことながら王の許可は得ている。俺のいない間に、このグローパラスの責任者になることを承知の上でだ。このことは大きいと考えている。
また、これによってクレアとティナを副園長職から解放することができた。こちらの都合で形式的に副園長になってもらっていて心苦しかったのだ。彼女たちはあくまで魔法学院の学生であり、余計な負担をかけさせたくない。ただ、これまで世話になり、これからも彼女たちの力を借りる機会があると思うので、名誉副園長という肩書にして、引き続き俺の屋敷に住むことになっている。クレアのモンスター図鑑制作については大臣が期待しているし、ティナの魔法はモンスター娘の探索に有用だ。
また、ムニラが副園長になるのと同時に、リースが正式にグローパラス従業員のモンスター娘たちの統括役として、従業員長となった。
こうして、新たな体制でグローパラスを発展させることになる。
「うう……」
新しいグローパラスがスタートしていい気分だったのに、俺の最初の仕事はラミアのニューカラー進化になりそうな案件が舞い込んできた。ラミアのアメリアに声をかけられたとき、何か嫌な予感がしたんだよ。
「いやいやいや、聞いてないって」
「そろそろ脱皮の時期なのよ。私が一番最初に脱皮の兆候が出たんだけどさ、これを見てよ」
そう言って、アメリアは自分の尻尾を見せた。モルフォ蝶をイメージした美しい青色の鱗が……あれ? ほとんど青色なのに、赤色になっている場所がある。これは……。
「鱗が剥がれたのかな? いや、剥がれたというより破れたって感じか?」
「蛇の鱗はね、鱗って言っても皮膚みたいなもので、魚の鱗とは違うの。だから一枚ずつ剥がすとかそういうものとは違って、服みたいな感じかな?」
「そうなのか。勘違いしていた……」
「小さな蛇だと綺麗に全身の形を残して脱皮するんだけど、ある程度大きな蛇になるとこうしてバラバラに破れる感じで脱皮することが多いの」
つまり、この赤色の部分は、脱皮して古い鱗、いや、皮か? それが剥がれた場所ってことか。それにしても、アメリアは確かに全部を青色にしたはずなのに、どこから赤色がまぎれこんだんだ?
「……俺の進化魔法の変化が表側にしか働いていなかったってことか?」
うーん、これは想定外だったな。
「ちなみに、脱皮はどのぐらいの頻度なんだ?」
「年に三、四回かな」
俺はその答えにくらっときた。
そのたびに以前のようなファッションショーをやることになったらたまったものじゃない。
「今までが一時の夢でさ、これからは以前の姿で……」
「もう戻れるわけないじゃない」
ですよねー。
とりあえず、俺は屋敷の中にアメリアを入れて、対応策を考えることにした。何か画期的な方法を編み出さないとまずい。
「剥がれそうなところを剥がしていいか?」
「……いいわよ、優しくね」
妙に艶っぽい声で言われると変な気分になってしまう。
とにかく、脱皮直後の鱗の様子がどんな感じか見てみたいのだ。俺はアメリアにここならいいと言われた部分を丁寧に剥がしていく。あれだ、日焼けした肌をむくのとちょっと似ている。もちろん、日焼けの肌の薄さとは違うけれども。
ペリペリペリ……
「……あん、くすぐったい。でも、気持ちいい……あ……」
「妙な声をあげないでくれ」
脱皮の時は痒いらしく、こうして剥がすとその部分が楽になって気持ちいいらしい。その感覚はちょっと分からないな。
で、俺は剥がしたところを見る。若干鱗がやわらかく、ぷにぷにした感じだ。そしてその色は赤なのだが、心なしかその赤が薄く感じる。
「色が薄いけど、これは……」
「なんか、古い部分が剥がれて一日ぐらい経つと色がしっかりつくみたい」
それにしても、なんかおかしい。
「そもそも、何で赤なんだ。前は確か茶色だったよな」
「ええ。その地味な色があまり好きじゃなかったのよね」
「剥がれたら茶色の鱗に戻ったなら分かるんだ。俺の進化魔法が表面にしか発動していなかったってことだろう。でも、なぜ赤色になっているんだか」
うーん、謎だ。青が薄れて赤になった? いや、そんな馬鹿な。
「でも、最近赤色の鱗もいいかなーと思っていたから、ちょうどよかったかも」
ん?
「アメリア、それってどういうことだ?」
「今の綺麗な青色も気に入っているんだけどさ、最近鮮やかな赤も悪くないかなって思うようになって。ほら、私とよく一緒にいる子みたいな」
ああ、そう言えば鱗の色を鮮やかな真紅にしたラミアがいたっけ。
「ああいう色にしてもらえばよかったかな、今度リューイチに色を変えてもらおうかなと思っていたから、ちょうどよかったかも」
「何だよ、気に入っているようだったら俺が何かする必要ないんじゃ……」
「たまたま私だけかもしれないし、そもそも全部脱皮しないと分からないし、青と赤が変にまだらになったら嫌だし」
「いや、一つの可能性に思い至った。それを確認したい」
「……?」
結果はすぐに出た。
他のラミアも脱皮が始まっていて、一部のラミアは色が変わり、残りのラミアは俺が進化魔法で変えた色のままだった。そして、色が変わったラミアに共通していたのは、今の色とは違う色に興味を持っていたことだ。そして、新たな鱗の色は、こうしたいと思っていた色だった。
つまり、脱皮の時期に自分の意思で体色を新しいものに変えられるということらしい。きちんと全員が脱皮を完全に終えるまでは断定できないが、おそらくそういうことだろう。
俺はそこまで考えて進化魔法を使ったわけではなかったのだが、まあ結果オーライだ。一時はファッションショーの恐怖再びかと思ったが、こうして脱皮のたびに色を変えようと思えば変えられるようになったことが分かったわけだ。もちろん、俺がいればすぐに色を変えることができるが、年に三、四回自分で色を変えられるだけで十分らしい。
よかった、本当によかった。
だが、単純に「あー、よかった」で終わらせるわけにはいかない。俺が意図していなかった進化が盛り込まれていたわけだ。その進化は本人に害をもたらすものではないし、むしろ益をもたらすものであったが、ラミアの場合はたまたまいい方向に作用しただけかもしれない。
進化させた相手についてはきちんとアフターケアをしておく必要がありそうだ。少なくとも一年は様子を見ないといけない。
……グールのように探しだすのが無理っぽい相手もいるが、とりあえず確認できる相手には定期的に意見を聞いておこう。
そして、俺は各所を回ったわけだが、幸い、俺の意図していない進化が目に見える形で現れているモンスター娘はいないようだ。
俺は最後にウィルオーウィスプとスコルたちを訪問して、一時間ばかり談笑した後に戻ることになった。そして、転移魔法の場となる『妖精の輪』のもとへ歩いている途中で視線を感じる。
「アルマか、久しぶりだな」
「ごきげんよう」
ノーライフクイーンのアルマとのまさかの再会だ。いや、スコルのザザに会いに来たのかな? もうザザも落ち着いてきたようだし、アルマと会っても大丈夫な頃だ。
そんなことを考えていたのが分かったのか、アルマから切り出してきた。
「ザザと会って話をしましたわ」
「そうか、話ができたか」
「ええ……」
衰弱していたザザを介抱したのがアルマだ。ザザの住む場所が見つかったから、アルマはザザが自分についてくると言い出すのを恐れて、しばらくザザの前に姿を現さないことにしたと言っていたが、会って話ができたということは、ザザはここに落ち着くことを決心したってことかな。何にせよ、二人がきちんと話をすることができていたようでよかった。
「それでですね……」
アルマが、俺の知っている傲岸不遜な態度らしからぬ様子で、何やらもじもじとしている。
「花を摘みたいなら俺はこの場を離れるが」
「違いますわ! 何をいきなり言い出しますの!」
怒られた。ちょっとからかっただけなのに。
「今回の件では、その、お世話になったと思わなくもありませんので、私ができる範囲で何かしてあげてもいいと思わなくもないですわ」
「……へ?」
思わず間抜けな声を出してしまった。こんな律儀なことを言い出すとは思ってもいなかったのだ。
「い、言っておきますけど、私自身をお求めになるのはまだ早いですわよ! ええ早いですとも。なかなかの魔力をお持ちのようですけれども、本来の力を発揮した私と比べたらまだまだ未熟な所が多々ありますわ。今のままでは釣り合いが取れません! いや、別に釣り合いがどうのと私が気にすること自体おかしいし、そもそもそんなことを考える必要があるわけないのですけれども、私のクセとしてあらゆる事態を想定してしまいますので、私とあなたが、その、どうこうなるような……って、何を言わせますの!!」
一方的にまくしたてたかと思ったら一方的にキレてきた。
よく分からないが、何か一つ、無理のない範囲でお願いごとを聞いてくれるようだ。これは何か有効に使いたい。