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078 湯の模索

 まず何から考える必要があるか。

 うーん、今の時点でヴァンニクのお湯に対する干渉がどこまであるか知らないといけないかな。


「さっきお湯を自在に操っていましたが、あれは一人で?」

「はい、私が」


 マイヤさんが答えた。なるほど、一人であれだけのことをできるのか。


「お湯を操れる範囲は? ここの湯船は広いけど、全体を操れますか?」


 ざっと見た感じ、小学校にある二十五メートルのプールぐらいの広さがある。もちろん、プールのように深くはないが。


「可能ですよ」

「試しに、この湯船のお湯全体を右回りでも左回りでもどちらでもいいので、回転させてみて下さい」


 そう言って俺は湯船に入った。マイヤさんはちょっと困惑の色を見せたが、自分を含めてヴァンニク全員をあがらせる。


「あの、リューイチさんも湯船からあがって下さい」

「問題ありません。やっちゃって下さい」


 俺の言葉を聞いて、マイヤさんは片手を軽く振った。すると、湯船のお湯がゆっくりと反時計回りの渦を作り始める。おお、確かに湯船全体のお湯を操っているみたいだ。ほんの数秒で渦ができている。

 実は、小学生の頃プールの授業で、最初に全員でプールの両側から入って、一方向に全員で動くことで渦を作ったのを思い出して提案してみたのだ。あの遊びに何の意味があるのか知らないが、小学生の頃はあの渦を作るのが面白くて楽しみだったなあと懐かしくなったのだ。

 いやあ、昔を思い出してなんか感傷的になるな……。

 でも……。


「おかしい。子供の頃はこれが楽しかったのに、今ぐるぐる回っても落ち着かないだけだ」


 俺は渦の流れに身を任せて湯船の中をぐるんぐるんと回転している。地球にいた頃の俺だったら気分が悪くなっていたかもしれない。


「リューイチさんが何を言っているのか理解できません……」

「いや、子供の頃は楽しかったんですよ、こういうのが。でも、風呂は心を落ち着かせて癒やされるための場だから、こういうのはそぐわないのかもしれません」


 何かお湯を使ってアトラクション的なものができればいいかもと思ったのだが、そういったものと風呂の相性が悪いのかもしれない。

 古代ローマで湯滑りが大成功したという漫画を参考にしてみるか? いや、それは施設であって彼女たちの能力で何とかなるものではないか。

 そうなると、やはり風呂としての効能を何らかの形で高めることが、彼女たちが求めるものだろう。


「そうなると、温泉しかありえないか」


 日本人としてその発想が当然のごとく浮かび、そしてそれ以上のものはないと断言すらできるかもしれない。


「温泉って何ですか?」


 マイヤさんに真顔で質問されて、俺はちょっと困った。温泉がどんなものか、曖昧な感じで伝えることはできるが、温泉とはなんぞやと改めて考えたら、俺は温泉の定義を知らない。泉質で何種類かに分けられることは知っているが、全部で何種類あるかは知らない。旅行で温泉のある旅館を選んでも、その時は具体的な効能とかを考えたりしても、なぜそういう効能があるのか、そしてそれはどういう質の温泉なのか、そこまで考えたことがまったくない。


「えーとですね……、うーん、温めなくても最初からお湯として湧き出ていて、そのお湯につかることで体にいい効果をもたらす風呂といったところでしょうか」


 たぶん実際の温泉の定義とは違うだろうけど、ニュアンスは伝わるよね?


「お湯が湧き出る場所があるという話は聞いたことがありますが、なるほど、体にいいんですね。たとえばどのように?」

「えーと、リウマチとか神経痛とか冷え性とか……あと、切り傷や打ち身などの怪我とか」


 泉質によってたぶん効能が違う。でも、そこらへんの知識はないので、かろうじて覚えているものをとりあえず羅列してみた。


「リウマチ?」

「えーと、関節が腫れたりする病気です」

「よく分かりませんが、温泉というのは怪我や病気を治せる魔法のお湯ということでしょうか?」

「いや、そこまで大したものではないです。治りが早くなったりするぐらいの効果ですね」


 温泉にそうした効能が実際にあるのか俺は知らない。プラシーボ効果みたいなものや、別に温泉じゃなくても風呂に入っていれば似たようなことになるんじゃないの? とか思ったりしてしまうこともあるが、それでも温泉にはきっとそうした力があるに違いない、と思わせるようなものがある。


「進化魔法で、お湯にそうした効能をつけることができるようになるかどうかは分かりませんが……」


 温泉……やはりピンとこない。

 俺の中で温泉となるとまず真っ先に思い浮かぶのが、家庭用風呂に粉を入れて温泉っぽくするアレだ。色が変わるから、なんとなく効果があるように思ってしまうし、いつもよりも体が温まるように感じるんだよな。

 ただ、実際の温泉となると……まず俺の中のイメージはやはり火山であり、あの独特の匂いだ。


「……! 何か、私の中で変わったのを感じます」


 俺の進化魔法が発動して、マイヤさんが驚いたような声をあげる。


「試してみて下さい」

「はい。お湯全体に……こうやって……」


 マイヤさんが湯船に向かって手を振ると、途端に強烈な臭気が漂い始めた。腐った卵のような臭い、硫化水素の臭いだ。


「うわ!?」


 俺は思わず声をあげた。この臭い、苦手なんだよな。そして、ヴァンニクたちも悲鳴を上げている。

 これはまずい。ちょっと臭いが強すぎる。温泉とかそんなレベルじゃない。たぶん普通の人間だったら即昏倒するレベルじゃないだろうか。場合によっては短時間で死んでしまうほどの濃度かもしれない。


「マイヤさん! 元に戻して下さい!」

「は、はい!」


 そして、俺たちは慌てて換気する。臭いがこもるかと思ったが、マイヤさんが元に戻したらたちこめ始めた臭いまであっという間に消えてしまった。ここらへんがアバウトで助かった。幸い、ヴァンニクたちも平気なようだ。妖精とはいえモンスターだから、人間と比べると体そのものは丈夫なのかもしれない。


「い、今のは一体何だったんですか?」


 先ほどの臭いが強烈だったせいか、涙を流しながらマイヤさんが聞いてきた。


「温泉といえば真っ先に思いついたのがアレなんですよ。でも、あそこまで強烈な臭いじゃないはずなんですよね」


 とりあえず、硫化水素系はやめておこう。

 となるとラジウム……。いや、もっと大惨事になることが容易に想像できる。本物のラジウム温泉が危険なものであるわけはないが、さっきの卵の臭いを考えると俺の無意識が反映されているような気がしてならない。

 なんというか、俺の進化魔法は色々本来の性質をねじ曲げている気がするんだよね。科学的、物理的な正しさを無視する力がある。俺がヘタな考えでラジウム温泉を作ろうとしたら……やばい、考えないようにしよう。

 ほかに温泉といえば……塩! 塩で何かあったような気がする。でも、塩? 死海みたいなものか? プカプカ浮かんじゃうのか? 絶対違う気がする。


 いっそ温泉から離れるか? いや、温泉以外にも銭湯やスパを考えればいいのだろうか。そうなると、サウナ、岩風呂、蒸し風呂……って、お湯そのものをは関係ないよなあ。

 あ! 電気風呂ってのがあったな。……これも嫌な予感しかしない。風呂に入って感電したというオチになりそうだ。

 じゃあドクターフィッシュはどうだろうか。いや、これもお湯関係ないか。……ドクターフィッシュのモンスター娘っていたりするのかな? いたとしたら、なんか十八歳未満禁止の絵面しか思い浮かばない。これはぜひ探さなければ! って、いやいやいや、思考が本筋から逸れている。

 他に何かないだろうか……。


「あ……、思い出した。炭酸泉ってのがあったな」


 テレビで見たことがある。体全体に炭酸水のしゅわーっとした泡がたくさんつくやつ。あれも温泉の泉質の一つらしい。どんな効能があるのか知らないけど、温泉なら何かしら効果がありそうだ。二酸化炭素なら、硫化水素と違って害はないだろう。量が多すぎたら、空気より重くて部屋の下層にたまって酸素が摂取しづらくなるとかありそうだけど、空気の通り道を作ってやれば問題ないはず。


「……これを試してみて下さい」

「だ、大丈夫でしょうか……」


 さっきの硫化水素の衝撃が軽くトラウマになったようだが、今回は大事にはならないはず。俺はマイヤさんに向かって力強く頷いた。


「では……」


 マイヤさんが再び湯船に向かって手を振る。

 ……今度は、すぐに分かる変化がない。


「あの、今のでよかったのでしょうか?」

「マイヤさん、一緒に手を入れてみましょう」


 俺がすっと、マイヤさんが恐る恐るといった感じで湯船の中に手を入れると、手に微かな刺激と共に無数の気泡がついていった。声が響いて聞こえづらかったが、耳を澄ませるとシュワシュワといった炭酸水独特の音が聞こえてくる。


「これは……」

「炭酸水、いえ、この場合は炭酸泉ですね。今度は湯船の中に入りましょう」


 俺とマイヤさんだけでなく、今回は大丈夫そうということで他のヴァンニクたちも一緒に湯船の中に入った。


「おお……! なかなかどうして気持ちいい……」

「本当ですね。これは新感覚です」


 全身に気泡がついてはパチンと気泡が弾ける。湯船の中で体を動かすたびに、多くの泡がパッと現れてははじけていくのが見ていて面白い。

 うん、これはいいんじゃなかろうか。ヴァンニクたちの評判も上々なので、これでいくことにしよう。

 次は、グローパラスの浴場で試してみて皆の感想を聞いてみるか。

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