008 毒コントロール
さて、今回はどう進化させるべきなのか。
「ニルとネルの希望としては、どうなりたいんだ?」
「みんなと触れ合っても大丈夫なようになりたいです」
「あたしも同じ」
毒をどうこうではなくて、みんなとの触れ合いを重視ってことだな。
「つまり、毒は残っても、みんなに毒の影響がなければそれでかまわない?」
「はい」
「それでいいよ」
これで選択肢は増えたかな、一応。毒そのものをなくす方法と、触るだけで毒の影響を与える状態を改善する方法の両方を考えられる。
個人的には、バブルスライムから毒をなくすというのは抵抗があったんだ。
スライムはモンスターの中では珍しく多様な進化を遂げていると思う。その中で毒を持つという性質を持つに至った過程を否定するのは寂しい。
「昔は、スライムにも雄っていたのか?」
「かつてはいたという話は聞いたことがあります」
ソニアさんが答えてくれた。
でも、今は雌だけなんだよなあ。
「スライムは無性生殖の手段があるのが幸いしたってことか。たぶん、現状だとバブルスライムと人間との間に子供を産むのは大変だよね」
毒のかたまりにあれを突っ込むのは勇気がいる。そもそも、人間だとあの毒にどれだけ耐えられるか。
モンスター娘のエロストーリー的によくあるものとしては人間の男を誘拐してというパターンは考えられるが、そういう強引な手段を取れるだろうか。
無性生殖だけでは、環境が変わったときに全滅する可能性があるから、有性生殖ができるようにするのは種の未来を考えると必要になるよね。
まあ、今は未来より目の前の問題について考えなければ。
手っ取り早いのは、毒腺をつくり、そこに毒を蓄えて、いざという時には牙や触手などで毒を敵に注入する方法だな。一番オーソドックスだと思う。
とはいえ、スライムにそういう積極的な毒の使い方ができるか不安だ。
毒を使いこなせなくて敵にやられては本末転倒だ。
いや、ネルは結構好戦的だよな……。
「なあ、ニルとネルって性格が結構違うように見えるけど、ネルの乱暴な性格の方がバブルスライムとしては一般的だったりする?」
「乱暴で悪かったな!」
ネルが怒って絡みついてくる。こ、これは、チョークスリーパー!
とはいえ、本気で絞めてきてはないから苦しくもないのでそのまま放置する。毒のじんわりした痺れにも慣れたし。
……背中にあたる胸の感触が、あれだ、けしからんな。
けしからんから、やはり放置だ。
「ネルは気に入った相手にはそういう態度をとりますが、本当は人見知りな子ですよ」
「ちょ!? ニル、変なことを言わないでよ!!」
照れ隠しなのか、首を絞める力が強くなる。
……これは、人間のときのままだったらやばかったかもしれない。
「うーん、そうすると、蛇や蜂みたいに毒牙や毒針を持つようになったとして、敵に対して果敢に戦うことができるかどうか不安だな」
俺はニルとネルを見てみる。
すると、自信なさそうに首を横に振る。てか、ネル、お前もかよ。
全身が毒なのは、受身でいても、攻撃してきた相手に毒を与えやすいからかな。そうしたら、相手も攻撃をあきらめるだろうし。
でも、全身毒だと同種の仲間内でしか触れ合いができない。
そもそも、毒ってのは自家中毒の危険すらあるんだったっけ。だから、毒を持つこと自体がリスクになるし、自家中毒をしないようにするための仕組みが必要になる。そういう厄介なところがあるから、世界中の生物が有毒生物だらけになっていないとかなんとか。
バブルスライム同士で平気ってことは、おそらくその毒に対して免疫があるんだろうな。その免疫を他のスライムたちに……って気の遠すぎる作業だ。
免疫を他者に与えられるようにするってのは、うーん、それはありかな。でも、免疫をどうやって与えるか。それこそ牙や針? その免疫が他の生物に対してきちんと働くかどうか、そもそもその免疫自体が毒にならないか。
うーん、思いつかない。
何かヒントはないかと思って、ネルを手招きで呼び寄せる。
「何?」
俺は無言でネルの体をもう一度調べなおす。
うーん、ぷるるん具合はニュンと甲乙つけがたい。
「ちょ!? あ、こら……もう!」
毒が完全に全身に混ざっているのが問題なんだよなあ。
……ん?
あ、何も考えないで混ざっているって表現したけど、それって結構重要かもしれない。
混ざっているなら、それを分離することができるのでは。
そもそも最初の毒腺という発想自体、体を構成するものと毒が別物であるという考えだ。
むしろ、それが自然だ。毒は毒。確かフグとかヤドクガエルは食べる餌から毒を蓄積していくんだったっけ。
じゃあ、バブルスライムはどうか。そもそもファンタジー世界だから何でもありな気がするから考えるだけ無駄か。
そして、ファンタジーなら多少の無理はいけるはず。
「今まで見ている限り、スライムの体は固体と液体の間を自由に変えられるみたいだけど、それはかなり強く意識して変えているのかな? 核のまわりは常に弾力重視、歩くときはある程度流動的に、とか」
「いえ、基本的に無意識ですよ」
そりゃそうだよな。いちいち意識しないといけなかったら、ニュンたちみたいな普通のスライムは歩くだけで一苦労だ。
俺たちが歩くときに、右足を出したら次は左足にとか意識しないでも大丈夫なのと同じようなものか。
ならば、無意識下で毒を分離できるようになればいいんじゃないかな。それによって毒を独自にコントロールできるようになれば。
「よし、ネル、そこでじっとしてろよ」
「え? う、うん」
無理な進化なようにも思えるが、ゲル状の体の変質や動きをコントロールすることができるスライムなら……。
って、きた!
体から大きな力の発動を感じる。つまり、この進化がいけるということだ。そして、ネルの体が一瞬光に包まれる。
「うわ!? な、何だ!?」
「ネル、今のお前は、自分の体から毒を分離できるはずだ。体の外側から内側の方へ毒だけを集めることだって可能なはず……!」
我ながら無茶なことを言っているとは思うが、力が発動したということはそれが可能になったはず。
「こ、こんな感じかな? なんか新感覚なんだけど……」
ネルの体に変化が起こっていた。
バブルスライムは濃い緑色をしているが、体の外側が普通の緑色のスライムに近くなっていき、それに伴い体の内部の方の緑色が濃くなっていく。
なるほど、体が濃い色だったのは毒が混ざっていたからか。
そして、二、三分経ったころには、外見は普通の緑色のスライムといった感じになっていた。ただし、体の内部には濃い緑色の丸い泡みたいなものがいくつかできている。
「ネル、その泡が毒を集めたものってことでいいか?」
「う、うん、たぶん」
ということは、今は体の外側は無毒ってことだよな。
試しに触ってみると、今までのような痺れはまったく襲ってこなかった。
「確かに触っても毒を感じない。悪いけど、ソニアさんも確認して下さい」
「はい」
ソニアさんが恐る恐るといった感じでネルに触れる。そして驚いた表情を浮かべると、次にはネルをしっかりと抱きしめていた。
「ネル……!」
「うわ、ソニア、痛いって! そんなに強く抱きつかないでよ!」
その後、ニルも触ってみる。毒が移動したことで仲間の毒の影響を受けるようになっているのではという心配があったが、それは杞憂に終わった。
「やった! やったよ、リューイチ!」
「まだ喜ぶのは早い。確認したいことがある。まず、今の状態は意識しないでも保つことができるかどうか。気を抜いたら元に戻るようでは解決にならない」
「大丈夫。さっきから意識していなくてもずっとこのままだよ」
なるほど。だが、それは別の問題を生じるかもしれない。
「元の状態に戻せるか? 戻せなかったら、毒の意味がほとんどなくなる。それはせっかくのバブルスライムの長所をなくすことになる」
毒による自己防衛ができなくなったら意味がないんだよね。
「こうかな……」
ネルが小さく呟くと、体の中の泡がはじけて、その泡から出た濃い緑色の煙のようにも見える液体が全身にまわり、あっという間にニルと同じ本来のバブルスライムと変わらない姿になった。
その間わずか数秒。
確認したら毒がまた戻っている。そして、またネルが意識を集中すると泡ありの姿へ再び転じる。
「これは……想像以上にうまくいったな」
安全な場所にいるときだけ泡ありの姿になれば他のスライムたちと接触ができるし、外にいるときや寝るとき、または突然襲われたときにはすぐに元の姿に戻れるというわけだ。
「ネル、これでいいか」
最後に確認しようとしたら、ネルは号泣しながら俺に抱きついてきた。
「うわあああああああん! ありがとう、リューイチ!!」
どうやら気に入ってくれたようだ。頭を抱えるようにして撫でながら、ニルの方を見る。
「ニルもこれでいいなら早速進化させるけど」
「はい、よろしくお願いします。リューイチさん……ありがとうございます!」
そして、ニルも無事進化させた。
この後、ニュンたちを呼んで大騒ぎだった。ニルとネルは、友達のスライムたちと触れ合うことができるようになって本当に嬉しそうだった。
ニュンたちも、嬉しそうに二人に抱きついていた。
実に微笑ましいスライム天国だったな。
俺もぷよんぷよんを堪能できたし。うん、大成功だった。