007 体内調査
案内された洞穴には、隅のほうで寄り添って座っている二人のバブルスライムがいた。
どちらも人間で言えば十三、四歳ぐらいの外見だ。透明だが、今日のスライムの中にいた緑色よりも濃い緑色の体色が印象的だ。
肩まで髪があり瞳が大きい方がニル、ショートカットで切れ長の瞳の方がネルという名で、ネルはニルから分裂して産まれたらしい。
分裂の場合は親子ではなく姉妹という認識のことが多いとか。この二人の場合はニルが姉でネルが妹のようだ。
二人とも、どこか悲しげな表情を浮かべている。
「この人がさっき話したリューイチさんよ」
ソニアさんが優しく語りかけるが、二人は俺の方をちらっと見ただけで、隅から動こうとしない。
と、とりあえず、挨拶をした方がいいかな。
「こんばんは、リューイチです。俺が少しでも力になれたら嬉しい」
努めて優しい声を出す。
うん、我ながらキモイ。こういうのは慣れていないから仕方ない。
とりあえず、このままでは埒が明かないので、聞くべきことを聞いておこう。
「バブルスライムの毒ってどのぐらい強いんだ?」
「私たちスライムは比較的毒に耐性があります。それでも、普通のスライムなら全身が痺れてうまく動けなくなりますね。私でも、動きがだいぶ鈍くなります」
神経毒ってやつか。こりゃ、普通の人間だったらかなり危険かもな。
「接触するだけで毒の影響を受けるんだっけ」
「はい。バブルスライムは全身に毒が含まれているので、触ると毒の影響を受けます」
「バブルスライムの方から毒を相手に注入する手段はあるのかな。牙とか針とか触手とか」
「ええと……」
ソニアが二人の方を向くと、二人は首を横にふるふると振った。
なるほど、毒を攻撃的には使わないってことか。いや、接触だけで効くなら注入する手段を最初から必要としないってことかも。
「同じバブルスライム同士なら毒は効かないって言っていましたよね?」
「そうですね。だから、二人はいつでも一緒なんです。手をつなぐことだって二人でしかできないなんて悲しすぎですっ」
よよよと涙を流すソニアさん。あの涙って成分どうなってるんだろ。
とりあえずだ。
俺の質問に答えているのはバブルスライムの二人じゃなくてソニアさんなんだよな。一応二人の方を見て質問しているんだけど。
まずは、二人にもう少し心を開いてもらわないとどうにも。
でも、どうする……?
「ソニアさんは、毒を消す魔法を使えるんですよね?」
「はい、そうですけど」
それを確かめて、俺はゆっくりとニル、ネルの方へと近づいていく。
二人とソニアさんはびっくりしたような顔になる。
「ダ、ダメですよ、リューイチさん!」
「俺は色々特殊なんですよ。生命力の強さには自信があります」
俺が神から与えられた能力の一つに、頑丈な肉体と超再生力というものがある。それが毒に対して効果があるかは分からないが、さすがに毒で死ぬようなことはないはず。
それに、最悪の場合でも、ソニアさんの魔法がある。もっとも、ニル、ネルのことを考えるとそれは避けなければいけないが。
「ダメ、来ないで下さい……」
「何考えてるんだよ!」
ニルとネルが隅でこちらを睨む。
やっと声が聞けた。ニルは丁寧な言葉遣いで、ネルはぶっきらぼうな感じなんだな。
「大丈夫だ。俺は大丈夫。俺は君たちを助けたい。そのために、俺の覚悟を見せておきたいんだ」
「でも……」
「あたしたちは、もう誰も傷つけたくないんだ!」
ネルの言葉を聞いて、この二人の優しさを改めて知る。
いい子たちだな。ますます、何とかしたくなってきた。
よし、俺も覚悟を決めよう。
「必殺! ルパンダイブ!」
二人めがけて飛びかかる。なお、服は脱いでいない、念のため。
『きゃあっ!?』
二人の可愛らしい悲鳴が聞こえた次の瞬間、あのスライム独特のぷるんぷるんな感触が全身に伝わってきた。
今の俺は二人ごと抱きしめている感じだ。
おお、ぷるんぷるん。
「リューイチさん!? 大丈夫ですか!?」
それを見てソニアさんがこちらを心配する。普通に考えて毒の影響を受ける体勢だもんな。
「た、大変!」
「おい、すぐ離れろ!」
ネルが俺を押しのけようとするが、俺はギュっと二人を抱きしめる。
『え……?』
よ、よし、毒は大丈夫みたいだ。
少しだけ痺れる感じはあるが、ほぼ問題ない。正座をしていて「少しきつくなってきたかな?」程度だ。
ふむ、完全に毒を無効化できるわけではなさそうだ。
「大丈夫、俺は毒には結構耐性があるんだ」
安心させるように、二人の頭を撫でる。
たぶん、こういうコミュニケーションを二人はお互いでしかできなかった。触った相手は麻痺するから当然だ。
悲しそうな目は寂しそうな目とも感じた。
本当は俺みたいなの相手だと嫌かもしれないけど、今はお互い以外の他人から、こうしたコミュニケーションをしてもらえるとう体験が必要だと思うんだ。
決してよこしまな気持ちからの行動ではないぞ。
「お前たちは優しい子だな。だからこそ、俺が絶対に何とかしてやる」
『……』
二人はもう暴れるのをやめて、俺に撫でられるままになっている。
「私、ネル以外にこんなに長く頭を撫でられたの、初めてです」
「あたしもだ。それに、人間って体があたしたちより温かいんだな」
なんかまったりとした空気が流れる。
ソニアさんがこちらを見て微笑んでいるのが妙に気恥ずかしい。
「なあ、あんたの力で、あたしたちの体を変えることができるのか?」
「やってみないと分からないから断言はできない。でも、可能性はある」
その言葉に、ニルとネルは俺に向かって深々と頭を下げた。
『どうか、お願いします……!』
「全力を尽くす」
「ちょっと失礼。少し調べさせてもらうよ」
俺は、なぜか俺にくっついて離れない二人の体のあちこちを触る。
いやらしい気持ちではない。毒がどう分布しているかを確認するためだ。触れてみてしびれる感じがしたら毒があるとわかる。
「あっ……」
「こ、こら、なんかやらしいぞ」
二人は顔を赤らめながらも抵抗はしない。
よかった、ネルは気が強そうだから、殴られるのも覚悟していたんだが。
うーん、頭頂部や足の裏にも毒があるなあ。なお、当たり障りのない部分しか触っていない、念のため。
「質問だけど、スライムの体って今のところ固体って印象の方が強いんだけど、液体の割合を大きくすることってできる?」
俺の質問に「???」となる二人。
うん、俺も言っていてわけわかめだった。
「もっと体を水っぽくして、手を体の中に入れるとかできない?」
「死ねえ!!」
ネルが華麗にアッパーをきめてきた。
体が丈夫になったのか、あごに痛みはないけど、勢いでそのまま倒れる。そんな俺に顔を真っ赤にしたネルがのしかかってきて胸倉をつかんできた。
「な、な、何を言ってるんだ、スケベ!! 変態!!」
「俺、何か悪いことを言った!?」
助けを求めるようにニルとソニアさんの方を見たら、二人ともジト目になってこっちを見ている。
なにこのアウェー感。
「今のはリューイチさんが悪いですよ」
ソニアさんの言葉に、ニルがウンウンと頷く。
あー、つまりセクハラ発言っぽいことだったのか。基準が分からない。そもそも不定形で外見が裸のスライムにどこまで羞恥心があるのかすら分からない。
「すまない、悪かった。でも、もしできるのなら、体の中もちょっと調べてみたいんだけど……」
「うう……、必要なことなんだよな?」
その言葉に頷く。体内の毒の状態が知りたい。
ネルはこちらを子猫のように威嚇しながら睨んでいたが、やがて不承不承といった感じで頷いた。
「ちょ、ちょっとだけだぞ」
そう言ってわき腹のあたりをこちらに向ける。そこから入れろってことか。
「じゃあ、失礼して……」
「ひゃあっ!?」
俺が手を当てると悲鳴を上げる。……やりづらいなあ。
ん? 思ったよりやわらかいというか、液体っぽい?
ひょっとしてと思って手に力を入れたら、ずぶずぶと手が中にうもれていく。おお、すごい。
「スライムって内臓とかあったりしないよね?」
もしあったら、傷つけないように注意しないといけない。
それに対してはソニアさんが答えてくれた。
「いえ、私たちにそういう器官はありません。ただ、体の中心に核があって、それは私たちの命そのものと言えます。核には触らないで下さいね」
あー、核があるのか。魔法生物ってそういうのが多いよね。
「核のまわりは、特別に弾力があるようにして守っているから、気にしないでいいぞ。あ、だからといって乱暴に扱うなよ。優しくだぞ、優しく!」
言われずとも、細心の注意で体の中をまさぐる。って、なんかいやらしい表現だな、おい。ネルもなんか顔を真っ赤にして、俺が手を動かすたび「ん」とか「あ」とか声を漏らすからやりづらいったら。
ニルとソニアさんも、なんか息を潜めてこっちを凝視しているし。
でも、きちんと調べることは調べる。
「それにしても、体の一部を液体に近くしたり、逆に弾力のある固体にしたり、結構器用なんだな」
「スライムなら誰でも感覚的にできるから」
なるほどねえ。
とりあえず色々なところに手をのばしてみたが、満遍なく毒を感じる。これはもう、体そのものに毒が含まれていると考えた方がいいな。
内臓などの器官がないということは、毒腺もないということか。
「なるほど、大体分かった。協力ありがとう」
そう言って俺は手を抜いた。
「あ……もう抜くんだ」
ネル、嫌がっていたわりになんだそれは。
抜いた手を見てみると、液体っぽかったのに、手には一切付着していない。これはすごいな。まあ、付着していたら、体の一部なんだからやばいだろうけど。
これ以上調べることはないな。
さて、どうしよう。